第6話ジャンケンの必勝法?

「それではアピールタイムに入りますね。アピールない方はここでお帰り頂いていいですよ」


 さすがにその言葉を聞いて、「じゃあ」と帰る子はいませんね。


「それじゃあ、前からそこのビニール傘の方、花柄の傘の方、紫の傘の方。そう。『東京音頭』を」


 讃岐さんのすぐ近くの三人の子が『東京音頭』をリズムよく行う。


「後の方は二人一組になってください。相手はどなたでもいいですよ。自分の近くの子でいいです」


 応募者三十一人が十四組の二人組と一組の三人組に分かれる。


「それでは組んだ相手とジャンケンしてください」


 集まった子たちが「?」の顔になる。バイクの方もヘルメットを横に傾ける。


「ジャンケンに必勝法はありますが知っている方は少ないと思います。まずはこの三十一人の中でジャンケン最強を決めましょう。全員でやると『あいこ』の繰り返しになりますので時間の無駄です。トーナメントです。三人組の方は勝ち負けが決まったらその時点で勝ち抜けです。二人が勝てば二人が勝ち抜けです。一人が勝てば一人が勝ち抜けです。これならジャンケン最強の方は五勝負けなしの方です。二分の一の五乗で三十二分の一の確率です。これはかなりの『強運』です。今日以外にあと二日の一次選考をしますがそこでもジャンケン最強を決めます。最後には各一次選考最強同士でジャンケンです。そこで優勝した方は32×3、九十六分の一です。これを意図的に勝ち上がるのは無理です。必勝法はありますが。どんなに勉強しても、体を鍛えても、努力を重ねても『運』を鍛えることは不可能です。それは大きなプラス材料と判断します。同じ要領で負けた方は負けた方同士でジャンケンをしてもらいます。一回勝てば二人組が十四組で三人組が一組なので、ベスト十六かベスト十五が決まります。敗者も同様です。三人組の方は勝者が一人なら二人に勝ったことなので二回戦はシードにしましょう。敗者が一人なら二人に負けたことになりますので逆シードです。自動的に二回戦も負けると言うことです。はい、それではジャンケンお願いします」


 雨の中、「ジャンケンポイ」の声があちこちから聞こえます。それにしても『運』を重視するとはさすが讃岐さんですね。確かに『運』も大事な要素ですもんね。それにしてもジャンケンの必勝法が存在するとは…。ボコッ!痛い…。殴られました。


「まずは『疑え』だろ。ジャンケンの必勝法なんかあんの?あったら教えてくれよ。それに『運』みたいな偶然には一ミリも期待なんかしてねえ。しかもこのジャンケンは『運』とは別物だ」


 真剣にジャンケンをしている子たちを見ながら讃岐さんがようやく相手をしてくれました。えええええ?必勝法は嘘ですか?しかも『運』を全否定ですか?それでこのジャンケンの『運』が別物とはどういう意味ですか?


「これはトーナメントだ。確実に順位がつけられる。無敗の人間も全敗の人間も確実に一人ずつ決まる。そんなもんは『運』ではねえ。確率では考えられないこと、例えば普通のサイコロを振って十回連続で一を出すことが出来ればそれはあり得ない。それをやってのけるのが『強運』だ。今この場で三十一人がサイコロを振ってもそれをやれる奴はまずいねえ」


 なるほどですね。あ、どうやら一回戦の決着がついたみたいです。


「それでは勝った方は左に、負けた方は右に移動して分かれてください。三人組からは勝者二名ですね。では勝った方はベスト十六です。二回戦も同じように近くの方とやってください。負けた方も同じくです。三人組で二人に負けた方は二回戦は自動的に負けですのでそのまま待機してください」


 またもや雨の中「ジャンケンポン」の声が聞こえます。それにしてもこのジャンケンで『運』を計ることは出来ないのは分かりましたが、それならジャンケンをする理由が知りたいです。


「ジャンケン以外でもいいんだよ。これはテストだぜ。この後にアピールタイムを行う。あらかじめ用意してきたアピールもいいが、アドリブも見る。今日はこんな悪天候だ。しかも俺のいろんな説明を聞いてびっくりしてる子も多いだろう。このジャンケンはアピールタイムまでの考える『時間』だ。目先のジャンケンに集中する子もいるだろうぜ。それよりも『何故』ジャンケンをしているか。本当に『運』を試していると思っているのか?信じ切っているのか?普通考えるだろ?その考えてる間に『何』を想像し、考えているか。それが俺は知りたい。大きな材料にもなると思ってる。ほれ、見てみろ。あの眼鏡の子」


