第2話UDN47ぷらすワンだ!

 はあ、はあ、はあ、はあ、さ、さ、讃岐さん。ぜえぜえ、ぜえぜえ、はあ、はあ。原付で飛ばし過ぎではないでしょうか。はあ、はあ。


「お前、よくついてこれたな。原付だけどナンバーはピンクだからな。東京じゃ原付二種免許が最強だぜ。渋滞関係ねえし、二段階右折もねえ。すり抜け対策でミラーも百八十度回転機能付きの小型のやつだぜ。五十㏄だろうと書類だけでとれるしな」


 讃岐さんが原付を安そうなアパートの空きスペースに停めて、階段を上っていく。へえー。讃岐さんはここに住んでるのか。家賃安そう。都内だけどかなり古そうだし月七万ぐらいかなあ。現在無職って言ってたし。


「六万五千円だぜ。2K風呂トイレ別。いいだろ?」


 安い。讃岐さんが二階の角部屋まで歩き右手に持った原付の鍵と一緒にされた束から部屋の鍵を掴み、玄関の鍵を開けて部屋の中へ入っていく。原付や部屋の鍵以外にもいろいろと束にはついている。なんだろう?


「男一人だけど散らかってはねえ。部屋も大きめの畳で六畳、六畳だから結構いいんだよね。ここ。ああ、これ?小型ライトとオイルライター、あとマイクロUSBをタイプC、ライトニングUSBに変換するやつ。まあ、いろいろ便利だぜ」


 そうなんですね。でも…。やっぱりお部屋散らかってますよ。ん?様々な料理本が本棚にぎっしり並んでいる。元うどん屋さんですよね?ピザの専門書や安っぽい一分レシピ本、中華の分厚い専門書や和食の有名な職人さんが出された本も。


「あ?散らかってねえだろ?これが俺のベストの配置なんだぜ!」


 そう言って、冷蔵庫からキャベツを取り出し、葉をめくって、めくって、芯を切り取り。あ、キッチンの流しの下の扉を開くと三本の包丁が。その内の一本でめくったキャベツの葉を重ねてものすごいスピードで千切りを始める。この千切りはすごい!よくとんかつ屋さんで見るふわふわなキャベツの千切りだ。は、は、早い!


「あ?お前も食う?」


 あ、いや、私は…。どうしよう。頂こうかな…。あんなとんかつ屋さんのようなキャベツは美味しいに決まってるでしょうし。それにしても讃岐さん…。元うどん屋さんとは聞きましたが…。美しくて料理も上手なんて…。す、すごい!


「この三週間、キャベツばっか食ってた。食事の前にキャベツを大量に食べるといいらしいんだってよ。本当かどうかは知らねえ。千切りは、『高さ』が基本。人参とかもそのままだと千切りは無理だろ?スライス状にして『高さ』を抑える。こんなことは誰にだって出来る。あと、まな板の下に俺は布巾を敷いている。そうするとまな板が安定するんだぜ。まな板が切ってる最中に動くことはまずねえから」


 へえー。




 結局、讃岐さん。食事前のキャベツしか食べなかった。あれだけの運動量でこの食事ならまあ、痩せますよね…。しかし、三週間前は百キロを超えてたなんて。ちょっと想像出来ないなあ。


「これが俺」


 讃岐さんが差し出したスマホの画面を見て、うわあびっくり。誰これ。このアンパンマンは?これが三週間前の讃岐さん?うーん。言われてみると…。でも全然美しくない。しかも変顔でピースしてるし。今よりもロン毛だし。よくいるんですよねえー。こういう人。江口洋介さんと金八先生さんは全然別ものなのに。ボコッ!痛っ!讃岐さんに殴られました。


