最終話
三年振りの故郷。駅を降りて改札を抜けるとそこには伸基とモッキーの姿が。私服姿の伸基とスーツを着たモッキー。半笑いの二人の顔を見て雄一も半笑いになってしまう。
「どうやった?ダウンタウンに勝てた?」
伸基が言った。懐かしい声。
「え?なにそれ?俺は東京にティラミスを食いに行ってたんやで」
雄一のボケに三人は肩を震わせる。
「ティラミスて…」
モッキーの懐かしい声に雄一は本当に自然に笑った。自分が自然に笑えたのはいつ以来だろう、雄一はそう思った。
翌日から雄一は職安に通って就職活動を始めた。車の免許も持っていない雄一は何度も面接で落ちた。何十件もの面接を経て、週一休みの夜間の工場で働くことになった。給料も安いし、単調でつまらない仕事だったがそこでずっと働き続けた。社会のレールから一度外れてしまうと戻るのがすごく大変だった。こんな自分を雇ってくれた恩義に報いたいと真面目に働き続けた。そして数年後、社員として雇われるようになり、保険や福利厚生もつき、給料も少しずつ上がった。伸基も公務員になる夢を果たし、田舎の町の都会の方へ行ってしまい会うのも年に一度あるかないか。モッキーはどこかの会社の営業としてサラリーマンになり、転勤で遠くに行ってしまった。盆と正月に帰省した時にタイミングが合えば会うぐらいである。
雄一はあれからテレビのバラエティ番組も普通に見るようになった。そこから何かを学ぼうとかそういう考えを一切持たずに。肩の力を抜いて普通に楽しんだ。結局、雄一が東京で出会った芸人になりたいという夢を持っていた奴らは誰一人としてテレビに出ることはなかった。
人を笑わせるということはとてもすごいことである。「エアロスミス」の言葉を言い方ひとつ変えるだけでそこにものすごい爆笑が生まれる。「3の倍数と3の数字のつくときだけアホになる」。その発想には常人では絶対にたどり着くことが出来ない。リンゴが落ちるのを見て万有引力を発見したアイザック・ニュートン。それに匹敵するぐらいすごいことなのである。そんなものすごい才能と努力を積み重ねた者たちだけが踏み込むことの出来る聖域。そして会場では何百人ものお客さんを、テレビだと何十万、何百万人ものお客さんを相手にきっちりと自分の芸を見せる、やりきるメンタル。お笑いは感性で評価が変わるが、共通して言えることはプロの芸人は全員すべからくすごいということだ。天然素材ではチュパチャップスとして開花しなかった宮川大輔氏と星田英利氏はピンになり、今や化け物となった。「大石恵三」でシュール過ぎるコントを連発し、あっという間に番組が終わったバカルディーもとんでもない化け物となった。そしてその世界でデビューから三十年以上経った今でも頂点として君臨し続けるダウンタウン。もう、ダウンタウンは日本の文化である。もしも、突然、松ちゃんか浜ちゃんのどちらかがお笑いを辞めてしまうと日本は一つの文化を失ってしまう。
「昔のダウンタウンは面白かったのになあ」
そんな言葉をたまに聞く。ダウンタウンのパンチが速すぎて見えていないのである。雄一もダウンタウンの笑いについていけない時がよくある。それでも思うのが「ああ、パンチが速すぎて、俺には見えなかった」と言うこと。
自分はお笑い評論家ではない。ではダウンタウンに勝てる人間はいないのか、雄一はふと考えたりする。そんな時、高校時代に見たテレビ番組を思い出す。土建屋よしゆきさん。島田紳助氏の学生時代からの友達で「最強の素人」と言われた人。ショベルカーを操縦して穴を掘ると言いながらショベルカーを運転する。ショベルカーの穴を掘る部分を地面すれすれで空振りさせて、そのまま掘る部分の裏側で地面を撫でて、「撫でるんかい!」とツッコまれていたネタを思い出す。そして思う。
「意外とめちゃくちゃ面白い奴がいても、普通に就職してるのかもなあ」
と。
生放送の大喜利で参加者全員が我先にと手を上げる世界。そして天才たちがアホになる世界。アホになれる天才たちの世界。
そんな世界でダウンタウンは多くの日本人の生活に笑いを与え続けてくれた。常に新しく、時に暴力的で、そして時に誰よりも優しく。お笑い芸人にはノーベル賞どころか国民栄誉賞も送られない。頂点に立ち、多くの挑戦者から「いつかあなたたちを超えてみせます」と挑戦状を送られ続けたダウンタウン。そしてそれを全て跳ね返してきたダウンタウン。みんなが勝ちたかったダウンタウン。今なお常に挑戦を受け続ける。
しかし、ダウンタウンも永遠ではない。
そう考えた時、雄一の心に一人の芸人の名前が。この人の繰り出す笑いは雄一に勇気を与えてくれる。雄一の感性が己に囁く。いつか、何か、とんでもないことをしてくれるのでは、と。
「ダウンタウンに勝ちたくて」。
この言葉には実にたくさんの夢が詰まっていた。
そしてこれからもたくさんの夢がそこには宿る。
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