第26話

「中華を知らずに~僕らは生まれた~」

 

「セックスのおかげで~僕らは生まれた~」

 文化祭の翌日。いつもと何も変わりのない日常。学校生活。

「お前ら!ティッシュの減りが早いと言うおかあはんの文句の解決法が見つかったぞ!トイレットペーパーを使うんや!筒状に丸めてな、片側を捻じってワイングラスみたいにするんや。そしてその中に出して、もう片側を飴ちゃんのように捻じって、トイレに流すんや。完璧やろ!」

 雄一が熱くいつものように語るが何かテンションが伸基もモッキーも違う。

「お前、進路どうするん?」

 美術室での会話。伸基が弁当を食べながら言った。

「進路もくそもあるか。俺はダウンタウンに勝つんや。東京で勝負するん決まっとるやんけ」

「お前は相変わらずやな」

「お前はどうするんや?」

「いつも言うてるやん。俺の夢は公務員やって。消防士になる。試験受けて消防学校に入る」

「モッキーは?」

「俺も就職や」

「お前らアホか!『バスガス爆発』はどうなるんや!ネタはこれからもドンドン書くぞ!お前らおもろいやろが!」

「お前なあ」

 伸基が言った。

「東京行って芸人になって、もし売れんかったらどうするんや?今のご時世、高卒でフリーターしてた奴なんてまともに就職出来へんぞ。それにお前が考えてるほど芸人の世界は甘くない。お前みたいな奴は日本にはゴロゴロおるぞ。今の時点で俺らが勝てる芸人がおるか?同い年の中華飯店にもぼろ負けしとるやないか」

「そんなん、これからドンドン成長していったらええやないか。俺はドンドンおもろなるぞ」

「そしたら卒業までに俺を納得させるネタを作ってみろ。そしたら考えてやるわ」

「モッキーは?」

「俺は無理やろ。てか無理」

「お前ら!俺はお前らを見失ったぞ!」

 そう言って辺りをキョロキョロと見渡す雄一。

「それを言うなら『見損なったぞ』やろ」

 やる気なく伸基がツッコむ。



 その日から伸基とモッキーを口説き続ける雄一。『バスガス爆発』はまだ解散してない。

「俺の貯金全部やるから東京行こう」

「フェラしてやるから東京行こう」

「東京で公務員しながらお笑いやろう」

 毎日そんなことばかり繰り返していた。もちろん、三人は毎日、雄一の部屋に集まるし、ギリギリボーイズの活動も行っていた。しかし、伸基は雄一のネタを台本に起こすことをしなくなった。同級生たちもそれぞれ就職活動に励んでいた。平井や大西君に「コンビを組んで芸人になろう」と誘う奴もいると聞いた。それでも平井や大西君はそれらの誘いを全て断ったとも聞いた。二人とも普通に就職するらしい。しっかりと将来のことを考えている奴は部活動が終わってからすぐに切り替えて安定した将来のために努力する。大前も実家の割烹料理屋を継ぐために調理師の免許をとろうと専門学校へ行くと言った。

「お前はバカが好きなんちゃうんか?俺は大バカやぞ。それも特大のバカやぞ。お前はそんなバカが好きなんやろうが」

「お前のことは嫌いやない。くそバカやからな。でもそれとこれとは別問題や。親にも恩返ししなああかん。野球で小さい時から金もぎょうさん使こうてくれた。九十九パーセント売れるとしても百パーセントでない限り俺は芸人にはならん。俺らの売れる確率なんて一パーセントもないぞ。それぐらい俺でも分る」

「なんでや。なんでや。なんでや…」

 もどかしさでイラつく雄一。あいつらがいるから俺はボケられる。俺一人だけで東京で勝負できるか?客の前でボケられるか?ドンドン悩んでいく雄一。最悪、一人ででも東京へ行く。ネタは書き続けた。ダウンタウンが、全国のおもろい奴らが待っている。俺は絶対に勝ってみせる。

 テレビでは天然素材に続いて新しい芸人がドンドンデビューしてきた。ココリコ、ロンドンブーツ一号二号、ペナルティ、ⅮonⅮoKoⅮon。視聴者の投票で毎週人気ランキングが決まる。毎週一位になるロンドンブーツ一号二号。そして雄一に衝撃的なインパクトを与えたのがDonDoKoⅮon。


「最近、MCAT流行ってますね」


「流行ってるね」


「あれ、かっこいいですからね。僕もやってみますよ。ヘイ!エムシーエーティーだ!んーーーー、ホンマけっ!」


「いや、間違えてる!ホンマけってなんやねん。ボンバヘッドや」


「いや、ずっと何を疑ってらっしゃるんかなって」


「疑ってない!ボンバヘッドや!ボンバヘッド」


「あ、ボンバヘッドね。ボンバヘッド。もー、はよ言うてよ。これで歌えるやん」


「ちゃんとしてよ」


「んーーー、ボンバヘッ!」


「そうそう」


「んーーー、ボンバヘッ!」


「ええやん」


「ハージャーマージャーハージャーマージャー」


「歌詞知らんのやん!」


 そして浪速のロッキー、辰吉丈一郎がものすごいボケをかます。敵なしだったボクシングのチャンピオンが薬師寺選手に負けた後、ダウンタウンDXに出演した。五枚のカードを引いて、それぞれのカードに書かれたテーマでダウンタウンと三人でトークをする。「薬師寺」と書かれたカードを引いた浪速のロッキーはボソッとテレビでは聞こえない声で呟いた。その呟きを横で聞いた松ちゃんが小刻みに震え、必死で笑いを堪えながら言った。

「ちょっと待って。今なんて言うたと思う?ボソッと『やくしでら』って。ここでそれが出てくる?」

 テレビの前で笑いを堪えられず吹き出す雄一。さすが浪速のロッキー。めっちゃ面白い。

 そして「DA―YO―NE」ブーム。

 雄一もすかさず「HA―YO―NE」を歌う。「いい人ですよ+アルバチャコフ」


HA―YO―NE!HA―YO―NE!


