第30話
「一回君の家に行くよ」
遠藤君と阿佐ヶ谷駅で待ち合わせした。駅から自宅まで二人で歩く間、話をする。
「なんで『社会の窓』は解散したの?」
「うん、いろいろあってね。あいつ、新しい相方見つけたって」
「そうなん」
真中君に捨てられたらしい。
「まあ、あいつとは合わんかったし。ホームズに入った時に福地さんに組まされたの覚えてる?」
「うん、覚えてる」
「あの時から、君に目を付けてた。ボケも見てた。誰も笑ってなかったけど、ちゃんとツッコミがあればいいのになあって、ええボケしてるなあって思ってた」
「え?」
意外な自分への評価に雄一は無性に嬉しくなった。見ている奴がいたんや…。おもろいと思ってくれている奴がいたんや…。
「あ、ここの一階が僕んちやから」
そう言ってポケットから鍵を出しながら部屋の扉を開けようとする雄一。
「へー、以外と駅近いんやー。家賃いくら?」
「四万五千円」
「阿佐ヶ谷でその家賃って安くない?」
「あんまり分らんねー」
「ていうか、鍵開けるのに時間かかりすぎちゃう?」
雄一は自転車の鍵を一生懸命、部屋の鍵穴に入れようとしていた。
「あ!」
「それチャリの鍵やん!」
「今気付いた」
「いや、形状全然違うし!しかも、チャリの鍵のスペアの方でも試してたし!」
なんかいい感じ。部屋に入る。
「うわあ、めっちゃ汚いし、臭い部屋やなあ。丸まったティッシュばっかやん。この部屋嫌やわあ」
「まあ、とりあえず座って。今から一本のビデオを見せる。僕の高校時代の映像や。それを見て、感想を言って欲しい」
「え、高校時代の映像?そんなん持ってるの?見る見る」
「君の感性でどう思うか。正直に言ってな」
そして雄一はビデオの再生ボタンを押した。テレビ画面に流れるセックスをしている男女と激しい喘ぎ声。
「うん、なるほど…。かなり激しい高校時代…って、これエロビデオやん!しかも昨夜はここでイッたんかい!かなり微妙なシーンやし!」
すごくいい感じ。
「いけるなあ。よし、一緒にやろう!」
東京で初めて相方が出来た。雄一は遠藤君となんでも言い合える友達になろうと思った。一人では人見知りでボケるのが怖くても相方がいれば高校時代のように自分はやれる、アホになれる。
二人は普通に上の名前で呼び捨てで呼び合うようにした。コンビ名も考えた。
『ザ・エンド』
二人でとにかく面白いことをやろうと一緒の時間を過ごすようにした。
「バイトなんかしてんの?辞めてまえ!時間の無駄や!」
「お前、バイトしてないん?親の仕送りか?」
「パチンコで食うてる。食えるホールが結構あるから連れてってやるわ」
「マジで?パチプロなん?パチンコだけで食えんの?」
「食える。俺、月に三十万近く勝ってるで。パチンコは一日粘って、イライラしてなんぼやから」
遠藤を連れて地元の優良ホールへ入り浸り、二人で荒稼ぎする。
「時短中は止め打ちをしっかりやれよ。ハマればハマるほど球が増えるから」
「ホンマや。お前すごいなあ!」
ボーダー回転を十回以上超える台が普通にある。雄一には釘が読める。
テレビのバラエティ番組も一緒に何度も見た。
「ラ~ブレタ~、フロム~、近所~。近いな!」
「ジャリズムさん、めっちゃおもろいなあ。なにこれ、アドリブなんかなあ?山下さん」
「でもジュニアさんとか周りの人は『寒っ!』って言うてるで。これで寒いってすごいなあ」
高校時代の感覚が蘇ってくる雄一。昔のネタも遠藤に見せて、いろいろと意見しあう。『社会の窓』のネタは真中が考えていたから使わない。流行りものはドンドン取り入れてった。
「巣鴨のピンサロに行こう」
「え?ピンサロ?お前、行ったことあるん?」
「ない。けど、高円寺とかピンサロ多いやん。客引きのおっちゃんとか店の前におるやん。店の前を何往復出来るか勝負しょうで」
「なんで巣鴨なん?」
「いや、雑誌に載ってて。巣鴨はピンサロが多くて値段も安いって。そんでな、なんか女の人が回転するらしいで。三千円で二人の女の人がフェラしてくれるらしい」
