幽霊少女
参拝を終えたおれは、鳥居を抜けて意気揚々と家路に着こうした――が、すぐにある光景が目に入り足を止める。
神社を出てすぐの丁字路の角に沢山のジュースやお菓子、そしていくつかの小さな花束が置かれていたのだ。その様子を見て誰かがここで亡くなり、その誰かに手向けられたお供え物なのだとすぐにわかった。
ただ、おれが足を止めたのはお供え物があったからではない。そのお供え物の前で小学生らしき男の子ふたりがなにやら不審な動きをみせていたためだ。
ふたりはキョロキョロと周囲を見回し辺りを警戒しているようだった。
その不自然な挙動に、おれは思わず彼らに見つからないようにと鳥居の影に身を隠していた。彼らがなにをしているのか、そっと様子を見守っていると男の子達の声がこちらまで届いてきた。
「どう? そっち側は平気そう?」
「おう、こっちは誰もいないみたいだ」
「じゃ、見つからないうちにさっさとこれ貰っちゃおう」
ふたりはニヤリと笑うと、あろう事かお供え物のスナック菓子のひとつを自分のリュックの中に入れたのだ。
おれは何とも言えない悲しい気持ちになった。
男の子達はまだ小さいし、見た感じ小学校低学年くらいだろう。だから、あのスナック菓子が亡くなった人へのお供え物だと理解してないのかもしれない。それでも、キョロキョロと周囲を警戒していたということは、自分達がやっていることが決していいことではないとわかっているはずだ。
お供え物のスナック菓子のひとつがなくなったって、そこに供えた人は気づかないだろうし、誰も悲しむことはないのかもしれない。それでも、おれは男の子達の行為を見過ごすことはできなかった。
「こら!」
その場を去ろうとしている男の子達の前に出ると、なんとか威圧的にならない程度に声を荒らげた。
「お前ら、なにやってんだ!」
「わっ!」
男の子達は急に現れたおれに驚く。
「いま鞄に入れたお菓子を出すんだ」
おれの言葉を受け、男の子のひとりが青ざめた表情でリュックから先ほどのお菓子をおれに差し出した。スター☆モンスターチップス(略してスタモンチップス)というスナック菓子だった。
そのおまけでついているカードが子供達に人気だというのはおれも知っていた。とはいえ、そんなことは男の子達の行為が許される理由にはならない。
「これはお前らのじゃないだろ? だったら勝手に持って行っちゃダメじゃないか。これはここで亡くなった人の為に誰かがあげた物なんだ。おれの言ってることわかるか?」
急に出てきた年上の男に怒鳴られたら男の子達のトラウマになりかねない。おれは努めて優しく諭すように話した。
「……ごめんなさい」
男の子達はか細い声で謝ってくれた。
よかった。これで逆ギレでもされたら、おれのほうがトラウマになるところだった。こんなに素直に謝れる子なんだ。きっとこれに懲りてこの子達はもう二度とこんなことをしないだろう。
「それじゃあ、今後はたとえ道ばたに落ちている物でも勝手に自分の物にしないって、おれと約束できるな?」
「はい……」
「よし! じゃあ、もう行っていいぞ」
おれが笑顔でそう言ってやると、ふたりはほっとした表情になり走ってその場を後にした。
「ふう」
清々しい気持ちから、おれはひとつため息をつく。
人から見れば、おれの行為はただの偽善なのかもしれない。ただ、それでもよかった。あの男の子達を見逃していれば、おれはこの清らかな気持ちを味わえずにきっと後悔していただろう。誰かに感謝されずとも、誤りを正せたことにおれは満足していた。
「――ありがとう」
不意に背後から声がかかる。
「うぇ!」
予想していなかった感謝の言葉に、おれは驚きながらも後ろを振り向いた。
そこにいたのは長い黒髪がよく似合うセーラー服姿の女の子だった。
か……可愛い。眉までかかった前髪は横に揃えられ、いわゆる前髪パッツン。目はクリクリとまん丸で幼さく見えるが、おそらくおれと同い年くらいだろう。
しかし、どこかで会ったことがあるような気もする。とはいえ、具体的にはまったく思い出せないのだが……。
とにかくこれはドタイプです。ていうか、さっそく参拝の効果てき面じゃんか。こりゃ、ハーレム運グイグイだな。
「あの子達からそれを取り返してくれて、どうもありがとねっ」
女の子はスタモンチップスを指さしながら、もう一度お礼の言葉を口にした。
お礼を言うということは、彼女はきっとあの場所で亡くなった人の遺族か知り合いかなのだろう。この子におれのハーレム第一号になってほしいという思いこそあるが、そういうことなら言葉選びは慎重にしなければなるまい。
「おれのハーレムに入ってください!」
「は!?」
バカか、おれはー! こんなにタイプな女の子に会ったの初めてだから、緊張のあまり頭が混乱してしまっている。彼女もおれの突然の告白に目が点になっちゃってるじゃんか!