「ああああああああ!働きたくねええええええええええ」


 そう言って讃岐さんがキャベツを完食した後、すぐにタバコに火をつけて咥えタバコで、浅く座ったままのソファーに大きく背中を持たれかけ天井を見つめた。えーと。いろいろとまた聞きたいことがあるんですが…。まず、一番気になっていたことなんですが…。ソファーのクッションもそうなんですが…、明らかな十八禁の二次元美少女のプリントのものなのは、ひょっとして讃岐さんは『アニメオタク』の方なのですか?クッションだけでなく、部屋を見てもベッドのシーツもそう。抱き枕も二つ。二人掛けのソファーの空いている部分には三つも四つもクッションや枕。ソファーの上のところにも壁に支えられた抱き枕が。壁にもポスター?タペストリー?あと専用の棚?にはこれまた十八禁なフィギュアがずらりと。これ、百体以上ありますよね?うわあ、細かく改造しているものやシリコンなのかプルンプルンのものもありますねえ。え?リアルな和式便器にまたがっている制服姿の…、これスカートもリアルだなあ…。さっきのリュックサックも萌え系だったし。まあ人の趣味に口出しはしませんが…。それが一つ目。二つ目が『働きたくない』発言。いや、頑張って働きましょうよ。現在無職なんですよね?お金がないと家賃や食費も払えないし、プールだって月五千円でしたっけ?讃岐さんって莫大な資産があるんですか?それに少ししか見てませんが料理の腕はあるでしょう。飲食店なら働けるところはたくさんあると思いますし。そして三つ目。今の讃岐さんって美しいし、彼女の一人や二人すぐに出来るでしょう?いやいるんじゃないですか?でも太っていた時は金八先生さんだしなあ。でもその気になればこれだけ節制出来る方ならやっぱりモテてた時もあったでしょう?それとも二次元にしか興味ない、あ!人の趣味には本当に口は出すつもりはありませんよ!それも関係あるのかなーと、です。ダイエットの目的なんかも知りたいし。あとは…。


「あーーー、ちょいストップ」


 頑なに咥えタバコのまま、落ちそうな灰を大きなクリスタルの灰皿の方を手で持って上手に灰を落とす讃岐さん。もうこれ以上は吸えないでしょうと根本ギリギリまで吸ったタバコをもう片方の手でつまみ、口の前で灰皿に押し付け、火を消す。そしてまたタバコを咥えてピンッとライターで火を点ける。讃岐さんって…、変わった人だなあ…。あ、ちょっと質問の数が多すぎましたかね。


「会話はキャッチボールだぜ。基本中の基本」


 ですよねー。失礼しました。


「じゃあまず一つ目。一番聞きたいことが俺の趣味のことだろ?その通り。人の趣味に口出しはすんな。俺は法に触れるようなことは一切しねえ。うだうだ言わなくてもお前はそれをよく分かっている」


 讃岐さんに褒められた!ありがとうございます!さっきは殴られましたが。


「二番目が働けってこと。それな。分かってんだよおおおおおおお。うん、それは改めないとな。金もこの一年間でかなり使っちまったし、お前が言う通り俺は資産家でもなんでもない。でもね、好きな時に寝て!好きな時に起きて!好きなことして!好きなものを好きなだけ食べて!楽を覚えちゃったんだよおおおおお。うううううう、働きたくねええええええ。でも働かないとおおおおおおおお」


 へえ…。讃岐さんもこんなキャラ見せるんだ。それにしてもこの人…。器用に咥えタバコするなあ。灰を絶対に灰皿以外には落とさない。右手に持ったクリスタルの灰皿を口に近づけるなんて。普通、逆でしょ?


「普通はつまんねえ。つーか、俺が普通だ。」


 さっきまでの意外な一面から急に真顔に変わる。


「でもねえええ。働くのやだよおおおおおお。宝くじで一億当たんねえかなああああああ。地面掘ったら油田出てこねえかなあああ。未来の俺、次の競馬の当たり目を教えに来てくれねえかなあああああああああ。あ、油田は俺の土地じゃないと意味がねえな。うーん。山で穴掘ったら一億円の入ったボストンバック見つかんねえかなああああああああああああ。決まった時間に起きたくないよおおおおおおおおおお。夜更かししたいよおおおおおおおお。いやさあ、一日が五十時間あればいいけどね。漫画でそういう部屋あったじゃあーーん。あんな部屋があればいいのにいいいいいいい。」


 駄々っ子のような一面と真面目な表情を器用に繰り返しながらブーブー言ってる讃岐さんは本当に面白い人だなあ。


「で。三つ目。俺がモテるか?女関係?お前は芸能レポーターか。その前に四つ目の答えな。ダイエット目的が聞きたいんだろ。その前に俺の一年前からの体重の変化を教えてやるぜ。一年前は百五キロあった。二か月で六十九キロに落とした。そして好きなもん食って、ゴロゴロしてたらまたじわじわ太って百キロに戻った。それが三週間前。そして今が七十三・六キロ。あと十キロは落とす。この調子ならあと一か月もかからねえだろな」


