第23話 戦いと水
「優、受け身は取れる?」
「まぁ、体育の授業でやった程度だけど」
「オッケー!」
そう言うと、千佳は構えた。
「……あの……千佳?」
「いつでもかかって来ていいよ?」
「いや、流石に女の子に手を出すのはちょっと
千佳はまた、仁王立ちの様に腰に手を当てた。
「あのさぁ、あれくらいの奴等にボコボコにされてた優が当てれると思う?」
「いや……無理です」
彼女の言う通り、俺は当てる事すら出来ないだろうと思う。それでもなんとなく千佳に手をあげるのには気が引ける。
「それじゃ、大事な人を守れないよ。相手が男の人とは限らないんだから」
あの時、千佳が来なければ純の事を守る事は出来なかった。それだけじゃない、もっと数が多かったり千佳より強かったりしたら俺は後悔だけじゃ済まなかったと思う。
「わかったよ……」
俺は覚悟を決めて構える。絶対千佳は俺より強い……だから……。
俺は意を決して、千佳に向かう。
すると千佳の姿が消え、気づけば俺は床に叩きつけられ一瞬視界が真っ白になっていた。
「浅井さん、どう? これが護身術」
「えっと、長坂くん大丈夫なの?」
俺は息が止まり、起き上がる事が出来なかった。
正直早すぎて受け身どころじゃない。
「あれれ……今のでも受け身は取れないか……」
ようやく起き上がり、座り込む。
「マジで早すぎて何が起きたかわからなかったんだけど……」
「うーん、わかった。もっとゆっくりやるね」
どうやら彼女は、終わらせてはくれないらしい。
俺はそのまま、受け身を取れるギリギリのところで床な叩きつけられ続ける。
自分の体が嘘の様に思い通りにならない。
体力が削られ、受け身が甘くなりダメージが残り始めた所で千佳は止めた。
「今日はこれくらいにしとこっか?」
少し汗ばみ始めた千佳は、どちらかというとウォーミングアップが終わったという感じに見えた。
「やっぱ強いなぁ……」
「本当に……長坂くんが心配になるよ」
すると、千佳は慌てた様に手をバタバタさせる。
「浅井さん、大丈夫? 引いてない?」
「大丈夫だよ。私でも強くなれそうって思った」
千佳は純よりは背が高いが、それでも小柄な部類だろう。女子にしては背の高い浅井さんは、そう感じたのかもしれない。
「良かった! 怪我が治ったらいつでもおいでよ!」
お試しを終えると、俺と千佳は道着を着替えに更衣室に向かう。予想はしていたのだが、彼女に手も足も出なかった俺は少し凹んでいた。
着替え終わり更衣室を出ると、千佳が居た。
「お疲れ〜大丈夫だった?」
「大丈夫……なわけねーだろ!」
「あはは、受け身は上手くなったんじゃない?」
「まあなぁ……」
そう言うと、千佳はコーラを差し出した。
「あげる、浅井さんもコーラでいいかな?」
「ハズレはないんじゃないか?」
俺たちは更衣室から道場に向かう。途中俺は呟く様に言う。
「やっぱり千佳は強いよな……」
そう言うと、千佳は足を止めた。
「強くないよ……」
漏らす様に口にした千佳の声にはいつもの元気さがない様に思えた。
「いや、強いだろ……」
「些細な事で、凹んだりムキになったり。本当、何のために空手で鍛えたんだろ……」
「何言ってんだよ、素直に感情を出すのが千佳のいい所だろ?」
千佳はキョトンとした様な表情になる。
「優が珍しくいい事言ってる」
「珍しくってなんだよ、いつも通りだろ?」
世の中には、言いたい事を素直に言えない人は沢山いる。俺もその1人なのだが、そうやってため込んで思い通りに行かなくて八つ当たりする。
みんながみんな思い通り楽しく過ごせていたなら、誹謗中傷なんて無駄な事誰もしないのだろう。
でもそんな弱さがあるから、誰かに八つ当たりしたり、見えない所からスナイパーの様に不満を投げる。俺はそんな一面もあるのが、人間なのだろうと思う。
「あ、そう言えば雑誌持って来てくれた?」
「服の? 持ってきてるよ。なるべく女の子も沢山載っている奴にしといた」
「ありがと!」
道場に戻ると、俺は鞄の中から雑誌を出して渡す。全国的にも有名な雑誌だった。
「気に入ったらネットでダウンロードも出来るから探してみたら?」
「うん、そうする」
それから千佳は浅井さんと俺に、道場の説明をした。基本的には護身術だが、だからこそ普通の格闘技より危ないのだという。
「技術を競っているわけじゃない。襲ってくる相手はね命を取りにきてるし、ルールは無いんだよ」
だそうだ。
確かに、試合とは違って気を抜くと怪我をする。想定する相手は怪我では終わらせてはくれない。
千佳の言う、恋愛でも戦う姿勢はこういった所からの考えなのだろう。
一通り説明を聞くと、この日の見学は終わる。
少し早いのだけど俺たちは道場をでた。
「間違ってたらごめんね。長坂くんはあの子の事が好きなの?」
「ああ、そうだよ」
「仲良さそうだったから告白したらいいのに」
「いや、それが千佳には好きな人が居るんだ」
自転車に乗る。
浅井さんは、返す言葉に困っているのか?
「それって、理由になるの?」
「え? そりゃ、なるだろ……」
「でも、長坂くんの好きな千佳ちゃんは1人しかいないんだよ?」
浅井さんの言葉は、胸を苦しくさせた。
本当は分かっていた。
諦める必要なんて無い、ただ有るのは俺の中のいい訳だけなんだ。
「浅井さんは強いな……」
「そんな事無いとおもうよ。相手の気持ちを勝手に想像して、勝手に諦めるのはもったいない。いくら付き合いが長くても、身近だったとしでも考えている事なんて一生わからないよ」
一生わからない。
本当は俺のことが好きで、あくまで好きな人がいるという設定かもしれない。
まぁ、そんな事はまず無いだろうと思う。
「とにかく頑張ってね!」
「うん、ありがとう」
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