第25話

 新学期が始まる。また社長出勤の日々に戻る雄一。

「昨日はおもろかったでえ」

 美術室で伸基が言った。

「え、なんかあったん?どの番組?」

「違う。引退試合」

「あ、どうやったん?」

「山下君がファール六球打った後に、ライトオーバーの二塁打打ちよったわ。新チームのエースから。他のみんなもガンガン打って俺ら勝ってもうたわ」

「マジ!山下君よかったなあ!」

「山下君、右バッターやで。流し打ちでライトオーバーやねん。いやあ、しびれたわ」

「それにしても煙草吸って、パチンコしてた人間のおるチームに負けるとは。新チームあかんのちゃうか」

「いや、俺は出てない。ずっとベンチにおった。やっぱ、ベンチでおると退屈やけど、いつもみんなこんな気持ちなんかなあって思って。昨日の試合はヤジ飛ばしながら応援してたわ」

「味方をヤジってたん?」

「おう。ぼろくそヤジってた。でもみんな上手かったわ。ええチームでやれたわ。試合後に焼肉食べ放題でな。最後やし、みんなで食いまくったわ。ほんで山下君を胴上げして」

「陸上部は?」

「俺?後輩から色紙に寄せ書き書いてくれたわ」

「寄せ書きってあの真ん中に名前書いてて、それを中心にみんながメッセージ書くやつ?」

「そう」

「俺も貰ったで」

「え、お前も?」

「監督も書いてたわ。大事マンのフレーズを」

 思わず笑う。

「え、マジで!」

「マジじゃ、バカ野郎。あのおっさん、ホンマよう分らん。指導力はすごいんやけどなあ」

「ジワってくるなあ」

「うわ、文化祭でめっちゃ言いたい」

「お前絶対言うなよ。俺がぼろくそ怒られるやん」

「あー、文化祭もあと二週間後かあ」

「まあ、大丈夫やろ。雄一、学校終わったらギリギリボーイズいこで」

「おう、ええで」



 待ちに待った文化祭。客で埋め尽くされた体育館。


 『バスガス爆発』は弾けた。


 緊張も一本目の「十回クイズ」で沸き起こった爆笑で吹っ飛んだ。客の顔を見る余裕もある。

『交通事故』


「おす!おらボッキー!今日は生まれて初めてエロ本を買いに行くのだ!これくださーい。あー、なんでレジがおばあちゃんの本屋はお会計に三分以上かかるのだ!恥ずかしい!よし、そっこうでチャリ飛ばして帰ろう」

(チャリンコを全力でこぐゼスチャー)

「俺は日野の四トントラック野郎!今日も飛ばすぜ!ああ!自転車が飛び出してきた!急すぎてブレーキが踏めないー!しかもアクセル間違えて踏んでもうたー!ドーン!」

(ふっとぶモッキー)

「ああ、やってもうた!人をひいてもうたー!」

「本官は見回り中の警察官であります!見てましたよ!」

「すいませんでしたあ」

「かわいそうに。即死ですね。何か身元が分るものを…」

(紙袋からエロ本二冊発見)

「これは…」

「私もいいですか…」

(エロ本のページをめくりながら倒れているモッキーを交互に見る)

「いや、このページが…」

「いや、こっちのこれが…」

(モッキー起き上がり)

「やめてー!」

「生きてるやん」


「城東のテルさん」が畳みかける。

「松茸狩り」、「大外刈り」、「潮干狩り」、「ここの寿司屋は日本一!すっし食いねえ~、すっし食いねえ~。寿司食いねえ!あ、がり」を連発でやる。

 不思議な感覚。体育館のみんなが笑っている。一人の時は人前でボケるのが怖かった。知らない町中の人相手ならボケられた。それでもクラスメイトの前ではボケたことはない。知り合いの前ではボケられなかった。客席には知っている奴の顔も多い。それでもボケられる。理由はハッキリと分かる。伸基が、モッキーがいるから。これが相方の存在。俺はこいつらとならどこまでもアホになれる。雄一は初めて感じた。笑わせるぞと予告してからボケること。今まで感じていたプレッシャーや恐怖を全く感じない。

 俺はおもろいんじゃ!伸基とモッキーがいれば俺はどこまでもボケられる!

