第12話携帯のマナーモード?意味ねえ!

 プルルルルルルルルル♪


 乾杯が終わった直後にどなたかのか分かりませんがよく電車などで耳にするありふれた携帯音が鳴りだしました。


「あ!すいません!私ですう!すぐに切りますねえ。大事な時に切ってなくすいませんですう」


「みすえっこさん、ちょっと待ってください」


「はいい!」


「ここは『粉衛門』の店主としてではなく『UDN47ぷらすワン』のプロデューサーとして意見させていただきます」


「はいい?」


「公の場や大事な場所で携帯の音を鳴らすのは全然いいです。ただ、その着信音はいただけない。普通過ぎます。面白くないです。個性がないです。例えば電車の中で携帯音が鳴ります。普通なら『電車の中ではマナーモードにしておけよ』と多くの人は感じると思います。僕もそう感じると思います。ただ、その着信音がとても『個性的』なものだと僕は『お?』となります。着信音があの国民的アニメ『体は子供で頭脳は大人』の有名なナレーションだったら?『こいつおもしれー』と感じますよね。それが『個性』です。この国のアイドルは星の数ほど存在します。同じようなことをしていてもトップは無理です。『恋愛自由』も当たり前だと思います。星の数の中から『この子に元気をもらった』と思われる存在になることが大事だと思います。それでは『座学』を始めますね」


 気が付けば皆さん真剣にメモを取っています。しかし讃岐さんの言うことはいちいち説得力がありますね。


「はい、このお店の厨房に僕の名前が書かれたプレートが貼ってありますのが分かりますか?このプレートはネットオークションでも買えます。二千円ちょいですかね。プレートの上の部分に『食品衛生責任者』と書かれています。そして僕の名前『讃岐耕太郎』ですね。つまりこのお店で食中毒などの事故を起こすと僕の責任になります。ちなみにこのプレート、定価八百円です。これから最低限知っておいて欲しいことのみを皆さんにかいつまんでお話しします。実際にはかなり分厚い教科書があるので、全てに目を通して欲しいですが時間の無駄です。もちろん今後、全国に『粉衛門』を展開していくとなると皆さんに店舗の責任者をお願いすることも可能性としてあります。まず、この国の法律です。法律は無敵でしょうか?おっかさん」


「さて。法治国家である日本ですよね。法に基づいて治安も守られているのでそうではないでしょうか?」


「実は法律より強い決まりがあります。それは『日本国憲法』です。では『条例』は?スピードマウスさん」


「なか、法律のほが強そです」


「そうです。『日本国憲法』が最上部にあり、『法律』があり、その下に『条例』があるのです。『都条例』など東京都での決まりなどがそうです。これがまず一番に覚えておくことです。『アイドル恋愛禁止条例』も『条例』ですね。『条例』は比較的その時代や社会に合わせて追加したり変更することも可能です。それと同じように『食品衛生法』という食品、つまり飲食を扱うための決まりもどんどん変化を重ねてきました。それではアニマルさん。『レトルト』と『真空パック』の違いは分かりますか」


「『レトルト』は『常温可』で『真空パック』は『要冷凍』だね」


「さすがです。正解です。それを間違えて同じものとして扱うと大変なことになります。『黴(かび)』に『菌』と書いて『バイキン』と呼びます。衛生面は個人個人が気を付けることで食中毒などの事故は防げると言うことです。とにかくこの厨房に入る方はもちろん、飲食に携わるなら手洗いは徹底することです。食中毒の発生原因に『夏は細菌、冬はウイルス』とあります。また、自然毒は季節で、化学物質は季節関係なく発生します。そこで最初の『食品衛生法』です。令和二年六月から『HACCP(ハサップ)』という制度が施行されます。これは昔、アポロ計画と言って、人類が初めて月にロケットで行く計画が今から約五十年以上前ですね、僕が生まれるよりずっとずっと前です。その時、宇宙食で食中毒を起こすとえらいこっちゃですよね。正確には千九百五十九年にアメリカで考案された衛生管理方式です。ハンバーグを八個焼いて、その内ランダムに二個選び、決められた時間、中心温度を測り、基準をクリアしているとその八個は大丈夫とするものですね。簡単に言うとですが。それが『ハサップ』です。ウイルスは細胞、細菌は食品栄養で繁殖します。これが今後の役に立つのか?少なくとも知識として自慢できますよ。知性も『個性』の一つです。これから分かりやすく説明します。皆さんの持っているスマホありますよね。スマホはバイキンの塊です。スマホを毎日洗っている人っています?トイレでスマホ弄ったことありませんか?握手会を想像してください。ファンなら『わーい!あの子と握手しちゃった!この手は洗わないぞ!』となりますがアイドル側なら『知らない人と握手しちゃった。しかも不特定多数の人と。握手会まで来てくれて行列を作って待ってくれてまで。それはとても嬉しいけれど…』となりますよね。当然です。独占欲の強いファンなら自分のピーーを手に擦り付けてるかもしれないですし。知らない人と握手した後に手を入念に洗うのは当然のことですし、それは失礼でもなんでもないです。皆さんの彼氏さんであったり、特別な人のものだったら信用出来るのでしょう。僕も同じ考えです。得体の知れないレディーが握ったおにぎりを食べる勇気はありません。それでは十八号さんに問題です。スーパーで売っている生卵にはパックに賞味期限が表示されています。その期限はどの期限をさしているでしょう?」