 す、すごいですね…。あ、でも最近はテレビのCMなんかでも痩せるアプリや巻くだけで痩せる器具とありますよね。


「え?テレビでそんなのやってんの?地上波で?ああいうのはCSとかじゃない?まあいいや。お前、『ソルビトール』って知ってるか?」


 え、いや、勉強不足ですいません。


「じゃあ『キシリトール』なら知ってるだろ?」


 それは知ってますね。よく耳にします。


「甘味成分のことだぜ。まあどっちも糖アルコールで人工的に作られたもんだ。カロリーが低いから自然の甘味よりもダイエットしてる人には好まれる。そういうもんを甘い言葉で、あ…、これは駄洒落じゃねえからな。俺のセンスが問われる。『これを飲めば簡単に痩せますよ』の謳い文句でソルビトール十%超えのものを売ってた業者がいた。そんなもんを飲むとどうなるか分かるか?」


 べ、勉強不足です。すいません。


「その数値はあり得ねえんだ。そんなの飲んだら確実に腹痛、下痢だ。それにそういう業者はやり方が狡猾だぜ。保健所が踏み込んだところで事務所なんかもぬけの殻だ。よく見る小さな文字の『個人の感想です。合わせて適度な運動と食事制限をしたうえでの結果です』なんか誰でも気付く」


 メモっておきますね。えーと。『ソルビトール』と。讃岐さんは五本目のタバコに火を点けている。


「ネットの知識もいい。ただ、実際にその道をその目で見てきた専門家の言葉は本物だぜ。そこは臨機応変な。俺はそういう楽に痩せるものには頼らない。カロリーを考えれば一日に摂取するカロリーと消費するカロリーの差を大きくすればいい話だろ?と、俺は思ってるし、行動して、実際に体重は短期間でコントロール出来る。それは個人の『意識』の問題だ。で、彼女の質問な。あー、働きたくねえなあーーーーー」


 讃岐さんの言うことは説得力がある。ボコッ!痛っ!また殴られた…。何故?


「お前は俺の話とさっきのスマホの写真を見て、『本当に俺が三週間前に百キロ超えてた』と信じ切っている。実際に百キロを超えてた俺を生で見たのか?三週間前の俺を。こんな写真なんか撮影日が残っていようがいくらでも加工出来る。臨機応変もいいが、まずは『疑え』。基本だ。そして俺が話したことは本当のことだ。俺の言うことを信じるなら俺に騙されてもいいと思っておけ。それも基本だぜ」


 い、痛いけどそのとおりである。それもメモっておきますね。まずは『疑え』ですね。


「でねえ、俺の彼女?聞きたい?聞きたい?どーしょっかなああああああ」


 キャラが本当に変わるなあ…。これも疑った方がいいのですか?でも聞きたいし。讃岐を信用します。


「俺、既婚者だぜ」


 え?そうなんですか?こんな安いアパートに二人暮らしなんですか?しかもこんな二次元大好きなご趣味を理解される奥様がいらっしゃるのですか?讃岐さんは四十歳だから…、いやいや、本当はもっと若いかもしれない。四十歳には見えないし。でも信用すると決めたから信じます。あ!ひょっとして、讃岐さんは『ヒモ』という女性の稼ぎだけで暮らしているのかも。今はパートかなにかで働きに出ていて、いらっしゃらないのだろう。もしくは『主夫』であり、家事を讃岐さんが代わりにやっているのだろう。でもしきりに「働きたくない」とさっきから言ってるし…。お金が必要と言っていたから働かざるを得ない状況なのだろう。ということは、讃岐さんは元うどん屋さんで店が閉店して、少し休む意味で一年間『無職』で自由に遊んでいて。そろそろ貯金も目減りしてきて。もう働かないと暮らしていけない状況にある。ずばりそうでしょう!


「ん?お前、まる子ちゃん好きなの?」


 あ、いや、好きですけど…。


「そういう想像好きだぜ。でもまあ、これはちょい難しかったかな。それに俺が元うどん屋で店を潰すと思うか?」


確かに…。まだキャベツの千切りと専門的な知識を少しお聞きしただけだが、この讃岐さんがご商売で失敗するとは考えづらい…。


「今、嫁さんとは別居中だ」


 そういって讃岐さんはソファーにもたれかかったまま、視線を天井に。思い出話を語るように話し始めた。そうなんだ…。讃岐さんは別居中なのだ。男女の問題、特に既婚者の男女関係はとてもデリケートだと思います。