「続きまして、『ヤンキー入門』」

「僕らも真面目に学校生活送ってますけどねー、ヤンキーってかっこいいよね」

「憧れるよね」

「ほな、ちょっとやってみよか」

「兄貴!」

「誰や、お前」

「自分は不良に憧れてまして!是非ヤンキーのお二人に不良のイロハを教えてもらえたらと思いまして」

「わかったわかった。そんなに言うなら教えてやるわ。まあ、ヤンキーは腕っぷしがなければだめや。ケンカが強くないと無理やな」

「そやぞ。俺もな、ケンカは負け知らずなんや。引き分けと負けを挟んで二十連勝中やからな」

「負けとるやないか」

「いや、僕はケンカは全然弱いです」

「じゃあ、お前のケンカの強さを見るためにも、ちょっとあそこにおる奴にケンカ売ってこい」

「ええからええから。大丈夫やから」

(背中を押す)

「やっぱり無理です。手本見せてください」

「おうええぞ。よう見とけ。おらあ!やんのか、こらあ!」

(雄一、舞台袖に右側の体半分隠して客から見えないように自分の右手で自分の襟をつかみ、押し引きをする)

「なんやあ!この手は!やんのか、おう!」

「待て待て」

(伸基、一人芝居をしている雄一を舞台に引っ張り出す。自作自演が客にばれる)

「なんで分かったん?」

「分るわい!こいつが見てるんやからちゃんとやれ!ちゃんと!」

「分かったわ。ちゃんとやるから。いくぞ。ちゃんと見とけ。おらあ!何見てんや!やんのか、こらあ!」

(殴ろうとする雄一)

「カーン!」

(動きを止めて拳を下す雄一)

「ふっ、ゴングに救われたな」

「鳴ってへんわ!」

「もうええわ。自分からケンカは売らんでええ。でも売られたケンカは買わんといかんぞ」

「そりゃそうですよー。そんな、ケンカ売られたら僕でも買いますよ」

「よし手本見せてやれ」

「ええか。ここを喫茶店と思え。お前ちょっと俺にガン飛ばしてみ」

(モッキーが雄一にガンを飛ばす。席を立ってモッキーの前に行く雄一)

「おい、お前、俺にガン飛ばしてんのか?ええ度胸してんなあ。おお、表に出ろ」

「そこで表に出る!」

(モッキーがドアを開けて外に出るゼスチャー)

「気を付けて帰れよ」

(ドアを閉めるゼスチャーをする雄一)

「お前も出んかい!何を丁寧にお見送りしてんねん!」

「いや、家も遠いかなって…」

「もうええから!ほな、もう最低限のことだけでもしとこ。自分の身は自分で守れるようになろう。ケンカはもうええから」

「それはどういうことですか?」

「そやなあ、例えばカツアゲにおうたりした時に、ビシッと断るようにするとかな」

「なるほど」

「じゃあやってみるか。よう見とけよ。おい!お前!そう、お前や。ちょい金出せや」

「あ?なんやとお?」

「金出せ言いよんじゃ」

「なんやわれ。もういっぺん言うてみい」

「だから金出せ言いよんじゃ」

「金出せ?出してくださいやろが!」

「そこか!」

「いや、敬語で言われたら…」

「なるほど…。メモメモ」

「お前もメモるな!あかんなあ。こんなんでは勉強にならんなあ。よし、もうええから。ハッタリや!ハッタリで通していけ!」

「ハッタリですか?」

「そうや。大声で『なんじゃこらあ!』『ぶち殺すぞ!われえ!』って言うて、最後に『KILL YOU』って親指をこう下に向けるんや」

「うーん、ちょっと僕は初めてなんで手本見せてもらえませんか?」

「よし、お前やってやれ」

「分かった。『なんじゃこらあ!われえ!』」

「お、ええぞ」

「『おんどれ!ぶち殺したるぞ、ボケえ!』」

「そうそう」

「『KILL ME』」

(親指を自分に向ける)

「なんでやねん!『KILL ME』って自分を殺せってどないやねん!」

「『FUCK ME』」

「だから!」

「『TAKE ME』」

「もうむちゃくちゃやんけ!もうええ!お前は何も言うな!動作だけやれ!」

(親指を下に向ける)

「そうや」

(中指を立てる)

