幽霊少女との登校


 おれは自身が通う高校へ向かうべく通学路を麗美と並んで歩いていた。もちろん、並んで歩いたとはいっても、麗美は浮遊しているわけだが……。


「いやー、いい天気だねー。ねっ、光一くん?」


 ああ、確かにいい天気だ。


「こんな日は学校をさぼってピクニックに行きたくなるねっ」


 バカなこと言うなよ。おれはこれでもいままで一度も学校を休んだことがないんだ。そんなくだらない理由でサボるわけないだろ。だいたい高校生にもなってピクニックなんてしないっての。


「あれ? いまふと思ったんだけど、ピクニックとハイキングってなにが違うのかな? 光一くん知ってる?」


 知らん。そんなことはおれじゃなくて辞書に訊け。


「うーん、なんだろうなぁ。でもさ、ハイキングよりもピクニックって言ったほうがなんか可愛いよね? やっぱ、半濁音が頭にくると可愛いく思えるよね?」


 そうか? んなことないような気がするが……。


「ていうか、半濁音が頭につくものって可愛いものしかないんじゃない? ほらプリンとかピーチとかさ全部可愛くない? それに比べて濁音はダメダメだよね。ギロチンとかダイナマイトとかヤバい単語ばっかりじゃんかっ!」


 待て待て。そりゃ極端な例をあげてるだけだろうが。半濁音でも可愛くないものなんかいくつでもあるっての。プーチンとかピロリ菌とかさ。


「……そういえば、光一くんの高校は家から近いの?」


 まあそうだな。歩いて20分くらいだから結構近いかな。第一志望の高校に受かってたら電車通学だったんだけど、落ちちゃったからなぁ。ま、逆に考えれば満員電車に毎日揺られなくてすんでよかったんだけ――


「どぉ!?」


 突然、道ばたに落ちていた空き缶が飛んできて、おれの頭へと直撃した。

 なにごとかと思って周囲を見回すと、麗美がムッした表情で腕を組んでおれを睨んでいた。どうやら犯人はこいつらしい。


「こーいちくーんっ!」


「なんだよ?」


「なんでさっきからわたしのこと無視してんの?」


「無視なんかしてないだろ。ちゃんと脳内で返事してんじゃんかよ」


「脳内って! わたしエスパー違うからねっ!?」


「ポルターガイストなんて離れ業ができるんなら、人の脳内くらい読みとってくれよ……」


「まったく。幽霊だって万能じゃないんだから、そんなことできるわけないでしょ!」


「そう言われたってさ、外で話しかけられたらおれだって返事できるわけないじゃんかよ。だれに聞かれているかもわかんないんだし――」


 と言ってから、おれははっとして辺りを確認する。少し離れた場所で近所のオバサンが家の周りをホウキで掃きながら、おれのことを不審者扱いするような目で見ていた。


「あ、あははー。こんにちはー。いいお天気ですねー」


 おれは愛想のいい笑顔で挨拶を試みる。しかし、オバサンは少し怯えた様子で、そそくさと家の中へと引っ込んで行ってしまった。


「ほらみろ! おれがひとりで会話している変人と思われちゃったじゃないかよ!」


「いやぁ、光一くんは元からハーレムを目指している変人なんだからいいんじゃないかな?」


「よくないっての! ていうかハーレムを目指すのは変人なんかじゃないからな! 健全な男なら誰でも通る道だから!」


「うわぁ……」


「なんでハーレム第一号のはずのお前がドン引きしてるんだよ!?」


「ほらほらそんな大声出してると、また近所の人から変な目で見られるよ。そんで『千影さんちの坊ちゃん、最近だれもいないのにぶつぶつと喋ってるわね』『きっといろいろと拗らせちゃって、妄想彼女と話してるのよ』とか噂されちゃうよー」


「くっ……。ていうか、麗美はおれの家で待ってればいいじゃんかよ」


 おれは声を抑えて反論する。


「いやだなぁ。わたしは仮にも光一くんに取り付いている身なんだよ? 基本的に幽霊は取り付いている人から離れることができない。これ霊界の――」


「常識なんだろ」


「そいうことー。ま、幽霊側の霊力が高ければ、ある程度の距離は離れられるんだけどね。とはいっても、せいぜい数百メートルくらいかな」


 数百メートル。それでは家で待っているというのも無理な話か。


「そもそもさ、光一くんだってわたしがいないと不便だと思うよ」


「なんでだよ?」


 おれの質問に麗美は呆れた様子で首を振る。


「かぁーっ! 今朝説明したばかりじゃない。わたしのことが見える子がいたら、それすなわち光一くんのハーレムに入ってくれる子ってことなんだって。つまり、わたしはハーレム勧誘のアンテナにもなってるってこと。そんなわたしを家に置いていくなんて愚の骨頂ってやつですよっ」


「うっ、なるほど……」


 そんなこと言われてしまうと、ハーレムを目指してる身のおれとしてはなにも反論ができない。


「とにかく、外ではなるべくおれに話しかけないでくれよ。あんまり対応できないから」


「はーい」


 そう言って麗美は幼稚園児がそうするように元気よく右手をあげた。

 ……ものすごく不安だ。麗美はどうも子供っぽい性格だし、朝のドッキリの件もある。これは今日一日は麗美の行動に気をつけたほうがよさそうだな……。

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