 今日はギルガメシュナイトあるからねー


 HA―YO―NE!HA―YO―NE!


 テレビリビングにしかないからね!


 HA―YO―NE!HA―YO―NE!


 おかん、十二時まで起きてるからね!

 

 はーーーーーよーーーー寝えーーーーーーーー!


 結局、伸基もモッキーも最後まで首を縦に振らなかった。

そして卒業式。

 各部活の後輩たちが卒業していく先輩の元に集まり涙を流している者もいる。伸基も野球部の輪に、モッキーも陸上部の輪にそれぞれ入って後輩との、そして同級生との別れの時間を送っている。一人、校庭で佇む雄一に大前が声を掛けてきた。

「自分、東京行くんやろ?」

「おう。行ってくるわ」

「東京は怖いとこらしいぞ。街ではいろんなところで焚き火がたかれてて、道歩いてる人はみんなゴルフのアイアン持って歩いてるらしいぞ」

「マジで。めっちゃ怖いやん」

「まあ、頑張れ」

 そう言って大前が雄一の胸に拳を軽く当てる。そして伸基とモッキーも雄一の元へやって来る。伸基が大西君まで連れてきた。

「西山君、東京行くんやって?」

「うん」

「文化祭、めっちゃおもろかったで。自分、絶対売れるで。頑張ってや」

「ありがとう。頑張ってくるな」

「おおにっちゃん。ありがとな。ほな、お前んち行こか。今日が最後や」

「そやなあ。今日で最後かあ」

 雄一の部屋に三人で集まる。

「東京にはいつ行くん?」

 セブンスターに火を点けながら伸基が言った。

「一週間後や」

 雄一もキャスターを咥える。

「東京かあ…。雄一、すまんな」

「なんで?」

「いや、一緒に行ってやれんで」

「モッキー…。いや、お前はあんまいらんな」

「なんやそれ」

「確かにモッキーはいらんなあ」

「おい!」

「まあ、なんちゅうかな。今日は餞別持ってきたぞ」

 そう言って伸基が一枚の色紙を雄一に手渡した。色紙の真ん中に西山雄一の名前が書かれ、寄せ書きが。

「え、なにこれ?誰から?」

「二年の時に野球部のマネージャーや後輩たちの前でネタやったやん。その時に見てくれた奴全員からや」


「グラウンドで見せていただいたコント最高でした」

「コント、すごく面白かったです。東京で頑張ってください!」

「日本中を笑わせてください」

「ダウンタウンに勝ってください!応援してます」


 そんなメッセージが。雄一の胸が熱くなる。涙が出そうになる。そんな中、一つのメッセージを見つけ、雄一が言う。

「おい。この『負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じぬくこと』ってなんや。しかも野球部の監督の名前で。これ、お前の字やないか」

「俺ちゃうって。監督になんとかお願いして書いてもろたんやぞ。ありがたく思え」

「俺からはこれや」

 そう言ってモッキーが両手で雄一の両頬をビンタした。

 ぱあーん!

「アホになれ」

 雄一は目を閉じて、しばらく軽く俯いた。モッキーからの激。一番大事なこと。


 お笑い評論家には誰でもなれる。自分を信じろ。どんな空気も恐れるな。そしてアホになれ。


「俺からもお前らに餞別や。エロビデオ全部持って行け!」

 そう言って雄一はモッキーの頬に思い切りビンタをかました。

「お前の親は何て言いよん?」

「おとうはんはなんも言わん。おかあはんは三年やってダメやったら帰ってこいって」

「そうか。金は?」

「今まで稼いだ金で百万ある。最後にホメルンで荒稼ぎしたった」

「おいおい、俺はまだあそこに通うんやぞ」

「知るか。お前、綱取物語で十八連したやんけ」

「ほんまにしゃーないのう。まあ、いろいろあったし、楽しかったわ。『バスガス爆発』は今日で解散や!」

「せやな。本当に…」

 雄一の言葉が詰まる。涙が溢れ出す。一番見られたくない二人に一番見せたくない姿を見せてしまう雄一。

「ホンマに、お前らに、出会えて、なあ、俺は、ホンマに、なあ、ありがとう、なあ、ありがとう、なあ、ありがとう」

 ボロボロに涙をこぼしながら必死で言葉を振り絞る。

「俺の方がありがとうや」

「ダウンタウンに勝ってこい!」

 伸基とモッキーに肩を叩かれながら、雄一はただ何度も頷きながらボロボロと涙をこぼし続けた。

 楽しかった三年間。初めての相方。

 『バスガス爆発』は解散した。

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