第32話 思い出と音

 ふと、出てきた言葉は不器用ながら思いついただけだった。


「して欲しいって、例えば?」

「何か出来る事は無いかなって……」

「そういうのは……まぁ、自分で考えたからかー」


 考えていた様な答えは返って来なかった。

 相手の事を考えるというのは、その辺りも含め考えなくてはならないのかも知れない。


「いつもどおりでいいんじゃないかなー?」

「それじゃ、何も変わらないと思うんだけど」


 千佳は、自転車の鍵を開け、駐輪場から外に出す。ちょうど跨ったくらいで俺に言った。


「いつもどおりで、何も変わらないなら変えたくないんだよ」


 彼女はそういうと、時間がない訳では無いと思うのだけど、手を振り帰っていった。


 本当は、少し気まずかったのか。

 それとも、何か用事があったのか。


 颯爽と立ち去る彼女の考えはわからなかった。



 ──いつもどおりと言ってもなー。

 帰り道、俺は考える。


 普段はなにをしていただろう。

 特になにもしていないと思っていただけに悩む。


 暗がりの空は、雲間から小さな星が覗いていた。




 俺はどうなりたい?

 どうしたい?

 そのためにはどうすればいい?


 そんな疑問符ばかりが頭に湧いてくる。

 問いだけなら答えは一つ。


『千佳が好き。出来る事なら付き合いたい』


 多分これは、かわいいからとか仲がいいからとか、そう言った事じゃない。多分彼女の魅力に憧れ、その一つ一つの言葉に影響を受けている。


 そして、その中で一緒に過ごした時間が大切なのだろう。


 そのためには……。

 その瞬間、俺は自転車を止め純に電話をかける。


「もしもし!」

「優? どうしたの?」

「あのさ、カジさんのご飯会やっぱり行くよ」

「でも、フラれたから気まずいのよね?」


「でも、いいんだ。ごめんな純、俺が取り乱したせいで不安にさせたよな」

「大丈夫? 無理してないよね?」

「してないよ。カジさんにはもう言った?」

「まだ、言ってないよ。今週の土曜日にするのはどう?」


「大丈夫!」


 しばらくして、千佳から着信が来る。純は、千佳にも伝えたのだろうかと、電話にでた。


「さっき振り!」

「もしかして、純から連絡が行った?」

「うん。優も行くんだよね?」

「行くよ」


 迷わずに、そう言った。

 すると、明るく「そうこなくっちゃ!」と古い感じの反応が帰ってくる。


 千佳と、純がどんな話をしたのかはわからない。

 だけど、当日の何かが起こりそうな予感がして、何も知らないカジさんが気の毒に思えてくる。そんな中、どこか楽しみにしている自分も居る。


 不安と期待と希望。

 まるで戦いにでも行くかの様に、週末を迎える事になった。



♦︎



 いつになく気合いが入っているのが自分でもわかる。お気に入りのピアスにTシャツ。セットした髪でハットを被るか迷う。


 待ち合わせは10時。カジさんとのご飯会は夕方なのだが、ハットは被らずに行こうと結論を出す。


 駅に向かう途中、バイト代をおろし電車に乗る。ドアのそばの鏡で髪型をチェックしながら、外の景色と往復する。住宅街の景色は変わる。


 相変わらず、週末に街に向かう人は多い。


 待ち合わせの場所には30分前。

 だけど二人はすでに着いていた。


「今、30分前だよな? 二人とも早過ぎないか?」

「だって、優も千佳もいつも早いから!」


 確かに、普段から早めに着く俺より千佳は早い。彼女はそれに合わせようとして来たのか。


「ただ、待ち合わせ場所がここって……」

「仕方ないでしょ? 目印になる物はそうそう変えられないから」


 この場所は、千佳と純と初めて会った場所。

 そう、俺の黒歴史の場所でもある。


「それで、夕方までどうする気なんだ?」


 俺がそう言うと、二人は顔を見合わせて笑う。

 知らないのは俺だけ……なのか?


「ちょっと遊びに行こう?」

「だから、どこにだよ?」

「ボウリング……とか?」

「いや、カジさんとの食事会は合コンみたいなものだろ? 動いていいのかよ?」


 仮にも夏休み前。この女子たちは汗とかそういうのを気にしないのだろうか?


「トレーニングジムと一緒の施設があるんだー。終わった後シャワーも浴びれて一石二鳥!」

「なるほど、そういうことかよ」


 それなら着替えを持ってこれば良かったと思いながらも、二人についていく。


 歩き慣れた街だが、あまりそういう所には行く事が無かっただけに、楽しみだった。


「なんでまた、今日なんだ?」

「あたしらゲームとか、行ったことないよねー?」

「まぁ、確かに?」

「行ける時に行きたいなーって」


 俺は、もう行けないみたいなその言葉に少しだけ引っかかる。今日はなんだかんだでご飯を食べるだけ。別にそれ以上の事は無いと思う。


 だけど、俺自身もその手前と後で、今までの関係で居れるのだろうかと感じていた。


「そうだな……千佳とバイトのシフトが合わなくなるかも知れないしな」

「でしょ?」


 それぞれ、なにを思っているのかはわからない。だけど、今一緒に何かしたいというのは同じだろう。


 ボウリング場に着くと、受付を済ませ靴を借りる。正直家族や男友達とも、数える位しか行った事がない。


 それだけに、女の子2人とボウリング場というのは緊張する。


「優は、結構出来る人?」

「あんまり来た事は無いかな……」

「私もそんなにないよ」


「2人とも初心者かぁー」

「でも、こういうの好きだよ!」

「俺も、上手くは無いと思うけど楽しそうだし」


 千佳は、サムズアップして「OK!」というと、それぞれ玉を選びに行き席につく。


 1番に千佳が投げる。

 流石提案者とでもいうべきか、慣れたフォームで投げ、女子とは思えない速さの玉はダイナミックに外れた。


「ちょっとまて、得意なんじゃねーのかよ?」

「得意とは言ってないでしょ! でも、外れたのはたまたまー。そう、たまたまー」


 そう言った通り、二投目は外さなかった。

 ただ、まっすぐは行かない様で、7本を倒す。


 続いて俺の番。

 予防線は張っているものの、流石にカッコ悪い所は見せたく無い。


 呼吸を整え、一点に集中する。

 一歩づつ踏み出し、放った一投は少しそれた。


 だが、10本の並んだピンは気持ちいい位に弾け飛ぶ。


 ガシャーン!


 その瞬間、俺のレーンだけで無く何故か後ろの方から大きな音がした。

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