「は、はーれむ?」
女の子は顔を真っ赤にしながら尋ねる。
「ハーレムってひとりの男の人に複数の女の人が群がるっていう、あれのこと?」
群がるというのはなんか違うような気がするが、そんなことを訂正している場合ではない。とにかく急降下中の好感度をなんとか浮上させねば。
「ご、ごめん、いきなり失礼なことを言っちゃって。今のは聞かなかったことにしてくれ。……それで、えっと、あんたはここで亡くなった人の遺族の方なのか?」
「え……ああ、まあ」
急に話をまともな路線に戻されたためか、女の子は言葉を濁す。
「それはなんというか……お悔やみ申し上げます」
ここでなにがあったのか、誰が亡くなったのかはわからないが、この沢山のお供え物の量から察するに亡くなったのはつい最近なのだろう。それなのに、おれは傷も癒えていないであろう遺族の人にとんでもなく失礼なことを言ってしまった。改めて先ほどの自分のハーレム発言を取り消したい。
おれがそう悔やんでいると、女の子が申し訳なさそうに口を開いた。
「あの……じつはわたし、遺族じゃないんだけど」
「え? じゃあ……」
「えっと、なんていうか、当事者なんだ……」
「は?」
当事者ってどういうことだ? 遺族が当事者と言い方に当てはまるのかよくわからんが、遺族じゃなくてとも言ってるし……はっ、まさか加害側の――
「つまり、わたしはここで死んだ張本人ってこと」
「……」
想像していた以上のぶっ飛んだ答えに、おれは絶句してしまう。
なに言ってんだこの子? 死んだ張本人って、じゃあなにか? いまおれの目の前にいる女の子は幽霊だとでもいうのか? はっ、そんなバカな。確かに黒くて長い髪ってのは幽霊の定番だけど、こうしてはっきりと会話できてるし、足だってちゃんと――
おれは女の子の足下を確認した途端、背筋に冷たいものが走る。
――ない! この子、足がないぞ!