「そうそう」

(右手を頭にあてて、頭を下げる)

「謝ってどうする。お前、全然参考にならんやないか!そこ!メモをとらない!」

「でも、こんなんで僕は本当に不良になれるんですか?」

「ああ、なれるで」

「ちょい待って」

(十秒ほど考え込む)

「君はあんまり考えすぎん方がええよ」

「お前がや」

「ホンマにこんなことで不良になれるのか。不良になれるのか!いやなれないだろう」

「なんで反語やねん。そやなあ、一番肝心なことを忘れとったわ」

「それはなんですか?」

「やっぱり不良なんてものは、心や!ハートや!ハートが一番大事なんや」

(太陽に吠えろのテーマソングをバラード調で歌いだす)

「チャラチャーン…」

「ヤンキーってものはな…」

「チャチャチヤーン…チャーチャチャーン…」

「はい、はい」

(突然大声で踊りながら)

「チャララチャラーチャラーチャラチャーン!」

「ちゃんとブルース調でやって!曲調変えるのやめて!自信を持て!自分が一番強いと思え!」

「はい!分かりました!」

「よし!手本!」

(雄一、大魔神のように右手を顔の前で上げて『怒り』の表情になる)

「それや!よし!それでケンカ売ってみろ!」

「おらあ!」

「なんじゃあ!こらあ!」

(モッキー、すごむ)

「ピコーン、ピコーン、ピコーン」

(雄一、大魔神の動作をそのまま逆回転で上げてた右手を顔の前で下げて泣きそうな表情になる)

「もうええわ!」

「どうもっ!ありがとうございましたあ!」

 たくさんの笑い声と大きな拍手と歓声。雄一は興奮した表情で伸基とモッキーの顔を見る。お互いに目で確認しあう。「やりきったぞ。俺たち」。今まで味わったことのない快感。オナニーよりも気持ちいい。これが舞台なのか。これが客の前でやることなのか。俺のネタが大勢の客を笑わせた。最高だ。雄一は心の底からそう思った。そして舞台中央に集まる三人。

