第3話そこにしびれる!あごが出るぅーーーーー!

 東京。秋葉原。水曜日。夜七時。


 讃岐さん、遅いなあ。それにしても秋葉ってなんか不思議な街だなあ。メイドさんが呼び込みをしてたり、裏通りのお店は夕方には店じまいしてたり。表通りは外国の方ばかりです。やはり、この場所は日本の文化の一つが凝縮された街のようですね。あ、讃岐さんだ。遅いじゃないですかー。ボコッ!痛い…。また、殴られました。


「別にお前と待ち合わせした覚えはないぜ。お前が勝手に待ってたんだろ」


 いや、そうですが…。あの『UDN47ぷらすワン』プロジェクトを見届けるのが私の使命だと思ってますので。それで前は「求人」を最初にやると言ってましたよね。「求人」は普通アルバイト情報サイトとか張り紙で募集するんじゃないですか?まさか秋葉でスカウトするんですか?


「普通はつまんねえって言ったろ。それに広告屋に無駄な金を払う気はさらさらねえ。まあ、『ここ』で全て賄おうとは考えてねえ。それに昼間もこの街でやれることはやってきた。ほら行くぞ」


 そういって讃岐さんがすたすたと歩きだした。待ってくださーいと追いかけると、讃岐さんは近くの雑居ビルに入っていった。エレベーターのボタンを押して待っている。あれ?メイド喫茶とかに行くんですか?それとも誰か求人のプロがいて待ち合わせしてるとか。


「今から行く店は俺のお気に入りで、嫁ですら知らない名店だからな。お前はおとなしくしてろよ。俺の誰にも教えたくない秘密の場所なんだからな」


 エレベーターの扉が開き乗り込み、3のボタンを押す讃岐さん。数字の横にそれぞれお店のチラシと言うか店名が張り付けてある。3のところには『ZZ(ダブルゼータ)』。防御しておこう。讃岐さんも奥さん以外に興味ないとか言ってましたが、このこのー。ボコッ!痛い…。蹴りもあるんですね…。三階で止まったエレベーターの扉が開くとすぐにお店の扉が。讃岐さんがその扉を開くとびっくり!


「ああーー!讃岐さーーーん!いらっしゃーい!」


 かわいい女の子たちがコスプレ姿で、讃岐さんを甘い声で出迎える。


「讃岐さーーん!ここ、ここ!ここ座って。もー、讃岐さんったら週一の水曜日にしか来てくれないんだからあ。毎日来てよおー」


「ごめんねえええええ。俺も毎日通いたいんだけどさあ。それをしちゃうと自分がダメになっちゃうからあ。だから週一回ってルールを最初に決めてたからさあ。俺だってSHIN(しん)ちゃんに毎日会いたいよおおおお」


 へえー。讃岐さんはこのSHINちゃんって子にぞっこんなのかなあ。それにしてもこのSHINちゃんって子はめちゃくちゃかわいいけど、コスプレもしていない。カウンターの向こうでジョッキ片手にでんと座ってる。このお店の店長さんなのかなあ。


「でも讃岐さんが来てくれる水曜日はテンション上がるぅーーー。今日は何を飲むう?」


「いつものSHINちゃんお勧めの『今日の特製ドリンク』で。あと、コーさんとやえさんとSHINちゃんにもお好きなのをお願いしまーす」


「きゃああああああ!!いつもあざっす!!こーちゃーん!やえちゃーん!讃岐さんからそれぞれ一杯頂いたよぉーーー。どれにするぅ?」


 店内でただ一人の男性店員さんが讃岐さんに満面の笑みで両手をもみもみしながら、首だけを前後に動かして近づいてきた。


「いつもありがとうございます!それでは生を頂きます!」


「お礼なんていいですよー!こーさんも好きだもーん。SHINちゃんの百分の一ぐらい」


 この男性がこーさんなんだ。では、やえさんは誰だろう?