「それはじゅうはちゴー!!でも分かりまてーん」


「卵の菌はサルモネラ菌でーーーす。正解はスーパーで売っている生卵の賞味期限は生食用としての期限です。熱を加えると菌は死にます。食品衛生の基本は清潔、迅速または冷却、加熱です。清潔にして微生物を『つけない』、迅速または冷却で微生物を『増やさない』、加熱して微生物を『やっつける』です。基本的に菌は熱で死にます。中には有芽胞菌と言って加熱でも死なない菌もいます。ジャガイモの『ソラニン』などですね。ジャガイモの根は切り取るとよく言いますがまさにそれです。まあ、家庭菜園ならあり得ますが、普通に流通しているジャガイモにはまず『ソラニン』が含まれているものはないです。ただ『疑う』ということは何よりも大事なことだと僕は思っています。物事は何でも『疑う』慎重さを大事にしてください。基本中の基本です。ぴーてぃーえーさん、英語喋れますか?」


「英語は中途半端どころか全く分かりません」


「僕は今回の『UDN47ぷらすワン』というアイドルユニットでの選考会で一度も歌唱力を判断材料にはしませんでした。歌唱力でアピールされていた方もいらっしゃいましたが。僕はアイドルに歌唱力は一ミリも求めないからです。これは僕の価値観ですので押し付けはしません。理由は二つあります。一つ目はカラオケも含め、女性で歌が下手な方は見たことがないからです。逆に音痴の方が『個性』になると思っています。これは確率の問題でもあります。全員音痴はあり得ないと思いますし、上手い人はいくらでもいると思っていますので。勝負するところはそこではないと思ってます。二つ目がちょっと前に流行った『ボヘミアン』を皆さんは見ました?キューティフルさんは?」


「観ましたわ」


「めがねめがねさんは?」


「私も観ました」


「スピードマウスさんは?」


「うぃうぃうぃうぃうぃろっきゅうー!観また!」


「いい曲だと思いましたか?」


「名曲すー!」


「さて皆さん。ではあの映画の主人公となったあのバンドの曲は日本語ではありませんね。それでも『名曲』と多くの日本人は感じたわけです。これこそまさに『音楽』です。ヴォーカルも含め、『音』を『楽しむ』で『音楽』です。今の邦楽の流行歌や名曲は『日本語』で歌っています。『歌詞』がいいからこの曲が好きと思ったことはありませんか?よくできすぎさんはどうですか?」