紺色のスカートから下に伸びる足は膝上辺りでぷつりととだえ、女の子の体はふわふわと空中に浮いていた。
「うえぇー!!」
「ちょいちょい、驚きすぎだってのっ! てか、最初っから気づいているもんだと思ってたわ。よく見たら透けてるでしょうよ、わたしの体」
確かに、女の子の体をよく見てみると向こう側の景色が透けて見える。くそっ! これが服だけ透ける仕様だったらどんなによかったことか! ……じゃなくって! この子は本当に――
「――ゆ、幽霊なのか!?」
「うん。わたしはここで死んだ、地縛霊の
「あ、これはご丁寧に。おれは千影光一。同じく高二だ」
なんか流れで自然に自己紹介してしまった。ていうか、この子も幽霊ならもっとおどろおどろしくしてくれなきゃ、こっちも反応に困るんだが……。
「光一くんね、よろしくよろしく。……ところで」
麗美と名乗った幽霊少女はコホンと咳払いをする。
「それ開けてみてくれないかな?」
そう言って麗美が指さしたのはスタモンチップスだ。
「えっ、でも……」
男の子達に落ちている物でも勝手に持って行ってはいけないと説教かました直後におれが開けていいものなのだろうか。いや、もともとはこのスナック菓子はこの幽霊少女の麗美の物なのだから開けていいのか? だが、しかし――
「なに躊躇ってんのさ? もっらた本人が開けていいよっていってんだから、さっさと開けるっ!」
しびれを切らせた麗美がむっとした表情で言う。
「そんなに言うなら自分で開ければいいじゃんかよ」
「光一くん、人の話聞いてた? わたしは幽霊なんだよ? 幽霊が物に触れたりすることができないのは霊界の常識でしょうがっ」
「そんな常識知らねーっての!」
おれは文句を言いながらもスタモンチップスの袋を開けてやった。
「つーか、触れることができないなら、これも食えないんじゃないのか?」
「ちっがーう! そっちじゃなくて、カードのほうを開けてっていったの!」
「はあ!? お前、高二にもなってこんなカードを集めてんのか?」
「好きなんだからいいでしょっ! さ、早く開けて、開けてっ」
麗美に急かされるがままにおれは裏に糊付けされているカードの入った銀色の袋を開けて中身を取り出す。出てきたのはホログラムが貼られたいわゆるキラカードで、胴体が銀色の地球儀でできたドラゴンが描かれていた。
「なんじゃこりゃ……」
カードに描かれたモンスターの微妙なセンスにおれは言葉に詰まる。こんなヘンテコなカードが今の子供達に大人気だというのか。にわかには信じられん。これはおれの感性が大人になったのだと喜ぶべきところなのだろうか。
と、麗美が少年のように目を輝かせているのに気づいた。
「ど、どうした?」
「ふぉ……ふぉーっ!」
麗美はいきなり奇声をあげる。
「これアルティメットレアカードの『レアアースドラゴン』じゃん! すごい! すごいっ!」
「お、おう……」
あまりのハイテンション振りに、おれは思わず引いてしまう。
「これずっと欲しかったんだぁ。光一くん、ほんっとーにありがとうっ! お礼にわたし、なんでも言うこと聞いてあげるっ!」
「ん?」
いまなんでも言うこと聞くって言ったか? それなら、おれの願いはひとつしかないじゃないか! この際、幽霊娘だろうが妖怪娘だろうがなんでもいい!
「そ、それなら、おれのハーレムに入ってくれないか!?」
「は!?」
先ほどと同じ反応。やはりダメか……。きっと、この後に続く言葉はこうだ。「キモい」「最低」「死ね」だろう。わかってる。いくら努力をしたって、神頼みをしたってハーレムを作るなんて夢のまた夢なんだ……。
「んー……いいよっ!」
ほら「いいよ」って……えっ?
「いいのか!?」
「うん、いいよ。光一くんがいい人だってのはわかるし、なによりわたしが光一くんのこと気に入っちゃったから」
麗美は頬を染めながら言葉を続ける。
「ただ、ひとつだけ条件があるの」
「条件か。まあ、ただでハーレムに入ってもらおうとは思ってない。なんでも言ってくれ」
「うん。さっきも言ったけど、わたしは地縛霊なの。つまり、わたしはこの場所から離れることができないってわけ」
「えっ、そうなの?」
「光一くんって幽霊のことなーんも知らないんだね」
麗美はあきれ顔でため息をつく。
「でもね、離れることができないっていっても例外があるんだっ」
「例外?」
「そう、例外」
麗美は深く頷きながらも言葉を続ける。
「地縛霊っていうのは誰かに取り付いて呪いをかければ、その場所から離れることができるようになるの」
「なるほど。麗美の言いたいことはわかった。つまり、おれに取り付いて呪わせてくれということだな?」
「まあ、そういうことになるかな。……嫌だよね呪われるなんてさ」
呪いか……。寿命が縮むとかそういったたぐいのものだろうか。まあ、呪いの内容云々など聞かずともおれの答えは最初から決まっていた。
「いや、いい! 呪ってくれ! おれのハーレムに入ってくれるのなら呪いなんて屁でもない!」
こうしておれのハーレム計画は幽霊娘に取り付かれることで第一歩を踏み出したのだった。
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