「今日はどうもありがとうございます!」

 拍手。

「えーと、あと五分くらい時間あるんかな?なんか喋りますか?」

「そやねえ。時間通りやらんとあかんからね。さあ、何喋ります?」

「うーん、そやねえ。最近なんか面白いドラマとか見た?」

「うーん、ドラマかあ。なんやろ?本木さんはどう?」

「うーん、なんやろ。北の国から?」

「北の国からって。昭和か、お前」

 空気が明らかに違う。ボケがすんなりと言える。クスクスと笑い声が聞こえる。

「最近ならあれやろ。あれ、なんや、武田鉄矢のやつ」

「3年B組?」

「そうそうゴールデンエイトティチャー。違うわ!百一回目のプロポーズや」

「あったな」

「僕は知りませーんってやつな」

「死にませーんじゃ。なんや、知りませーんて。取り調べ中の容疑者か」

「あれな、百一回目で成功したやん。でもな、残り百回分、ちゃんとエピソードあんねやで」

「え、ホンマに?」

「え、知らんの?嘘お!え、みんな知ってるよな?え、知らん?嘘やろ~?ほな俺が教えたるわ」

「おお、頼むわ」

「確か…、えーと、一回目が小三の時やったんよ。いや、小四かな。相手もええ感じやったんやけど、法的な問題でな」

「小四では無理があるな。確かに」

「ほんで、確か…、二十三回目かな?二十歳ん時。」

「お、法的な問題はクリアしてるな」

「本木君、大丈夫?ちゃんとついてきてよ」

「うん、ちゃんとメモってるから」

「お前、メモ好っきゃなあ。で、なんやったっけ。ああ、二十三回目な。電話でプロポーズしたんよ」

「電話で?」

「そう。そんで、『結婚してください』の『け』でテレフォンカード切れてもうたん」

「うわー、最悪や」

「準備悪いやろー。鉄矢の奴」

「そこは度数残しとかんと」

「そして続く二十四回目。今度は場所がグアム」

「いきなりグアムか」

「飛行機降りる時階段で降りるやん。相手は階段の下で待ってたんよ。そんで鉄也が階段降りるやん。一番下まで降りた瞬間『ブブー』って鳴ってもうたんや」

「ウルトラクイズか」

「そう。機内ペーパークイズで最下位やってん。そのまま成田に強制送還」

「鉄也。普通にやれよ。普通に」

「本木君、大丈夫?起きてる?」

「あ、寝てた」

「ちゃんと起きとってよ。そんでな、一番熱かったんが六十七回目やな。うん。間違いない。あれはもう相思相愛やった。もう絶対うまいこといくって周りも安心してた」

「相思相愛やったん?それはもう間違いないやろ」

「もう鉄板やったで」

「なんでダメやったん」

「鉄也の奴、肝心のプロポーズを手話でやってん。こんな感じで。相手、全然手話分らんかって」

「手話って。口で言えよ、口で」

「なあ」

「鉄也、全然あかんやん」

「そやねん。ドラマではあんなに感動的にやってたけど要所要所でミスってんねん。モールス信号使こうたり」

「モールス信号って」

「あと、赤白の旗とか。手紙で住所書かんで戻ってきた時もあったなあ。あと尻文字とか」

「鉄也ちゃんとやれよ」

「え、もう時間?」

「袖で生徒会の人が巻いてって合図してるわ」

「じゃあ、あと二時間いこか。てか、本木さん、本木さん。現場の本木さーん」

「はい、現場の本木でーす」

「ん、機械トラブルかな。何も聞こえん」

「いや、一メートルも離れてないから」

「あ、おったん」

「おったから!やめて」

「まあ、今日は本当ありがとうございました」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

「今までいろいろあったね。ホンマに学校入ってから西山さんちに何回行ったことか」

「俺、数えてるで。昨日までで四百九十九回やね」

「ほな、今日は五百回記念やな」

「えー、今日も来るん?」

「お前が誘ってるんやろが。それでは最後に会場の皆さんにプレゼント」

 そう言って伸基はショートコントで使った二冊のエロ本を会場に向かって投げた。

「ありがとう!」

 三人で最後の決めゼリフ。

「い~薬です!ってなんで大正製薬やねん!『バスガス爆発』でした!」

 体育館の拍手喝采と大歓声を背に舞台から掃ける三人。



「やりきったー」

 生徒会からのねぎらいの言葉も聞かずに雄一は言った。

「上出来や。めっちゃ気持ちええ」

 伸基が言う。

「あー、終わった。ウケたなあ」

 モッキーが緊張から解放された安堵の表情で言った。

「お前の『ゴールデンエイトティーチャー』よかったで。てか、いきなり北の国からってなんや、モッキー。ちょっと不安になったぞ」

「そうじゃ、アホぉ。ホンマ勘弁してくれよ」

「頭が真っ白になって、素で言うてもうた」

「ホンママジやめろよ。心の中で『え?』ってなったで」

「お前、どこまで仕込んでたん?」

「鉄也のボケのとこだけ。お前は?」

「何個か仕込んでたけど、お前が乗ってたから言わなんだ」

「モッキー…はなんも考えてないよな」

「うん。適当についていくだけと思ってた」

「それにしてはええ反応してたで」

「そやな。現場の本木さんのとこ、よう対応したな」

「まあ、あれぐらいなら。いつものノリやわ」

「やっぱ『十回クイズ』を最初に持ってきてよかったな」

「そやな。『交通事故』が最初やったら、ちょっとヤバかったな。てかあのネタなんで選んでしもたんやろ。あと、『ブラウンさん』が意外とウケたなあ」

「『城東のテルさん』も意外とウケたよな。やっぱビーバップはみんな見てんやな」

「でもまあ、『ヤンキー入門』はやってよかったなあ。『十八禁ドラえもん』とか『マジカル頭脳パワー』よりも一番固いよな」

「去年の『クラウディ』の人たちとの約束みたいなもんもあったし、あれが一番や」

「とりあえず祝勝会やろで。もう、バックレてもええやろ。お前んちいこで」

「おう、いこいこ」

 本当の意味での『バスガス爆発』のデビュー。そして雄一の初の舞台。忘れられない記念日。

「夏にホームラン打った時と同じぐらい気持ちよかったわ」

 ホームランはこれぐらい気持ちいいもんなんだ。伸基の言葉が雄一の心をどこまでも嬉しくさせた。

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