第14話本当のリアルとは!

 さあ、明日がいよいよ『UDN47ぷらすワン』デビューの日です。これまで料理の知恵と工夫やうどんの基本、そして「アイドル」に必要な「個性」の作り方を学んできたメンバーが『粉衛門』に全員集合しています。


「いよいよ明日ですねえー」


「めがねめがねちゃん!先頭バッターだよ!派手に頼むぜ!」


「ありがとうございます。十八号さん」


「お、お、お、おおおおし!頑張りましょう!」


「気楽に、気合を入れていきましょうね。おおぼけこぼけさん」


「だーいーじょーおーぶーかーなー。むーねーがどきどどきどどっききしす!」


「いいじゃん。早口とゆっくりを使いこなせてるね。大丈夫さ。リラックスね」


「とにかく一週間後のよくできすぎさんにきっちりとバトンを渡せるようにやりますわね」


「実は私が一番緊張してるかもです。一番最初はもっと大変だと思いますが頑張ってくださいね」


「あー、念願のアイドルデビューですね。私のSNSもフォロワーや『いいよ』がたくさんつく日がくるのかもです。ワクワクしますね」


「ん?ちょっと待ってください。ぴーてぃーえーさん。SNSのフォロワーや『いいよ』が欲しいんですか?」


「え?アイドルって普通そうじゃねーの?何十万、何百万のフォロワーがいてさ。発言がどんどん拡散されっぜ。写真や動画をアップすればファンも喜ぶんじゃねえの?」


「それこそ臨機応援ですよ。ねえ、おおぼけこぼけさん」


「そ、そ、そうです?臨機応援なのですか?」


「皆さんのツブヤキマシターは、まあ、SNSやってる方、そうでない方もいるでしょう。アカウントはまた別で『UDN47ぷらすワン』用に作るのもいいでしょう。皆さんの発言力はどれくらいありますか?アクティビティ数、つまりどれだけ皆さんのつぶやきに関心を持たれているかですね。フォロワー数の三分の一あれば上出来だと思います。あ、アダルトは別ですよ。あれは別の要素が入ってますので自己顕示欲を満たすにはアダルトが一番早いかもですね。とりあえず三分の一です。見てみてください。やってる方は」


「あら、そんなにないですわね」


「わ、わ、わ、私もぉーー」


「僕のアカウントをお見せしましょうか。僕のアカウントはフォロー数五人、フォロワー数三千二百三人です。はい、この『さぬきさん』が僕です。『あー、だるい』や『ホロホロ鳥です』など。意味不明ですよね。ではアクティビティ数を見てみましょう」


 讃岐さんがスマホのツブヤキマシターのボタンを押しました。な!な!ええええええ!アクティビティ数一万五千を超えています!!


「讃岐さんすごいです。私も三分の一いかないぐらいでした」


「でも、こんなに見られていても『いいよ』は一つもついてませんよ。それに『疑う』ですよ。このアカウントが本当に僕のアカウントである証明は出来ますか?もしかしたら誰かのアカウントを借りたのかもしれませんよね。まあ、皆さんは僕を信じてくれていますからこのアカウントが僕のものだと信じてくれるのです。ネットは匿名の世界だと思われますがその気になれば簡単に個人を特定できます。また、フォロワー数がどんなに少なくて誰も見てないと思って捨てアカウントなどでネガティブなことを言ってもそれは取り消せないことも理解しておいてください。ログは残ります。誰かがスクショしてます。言葉の癖やネット回線、画像や動画からのヒントを集めれば特定は可能です。また、言葉はとても鋭く、時に刃物同様に心を傷付けます。これから皆さんがアイドルとして活動していくと、そういった非難や誹謗中傷も受けます。臨機応変、臨機応援も必要ですがネットの使い方は正しく、間違わないようにしましょう。実際に対面しての会話とネットでの顔も知らない相手との会話では後者の方が数百倍難しいです。言葉はとても難しいものです。知らない間に誰かを深く傷つけてしまうこともあるのです。恨みを買うこともあるのです。ただ、ネットでも優しい言葉はとても暖かいです。それよりもリアルを大事にしてください。ネットは楽をすることにもなります。ツブヤキマシターのリプより手書きのファンレターの方が嬉しいでしょう。『いいよ』ボタンが一回一万円するなら誰も『いいよ』を簡単には押しません。少なくともツブヤキマシターのプロフィール欄に『フォローしてください』なんて書くのはナンセンスです。『フォローしたら絶対後悔するよー』ぐらいの方が面白いです。それに人間の心理なのでしょう。中途半端な再生回数百いくかいかないぐらいの動画がタイムラインに流れてきて、その動画に興味があっても再生は押しませんよね。音なしで動画だけを見ますよね。その代わり、バズって再生回数十万回を超えた動画なら『私一人が見ても変わりはない』と見ますよね。そういうもんです。どうやら最後の課題が見えましたね。皆さんに本当のリアルを見せましょう。タクシー代は出します。今夜十一時半、ここにもう一度集合してください」