「ちょうど一年とちょっと前。うどん居酒屋を営んでいた俺ら夫婦は二人でしっかりと利益を出してた。あ、うちは子供いないのね。猫は二匹いるぜ。そこにある日突然、企業の人間が店の仕込み中に来てな。借りてたテナントの大家さんが建物をその企業に売っちまったって。まあ、立ち退きの話だ。古いビルをぶっ壊して素敵なビルを建てるとよ。立ち退き料千五百万円払うから出ていけと。まあ、安くはねえ。俺ら以外の一階で飲食店をしていた人たちも、上を借りてた会社とかも全員判を押した。俺は料理人だ。その辺の法律は詳しくねえ。長年お世話になってきた弁護士さんに相談したぜ。目先の千五百万円か。ごねて立ち退き料を上乗せさせるか。そして出した結論が『新しい素敵なビルが建った時に同じ条件で一階にテナントとして入れてもらい、素敵なビルが建つまでの一年間の営業補償を毎月百万円払ってもらう』だ。弁護士さんは大きな仕事をしてくれた。まあ、これから賃貸契約なんかで細かい契約を詰めていくんだろうけど。それは弁護士さんに任せてある。素敵なビルが完成するまであと一か月。つまり今までみたいな好き勝手な生活も一か月後には終わるってことだ。働きたくねえけど一か月後には働かなきゃいけねえし、働いてんだよ」


 はあ…。そうだったんですね。でも奥様と別居してる理由は何でしょう?一年前はお二人でお店を繁盛させてたんですよね?


「ああ。営業補償の金は嫁と折半にした。店をやってた時も金の管理は嫁がやってた。俺は月給制だったぜ。まあ、一年間は五十万円ずつ手元に遊んでても入るわけだ。弁護士さんの報酬は全部俺が出してたから俺の方が取り分は少ないかな。それでもまあ働かなくても暮らしていけるだろ?そこで俺はだらだら遊び呆けた。嫁は真面目でな。せっかく一年も長期休暇が取れるのに『いろんなところで食の勉強がしたい』と休店後もずっと働き続けてたの。俺はまあ『そんなの意味ねえ』と思ってたからな。半年前かな。嫁が急にブチ切れて俺に言ってきた。『あんたには危機感がない。そんなだらだらした人間が一年間もブランクが空けば、いざお店を再開しても絶対に失敗する』と。まあ、そこから大ゲンカだな。最後には『じゃあ、お店が再開した時に、前以上にお店を繁盛させて見せろ。私は一切手伝わない。お店が前より繁盛したら戻ってくる。出来なかったら離婚だ』だって。猫も嫁に連れていかれちまったし。嫁は今、実家暮らしだぜ」


 なるほどです。でも讃岐さんならお店が再開してもしっかりと繁盛させられそうだと思いますが。


「あたぼうよ。あ、アラフォー丸出しだな」


 それに同じ場所で再開されるんですよね。常連さんだって戻ってくるんじゃないですか?建物も新しくなれば設備も新しくなりますし。


「そんなに簡単なもんじゃねえよ。常連さんもホールは嫁がやってたし、嫁がいなきゃあそんなのあてになんねえ。まあ、俺の料理目的で通ってくれてた常連さんは来るかもだが。あそこは結構、大手や激安店も増えたしな。俺は値段も下げる気はないし。値段で勝負はしねえ。でもそこはさっきも言った『臨機応変』だ。それにそんなのは別に大きな問題じゃねえ。一番の問題は『二人でやってきたお店の相棒がいねえ』ってことだ。俺一人で店をやるのは無理だ。単純に職人やバイトを雇えば済む話でもねえ」


 確かに讃岐さんが言う通りですね。お二人でやってきたことを一人でやるのは無理ですよね。しかも奥さんですよね。それ以上の相棒は簡単には見つけられないですよね。


「まあ、嫁の前では言いたくねえがあいつ以上の仕事が出来る奴はそうそういねえと思うぜ。それに俺ら夫婦は自営業だ。常に『十割』の力で働く。雇われなら『三割』ぐらいでちょうどいい。普通ならそう考えるだろ?」


 それは人それぞれだと思いますが…。


「固定給や時給が決まっている人間が『社長のために頑張ろう』って思うか?臨時ボーナスや大入り袋は昔の話だぜ。決まったシフトでタイムカード押した後にサービス残業を快く引き受ける人間がいるか?そういう組織は立派な組織か宗教的な組織か『喜怒哀楽』が麻痺している組織だ」


 『喜怒哀楽』が麻痺しているとはどういう意味でしょうか?


