第176話 さてと、余計なものを作るのは勘弁して下さいね。

前回のあらすじ:現場を知らないものほど、余計なことをすると改めて感じた。



 サイ侯爵一行は、思い空気を背負いながらフロストの町から離れようとしていた。それを追うように1人の人間がサイ侯爵に声をかけた。誰あろうコーメである。


「サイ侯爵、先程はどうも。アバロン宮殿での私の話、嘘ではなかったでしょう?」


「コーメ伯爵か、、、。いや、元伯爵か。一体何用だ? ワシを笑いに来たのか?」


「滅相もない。笑ったりするほど、貴方には恨みも何もありませんし、正直、感謝すらしていますよ。」


「感謝だと!?」


「ええ、感謝ですよ。貴方が大げさにアバロンの皇帝陛下に伝えていただけたおかげで、こうして私はフロスト領に領民として迎えられたのですから。」


「ぐっ、、、。」


 コーメは本心から感謝を伝えているようだが、サイ侯爵一行は皮肉としか受けていないようだった。それを察したのか、コーメはこの使者ご一行を案内することにしたようだ。


「折角なので、フロストの町を見て回りませんか? 私が案内する故。ご安心を、ご領主のアイス侯爵から許可は頂いております。いえ、許可、というよりは、任務として承ったと言う方が正しいですかね。ご自身の目をもって、私が報告申し上げたことが嘘ではないことを改めてお伝えしたいと思います。」


 コーメがアイスからこの使者ご一行を案内するよう言われたとき、コーメは自分が試されていると思い、何としてでも自分の潔白を証明せねばと自分に活を入れていたようだが、アイス本人は全くそんなことは思っておらず、わだかまりが残っているなら、いい機会だからスッキリさせた方がいいよ、という気持ちで彼に任務を伝えていたのだ。アイス自身はアバロン帝国なんてどうでもいい存在でしかなく、わざわざ遠くから領民になるために来たコーメ達に、ここでの生活を楽しんでもらいたいとしか考えていない。


 コーメに案内されて、町を観光すればするほど、サイ侯爵ご一行の目から光が消えていった。特に最後に訪れた食堂では、いつものサイ侯爵であれば、「ワシをこんなみすぼらしい所に連れて行きおって!」と激昂しそうな感じであるし、最初はそう思ったようだが、これでも侯爵という高位の貴族である。ここだけではなく、フロストの町にある建物1つを取ってみても、使われている建材が普通ではないことに気付いていたのだ。


「コーメよ、ま、まさか先程から何となく思っていたのだが、この街で使われている木の建物の素材は、まさか、、、。」


「ええ、どれも魔樹が使われております。」


「ば、馬鹿な!? 魔樹だと!? ワシ、いや、アバロン帝国ですら魔樹を使っての建物など存在しないのだぞ!?」


「ですね。私も最初に見たときは驚きましたよ。しかも、自分たちで調達して作っているようです。」


「・・・。」


 サイ侯爵はもちろんだが、特に護衛達が驚きを隠せていなかった。領民が自分達で調達しているということに。最初こそ、アイス達が伐採、いや、討伐して基礎的なものは作ったのだが、領民達は自分で魔樹が狩れるようになると、自分の家のアレンジ用にちょくちょく森へと行っては魔樹の素材を調達していた。


 この世界では、魔樹というのは、ほとんど出回ることがないほどの貴重品であり、魔樹製の家具ですら白金貨がどれだけ必要になるかわからないほどである。それほど高価な品なので、魔樹製の家具は大国の王族や皇族が数点持っている程度だ。


 というのも、魔樹自体が見つかりにくい存在であり、そもそも運良く見つけられたとしても、通常の冒険者程度ではまず倒せない。硬すぎて攻撃が通じないのだ。また、仮に運良く討伐できたとしても、倒すのが困難であるため、家具として使用できるほどいい状態で残ることはまずない。奇跡的にそんな状態で入手できたとしても、それを加工できる職人がほとんどいない。もちろん硬すぎるために加工が難しいからということもあるが、そもそも魔樹にすら触れたことのある職人なんてほとんどいないからである。


 そういった事情もあり、魔樹製の家具というのは入手はもちろん、ほとんど見かけることすらないのだ。そんな魔樹の素材をここでは各種の家具だけではなく、木の家全部が魔樹製なのである。それだけでなく、見学させてもらった木工所でも、魔樹が当たり前のように利用されていたのだ。


