第28話 葛藤と告白
いつにも増して、上機嫌になっている。
千佳が嬉しそうにすればする程、後ろめたいというか、言わなきゃいけない焦りが押し寄せてくる。
「優、何か考え事?」
「え、いや……いまからバイトはしんどいなと思ってさ……」
「スケジュール詰まってると辛いよねー」
「そうだな……」
「でも、充実してるって感じしない?」
「まぁ、わからなくは無いけど」
駅に着くと、止めてある自転車に乗ろうとする。時間的には少し余裕があった。
「お、いいのあるじゃーん」
そう言って、千佳は自然に自転車の後ろに乗る。歩いて行くなら丁度いい位の時間。
「お前なんで、自転車じゃ無いんだよ」
「行く時ママに車で送ってもらったからねー」
「帰りは?」
「優に送って貰おうかなって」
千佳は笑いながら言う。本当は電話でもするつもりだったのかも知れない。だけど、俺は嬉しくなっているのを堪えた。
「なんだよそれ。まぁ、別にいいけど……」
「優、送っちゃいなよ!」
「それ言う人もういねーから」
弁当屋には、すぐに着いた。
20分前。
バイトまでには少し早いと思いながらも、自転車を止める。
「ちょっと早かったねー!」
「いつも10分前には着いているけど、それでも早いな……」
「あのさ……」
「ん?」
「カジさんとご飯いけるんだよね?」
「ああ……」
千佳は自転車から降りて、後ろを向いたまま言った。
「カジさん、あたしが来るの知ってるのかな?」
俺はそう言われ、言葉に詰まる。純は『友達』を呼ぶとは言った。だけど、それが千佳とは言ってはいなかった。
「知らないんだ……」
反応で気付いたのか、彼女はそう言って表情を曇らせた。
「ごめん……」
「なんで優が謝るのさー。あたしは機会を作ってくれただけで充分だよ?」
「なら……いいんだけど」
「でも、なんで急にご飯いける事になったんだろ。そっか、優が居るから!」
俺は、言葉に詰まりながら「そうかもしれないね……」とだけ言って、従業員の入り口に向かった。
バイトの最中、その事がきになる。
千佳は、普段通り明るく仕事をこなしていた。
──その日は、時間が来て珍しく俺の方が先に終わった。
更衣室で着替え、スマートフォンを見る。純からメールが届いているのが見える。
『ご飯の件、千佳に伝えてくれた?』
俺はすぐさま返事を返す。すると、待っていたかの様に電話がかかってきた。
「なんだよ、急に電話なんか……」
「千佳にはなんて伝えたの?」
「なんてって、カジさんと4人でご飯行く約束したって……」
純は落ち着いた声で返す。
「私の事は?」
「……千佳は、俺が誘ったと思っている……」
「なんで? なんでちゃんと伝えないの?」
「言えるわけないだろ!」
「優が言わなかったら、千佳は覚悟出来ずにきちゃうんだよ?」
ドアの外でガタッと物音がして、ドキッとする。
まさか、聞かれた?
様子を伺うと、人の気配は無い。
「覚悟って……知ってる状態で来させる気かよ」
「千佳なら、その方がいいと思う」
「なんでだよ……」
「あの状況だと、こうするしか無いと思う」
確かに、ただ連絡先を交換するのも断るのも純の立場としては難しい。
多分、純はカジさんに気はない。
「そうだけど……」
「千佳はそんな事望んで無いかも知れないけど」
「……」
「だけど、優からしっかり伝えて。私だと、どう伝えてもいい訳出来ないから……」
純はそう言って電話を切った。
彼女の気持ちがわからない訳ではない。彼女からしたら、カジさんにかき乱された様に感じているのだろう。
だけど……。
俺は、どんな切り口で話せばいいかわからない。そして、それを知った千佳を受け止められる自信が無かった。
その直ぐ後で、扉を開ける音がした。
多分、自転車置き場で千佳は待っているだろう。
俺は、送って行くと言った事を酷く後悔する。鉄の扉が普段より何倍も重く感じた。
「優、遅かったねー」
外に出て直ぐ、千佳の声がする。彼女は自転車の後ろに腰掛けていた。
「ちょっと純から電話来ててさ」
「ほほうー」
「ご飯行く話だよ。千佳に行けるか聞いたのかって確認の電話。本当信用してねーよな」
「なるほどねー」
俺は普段通りの千佳に少し安心した。
そして、彼女を後ろに乗せて自転車を出すと、千佳の家を目指して漕ぎ始めた。
「優、本当に良かったの?」
「いいよ、そんなに時間がかかる訳じゃないし」
そう言うと、千佳は俺の背中に頭を付けた。
「何やってんだよ?」
「優……あのね……」
「どうした?」
「あたし、聞いちゃったんだ……」
やはり、聞こえていたのだろうか。俺は、惚ける様に、聞き返す。
「聞いたって、何をだよ」
「純との話……」
終わった……もう、引き返せないそのセリフに俺は覚悟を決めるしか無くなってしまう。
「そうか……」
「ねぇ。今日、カジさんと何が有ったの?」
「ごめん……千佳」
「謝られてもわからないよ」
「カジさんとのご飯、提案したのは純なんだ」
千佳は、背中に頭を付けたまま、小さく「うん」とだけ呟くと、続けて聞いた。
「なんで……純が提案したのかな?」
「あのさ、千佳。純の為にもちゃんと伝えるから覚悟して聞いて欲しい……」
俺は、息を飲み覚悟を決める。
「カジさん、純に一目惚れしたんだ……それで、純の奴が千佳も呼んでご飯行くならと提案した」
俺がそう言うと、感情を必死で抑える様に千佳の声が聞こえた。
「……そうだったんだ」
「純は、立場上仕方なかったんだ。俺とか千佳のカジさんとの関係も知ってたし……それで……」
「うん。大丈夫……純は悪くないよ……」
千佳はそう言うと、何も言わず、俺の背中の方からはすすり泣く様な声が聞こえて来る。
彼女の好きな人は、なんで俺じゃ無いんだろう。
どうしてこんなにも、空回りするんだろう。
人が人を好きになると言う難しさを、嫌という程に思い知った。
千佳の家の近くに着くと、彼女は自転車から降りた。
「送ってくれて、ありがとね」
暗がりの中でも赤い目をしているのだろうと分かる。それくらいに彼女の泣いた後の様な顔が心に爪痕を刻む。
俺は自転車を止めた。
正直、失恋の辛さはよくわかっているつもりだ。純が一生懸命に考えた内容だけに責める事も出来ない。
ただただ俺の好きな女の子が傷ついているのが辛い。
「千佳……」
気持ちが止まらない俺は、そう言って振り向いた千佳の手を掴む。
「どうしたの?」
「俺、千佳の事が好きだ。その彼氏は俺じゃだめなのか?」
言ってしまった。
だけど、千佳は作り笑顔で言った。
「ありがと。でも、ごめんね……優の事、そんな風には見れないや……」
そう言った千佳の事が頭の中に、刻印の様に焼き付いてしまった。
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