 とっとと二勝目をあげた雨の中ベンチでずっと読書をしていた眼鏡の子は傘を持った左手の二の腕を右手でつかみ腕組みをしながら土砂降りの雨空を見上げて何かを考え込んでいるように見える。濡れないように傘を上手に使いながら傘から覗くように雨空を見上げている。


「お前は傘を差しながら、しかも小雨や止みかけではなく本降りの雨の中、空を見上げたことはあるか?」


 うーん、言われてみればないですね。讃岐さんが瞬きも惜しむよう真剣な眼差しで眼鏡の子を見ている。そしてノートに何かを書き込む。視線は眼鏡の子に向けたままで。ノートには「めがね。プラス100」。


「『時間』を与えていると同時にアピールタイムも始まってんだぜ」


 そうなんですね。あ、バイクの方は負けたみたいですね。


「はい、次は三回戦。同じように」


 ジャンケンポン。あいこでしょ。


「はい、ベストフォーと逆ベストフォーで準決勝お願いします」


 ジャンケンポン。あいこでしょ。あいこでしょ。


「では決勝戦と逆決勝戦です。盛り上がっていきましょう。周りの皆さんは『東京音頭』をお願いします」


 たくさんの『東京音頭』の中、決勝戦と逆決勝戦が行われます。なんと決勝戦にはあの眼鏡の子。逆決勝戦にはバイクの方が。


 ジャンケンポン。


「はい、優勝者決定です。逆優勝者も決定です」


 優勝者は眼鏡の子で、逆優勝者はバイクの方でした。


「それではアピールタイムに入ります。順番は先ほど行ったジャンケンの結果で決めます。一回勝った方は『ベスト十六』です。二回勝った方は『ベスト八』です。三回勝った方は『ベスト四』です。四回勝った方は『準優勝』です。無敗の方は『優勝』です。負けた方も同じです。優勝者から順にこの三十一名の中から優先的にアピールタイムの順番を選んでください。次に選べる方が準優勝者です。ベスト四以下の方は話し合いやジャンケンで選ぶ順番を決めておいてください。では優勝者のあなたから。何番目にアピールしますか?」


「はい。では一番最初でお願い出来ますか?」


 讃岐さんがノートに「めがねプラス100」と書く。普通なら無難に後の方を選ぶのに敢えてトップバッターを願い出たからなのでしょう。咥えタバコで原付に後ろ向きでまたがった讃岐さんの前に眼鏡の子が立つ。


「僕はあなたの名前と連絡先だけは知ってます。ではアピールをお願いします」


「私のアピールポイントは『アイドルには興味がない』ことです。アイドルになりたいとは思っていません。今回、応募させていただいた動機はお給料が高いと思ったからです。今は女子大に通いながら居酒屋で時給千二百円で働いてます。一日五時間を週二回で月に五万円いかないぐらいです。もっと割りにあうのだったらと思っています。眼鏡をとってもルックスはそんなに変わらないと思ってます。えっと、アピールは以上になります」


「僕から一つだけ聞いていいですか?」


「はい、どうぞ」


「ベンチで読んでいた本は何ですか?」


「あ、あれは…。お恥ずかしいですが…。『ワンピース』です!すごく好きなんです!面白いですよね!」


「あの、ゴムゴムの『ワンピース』ですか?」


「はい!海賊王の『ワンピース』です!中でも好きなキャラはですね!…あ!すいません!私ったら興奮してしまいました」


 ぺこりと謝る眼鏡の子とノートに本人には見えないよう「めがねプラス10000」と書く讃岐さん。


「分かりました。では結果の方は今週中に一次選考を終わらせますので一週間後にはご連絡差し上げます。あと、こちらが今日の交通費です」


 そう言って讃岐さんがリュックサックからこれまたキャラクターデザインの財布を取り出し、千円札を眼鏡の子に差し出す。


「え?いいんですか?」


「はい。これは交通費です。一次選考に来ていただいた方には全員に同じ額をお渡しします。皆さん、電車やバスに乗って来られた方も多いでしょう。時間も使ってくださってます。面接も労働と同じで拘束時間に含まれていると僕は思ってます。逆にこの金額は少なくて申し訳ないと思ってます」


「でも私は徒歩でここまで来ましたので」


「徒歩でも全力疾走でも同じです。よかったら『ワンピース』の新刊代に使ってください」


「ありがとうございます!それじゃあ欲しい『ワンピース』のグッズ代に使わせてもらいます」

 