 まあ、フロスト領で利用している範囲の森は、基本的に天然の木はほとんどなく魔樹だらけという事情もあるし、魔樹自体も攻撃を仕掛けても返り討ちに遭うことは自覚しているので基本的には大人しい。また、領民達も素材で必要な分だけしか伐ろうとしないので、最近は魔樹達自身が木としてほぼ無抵抗な感じになっているようだ。


 フロスト領ではごく普通にある一般的な食堂でも、建物はもちろん、内装に使われている素材が魔樹製であるので、サイ侯爵もこれ以上文句が言えずに、食事を摂るのだった。


 食事を摂った後、町から出るまで一行はほぼ無言であった。コーメは町の出口までこの一行を見送る。


「コーメよ、今更だが、貴公を追い落としてしまい、済まなかった。確かにここは手を出してもいい場所ではないな、、、。」


「ご理解頂けましたか。」


「ああ、嫌と言うほど理解させてもらったよ、、、。それでな、コーメに相談があるのだが、、、。」


「相談ですか? 工作とかの類いはお受けしませんよ。私はこのフロスト領の一領民ですからね。それと、今更アバロン帝国に戻れと言われても戻りませんよ。私、いや、私達はここでの生活に満足しており、あちらに戻る気はさらさらありませんので。」


「いや、そうではない。少し相談があるのだ。」


「相談、といいますと、例の龍族の件ですか? それについては心配いらないと思いますよ。」


「!? やはり気付いておったか、、、。で、心配いらないというのは?」


「簡単な話ですよ。余計な手出しをしなければいいのです。ご領主のアイス侯爵だけでなく、トリトン陛下やリトン宰相ともお会いして話したことがあるのですが、間違いなくアバロン帝国のことは歯牙にもかけておりませんので、そちらが余計なことさえしなければ、こちらからは何もしないでしょう。そちらで普段行っております各種工作はもちろんのこと、友好関係を結ぼうとすることも含めてですね。仮にトリトン帝国に従属を誓う使者であっても同様だと思います。とにかく、こちらには何もしなければいいのです。」


「やはり、そうか。しかし、ワシがそう思っても、宮中の連中はそうは思わないだろうな。それに対してお主から何とか取りなしてもらえないだろうか?」


「宮中の連中については、サイ侯爵がどうにかしてください。このようなことになったのは、貴方が原因ですから。これ以上仕掛けてきたら、間違いなくアイス侯爵は報復行動に出るでしょう。そうなれば、サイ侯爵、いや、アバロン帝国は終わるでしょうね。もう私には関係のないことですから、サイ侯爵頑張って下さいね。私に言えることはこんなところでしょうか。あ、そうそう、アイス侯爵だけでなく、トリトン皇帝陛下からもこのような書簡を預かりました。それと、こちらの袋も預かっております。アバロン帝国の皇帝陛下にお渡しして下さい。では、ご壮健にて。」


 コーメに見送られてフロストの町を離れた一行は、重い空気のままアバロン帝国へと戻っていった。トリトン帝国、いや、フロスト領には今後手出しをするまいとは思っていたが、ある程度報告は有耶無耶にするつもりであったのが、書簡も渡されてしまい、これ以上誤魔化すことができなくなったのだ。自分が向かった領地の領主ばかりか、その国の皇帝からの書簡も預かってしまったのだ。これらの書簡を受け取ってしまうと、自分で握りつぶすことはできない。それ以上に驚いたのが、まさか、皇帝陛下がフロスト領にいたことだろう。


 お通夜ムードだったアバロン帝国ご一行とは逆に、フロスト領ではいつも通りのノンビリとした光景だ。そこにはドラゴンが多数で襲撃してきたことなど微塵も感じさせないほどに。冒険者達や帝国の精兵達はともかく、フロスト領の領民にとってはボーナスステージという認識でしかなかった。


 そんなノンビリとしたフロスト領であったが、一部では重い空気が漂っていた。その空気の原因となっていたのは、珍しいことにアイス自身であった。アイスの向かいにはトリトン陛下とリトン公爵が小さくなって座っている。アイスの隣にはマーブルと珍しく豆柴5匹がそばに控えており、マーブルと豆柴達は遊んでいた。非常に可愛らしい光景ではあったが、アイスが珍しく怒っているので、トリトン陛下とリトン公爵はほっこりしている精神的余裕が全く無かった。ちなみに、ジェミニは土木作業に、ライムはアマデウス教会へと出張っていた。