「確かにおっしゃる通りですね」


「もともと日本語は『あ・い・う・え・お』と母音なのです。日本語ってメロディーに乗せにくいんです。今はK―POPですかね。韓流アイドルのファンの方も日本には多いです。逆もまたしかりです。ただ韓国語はすごく英語に似ていてメロディーに乗せやすく耳障りもいいのです。韓国語のラップなんてすごくカッコいいですよ。でも今は商業を意識しすぎてか、韓流アイドルが日本語で歌うことも多いです。実に勿体ない。しかも世界の言語でも難しいと言われている日本語を韓流アイドルは勤勉な方が多いのでしょう。流暢な日本語で歌われています。『ボヘミアン』のバンドの人たちは日本語でも曲を出してますが、普段からの歌い方が身に染みているのでしょう。日本語でもメロディーに乗せるのが上手いです。話を戻しますね。歌詞の意味は分からないけれどいいと思う音を『音楽』、歌詞の意味に惹かれるのが『詩楽』です。分けて考えましょう。新しい音を作るのは難しいです。しかし新しい詩を作ることはそう難しくはないです。ファンを舐めるわけじゃないですが、『音楽』と『詩楽』を分けて捉えている方は少ないと思います。それなら音よりも詩で勝負した方が勝ちやすいということです。詩で勝負するのに歌唱力はそんなに必要ないでしょう。歌唱力=ヴォーカル=音ですよね。CDリリースももちろん視野に入れてますよ。ただ、『音楽』で勝負はするつもりはないということです。僕の言う『疑う』はそう意味も含めてです。『音楽』を『疑う』とそういう考え方に辿り着くということです。『疑う』ことは物事をいろんな角度から見ることになり、通常では辿り着けない発想に到達できると言うことです。あ、めがねめがねさんと十八号さん。ジョッキが空ですね。おかわりします?」


「頂きます」


「私も生!」


 讃岐さんが手早く冷えたジョッキにビールを注ぎ、カウンターにドンと置く。


「はい!生二丁!あとはセルフでお願いします。他にもおかわりの方はいつでも言ってくださいね。では続きを。『粉衛門』はうどん居酒屋です。何故、蕎麦もやらないのか?みすえっこさん。分かりますか?」


「ええー。分かりませえん」


「正解はうどん居酒屋だからです。つゆは基本的に同じですが麺は全く別物なのです。これから、よくお客さんにも同じことを聞かれますよ。その時はこう答えてください。同じ釜で茹でることになるので蕎麦アレルギーの方がうどんを食べても蕎麦アレルギーになってしまう可能性があるからと。食べるとアレルギーを起こす食べ物は六種類あります。これは蕎麦以外覚えなくてもいいです。海老、蟹、卵、乳、小麦、蕎麦、これに最近は新しく落花生も含まれるようになりました。おおぼけこぼけさんは嫌いな食べ物ありますか?」


「え?私ですか?え、え、え、え、玉ねぎだけは無理です」


「どれだけ細かく刻んでも無理ですか?」


「ぜ、ぜ、ぜーーーーったい無理です!」


「アレルギーもそれと同じです。どんなにごまかそうとしても、例え少量だろうと食べた途端にアレルギーを起こしてしまう。それが食べ物アレルギーです。どんどん行きますね」


 そう言いながら讃岐さんはコーラのおかわりをカウンターにドンと置きました。それにしても衛生が大事と言いながら咥えタバコですよ。説得力に欠けますねえ。ボコッ!痛い…。


「ここからは飲食店の基本です。一次選考会で皆さんに『六十六%の数字のバランス』の話をしましたよね。人件費と仕入れを足した理想の数字です。利益を出すには極端な話、両方を削ればいい話なんです。ブラック企業が急成長しているのは『働き方改革』が出来る程、まあ、その抜け道もあると思いますが、サービス残業や個人のキャパシティーを超えた仕事量に対して人件費、つまり給料を下げればいいわけですから。人件費は『人権費』とこれからは書いた方がいいと思います。人権費は労働者の権利です。『粉衛門』の皆さんのお給料はオープン前にまずは選んでもらいますが最低でも時給二千円からで、売り上げの三十三%の出来高制を選ぶことも自由です。この人権費の三十三%は変えるつもりはありません。ただ、皆さんが将来全国に、もしくは一号店となるこのお店を任された時やアルバイト、職人を雇う際のお給料を決めるのも自由です。自分の手取りを確保するためにあんまりブラックにするといいことは何一つありませんと思っていてください。逆に仕入れを減らすことは努力次第でいくらでもできます。例えば、先ほど『加熱』すれば細菌をやっつけることが出来ると言いましたね。一つ、皆さんの前で実演して見せます」


 そう言って讃岐さんがその場にしゃがみ込んで冷蔵庫からお肉を取り出しました。鳥のささ身ですね。


「これは今日、肉屋で仕入れてきた新鮮な鳥のささ身です。一キロ六百五十円税別です。ささ身は大体一本五十グラムちょっとです。キロで二十本入ってるかどうかですね。そして先ほど言ったもう一つの魔法の水槽がこの沸騰している茹で釜です。この茹で釜の中にこの新鮮なささ身をくぐらせます」