「そんなあ。せめて五十分の一ぐらいは好きになってくださいよ」


「それはSHINちゃんが特別過ぎるから無理!」


「参りましたねえ。おーい、やえさーん」


 SHINちゃんの後ろ、おつまみなどを作る厨房があるのかな?そこから地味な女の子が出てきた。


「あ、讃岐さん。いらっしゃいませー」


「讃岐さんがねー、今日もやえちゃんに一杯ご馳走してくれるって。何がいい?」


「うわー、いつもありがとうございます。讃岐さん。それでは私は一ノ蔵を頂きますね」


「じゃあ私はねー、ハイボールぅ!讃岐さんのは私が作るねえ―!かーなーらーずー♪最後に酒が勝つー♪」


 このSHINちゃん。めちゃくちゃかわいいうえに面白ーい!SHINちゃんがルンルンと特製ドリンクを作っている。


「お待たせ―。これは紅茶をベースにジンジャーとレモンを炭酸で仕上げましたー。名付けて『SHIN様すぺっしゃる77』!それじゃあ乾杯しよう!こーちゃん、やえちゃん、グラス持った?讃岐さんにカンパーイ!!」


「カンパーイ!」


「かんぱいです」


「皆さんお疲れ!かんぱーい!」


 思わず私も「かんぱーい」と言いそうになりました。楽しそうですね。他にも数名お客さんがいますし、キャストさんもそれぞれ接客をしています。カウンターバー、というよりもガールズバーみたいな感じですね。え?私もこんなお店は初めてですからね!こーさんがカラオケで仙台貨物ヴァージョン「サイレントジェラシー」を歌ったり。ホワイトボードに書かれた『本日のおすすめ』の料理をやえさんが厨房で作っているのだろう。それを讃岐さんに直接運んできたり。SHINちゃんはゲラゲラ笑い続けている。


「いやね、昨日、閉店後にこーちゃんと『そうめん何人前食えるか』勝負になっちゃって。そうめんだけで五キロ太っちゃったあー。はははあああ!それにしても讃岐さんのタバコの吸い方はいつも面白いねえ。なんで灰皿を口に持っていくの!逆じゃん!でも今朝の排泄量はすごかったよ!」


「うーん、そんなSHINちゃんは素敵らねええええ!あ、SHINちゃんはどんどん飲んでね!」


「あざまーーーーす!」


 ハイボールをどんどんおかわりするSHINちゃん。そんなSHINちゃんがこーさんを手招きして真顔に戻り、耳打ちする。


「あの新人。さっきこーちゃんが『サイレントジェラシー』歌ってた時に手拍子も何もしてなかった。あとで残るように言っといて」


 そんなやり取りを讃岐さんは気付かないふりをしてスルーする。


「実はねえ。今日はSHINちゃんにねえ。ちょっとお願いがあるのね。お話だけでも聞いてくれるかい?もじもじ」


「そんな!私と讃岐さんの仲じゃない!私の胸にトーキングプリーズかもーん!!」


 そして讃岐さんが、椅子の背もたれを前にして顔を近づけてきたSHINちゃんに『UDN47ぷらすワン』プロジェクトの話を説明する。


「というわけでね。そんなことを考えてんですうーーー!」


「なにそれえ!めっさおもろーい!」


「あざっす!!SHINちゃんがそう言ってくれると、おりは嬉しいよおおお。でね、今、そのアイドル候補の求人の段階でね。SHINちゃんは…」


 そこでSHINちゃんが右手の手のひらで讃岐さんの言葉を止めながら、左手でグラスに残ったハイボールを一気飲み。そして一言。


「任せなさーい」


「やっぱりSHINちゃんサイコー!!もっと飲んで飲んで!抱いてえええ!」


「抱いていいんだなああああ!よーし、ケツを出せえ!やえちゃーん、ハイボールプリーズ!」


「ケツは出せないけど、こーさんとやえさんにもう一杯ACTぷりーず!」


「あざまーーーーーす!かんぱーーーい!!」


 楽しそうだなあ。それに求人の件もこのSHINちゃんは何か太いパイプでも持っているのだろうか?このお店のキャストさんにアイドルになりたい子がたくさんいるとか。知り合いにそういう子がたくさんいるのかも。


「うちも系列は多いし、この街の知り合いにもその話に興味ある子も多いと思うよ。うちのキャストはツイッターのDMで募集してるし。最初の六人ぐらいは余裕で集まると思うし。あ、候補は多ければ多いほどいいもんね。候補生枠もあるんだもんね。そうねえ、二十人ぐらいは集められると思うよーん」