「お前、童貞やろ?」
「俺は思い出は捨てても、童貞は捨てない主義なんや。童貞の不法投棄が今、社会問題になっとるやろ」
「なんや、童貞の不法投棄って。どんな犯罪や」
「てか、童貞は捨てるもんちやう!捧げるもの!」
「なに名言っぽく言うてるの」
「ええから!負けた方が勝った方にピンサロ奢るんやで!」
巣鴨のピンサロへ二人で行ったが先攻の雄一が客引きのおっさんに五往復目あたりでめっちゃ怒鳴られて逃げ出した。
「はあはあ、よし、遠藤。次はお前行ってこい」
「行けるか!」
すごくいい感じ。
もう二人はホームズの事務所にもあまり顔を出さないようになった。顔を出しても二人は事務所では喋らない。月謝の二万円さえ払えば、文句は言われない。
「このまましばらくコンビのことも内緒にしとこう。そしていきなりものすごいネタやって福地さんたちを爆笑させたろう」
「それええな。あそこ怪しいわ。そもそもボキャブラの予選ってなんや?そんなん聞いたことないし」
「あんなとこいつでも辞めたったらええんや」
「そうやな」
『ザ・エンド』は遊びのノリでくだらない毎日を過ごした。
行きつけのレンタルビデオ店で大量のアダルトビデオを女性店員の時を狙ってレジに持っていき、会員証が見当たらないフリをする。
「あれ?会員証がない。忘れたかな?すいません。家がすぐ近くなのでそれだけお取り置きしてもらえませんか?」
「そういうのはちょっと…」
「え?『ぱっくんおま〇こちんぽ大好き濡れ濡れ妻』だめですか?」
「はい…」
「あれ?タイトルなんて読むんでしたっけ?」
「…」
「これ、何て読むんですかね?」
「…『ぱっくんおま〇こちんぽ大好き濡れ濡れ妻』です…」
「あ、これ2ですね。ちゃんと2つけて読んでもらえます?」
プロの女性店員は顔色も変えずに卑猥なタイトルもスラスラと読む。それはそれで面白い。
通行人を見ながらあだ名をつけていく。
「冷やし中華あたたたたあ」
「メガネベテラン」
「ロボット大会新潟代表」
「スタンド名、『キートン山田』」
「渡辺、いえ、田辺です」
二人だけで盛り上がる。ネタは自分がいくらでも作る。いつの間にか、お前、俺と普通に言い合えている。台本は自分の頭の中にある。福地さんの前で『ザ・エンド』のネタを見せてホームズの看板になってやる。そう思っていた時だった。遠藤と急に連絡が取れなくなった。電話をしても繋がらない。あいつの家も行ったことがない。いつも雄一の部屋に集まっていた。いつものパチンコ屋を覗いてもいない。二人で行った場所に足を運ぶがどこにもいない。
「なにをしよんや、あいつは…」
そんなに深くは考えずに月末の月謝を払いに、ホームズの事務所に顔を出した。事務所には金を払うだけのつもりで他の団員と顔を合わせないように夜の十二時過ぎに行った。部屋のチャイムを鳴らす。ジャージ姿の福地さんがドアを開けた。
「なんや、お前か。こんな時間に何?」
「今月の月謝を持ってきました」
「あ、そう」
差し出した二万円をそっけなく受け取る福地さん。
「すいません。遠藤から連絡とか来てないですか?」
「ん、遠藤?あ、ちょっと前に電話あったわ。とっくに辞めたよ」
いきなりの事実にその場で固まってしまう雄一。
「え、あいつ、辞めたんですか?」
「そんなに驚くことか?お前も辞めるんやろ?」
「え、いや…」
「おもんない二人が揃って何かしてたん?お前も遠藤も事務所に全然出てきてなかったし。やる気ないんやろ?他の奴はみんな努力して頑張ってるぞ。キューピーも言うてたわ。お前のこと。前まではすごい頑張ってたのに長続きしませんねえって」
「すいません。やる気はあります」
「やる気あるって?こんだけ長いこと稽古にも参加しないで、ネタ見せにも来ないで?あ、そうか。山籠もりでもして修行してたんやろ?そうやろ?修行の成果見せて?なんか面白いこと言ってみて」
何も言い返せない雄一。