 そう言って讃岐さんがあのラーメン屋さんなどでよく見る、麺の水気を上下に振って取る、例の片手で持つかごにささ身を二本放り込んで沸騰した茹で釜の中で五秒ほどかごを回します。そして表面が白くなったささ身を取り出し、冷水器から冷水をバケツで汲み取り、茹で釜と冷水器に挟まれたシンクの中の茹で上がったうどんをしめるボウルですかね?その中に冷水をバシャッと入れて、素早くささ身の入ったかごを冷水の入ったボウルの中でかき混ぜて冷やしてます。そしてそのかごを冷水から取り出し、上下に振り水気を取ります。メンバーの皆さんはカウンターから覗き込んで讃岐さんの動作を見てます。すばやくまな板に二本のささ身を、ささ身は真っすぐではなく、バナナのように曲がっています。そしてそれを左右対称に円を描くように置き、刺身包丁で一センチ間隔に素早く切っていきます。そして切ったささ身が崩れないように下から包丁ですくうように大葉が一枚引かれた、正確にはお皿をまな板の横に置くと同時に目の前にある水に浸してある大葉を一枚サッと取って、素早く水気を手首のスナップで取りお皿に敷きました。そして大葉の上に綺麗に包丁で切られたささ身を二往復で乗せ、冷蔵庫からタッパーを取り出し刻んだ万能ねぎを散らし、タッパーをすぐに冷蔵庫に仕舞い、棚の上から業務用の刻みのりの袋を取り出し散らします。そして業務用のワサビを冷蔵庫から取り出し三センチほどの高さでお皿に添えました。


「はい、鳥わさ一丁!お醤油とワサビでお召し上がりください!はい、これ一品にかかった時間が三十秒。うちの値段は三百八十円。原価は四十円しないです。普通の居酒屋ならお湯を沸かす手間暇がかかるしそれだけ提供時間もかかる。これがうどん屋の二つの魔法の水槽がなせる技です。肉はステーキなど『レア』、『ミディアム』、『ウェルダン』とありますよね。熱を加えると菌は外に逃げるのです。生は危険ですがこうやることで安全で美味しく提供できるのです。皆さん、一切れずつ箸でささ身の断面を見てください」


 メンバーたちがカウンターの割りばしを協力して分け合い一皿のささ身の肉を箸でつまみます。


「ふへー、綺麗なピンク色ですぅー!」


「まるでカツオのたたきみたいですわね」


「めがねめがねさんがいいこと言いました。カツオのたたきも要領は同じです。新鮮なカツオ刺しは一日しか持ちません。まあ、とりあえず薬味と一緒にわさび醬油で召し上がってみてください。提供時間三十秒で三百八十円の『鳥わさ』を」


「お!うめえー!ビールが進むなこりゃあ!」


「コーラでも美味しいですぅ。お肉が柔らかいですぅ」


「それに見た目も綺麗ですわね。刻みのりの黒と刻みネギの緑、お皿も高級感があって三百八十円ではお得感があります」


「おっかさんもいいこと言いました。『器は料理のお着物』という言葉があるぐらいです。料理と同じぐらい器も大事です。では先ほどのめがねめがねさんのカツオの話に戻ります。苗字は磯野で、サザエさんの苗字はふぐたです」


 皆さんがポカーンとしてます。讃岐さんダメですよー。防御。


「カツオは刺身の中でも仕入れたその日に提供しないと翌日は使えません。二日目のカツオは色が全く変わります。そのため仕入れも慎重になります。カツオのたたきはカツオをバーナーで表面をじっくり焼けば作れます。バーナーもうちのお店にはあります。カツオのたたきは仕入れてから三日は大丈夫です。よくスーパーのカツオとカツオのたたきの賞味期限を見てください。カツオはその日、カツオのたたきは三日ぐらいで表示されてます。『粉衛門』ではカツオが余れば翌日、加熱して提供します。『カツオのガーリックステーキ』などです。火を通せば色も関係ありません。美味しく提供出来ます。では次にこれを見てください」