ペコリと頭を下げ、眼鏡の子は挨拶の言葉を言って帰っていった。それにしてもアルバイト募集ですが、『UDN47ぷらすワン』と言う名のアイドル選考も兼ねているこのアピールタイムで「アイドルにはなりたいと思ってません」とは…。確かにお金目的の方もいるのでしょうが…。ボコッ!痛い…。殴られました…。


「『疑え』だろ。あれも計算かもしれねえ。お前は実際にあの子が読んでいた本を見たのか?でも面白い。普通じゃねえ。ひょっとしたら…。まあいっか」


 ひよっとしたらってなんだろう。続いてバイクの方が讃岐さんの前に立った。


「次はあなたですね。それではアピールをお願いします」


「ちょっと濡れてるけど下に置くと汚れるんだわ。あんた持っててもらっていいかい?」


 そう言ってバイクの方が真っ赤なライダースーツの上を脱いで讃岐さんに放り投げました。しかもびっくり。ライダースーツの下はなんと割烹着を着込んでました。あれ?割烹着の背中には50の番号と左肩側にエンブレムが付いてますね。それに胸が大きな方ですね。お!胸から何か取り出しました!


「それは阪急ブレーブスのロゴですね。50はアニマル投手ですか」


「そうさ!私の一番尊敬してるアニマル様の背番号だよ!」


 そしてヘルメットも脱ぎ、讃岐さんに放り投げる。咥えタバコでそれらを受け止める讃岐さん。この方、とても美しい方です!茶色の長い髪を束ねています。綺麗な長髪です。


「少しお待ちくださいね。さすがの僕も手は二つしかありませんので」


 讃岐さんがタバコを原付に取り付けた灰皿に捨て、原付から降り、鍵でシートを開き、自分のヘルメットを取り出して被り、空いたスペースにフルフェイスのヘルメットとライダースーツの上を綺麗にタオルで拭いてから丁寧に入れる。そしてまた咥えタバコで元の体勢に戻る。


「大根あるかい?キャベツでもいいよ。それとまな板」


「もちろんご用意してます」


 そう言ってリュックの中から普通の板?とまな板、おしぼりを三つ、そして大根を取り出す讃岐さん。なんでも入ってるんですねー。このリュックサックの中には。それからおしぼりを二つ原付のシートに敷き厚みを作り、その上に板を置いてそこに座る讃岐さん。そして雨に濡れないように傘を片手に持ち、板がちょうど地面と平行になるようおしぼりを微調整し、その上に残ったおしぼりを敷き、また板を載せる。


「では大根からでいいかい?」


 胸から取り出した、タオルですね。何かを巻いているようです。あ、包丁ですね!


リュックサックから大根を取り出して手渡す讃岐さん。バイクの方とまな板が雨で濡れないように大きく傘を差しだし、自分は雨粒ですぐに上着はびしょ濡れになってます。咥えタバコも雨で消えています。バイクの方はサランラップで包まれているまな板からサランラップを外し、おしぼりでまな板を綺麗に拭いている。


