第4話

 閉店時間の七時が近づいた時、二階のフロアに村尾さんがやってきた。村尾さんは僕に僕が弁当を自分で作っていることと、僕がメモ帳にメモを取っていることと、部屋にカーテンがないことを確認してから僕のことを面白いと言った。いつの間にか集まっていた内田さんや佐々本さんが社員で年上の村尾さんに向かって、小沢君を見習ってあんたも自分で弁当を作ってきなさい、実家暮らしのくせにと責め立てた。そこに河本さんも加わって村尾さんはぼろくそに言われていた。そんなのだからいつまでも彼女が出来ないと言われていた。村尾さんも彼女がいないらしい。そんな年下のバイトの女の子からの罵声にも、僕をそんなに責めないでくれるかな、君たち、と弱弱しく言いながら村尾さんは僕に一本の白い棒のようなものを差し出した。その棒はつっかえ棒であり、今から小沢君の部屋のカーテンを作るから好きな生地を安いやつから選んでいいと言ってくれた。僕は生地をテープなんかでつっかえ棒に取り付けるのかなと思った。気が付けば根本さんも集まりに参加していた。僕は高い生地はお店に悪いと思ったので一メートル二百八十円のバーゲン品である知らないキャラクターがプリントされた生地を選んだ。村尾さんが僕に、部屋に窓はいくつあるのかと聞いてきたので僕は、二つですと答えた。スーツのズボンとワイシャツを着た村尾さんが台の引き出しからハサミを取り出して一瞬で僕が選んだ生地を適当な長さでシャッシャッとハサミを滑らせてきれいな真っ直ぐで切り、両端を少しずつ折り返してホッチキスで留め、手早く生地に切れ目を入れてその切れ目につっかえ棒を通した。村尾さんが一瞬で僕の為にカーテンを作ってくれた。村尾さんは、本当ならもっときちんとしたカーテン生地があることや、つっかえ棒専用の生地を使ったカフェカーテンと言うものもあると教えてくれた。根本さんが僕に、よかったねと言った。笑っている河本さんを見て僕は初めて気が付いた。河本さんは引田天功に似ている。それから七時になって僕は手に作ってもらったカーテンとつっかえ棒を持ってみんなと一緒に四階にある事務所へ入ってタイムカードを押した。事務所の中には社員さんだけどエプロンをしていない女性が三人いた。一番偉い人が座る場所に座っている中年のおばさんが谷口さん、谷口さんの机の前にそれぞれが机を谷口さんに横を向ける形で向かい合ってぽっちゃりした眼鏡の森川さん、地味にきれいな下地さん。僕はこの三人に昨日の面接の時に挨拶を済ませていた。森川さんが人懐っこい感じで僕に一日目の感想を求めてきた。テレビ番組でインタビュアーがマイクを向けるようなゼスチャーを森川さんは僕にしてきた。すごく明るい人だった。僕は、いろんな人がいろいろ教えてくれて勉強になりましたと答えた。森川さんと村尾さんは同い年ぐらいに見えた。村尾さんが森川さんに、小沢君はメモを取って真面目にやっているんだからと言ったら、森川さんが村尾さんに、村尾氏はだから彼女がいつまでも出来ないと言った。人をなんとか氏と言う人を初めて見た。森川さんの言葉に谷口さんや一緒にタイムカードを押しに来た内田さんや佐々本さんが同調した。村尾さんは、君たち、僕をあんまりいじめないでくれよ、という言葉を連呼していた。僕を中心に事務所が騒がしかった。そんな事務所に眼鏡をかけた定年前ぐらいのおじいさんが入ってきた。村尾さんが僕に、この人が前に言った嘱託で働いている神田さんと言う人で耳があまり聞こえないことと言葉を喋ることが出来ない人であると言った。僕はどう振舞っていいかわからず自分の名前を名乗って神田さんに頭を下げた。村尾さんが神田さんの耳の近くで大きな声で僕の名前を言いながら今日から新しく入ったアルバイトであると説明した。神田さんはそれを聞いて頷きながら指でOKの輪っかを作り、僕に握手を求めてきた。僕は神田さんと握手をした。同時に耳が聞こえないのなら紙に書いて見せてあげれば大声を出さなくてもいいのにと思った。ぼろくそ言われているが村尾さんは良い人だと思った。こんなに性格のいい人で周りは女性ばかりの職場なのに何故村尾さんは彼女がいないんだろうと思った。それから僕は貰ったカーテン用の生地とつっかえ棒と弁当箱を持ってみんなに頭を下げて、お疲れさまでした、お先に失礼しますと言って休憩室を出た。みんなが口々に僕に向かって、お疲れ様、明日もよろしくと言った。僕は自転車の籠に貰ったカーテンを大事に入れて家路についた。


 僕は初めて部屋にカーテンをつけて眠った。

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