第27話 本当と嘘

「ちょっと、カジくん! お店でナンパはやめてくれる?」


 船場さんは慌てた様に止める。急に純の連絡先を聞こうとしたカジさんの雰囲気がいつもと違う。


 俺は純の顔を見ると驚いてはいるものの、反応は薄い。


「あの……だめですか?」

「別に構わないですけど、なんですか?」

「ちょっと、カジくん。純ちゃんは優くんの友達だから高校生だよ?」


 そう船場さんが俺に聞く様に言うと、カジさんは固まった。


「純は、同じ歳ですね……」

「そうなのか?」

「はい」


 彼は目頭を押さえて、困った様な素振りを見せている。


「あの……船場さん。カジさんって結構ナンパするんですか?」

「そんな事はないよ。美容師だから声はかけるけど、いきなり連絡先を聞くなんて僕も見た事ないよ」


 そうなのか……。でもカジさんの反応は純への余裕の無さが出始めていた。


「えっと……」


 少しはにかんだ様子のカジさんは俺の中のイメージを変える。


 純に一目惚れ?

 彼女のルックスのレベルが高いのは理解しているが、彼をここまで変えてしまうのか……。


 純はどう考えているのだろう?

 もし、そうなら千佳の気持ちは?


 俺は頭の中が、パンクしそうになる。

 そんな時、純は俺に囁いた。


「優、この人ってもしかして千佳の?」

「そうなんだよ……」

「なるほどね……」


 目が泳いでしまっているカジさんに、純は言った。


「いいですよ?」

「嘘、本当に?」

「純……マジかよ?」


「でも、貴方の事あまりわからないので、今度ご飯でもいきません?」

「いいの?」

「ただし、優と友達も連れて行っていいですか?」

「全然いいよ! やった」


 純の意図が少し読めた。だけどそれは、千佳にとっては辛い絵になるんじゃ無いだろうかと思う。


 だけど、千佳なら……。

 そんな風に考えながら、純とカジさんが連絡先を交換するのを見ていた。


 少し困った顔をしている船場さんと、上機嫌なカジさんに別れを告げ店を出る。


 本当はもう少し居たかった。だけどバイトがある手前、純との約束を果たさねばならなかった。


「ねぇ……」

「わかってるって、お前の服買う店だろ?」

「それもあるけど」

「なんだよ?」


 純は少し落ち込んでいるように見える。カジさんと連絡先を交換するのが嫌だったのだろうか?


「……優は、よかったの?」

「まぁ、カジさん、純に気があるみたいだし、千佳の事が気になるけどな」

「私が、連絡先交換しても気にならない?」


 そう言われ、俺は純の気持ちがよくわからなかった。俺と千佳を応援してくれている気はするが、時々気がある様な素振りも見せる。こいつの本心はどこにあるのだろう。


「気にならなくは無いけど……」

「そう。あのね、私って結構モテるんだよ?」

「だろうな……」

「それだけかよ!」

「いや、それ俺の口癖じゃねーか!」


 純の服を一緒に選んでいる姿は、側からみたらカップルにも見えるかも知れない。それくらいに彼女は楽しそうにしている様に見える。


 一通り、買い物を終えるとバイトの時間も迫って来ていた事もあり、駅に向かう。


「結構買ったよな!」

「うん、楽しかったよ。ありがとね」

「いや、まぁ俺も船場さんと話せたし、気にするなよ!」


 半分、純の荷物を持ってやった。全部持っても良かったのだが、彼女はそれを拒んだ。


 帰り道、並んで歩いていると、時々純の手の甲が当たる。ふと、純の顔を見ると俺の方をみて笑った。


「なんだよ」

「なんか、こういうのいいなって思って」

「デートみたいだよな……」

「ん? デートだよ?」


 そう言われ気付く。確かにデートと言われればそうなるのか……。


「ねぇ、手繋いでいい?」

「な、なんでだよ」


 そう言って、手を繋いで来た純のはにかんだ笑顔の破壊力は抜群だった……。


 こりゃ、カジさんが落ちるのも納得だ。だが、俺は小さなその手を離した。


「やっぱり、やめよう」

「どうして?」

「なんていうか……」

「千佳に後ろめたいから?」


 言葉が胸に刺さる。そういう気持ちもないわけじゃ無い。


「いや、純に悪いから……」

「ふうん。そっか」


 彼女は、あっさりと受け入れた。

 俺は、純の事が嫌いなわけじゃない。どちらかと言うと好きだし、女の子としても意識している。


 だから余計に、千佳の事が好きなうちはそのあたりなあなあにはしたくないと思った。


「純はさぁ、もしかして俺のこと……」

「ねぇ。この流れでそれ言う? 優って本当にドSだね……」


 彼女が俺を好きだったとして、どうするのだろうか。結局は、気持ちが固まるまでは距離を取ると思う。


 千佳がもし、カジさんと上手く行くとする。綾の時みたいに気持ちの整理は時間がつけてしまうだろう。


 純が、その時も同じような距離感で居たなら付き合ってしまうと思う。


 好き、だけど1番に出来ない。

 船場さんの言っていた、1番の大切さは恋愛においても同じ事なのだと思う。


 売り切れの中での1番。

 そんな気持ちで接したく無い位には純の事が大切になっているのだと思う。


 駅で純にバイトに行くと別れを告げた。


「うん、頑張ってね」

「ありがと」

「今日、千佳も入ってるの?」

「ああ、まだ教育だからほとんど被っているよ」


「今度、カジさんと4人でご飯行く事になったって、優からも言っておいてよ」

「わかった。それじゃ、純も気をつけてな!」


 そう言って別れたあと、俺はバイト先までの間千佳にどうやって伝えようか悩む。


 カジさんと純の事は言うべきか。

 ある程度言わないと不自然に感じるよな……。

 でも、気があるまで伝えるのは違う様な。


「あれ? 優じゃん。今からバイトでしょー? どこか行ってたの?」


 不意をついた千佳の登場に、俺は考えていた事が飛んでしまった。


「そうそう、今日純と船場さんの店に行ったんだけどさ、カジさん来ててさ!」

「本当に?」

「それで、今度ご飯行く話になったんだけど、千佳はもちろんいくだろ?」


「えー!? いいの??」

「うん、純の奴が友達も呼んでいいかって交渉してくれたから……」


「純最高! 後でお礼言っとかなきゃ!」


 喜ぶ千佳に俺は言えなかった。咄嗟にカジさんの事を伏せてしまった俺は後悔していた。

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