「大丈夫ですよ。ハイターで綺麗にしてますので。はい、大根です。それよりもその包丁は『有次』の牛刀ですね」


「今日はこれ『一本』で大丈夫なんだろ?まさかそのリュックの中に六十キロのマグロでも入ってるのかい?まあ、それでもこいつで捌くけど」


「まさかですね。そんな大きなものは入ってません」


 バイクの方はそんな会話をしながら同時に手を動かしています。大根を十センチぐらいですかね。いやもっと長いですね。三つに切り分けました。


「ラップ」


「はいどうぞ」


 讃岐さんがリュックサックから取り出したサランラップを受け取り、切り分けたうちの一つだけをまな板の上に残し、残りの二つと両端の葉が付いているものと細くなっている根っこの部分をサランラップで綺麗に包みました。そしてそれを受け取る讃岐さん。リュックサックの中にしまいます。そしてまな板の上に残った十五センチぐらい?の切った大根を左手に持ち、バイクの方がかつら剥きを始めました。あれ?私が想像していたかつら剥きと違いますね。私が想像していたかつら剥きは、皮を全部綺麗に薄く、りんごを剥くような要領で皮全体を剥くものだと思っていましたが、バイクの方は大根の三分の一の部分の皮を剥き始めました。スピードはそんなに速くないですね。そしてようやく私が想像しているかつら剥きである、皮全体を剥き始めました。どこまで薄く剥くのかな。あれ?一周したところで皮を切り落としました。そして左手に持った大根をライフルのスコープを見るように見つめる。そしてかつら剥きを再開しました。ゆっくりですがすごいですね。大根が透明なクリアファイルのように薄く剥かれていきます。切られた部分から包丁が透けて見えます。それぐらい薄いです。いや、巻物をゆっくりと開いていると言った方がいいですね。両手の親指だけが慎重に動きながら、いや、この包丁の微妙な上下運動も。手首ですか?正確な薄さでその巻物をゆっくりと開くように。手元から段々と垂れ下がった部分はやがてまな板の上に達し、綺麗に重ねられていきます。巻物ではなく、これはまさにトイレットペーパーみたいです。しかもせこい一枚重ねの超薄いトイレットペーパーです。そんな感じです。そしてようやく途中で手を止め、バイクの方が言った。


「次に『けん』を作るからもういいかい?」


「はい。お見事です」


 『けん』ですか?バイクの方が薄く切られた大根を五センチ幅ぐらいに切って、それを重ねました。そしてそれを横に九十度、時計回りに真横にし、千切りを始めました。よく見ると讃岐さんの千切りと似ていますね。あ、それは細さではなく、切り方です。上から力で切ると言うより、包丁を前に押すように力をあんまり入れてないような切り方です。『けん』とは刺身なんかでよく見る『つま』のことなんですねー。でも…、よく見る大根の『つま』に比べると明らかに太いです。これではダメなのではないでしょうか?もっと細い市販の『つま』…、いや『けん』を期待してたんですが…。バイクの方が『けん』を切り終えました。


「次はヒラメでも捌けばいいのかい?」


「いや、十分ですよ。あなたの腕前は分かりましたので」


「最後にいいかい?」


「はい。どうぞ」


「うおおおおりゃああああああああああ!さいさいさいさい!ていていていていていていふぉー!」


 バイクの方が奇声を発しながら、左手を左ひざにあて、包丁を持った右手をまるで空中に文字を書くように振り回している。


「アニマルパフォーマンスですかね?」


 『けん』をリュックサックから取り出したタッパーに入れながら讃岐さんが問いかけました。


「そうさ!私はこれを最後にやらないと気が済まないのさ!」


「その勢いで僕を殴らないでくださいね」


「やっぱ、だめえ?」


 今日一番の笑顔を見せながらバイクの方が言った。新しいおしぼりでまな板を拭き、それをサランラップで巻き、マジックで『使用済み』と書きながら讃岐さんも笑顔を見せ、それらをリュックサックにしまい込んでからノートに「ばいくプラス500」と書いた。バイクの方も包丁を綺麗にタオルで拭き、そのまま同じタオルで巻き、胸の谷間にしまいました。原付のシートからバイクの方のヘルメットとライダースーツの上を取り出し、交通費の千円と一緒に手渡す讃岐さん。


「実に久しぶりにいいものを見せて頂きました。これは本日の交通費です。一週間後までにはご連絡差し上げます」


「サンキュー!実はガソリンがもうほとんど空だったのさ!」


 そう言ってバイクの方はライダースーツの上を再び着て、ヘルメットを装着し、公園の外までバイクを押していき爆音で走りだした。ウオンウオンウオン!ウオンウオンウオン!なんかすごい方でしたね。ボコッ!痛い…。何故か殴られました。


「あの『けん』はすごいよ。腕のいい職人でも市販レベルの細さに切るのは難しい。俺にもあの細さは無理だ。あれはすげえ。本当にすげえ。しかもこの悪状況の中でだ。あの子はどこであれを身に着けたんだろね。まあいいや。帰ったらすぐに食べてみよッと」


 その後も順番に三十一人のアピールが続けられましたが、歌ったり、踊ったり、楽器を弾いたり、バイキンマンのモノマネだったり、縄跳びの二重飛びだったり(これは泥がすごく跳ねましたね)。ちょっと最初の二名の方以上にインパクトのある方は私には見つけられませんでした。讃岐さんのノートにも点数を書かれた子は一人もいませんでした。そして三十一人のアピールが終わり、讃岐さんの財布から三万千円がなくなり、本日の一次選考は終わりました。やっぱり、今日は眼鏡の子とバイクの方ですよねー。


「教えねえ」


 讃岐さんが傘を畳んで原付で公園から走り出す。あああああああ!待って下さ――――い!讃岐さーーーーん!

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