「さて、お二方。フロスト城で何を作らせたのですか?」


「な、何って、お、俺らの部屋を作ってもらうように頼んだ、それだけだぜ、、、。な、なあ? 宰相?」


「そ、その通りだ、フロスト侯爵。わ、私達の部屋を作ってもらうのは別に問題なかろう?」


「そちらは別に問題ではありません。私が言いたいのはですね、別の部屋なのですよ。」


「べ、別の部屋? な、何かあったかな?」


「ほう、すっとぼけるんですね。私が言いたいのはですね、何故執務室が作られているのか? ということなんですが、、、。しかも、お二方の部屋とは異なり完成間近になっているのは、一・体?」


 執務室の言葉を聞いた途端、2人は互いの顔を見た。要するに何故バレたのか? ということだった。


「ほ、ほう、く、訓練場、酒蔵に続いて、ようやく新たな部屋ができるのか? め、目出度いな。」


「そ、そうですな。こ、こうして、か、完成に、ち、近づくと、か、感無量で、すな。」


「ま・さ・か、そんなのでごまかせると思ったんですかね? 私も舐められたものです。」


 2人に対して怒気を強める私。もちろんマーブル達には一切向けられていないので、相変わらず可愛い戯れが繰り広げられている。さらに強い怒気を当てられた2人は土下座をしてきた。


「「す、すいませんでしたーーーー!!」」


「端から見ていたら、部屋一つで何を怒っているんだと映るのでしょうけどね、お二方の狙いはわかっているんですよね。ここが未完成、且つ、私がほとんど把握していないのをいいことに、少しずつ首都機能をこちらに移し、近いうちにここに遷都ですね? 陛下、私がこの地を賜ったときに交わした約束、忘れていないでしょうね?」


「も、もちろん、しっかりと覚えているぜ! ど、どんな理由であっても、こ、侯爵をこの地から動かさないってな。お、俺らは、侯爵をここから動かすつもりは最初っからないぜ! なあ、宰相!?」


「こ、ここから侯爵を動かすなんてありえませんな。何だかんだ言って、ここは守りだけでなく、いろいろな意味で要の都市ですからな。増して、ここは侯爵が文字通り一から作り上げた都市。ここの領主は侯爵以外にあり得ませんな。」


「結構。でも、本当の狙いは遷都ではないですよね? ここに首都を移して、陛下と公爵は自領に引き上げて私に押しつける、そういう算段ですよね? いいですか? これ以上私に何かを押しつけるようなら、私はこの地を出て行きますから、そのつもりで。というわけで、完成間近の執務室についてですが、却下しあの部屋は破却致します。」


「そ、そんな! あそこまで作り上げたのに、、、。」


「い・い・で・す・ね?」


「「ハ、ハイ、、、。」」


「ということで、今後も我が領で執務をお執りになる際には、アマデウス教会か陛下の別荘で行ってくださいね。陛下の個人的なお部屋や、リトン公爵のご家族用のお部屋についてはそのままお作りになってもかまいませんが、用途を執務に変えるとか、そういうのは無しで頼みますよ、いいですね?」


「「ハイ、、、。」」


 トリトン陛下とリトン宰相がトボトボと部屋を出て行った。全く油断も隙もないな、、、。今でさえ正直窮屈なのに、これ以上窮屈になって堪るか!! まだムシャクシャしていたけど、マーブル達と豆柴達の可愛すぎる戯れを見ていたら、ほっこりしてかなり落ち着いてきたところ、話が終わったことに気付いたマーブルが私に向かって飛びついて来たので、キャッチしてモフモフを堪能する。それに負けじと豆柴達が「オンオン」言いながら、尻尾をふりふりさせながらこちらに走ってきた。や、やばい、こっちも可愛すぎる!


 そんな豆柴達を見て、マーブルが場所を譲った。豆柴達は更に加速してこちらに飛びついて来たが、流石に豆柴とはいえ、中身は強力な魔獣である、しかも5体。堪えきれずに後ろに倒れてしまうと、5体ばかりか、マーブルも混じってのしかかってきた。そんなところに仕事を終えたであろう、ジェミニとライムが戻ってきてその光景をみて、ジェミニとライムも参戦してきた。何故かコカトリスが1羽ついてきていたようで、そのコカトリスも参戦。よく見たら、このコカトリス、いつも阻まれて悔しがってるやつだ。ここぞとばかりに飛び乗ってきたが、案外軽くてビックリした。


 こんな素晴らしいモフモフを味わって、私はこの世の天国を謳歌していた、、、。


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リトン宰相「陛下、バレてしまいましたな、、、。」

トリトン陛下「ああ、まさか、アレがバレるとは思わなかった、、、。」

リトン宰相「また、計画の練り直しですな、、、。」

トリトン陛下「ああ、今度こそ頼むぞ、、、。」


まだ懲りてない2人だった。

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