「明日、団員全員集めてやるから。そいつらの前で時間好きなだけやるから。笑わしてくれや。やれるんやろ?」
一人でボケることの怖さを思い出す。福地さんは雄一の気持ちが手に取るように分かっている。
「お前、自分で自分のこと面白いと思ってるんやろ?だったら出来るやろ?あれ?名前なんやったっけ?ごめん」
人見知りで人前では思っているボケが言えなかった。それでも食らいついた。言い訳ばかり探していた。どうせボケても笑ってくれない。自分の方が絶対に面白いんじゃ。おもんない奴ばっかりが集まってくだらない。相方さえいれば絶対に勝てる。そして遠藤と組んだ。遠藤と二人きりの時はあいつのことを何度も笑わせた。しかしその遠藤は黙って自分の前から消えた。遠藤に捨てられた自分。
「すいません。僕には面白いことは言えません」
感情を押し殺して雄一は福地さんに頭を下げた。
「やろなあ。お前、全然おもんないもんなあ。この金、返した方がええ?」
そう言って福地さんは月謝の二万円を雄一の目の前に差し出した。この金を受け取ることの意味。雄一はしばらく俯いたまま黙り込み、福地さんから差し出された二万円を受け取った。
「…今までお世話になりました…」
「ん?今まで?何かしたっけ?てか、お前誰やったっけ?ホンマにごめん。名前忘れたわ」
頭を下げて挨拶だけはする。
「失礼します」
「あ、今のおもろい。いや、全然おもんないか」
雄一は重い足取りで事務所を後にした。
夜の新宿を歩いた。駅も通り過ぎた。そのまま阿佐ヶ谷までひたすら歩き続けた。歩いても歩いても果てしなく遠い道。ただ、ずっと歩き続けた。歩きながら、雄一の心の中で一曲の歌が流れる。浜ちゃんの歌声。
H Jungle With t。
「FRIENDSHIP」。
強かったねあいつは
どんなに仲間が裏切っても
優しかったねあいつは
澄んだ目をして歩いてた
熱い血が流れてる
ちょっと見じゃわからないけど
人生はバランスで
何かを勝ち得て何かを失ってく
それでも未来を担うかけらでも
男としたら狙ってる
逢える時が来る こんな時代を生き抜いていけたら
報われることもある 優しさを手抜きしなけりゃ
強かったねあいつは
目をそらさずに転んでた
優しかったねあいつは
照れ隠しに歩いてた
いつからか描く夢
遠い日の平和になってた
走っても走っても
追いつきそうもない世の中を
とにかくお前を守ろう
とにかく明日を迎えよう
吠える時もある 心が寒くて灯し火絶やさぬために
逆らうこともある 時代が必ず正しいとは限らないから
逢える時が来るいつか こんな時代を生き抜いていけたら
報われることもある 優しさを手抜きしなけりゃ
逢える時が来るいつか こんな時代を生き抜いていけたら
報われることもある 優しさを手抜きしなけりゃ
吠える時もある 心が寒くて灯し火絶やさぬために
逆らうこともある 時代が必ず正しいとは限らないから
逢える時が来る…
涙が止まらない。歩きながらボロボロと泣いた。泣きながら歩き続けた。
強かった伸基。
優しかったモッキー。
ずっとずっと憧れて、憧れて、勝ちたかったダウンタウン。自分は勝つどころか、影すらも踏めない。それどころか、東京に来て一度も人を笑わせることが出来なかった。誰一人として笑わせることが出来なかった。自分が情けない。青春の全てを掛けたダウンタウン。自分では絶対に勝てないと初めて痛感した夜。
「あいつらがおったら…」
鼻水が混じりながら声に出して呟く。
「伸基…、モッキー…。お前らがおったら…」
最後まで言い訳ばかり口にする自分がすごく情けない。
自分の夢が夢で終わるのが自分ではっきりと分かった。
ずっと涙が止まらなかった。ただひたすら夜の東京を泣きながら歩いた。
雄一はその後、新しい相方を探し、順番に三人の相方と組んでお笑いを続けた。そして最後まで誰一人にも笑ってもらえずに田舎へ帰った。
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