「さっすがSHINちゃん!そこにしびれるあごが出るぅぅぅぅぅ!」


「いや、あごかい!」


「でね、その求人のチラシがこれなのね」


 そういって讃岐さんがポケットから一枚の小さくたたんだ紙を取り出して広げ、SHINちゃんに手渡す。


「どれどれ?………!なんじゃこりゃあ!すげえ!私も面接受けていい?」


 一体どんなことを書いてあるのだろう。SHINちゃんの後ろから覗いてみよう。なになに。


『時給二千円から!もしくは一日の売り上げの三十三%完全出来高!年齢性別学歴問わず!容姿問わず!うどんアイドル『UDN47ぷらすワン』第一期生募集中!!恋愛ご自由に!勤務地浅草!から全国へ!交通費?まかない?全部任せます!経験いらねえ!やる気もいらねえ!お遊びでもおっけい!!履歴書も不要だけどアピールは欲しいかなあー。連絡先○○―〇〇〇〇―〇〇〇〇。プロデューサー讃岐耕一郎まで』


 す、すごい…!これがアルバイトの求人なのですか?


「だめだよおーん。SHINちゃんは特別だからさー。このお店からSHINちゃんがいなくなるとおいら泣いちゃうよーん。シクシク、あ、ハンカチ貸してくれる?」


「おおおおおお、讃岐さん!泣かないでえええ!ハンカチより私の胸でいいかい?」


「うおおおおおおおおお!SHINちゃんにハイボール十杯ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


「あざまーーーーーす!かけるじゅう!」


 本当に楽しそうだなあ…。


「これなら二十人ぐらいは集まるかなあ?」


 SHINちゃんは両手にジョッキを持って交互にグビグビハイボール。


「二十人どころか下手したら百人超えるんじゃない?時給二千円からでしょ?それに完全出来高なら売り上げの三十三%?十万売ったら三万三千円?」


「そうなり」


「えーと、週一で月に四日として、しさんがじゅうにで十三万二千円!?」


「売り上げ二十万ならその倍だよぉー」


「すげえええええええ!やっぱ、私も応募するうううううううう!」


「いや、これもからくりがあってね。ヒソヒソヒソヒソ」


「ふんふんふんふん。なるほどねえええええええええ。讃岐さん、やっぱあなたって天才ね!」


「そんなことあるよー!ほらSHINちゃん、グラスがカラだよ。最後に一杯つけてお会計ね」


「あざまーーーーーす!この紙は預かっていいかい?早速みんなに声かけとくからさあ」


「あ、もっときれいな奴がいいでしょ?DMで送っとくね。あ、こーさん。これお会計ね。お釣りは皆さんで。でもスタンプはちゃんと押してね」


「いつもありがとうございます!」


 そういってこーさんが三万円とこのお店の会員カード?を持っていく。


「いつもありがとおおお。讃岐さあん。来週までに何十人かは希望者集めとくね」


 スタンプを大量に押してもらった会員カードを受け取りエレベーターのボタンを押して待つ讃岐さんをSHINちゃん、こーさん、やえさんの三人がわざわざ扉の外まで出てきて見送ってくれている。なるほどですねえ。確かにこの方法は普通に求人募集をするよりお金もかからないし、応募者もたくさん集まると思います。でも…、奥さん一筋(二次元は別として)の讃岐さんもこんなお店にくるんですね。意外だなあ。奥様に言いつけちゃおうかなあ、あ!ボコッ!痛い…。殴られました…。一階に降りてすたすた歩きだす讃岐さんを追いかける。それにしてもあのSHINちゃんかわいかったですねー。あんなに若くてかわいい女の子と私もお近づきになりたいものです。


「あ?SHINちゃんは男の娘だぜ。アラサーの」


 えええええええええええええええええええええええええええええええ!!


 ブルルーン。いつの間にか讃岐さんはどこかに停めていた原付に乗って走りだしていた。ちょ、ちょっと待ってくださーい!讃岐さーーーん!え?あのかわいいSHINちゃんが男だったの!?しかもアラサー!?いや、まず『疑え』ですよね?でも私は讃岐さんを信じてますし。あーーーー、一体どうなってるんですか!?讃岐さーーーん!

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