 なんだろう。最後の課題とは?そして夜の十一時半にメンバーがもう一度『粉衛門』に集まりました。


「夜遅くにすいません。明日担当のめがねめがねさんにも明後日の十八号さんにもご負担をおかけしますがご了承ください」


「全然構いませんですよ」


「大事なことなんだろ?そっちの方が重要だ」


「ありがとうございます。それでは僕とアニマルさんはバイクで残りの九人は三台のタクシーに分かれますか」


「私のケツに一人乗れるよ。運転は荒いけど安全には自信ありさ。めがねめがねさん乗るかい?」


「え、いいんですか?ではお願いします」


 アニマルさんがめがねめがねさんにヘルメットを放り投げる。


「それでは目的地は大手大学病院である〇〇大学病院です。あそこに友人が勤務してましてね。許可はいただいてます。では残った八人は四人ずつ、『ちーむ父兄参観』と十八号さん、『ちーむしーおー2』とよくできすぎさんに分かれて。タクシーの運転手さんに〇〇大学病院と言ってください。タクシーは大通りですぐに拾えます。領収書は貰ってくださいね。では現地で」


 そして、アニマルさんがウオンウオン!とめがねめがねさんを乗せて走り出しました。讃岐さんも残った八人がタクシーに乗り込むのを確認し、原付を走らせます。そして夜の○○大学病院前に全員が集合しました。


「ここからはお静かにお願いします。僕の後についてきてください。そして僕の指示に従ってください。そして感じてください。本当のリアルを」


 そして讃岐さんが受付でこの病院に勤務しているであろうご友人の名前を出して入館の許可を貰いました。讃岐さんの後を黙ってついていく十人。とても大きな廊下、大きな受付にも事務員らしきお姉さんが二人。そこでもご友人の名前を口にして許可を貰う讃岐さん。


「皆さん、ここの待合スペースの椅子に座ってください。決して他の緊急患者さんの邪魔にならないようにお願いします。これからは無言でお願いします。あと、全員このマスクをしておいてください。急患の方が風邪のウイルスを持っている可能性もあります」


 全員が讃岐さんから受け取ったマスクをしてます。めがねめがねさんは呼吸のたびに眼鏡が曇ってますね。そこから三時間。黙ったままのメンバーの前を運び込まれた救急患者さんが通っていきます。中には車輪の付いたベッド、ストレッチャーというものに乗せられた方もいました。青ざめた表情で意識がないのか、付き添いの人も走りながら心配を通り越し、悲痛な表情をされています。


「さっきまで普通だったのに!急に倒れたんです!意識がなくて!」


「落ち着いてください。今から先生が対応しますので」


 三時間後、讃岐さんがメンバーに声をかけ、病院を出ました。


「夜の病院は本当に失礼ですが、普段は意識しなければ目にも留めないですが…。どうでしたか?」


 メンバー全員が黙っています。


「ネットやテレビでは、今まで今日の何百倍も凄惨なものを見たことはあるでしょう。その時に今の気持ちになれましたか?この国の医療体制はしっかりしてます。緊急時には電話一本で救急車が来てくれます。119番も無料でかけられます。でもそれをかけられない人もいます。立派なお医者さんが二十四時間体制で待機してくれているから救われる命も多いのです。ネットやテレビを見て自分が生きていることの当たり前に、健康であることの当たり前に気付くことが出来ましたか?これがリアルです。本当のリアルは自分が実際に見たこと、聞いたこと、痛みは自分で実際に経験しないと想像は出来ません。これが人間の持つ『五感』です。僕が『疑う』ことが大事であると何度も言った意味、『喜怒哀楽』を大事にすること、『個性』を持つこと、それらは『五感』を尖らせることです。当たり前のありがたさに気付くことが出来れば人に優しくできます。これで僕からの最後の課題は終了です。全国制覇を目指しましょう」


 メンバー全員の顔が二週間前よりもたくましく見えますね。ものすごいスピードで讃岐さんという人間に触れたのです。この十人が集まった『UDN47ぷらすワン』はきっと大ブレークすると思います!メンバーの方たちがタクシーで帰っていきます。あ、めがねめがねさんはアニマルさんに送ってもらうようです。アニマルさんはバイクを病院から少し離れたところまで押していきました。迷惑にならないように気を使っているのでしょう。いいなあ…。


「これで俺の役割も大体終わっただろうぜ」


 咥えタバコでピンッと火を点けてます。いや、まだまだこれからじゃないですか。


「まあ、見てなって。明日からの『粉衛門』は楽しみだぜ。三か月後には俺は隠居して働かなくて…、嫁も戻ってきて…、フフフ…」


 そうだ。この人は基本、堕落してるんだ。働きたくないと言う不純な動機を持っているんです。でも『UDN47ぷらすワン』はきっと成功するんでしょうね…。そして讃岐さんは遊んで暮らすんでしょう…。……。奥様が戻ってくるといいですね。奥様と一緒に二人でお店をする讃岐さんの姿を私は見たいです。そしていよいよ『UDN47ぷらすワン』デビューとなる金曜日。めがねめがねさんが出勤です。

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