厨二病?


「そんなわけで……」


 おれは向かいに座る老婆に視線を送る。

 身長は140cmないくらいだろうか。いや、腰が曲がってるから、ピンと背筋を伸ばせばもうちょっとあるかもしれない。顔には傷跡のように深いしわがいくつも引かれている。おそらく年齢は80オーバー。……言ってしまえば、本当にどこにでもいるような婆さんだ。


「おれはこの幽霊少女の麗美にハーレムを作るための呪いをかけてもらったわけなんだ。で、そのハーレムに入ってくれる人の目安が、麗美の存在が見えるってことなわけ」


「ほう、ハーレムとはまたすごいのう。最近の若いのは草食系などといわれとるが、お前さんみたいなもんもおるんじゃなぁ。で、わしにもそのハーレムに入ってほしいと、そういうことかの?」


「……ああ、まあ」


 正直、この婆さんをハーレムに入れることを迷っていないといえば嘘になる。だが、昨日麗美に「ハーレムに入ってくれるならどんな人でも構わない」と言っている手前、拒否するわけにもいかない。なにより、その麗美がおれ以外の話し相手が増えたことに嬉しそうに笑みをこぼしているのだ。そんな姿をみたら、今更年齢制限をつけることなんてできるわけないじゃないか!


「ふぉふぉふぉふぉ。面白い! じつに面白いじゃないか! この不老不死の天女をつかまえてハーレムに入れなんてのう」


「……あのさぁ、さっきから気になってんだけど天女ってなんのことだ?」


「なんじゃ、天女を知らんのか? 読んで字の如く、天の女、まあ言い換えるのならば天使エンジェルじゃな」


 ピキッ。


「よくわからんが、そういう設定ってことなの? その歳で廚二病なの? それともウケ狙いなの?」


「ん? チューニ病というのはなんじゃ? ま、よくはわからんが、わしは不老不死じゃから病気になんかかからんぞい」


「……まあ、いいや。そういえば、婆さん、名前はなんていうんだ?」


「おお、そういえばまだ名乗ってなかったの。わしの名前は天使が輝くと書いて、天使あまつかキラリじゃ! 天女にふさわしい神々しい名前じゃろ?」


 ピキピキッ。


 お、落ち着け、おれ。名前なんて自分で決められるものではないんだ。この婆さんはなにも悪くはない。むしろ被害者といっていいんだ。


「……えっと、歳は?」


「まあ、天女じゃからな。ざっと100088歳じゃ!」


 ピキピキピキッ――プチン。


「ババア、いい加減にしろよ! 不老不死の天女ってなんだよ!? すでに老いてんじゃねーか! それに天使輝ってなんだよ!? それでキラリなんて読めねーよ! その歳でキラキラネーム先取りってか!? それから100088歳ってなんだよ!? 閣下か!? おれは蝋人形されんのか!? そんで、最後には一緒に相撲観戦でもすんのか!?」


「光一くん落ち着いて! しかも後半意味わかんないよっ!」


「……あ、いや、ワリィ。急に天女とか言い出したもんだから、つい……」


 麗美がなだめてくれて、ようやくおれは冷静さを取り戻した。


「婆さんも悪かったな」


「ふぉっふぉっふぉっ、よいよい。若いもんはそれくらい威勢がないといかんからのぉ。わしも100000年も生きて、ここまで痛快にツッコミを返されたのは初めてじゃからな」


「このババアまだ言うか……」


 さすがにここまで設定を押しつけられると、怒りを通り越して感嘆に値する。おれは、今後この婆さんの天女発言にはなるべくツッコまないようにしようと決めた。


「で、キラお婆ちゃん」


「なんかその呼び方だと死神のノートでも持ってそうだな」


 おれのつぶやきをスルーし麗美は続ける。


「キラお婆ちゃんはわたし達のハーレムに入ってくれるの?」


「ああ、モチのロンじゃ」


「そんなあっさり了承していいのかよ。婆さんにだって家族や住まいってのがあるだろう?」


「ふぉっふぉっふぉっ、光一はわしの話を聞いておらんかったのか? わしは天女じゃよ。天女がそう簡単に家庭や家など持つわけなかろうて」


「いやいや、いままさにハーレムに入ること簡単に決めてんじゃん」


「馬鹿たれ。そりゃ、わしがお前さんのことを本気で気に入ったという証拠じゃろうが。それに、このウブな天女をお姫様抱っこまでしたんじゃ。光一には責任をとってもらわなければのぉ」


「お姫様抱っこ!? ――あ、さっきこの屋敷に運んだときのことか!? 別にあれは緊急事態かと思ったからだっての!」


「それから、麗美とかいったかの、こちらの幽霊少女もよい子そうじゃしな。このハーレムにわしも喜んで入ってやろうではないか!」


 こうして2人目のハーレムメンバーとして、自称天女のババァが加入することが決定した。……おれは喜んでいいのだろうか。


「わーい、わたしよい子だって」


 少し戸惑っているおれとは対照的に麗美は嬉しそうな面持ちで空中を一回転していた。


「わたし、悠木麗美っていいます。これからよろしくお願いしますね、キラお婆ちゃん!」


「うむうむ。やはりわしの思った通り、麗美は挨拶もきちんとできるよい子じゃな」


 婆さんはそう言うと麗美の頭をよしよしとなでた(もちろん麗美に触れることはできないので、実際は頭の上で右手を動かしているだけだが……)。


「うふふ……。そうだ! 今日はキラお婆ちゃんの歓迎会をやろうよっ! キラお婆ちゃんはどんな料理が好き?」


「おお、嬉しいのう。しかし料理か……。わしは基本なんでも食べられるが、やはり和食のほうが好みかのう」


「なるほど、なるほど」


 麗美は納得したようにうなづく。

 麗美が調理を行うとなると、今晩もあの暗黒半球体が食卓に並ぶことになるのだろう。そう思うと不安と期待が入り交じった変な気持ちになるな。なにより、この婆さんがどんな反応をするのか楽しみだ。


「婆さん、麗美の料理に腰を抜かすなよ」


「なんじゃ、その意味深な発言は……」


 婆さんはおれの言葉に不安そうな表情になる。しかし、当の麗美はそんなことなど気にするでもなく、仲間が増えたことを素直に喜んでいた。


「しっかしさ、こんなに早く2人目のハーレムメンバーを見つけられるなんて、幸先いいね、光一くん!」


「お、おう」


 うーん、これは幸先いいといえるのだろうか? ていうか、このまま婆さんくらいの年齢の人間がおれのハーレムにどんどん加入するってことになったら、それはもはやハーレムではなく老人ホームになってしまうんでは……。

 そんなことを危惧するも、目の前の麗美の嬉しそうな笑顔を見ていたら「それでもいいか」なんて思ってしまう自分がいた。

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