「『利』を追及していると『喜怒哀楽』は麻痺する。話し合いでも感情は出さない。素敵なビルを建ててる企業の人間とも話し合いの場が何度かあったがあれはロボットだ。ソロバンを弾くことしか考えてねえ。今の日本を見てみろ。東京を見てみろ。外国人の雇用が増えた。意思を持たないコンピューターが自殺するような状況だろ。創業十数年にも満たねえ企業が東証一部上場企業に成り上がる時代だ。鬱病って言葉があるだろう。鬱は病じゃねえ。今の時代が生み出した人害だ。自動車が出来たから交通事故が生まれた。そんなもんだ」


 なるほどですね。讃岐さんの考え方は的を射ていますね。でも、あ、殴られないよう、先に防御しておきますね。讃岐さんのこの素敵なご趣味は奥様もご理解されていたのですか?


「そこなんだよねええええええええええ。こればっかりは『鶏が先か、卵が先か』って感じでな。俺は嫁が大好きなんだよおおおおおおお。愛してんだよおおおおおおおおおおお。で、も、な。夫婦生活が長いうえに、四六時中一緒にいたら男女は変わっちゃうんだよおおおお。俺の嫁はもうエッチなことも一切してくれないのよおおおおおおおおおおお。可哀そうでしょ?俺。でも他の女には興味もねえ。綺麗な女優さんやアイドルにも全く興味もねえ。あ、エッチなDVDのお姉さんは好きだよ。そしたらもう二次元に走っちゃったわけよ。それを見て嫁もまたドン引きで。二人の間には大きな溝が。言っておくが俺は自慢じゃねえが嫁と付き合うようになってからは風俗にだって行ったことがねえ。女は嫁しか知らねえ。その結果がこの趣味だぜ。アイドルや風俗に金を突っ込む気持ちが俺には分かんねえ。まあ、人の趣味に口出しするのは野暮なことだけどな」


 素敵ですね…。讃岐さんは。でも…、これ…、讃岐さんのご趣味は結構なお金をつぎ込んでいるのではないでしょうか?


「あ…」


 その言葉と同時に讃岐さんの視線が天井から私へと向けられる。そしてそのまま無言に。動いているのはタバコと灰皿を操る両手のみで視線はずっと変わらない。ドキドキしてしまいますね。ピンッとライターの音が三回。無言状態から三本目のタバコを吸いながら讃岐さんはようやく口を開いた。


「やっぱり俺って天才だわ。つーか、お前のヒントは素晴らしい。いける!これはいけるぞ!」


 え?私のヒントが素晴らしい?なんかよく分からないけれど褒められてるのかな?嬉しいなあ。わーい。でも防御の準備は念のためしておこう。


「俺の新しい相棒はアイドルだ」


 え?どういうことですか?


「『なんとか48』ってアイドル多いよな?」


 多いですね。今はソロでアイドルされている方は珍しいのではないでしょうか?


「『UDN47』ってのはどうだ?」


 え?『UDN』は『うどん』ですよね?それは分かりますが『47』はどういう意味でしょうか?


「都道府県の数はいくつだ?」


 あ!


「目指すはうどんで全国制覇!!『UDN47』だ!!そして愛する嫁が最後の一軒!世界でもいい!『UDN47ぷらすワン』だぜ!どうだ!」


 面白いと思いますが…。普通のアイドルの子にうどんが作れますでしょうか?それも全国制覇とは…。


「アイドル好きは自分の推しに金は惜しまねえ。あ、マネーと掛けたわけじゃねえよ。俺の名誉のために。まず日曜日は休みだから月曜から土曜日までそれぞれ店のやり方を任せる。俺はうどんも料理も知識と腕は持ってる。だが働きたくねえ。聞かれればアドバイスはする。全面的に贔屓なしでバックアップもする。あとは曜日ごとの日替わりアイドルがそれぞれ自分の曜日だけは店長となり、売り上げを伸ばすことだけを考える。売り上げが良ければ冷凍麺だろうと業務用スープでも構わねえ。いくら美味いうどんや料理を作ろうが売り上げが悪い奴はクビだ!日曜日は補欠枠、つまり候補生枠。俺が認めればフランチャイズで全国に。究極のうどんアイドル『UDN47ぷらすワン』だ!どうだ!!」


 それ、面白いと思います!!


「よっしゃいくぜえええええええ!これは絶対受ける!俺は金持ち!働かなくていい!嫁も戻ってくる!」


 讃岐さんが咥えタバコで小さなサイズの美少女フィギュアを両手に持ってなんか卑猥なことをさせている。でも、すごく浮かれているのが伝わってくる。本当に面白い人ですね。讃岐さんは。


 こうして讃岐さんプロデュースの『UDN47ぷらすワン』プロジェクトが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る