第31話 人と人
修平がいいたい事は分からなくもない。俺だって客観的に見ていたなら、純を気にしてしまうだろう。
「純が嫌いなわけじゃない。だけど、俺は彼女の気持ちに応える事は出来ないと思う」
「そうかよ……」
「ああ……」
「でも、全部上手くいくなんて無理だからな。お前が選んだ先には、求めていない結果もあるんだよ」
彼は少し頭を抱えてから顔をあげる。
「無くしてから後悔しても遅いんだ……」
俺に言っているのか、自分自身に言っているのか分からない。彼は、考え事でもするかの様な表情で言った。
「優、ふと思ったんだけど、人はなんで恋愛をするんだろうな?」
「急にどうしたんだ?」
「いや……純って子は可愛いんだろ?」
「ああ。うちの学校に居たら多分トップクラスに人気が出てもおかしくはないな」
そう言って、俺は修平がいい出した事も分からなくもない気がした。
「やっぱりお前、心はどうしたいか決まっているんじゃないのか?」
「気持ちがあっても、どうする事も出来ないよ。千佳はカジさんが好きなんだ……」
修平は何かを言おうとして止めた。本当はどうかわからないけど、そんな気がした。
しばらく二人は沈黙する。昔はよく黙って漫画を読んだりしていたけれど、その時の様な何もはなさなくても近くに居る感覚とは違う。
ただ、言葉を選びきれない様な葛藤だけがある。
俺はこの空気を耐える事ができず、帰ろうと思い立ち上がった。
「あのさ……」
修平は、そんな俺に声をかける。
「俺に出来る事が有れば言ってくれよな……大した事は出来ないかもしんねぇけど」
「いや、話せただけでも助かったよ」
「なら……いいんだけどな……」
修平の家を出て、自転車をだす。雨は上がっている様だった。
「あ……服……」
「いいよ、いつでも」
「また、返しにくるわ」
「気軽に言ってくれ。もし、お前がどんな行動に出たとしても、俺は味方だから」
そう言った修平に作り笑いして言った。
「頼りにしてるぜ、エース」
「いつの話だよ」
修平と別れた後、俺は家に向かう。
仲直り出来たかというと、微妙な所だ。正直、俺からすれば都合のいい、言い訳の様にも聞こえた部分もあったし、理想論にも感じる。
でも、修平は綾の事が好きという事や、俺と仲直りしたいと思っているのは分かった。
だから、正解かどうかは分からないし、自分で進めて行かなくてはならない。ただ、彼の目線で真剣に考えた言葉をくれた事が、露頭に迷っていた俺を少し楽にしたのは確かだった。
思い通りには行かない。
パズルを組み上げるように、綾と付き合ったと思っていた修平でさえ目的は果たせていないのかもしれない。
その晩、千佳の事、潤のこと……それぞれ矛盾した思いで潰れそうになる。
だけど俺は、前に進まなくてはならない。
──それから次の日、俺の葛藤は晴れることなく、バイトの時間になる。
正直、千佳にどんな顔で接したらいいのか分からない。
「おはようございます……」
バイト先の弁当屋は普段通りの日常が動いている。今日の売り上げは、どのくらい仕込めばいいのか、シフトは誰が……。
「おはようございまーす!」
千佳の声。昨日あんな事があったとは思えないくらいにいつもどおりだった。
なんで?
俺の中には疑問しかない。
千佳は俺を見ても普段通りに接した。
「優、仕込み手伝えばいい?」
「お、おう……」
あまりに自然な千佳に動揺する。
彼女は入って1か月が過ぎ、基本的な業務はほとんど出来る様になっていた。
漬物やサラダ、セットで必要な仕込みをする。2人で行う仕込みはどんどん進む。
「長坂、日比野も研修期間終了だな。次のシフトからは仕込みを任せようと思っているのだがどうだ?」
「問題無いと思います」
千佳の研修が終わる。イコール、このほとんど一緒に入っているシフト体制の終了を意味していた。
「もうすぐ、終わりか……」
「なにが?」
「千佳も一人で入るようになるって、店長が言ってたんだ」
「そっか、もうちょっと入りたいと思ってだんだよねー」
千佳は俺が告白した事を気にしていないのだろうか。だけど、俺はその事に触れられないまま仕事をこなした。
バイトが終わると、俺はすぐに着替えて外に出る。なんとなく千佳は今日、待ってくれないとおもったからだ。
暗い自転車置き場で千佳を待つ。
思っていたより、少し寂しい雰囲気で千佳はどんな事を考えて待っていたのだろうと思う。
しばらくして、裏口の重い扉が開く。
ちゃんと見えるわけじゃないけど、それが千佳だという事は分かった。
「待ってたんだ……」
「うん……」
少し、出てくるのが遅い気がした。
もしかしたら被らない様に出たのかも知れない。
「優……前にした、約束覚えてる?」
「約束って、三箇条みたいな奴か?」
「ああ、覚えてるよ……多分……」
好きな人ができたら言う、素直に謝る、暴走したら止める……だったかな?
「もしかして、謝るタイミングだった?」
「違うよ……なにかした?」
正直俺は、告白の事を言っているのかと思った。
「いや、してないと信じたい」
そしたら、暴走したのだろうか。
「信じたいって、なにそれ」
そう言って千佳は笑う。今、彼女に何が出来るだろうか。止められる事がなかった暴走は、彼女に向き合うチャンスになったのだろうか。
「あのさ……千佳は俺にして欲しい事は有るか?」
相手の気持ちがわからないなら、聞くしかない。俺は今思いつく最善の事をするしかないんだ。
「ご飯会、優にもついて来てほしいかな」
「やっぱり行くんだな」
「難しいけど、チャンスだからね……」
「それでね、私が変なことし始めたら止めて欲しいかな…」
「変な事したらって……わかった……」
彼女の言った約束は、彼女自身を止める意図があったのかも知れない。
変な事したら……そう言った千佳に俺は何が出来るのだろうか。今彼女は何を思っているのだろうと思う。
「千佳、他に俺にして欲しい事はあるか?」
そう聞いた俺は、自分の気持ちではなく、初めて千佳の気持ちを知ろうとだと気付いた。
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