第30話 過去と葛藤

 修平は、少し気を使う様子を見せながらもそう言って笑う。


「まぁ、とりあえずうち来るか? ダセーので良ければ服貸すけど?」

「俺も家近いし……」

「まぁ、そういうなよ」


 彼は、どこか落ち着いた雰囲気で傘をかざしたまま、自転車の所まで付いてきた。


「それで、どうしたんだよ?」

「……」

「まぁ、俺にいいたくねぇかもしれねぇけど」


 修平は傘を渡すと、自転車を押す。なんとも言えない気まずさで、言葉が出なかった。


 最近、綾はもちろん、修平ともあまり話していない。あの日の事を後悔しているわけじゃ無いけど、意地の様な物と、罪悪感とで距離をとっていた。


 修平の家にはすぐに着く。

 一軒家の駐車場に自転車を止めると、鍵を渡してドアを開ける。


「なんか、優が来るの久しぶりだよな」

「そうだな……」

「俺の部屋に言っといてくれ。夜も遅いから、少し静かにな」


 小さい頃から、何度も来たことのある修平の家。部屋の位置ももちろん知っている。


 部屋に着くと、濡れたTシャツから滴がなるべく落ちない様に裾を握る。しばらくして、着替えとタオルを持って修平が入ってきた。


「ほらよ、とりあえず体拭いてこれ着とけよ」


 そう言って、Tシャツとハーフパンツを渡す。


「パンツまで濡れたか?」

「そこまで濡れてないからいいよ」


 俺は着替えて、勉強机の椅子にすわる。修平はベッドに座ると昔の定位置を思い出す。


 なんとなく、修平が待っている様な気がして、俺は口を開いた。


「あのさ、綾とはどうなんだ?」

「どうって?」

「いや、あれからさ……」


「そうだな。喧嘩して、仲直りして、喧嘩して……」

「喧嘩中なのかよ」

「まあなぁ、誰かさんが変な事言ったおかげで綾様は不安定なわけよ」


 そんな風になっていたのか。


「わるい……」

「冗談、前回喧嘩になったのはそうだけど、今回はまた別件だから気にすんなよ」

「ならいいんだけど」


 意外にも、修平は以前と変わらない雰囲気。むしろ部活をしてた時の感じの様にも感じる。


「優に何があったかわかんねぇけど、色々悪かったな……」

「俺も……すまんな」

「仕方ねぇよ。でもさ、なかなか思い通りにはいかないよなー」


 本当に、それは思う。思い通りになんてなった試しがない様にさえ思う。


「今だから言えるけど、高校に入ってすぐくらいから綾の事好きだったんだ」

「なんだよそれ、聞いてないぞ?」

「お前は俺の嫁か? なんでも話してると思うなよ?」


 中学の時修平は好きな子が出来た時はすぐに俺に言っていただけに、意外だった。


 俺たちは1年の時、文化祭で仲良くなった。

 元々話さないわけではなかったが、修平と綾は実行委員みたいなものをしてから距離が近くなった様に思う。俺はちょうどその頃から仲良くなり始めた。


 修平が、その前から好きだったというのは、全く考えてもいなかった。


「まぁ、俺としては優が浅井ちゃんと仲良くなってた事の方が衝撃だけどな」

「なんの話だよ?」

「お? この期に及んでとぼける気か? 2人で出かけてたの聞いてるぜ?」


 心当たりはある。

 千佳の道場に行った時の事だろう。


「いや、あれは……」

「は? あの事件絡みで悩んでたんじゃねーのかよ?」


 通り魔事件が純の問題だったのは、修平は知らない。無理もない。あれから俺たちは殆ど話していなかった。


「あれは、解決したって言うか……」

「だったら何があったんだよ?」

「話せば長くなるんだけど……」


 ──そして俺は、それまでの事を修平に話した。

 修平が付き合い始めたあの日の事。

 千佳や純との事……。


 修平は特に何も言わず頷き、俺の話を傾聴した。

 そして、今日あった事を話し終えると、修平は口を開いた。


「優、とりあえず一発ぶん殴っていいか?」

「ちょっとまて、なんでだよ?」


「お前も確かに大変だと思うぞ。だけど、その純って子の気持ちはもっとキツいだろうな」

「……そうだな」


「そんな中、お前は何やってんだよ?」

「修平の言いたいことは分かるけど……」


「けど、なんだよ?」

「正直お前にだけは言われたくねーんだけど?」


「は?」

「綾の気持ち無視して、追い込んだのはお前だろ?」


 そんな事、言うつもりは無かった。だけど、修平の言ってる事は俺が1番目を向けたくは無い所だった。


「やっと言いやがったな」

「なんだよ、事実じゃねーか」

「ちょっと思ってたのと違ったわ……」


 修平は、ヒートアップするどころか、少し落ち着いたように座り直した。


「人の考えや気持ちって、結構長い付き合いでも、理解出来ないもんだな」

「どう言う事だよ……」


「俺はさぁ……あの時結構葛藤してたんだ」

「綾に告白した時……の話か?」

「その、もっと前だな。綾と仲良くなって綾が優を好きって知った辺りかな」


 その頃俺は、なんとなく一緒に遊び始めた位なのだろうかと思った。


「俺は綾の事が好きで、でも綾は優が好きで出来れば二人が上手くいって欲しいとさえ思ってた」

「じゃあなんで……?」


「俺の理想は3人で仲良く。強いて言うならもう1人増えて楽しく過ごせたらと思ってたんだ。でも、あの頃お前、全く気がなかったよな?」


「そんなに前の話なのか?」

「優に綾が好きな事を言おうとしたら、綾にカミングアウトされて、お前は全く気が無い。もう、どうしろと……」


「だから言わなかったのか……」

「別に綾がそれでも追い続けるなら良かったんだ」


 修平は、周りを見渡す。

 俺は持っていたコーラをわたすと、一口飲んだ。


「あー、悪い。付き合う直前、綾に相談されたんだ……」

「相談って……?」

「お前の事が好きだけど、俺の存在が大きくなってるって……」


 それって、今の俺に少し近いのか……。


「でも、その頃は優が綾の事気になり出しているのわかってたんだ……」


 そう言って修平は俺を真剣な目で見る。


「なぁ、俺はどうすればよかったと思う? どうすれば両方と仲良く出来たんだと思う?」


 俺は、言葉を失った。

 修平は、俺の見えない所で葛藤していた。


「だからさ、俺は気持ちを伝える前に掛けに出たんだ……優が、行動するかどうか」


「それで俺はしなかった……」

「何もリスク無いなんて思ってねーよ。ぶん殴られるだろうと思っていた」


「修平……」

「でも、それを受け入れたら上手くいくんじゃ無いかって……」


 修平は、ずっと3人……いや増えてもいい。だけど、仲のいい関係を求めていたんだ。


「純って子が似たような葛藤を抱えていたら。その原因がお前だったら耐えれる気がしねーよ」


 修平はそう言って、黙った。

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