第22話 怪我人と護身術

「ごめん……今は……」


 俺がそこまで言うと、純はなぜか笑った。


「何本気にしてんの?」

「え、でも……」

「そんな勝算のない事するわけないでしょ? 誰かさんとはちがうよ?」


 でも、俺は嘘だとは思えなかった。


「早く自転車乗ってよ」

「ああ……」

「家まで送ってよね……」

「近いんだよな?」

「……うん」


 純は勢いが無くなった様に返事をした。

 それから彼女は、家までの道を淡々と俺に伝えるだけしか話さなかった。


 背中にひっついているせいか、純の体温を感じる。彼氏と彼女の2人乗りも同じ様な感じなのだろうか?


 あの時俺が『付き合う』と答えていたなら、何か変わったのだろうか?


 それとも、同じ様に返されたのだろうか。

 頭の中で考えているうちに、純の住むマンションの前に着いた。


「ここで大丈夫?」

「なに? 家までついてくる気?」


 これ以上はエントランスから部屋までしかない。


「確かに。それじゃ、また」

「うん、またね」


 純は、入り口に向かい歩いていく。俺は見えなくなるまで見守ろうと待っていると、中に入るちょくぜんでこちらを見た。


 全く聞こえなかったが、純の口が動いている様に見えた。


『バーカ』


 多分、彼女はそう言っていた。

 少し丁寧さを感じる純と、やんちゃな雰囲気のある純。どちらが彼女の自然体なのだろう。


 俺は、日の沈んだ道で自転車を漕ぎながらそんな事を考えていた。



 ──日が明けて。俺は学校に向かう。


 そんなに仲がいい訳では無いのだけど、浅井さんが学校に来れるというのが気になっている。


 教室に着くと、俺はすぐ様彼女に声をかけた。


「浅井さん!」

「……あ、長坂くん」


 以前より少し元気が無い様に感じる。

 無理もない、事件の記憶はまだしっかりと残ってしまっているのだろう。


「えっと……聞いていいか分からないのだけど、怪我は大丈夫?」

「うん……まだ抜糸しないとだけど大丈夫」


 抜糸と聞いて、俺は生々しく感じた。

 当たり前なのだけど、刺された事はない。だからどの程度なのか、どのくらい大丈夫なのかはよくは分からなかった。


「あのね……長坂君にお願いがあるんだけど、いいかな?」

「いいよ。それで、お願いって何?」


 彼女は少し恥ずかしそうにした。


「あのね、護身術を習いたいんだ……」


 もしかして、純はあの日の事を浅井さんにも俺が倒した事にしてるのか。それとも、千佳の事を知らないからなのだろうか。


「ちょっと違うんだけど……」

「なにが? 純の話では護身術で倒したって言ってたのだけど……」


 結局そこまで話しているのかよ。浅井さんが思っていた以上に回復しているのを知って話しただけなのかもれないけど。


「倒したのは一緒に行った千佳って言う女の子なんだ。残念ながら俺はやられていただけ」


 そういいながら、俺は顔の青たんを指差した。


「そうなんだ……」

「あ、でも千佳に聞いてやろうか? 道場とか紹介してくれるかもしれないし!」

「いいの?」

「うん。じゃあちょっとメールだけ送っとく」


 俺はそう言ってメールを送る。

 すると授業中に、返事が来た。


『習いたいの? いいけど、優も来る?』

『まぁ、浅井さんだけ行かせるわけにも行かないしな!』


 そう言って放課後、浅井さんと一緒に千佳との待ち合わせ場所のドラッグストアに向かう事になった。


 バイト先を挟んで、丁度反対側位の位置。あまり来た事のない風景に少し戸惑いながらも、スマートフォンのナビのおかげで迷わずに着く事ができた。


 広い駐車場があり、薬局の壁際に金髪の頭の女の子が見える。


「おーい!」

「早かったねー」

「まぁ、スマホ見てきたからな!」


 そう言うと、彼女は覗き込むように浅井さんをみる。千佳と目が合ったのか、浅井さんは慌てて挨拶をした。


「浅井です……よ、よろしくお願いします」

「日比野千佳です、よろしくお願いします」


 浅井さんの雰囲気にのまれたのか、千佳も合わせて挨拶をする。


「優の同級生だから、浅井先輩でいいすかね?」


 やたらとかしこまる千佳が少し新鮮だ。


「というか、何で浅井さんだけ敬語なんだよ」

「だって、優は優だし?」

「そこはいいとして、純は?」


 それを聞いた千佳は、目を見開いた。


「純って年上なの?」

「浅井さんの同級生なんだから当たり前だろ?」


 千佳はやってしまった感を出している。


「日比野さん、私も自然に話してもらって構わないですよ?」

「いや……でもっすね……」


 浅井さんは多分、普段見慣れない金髪に驚いているのか敬語になっていた。


 下っ端ヤンキーみたいな話し方になっている千佳をスルーして本題に入る。


「それで千佳。浅井さんに護身術を教えてあげて欲しいんだけど……というかアレ、護身術で合ってんのか?」

「うん、護身術だよ?」


 まぁ、そう言うのならそうなのだろう。だが、俺はこれから自分の身に起きる事を全く予想はしていなかった。


 千佳の自転車に付いて行くと、3階建くらいの建物の前に着く。道場というよりは小さなビル。


 そこに着くと、千佳は1階の扉の鍵を開ける。すると、大きな下駄箱があり1段あがると畳の敷かれた道場があった。


「勝手に入っていいのかよ?」

「なんで?」

「いや、自由に開けてるからさ……」

「だって、あたしの家だし」


 ん?

 んんっ!?


「えっと、千佳の家って道場なの?」

「そうだよー」

「そんなの聞いてないし!」

「だって、言ってないもん」


 どおりで化け物みたいに強いわけだ。


「なんか、本格的だね」


 浅井さんも驚いた様子で、立ち尽くしている。


「はい、これ道着!」

「押忍!」

「あ、うちはそういうのは無いから!」

「そしたら挨拶はどうすれば……」

「手だけで大丈夫だよ?」


 千佳のポーズを真似するように中に入る。


「浅井さんまだ、動いたらダメなんだよね?」

「うん……まだ怪我が」

「じゃあ今日はどんなのか見せるだけにするね」


 そう言って更衣室で学校の体育で習った様に、道着に着替える。道場に戻るとあの時のように、千佳が道着姿で仁王立ちしていた。


 あ、これは俺がくらうやつだ……。

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