 そう言って讃岐さんが冷蔵庫からラップで密封したトレイを取り出しました。


「これは三日前の真鯛の刺身になります。色もよくない。刺身で出すのも難しい。捨てますか?アニマルさん?」


「うどん屋なら毎日昆布を使ってるだろ?昆布締めにすればそこからさらに使えるさ」


「さすがです。刺身によっては使用済みの昆布で重ねて一晩寝かすと『昆布締め』も作れます。ヒラメとか真鯛などですね。それも方法の一つです。もう一つの方法がこれです」


 そう言って讃岐さんが先ほどささ身を切ったまな板を綺麗に洗い、水気を取り、真鯛を載せますそして牛刀で細かく切ります。それからさらにみじん切りにします。すばやくいつの間にか用意していたミョウガも細かく切ります。ショウガも細かく切ります。大葉も丸めて細かくみじん切りです。それらをまな板の中央に寄せ、味噌を取り出し、右手でつかんでその上に載せました。そして上手く包丁を使い、それらが均等になるよう何度も刻んでは中央に寄せるを繰り返してます。


「これが『なめろう』です。はい、真鯛のなめろう一丁!三百八十円。ちなみに大さじ一杯十五グラムは人差し指、中指、薬指の三本指ですくうと同じ大さじ一杯の分量になります」


「お酒もすすみますね。生のおかわりお願いします」


「お、いいペースですね。めがねめがねさん」


 讃岐さんが素早く生のおかわりをカウンターにドンです。


「そしてこの『なめろう』でも傷んで残ればこうします」


 そう言ってなめろうを大葉で包み込み、傍に置いてあった溶いた天ぷら粉ですかね?それにつけて天ぷら油に投入しました。


「はい、なめろう大葉包み揚げ一丁!三百八十円」


「さくさくすてほいひいでふ」


「スピードマウスさん、舌を火傷しないように気を付けてくださいね。こうやって仕入れを下げる工夫はいかにして『ロス』を省くかです。『ロス』とは捨てること、お金を出して仕入れたものを捨てることです。食材は大きく分けて三つあります。『肉』、『魚』、『野菜』です。『ドリンク』はロス出ません。肉は冷凍すればいくらでも持ちます。『魚』もこうやって生食用、つまり刺身用に買っても工夫で限りなくロスをなくせます。しめ鯖なんかはさすがになめろうには出来ません。そんな時はサービスで常連さんに出してあげましょう。喜んでくれますし、お客さんも『悪いからその分、お酒注文しますよ』と言ってくれます。うどんも三十分経てば茹でたてでなくなり、冷たいザルうどんなんかでは誰が見ても食べても『あれ?全然ダメじゃん』と気付きます。あったかいうどんなら麺二、三本ぐらいなら三十分以上経ったものを新しいものに混ぜてもバレません。それに『うどんの天ぷら』もあります。油が傷みますが。それでは『座学』もあと少しです。今の話は農家の方の工夫でもあります。ズッキーニは実はカボチャと同じなのを知ってましたか?カボチャをめちゃくちゃ早くに収穫したものがズッキーニです。メロンなんか作っている農家の方は間引きと言って、小さい段階で切り取ってしまうことも多いんです。でもそれを捨てたりはしません。どうすると思いますか?売るんですよ。どうやって売ると思いますか?おっかさん」


「お漬物ですわね」


「正解です。そういう先人たちの知恵や工夫を取り入れることで仕入れの%は下げることが出来るのです。これからも希望される方は勉強していきましょうね。それでは最後です。食の歴史も大きく変わりました。それによりこの国の平均寿命もとうとう男性でも八十歳を超えました。素晴らしいですね。今の死因は『悪性新生物』、つまり『癌』が一位です。昭和十五年から二十五年までは死因の一位は『結核』でした。『結核』にかかると感染しないように患者を隔離するんです。皆さんはアニメの『トトロ』をご存知でしょうか?」


「となりの―♪のやつですね」


「そうです、キューティフルさん。あの作品は姉妹が田舎に引っ越してお父さんと暮らす物語ですが、病気で遠いところにいるお母さんに会いに行くシーンがあります。これは僕な勝手な解釈ですよ。あの物語のお母さんは実は『結核』であり、隔離されていたのかな?と。それならば昭和二十年前後を舞台にしていたのではと僕は個人的に思っています。あれ?どうされたんですか?十八号さん」


「ううううううう。いい話じゃねえかあああ」


 あらあら。十八号さんは泣き上戸だったのですか。ボロボロと泣き出してしまいましたよ。めがねめがねさんがハンカチを貸してあげています。


「ううううう、ありがとねええ。ふきふき、チーン!」


 お約束のように十八号さんがハンカチで涙を拭いた後で鼻までかんでしまいました。それでも気にせずスマイルでそれを受け取りポケットにしまうめがねめがねさん。いい子ですねー。


「皆さんには『利益』を追及してもらいます。売り上げに拘ってもらいます。それと同時に『経営』も学んでもらいます。少なくともここにいらっしゃる方には将来、『UDN47ぷらすワン』でなくてもいいです。『一国一城の主』になって欲しいと思っています」


「そ、そ、そんなのやですよおー。みんなで『UDN47ぷらすワン』やっていきたいですー!」


「おおぼけこぼけさん、ありがとうございます。僕もそうあって欲しいですよ。『利益』を追求するあまり知恵や工夫は全然いいと思います。ただ、反則はダメです。反則とは誰かを傷付けたり、貶めることです。いじめなんてもってのほかです。『いじめ、()÷E』です。ファンの方が勝手に暴走してくるのは躱していいです。ファンを裏切ったり、一緒に働いてくれる方を裏切ったり。ブラックなところはそういうのが麻痺してるんです。『喜怒哀楽』をしっかりと根っこには持ちましょう。後ろめたいことをしていなければ胸を張って『正しさ』を主張できます。『恋愛自由』も『やる気がなくても結果が全て』も僕は正しさを持っているから堂々と主張できるのです。『粉衛門』の水道は全て浄水器が取り付けてあります。正確には浄水器より綺麗な水が出るようになってます。知ってますか?水道の水は二階までしか上がりません。三階から上は圧力ポンプで上げるんです。よく建物の屋上に貯水タンクとかありますよね。あれが高い建物でもどのフロアだろうと同じ水圧で水が出る仕組みです。でも点検は大事ですよね。お金がかかるといって貯水タンクの清掃を怠ったり、確認不足で蓋が空いてる時にスズメが水飲み場と思ってうっかり入り込んでそのまま蓋をしてしまい中で死骸になってしまうこともあります。全てお金を惜しまず管理すれば防げることです。そういうお金はケチってはダメですよということです。心も同じです。ファンには出し惜しみせずに皆さんから『元気』を。『便器』でも『ペンキ』でもありませんよ。それでは『座学』は終わりです。これからは個別に質問や相談があればどうぞ。ドリンクはおかわり自由ですので。今日は厨房に入れる服装を用意してませんので厨房に入ることは明日以降にします。別に入ってもいいですが、まあ意識を高めるという意味です」


「讃岐さん、一ついいですか?」


「はいどうぞ。ぴーてぃーえーさん」


「衛生管理が大事なことはとても分かりました。それでは讃岐さんのその咥えタバコでの調理はダメなのではないでしょうか?」


「正解ですね。僕もお客さんの前ではタバコは吸いません。仕込み中は吸いますね。仕事中はしゃがんですいます。床にポイ捨てしてます。閉店後に掃除しますし、下水が溜まるグリストラップ、つまり、このお店の床に流れたお水が最終的に流れ込む場所ですね。そのグリストラップも月に二回清掃してます。それに僕は咥えタバコなので両手はタバコに触れません。さすがに火を点けるときはライターを使いますから手を洗いますが」


 そう言ってピンッ!とライターで新しいタバコに火を点ける讃岐さん。


「あれえー、そ、そ、それえー、火が出てないですねえー」


「よく見てますね。おおぼけこぼけさん。これはUSBライターです。充電式でスタンガンみたいな火花が出るんですよ。秋葉っぽいでしょ。原付でも走りながら風で火が消えることもありませんし便利ですよ」


 それは私も気が付きませんでした。なるほどですね。それに讃岐さんの咥えタバコにも意味があったのですね!それも奥が深い理由が!素晴らしい!そしてこの後、皆さんは八時まで讃岐さんに質問や相談をしながら、トリオの方たちはメンバー同士で団結して話し合いをしながら八時まで全員がお勉強して解散となりました。アイドルが真剣に飲食店の知識を、料理の知識を勉強している姿はなかなか見ることが出来ないでしょうね。アイドルは普段、歌やダンスのレッスンをしているイメージがありますので。そしてこの後、讃岐さんは料理以外の『個性』としての指導もメンバーにつきっきりで指導する日々を送ることになりました。

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