第24話

 伸基とモッキーが部活を引退してからの夏休み、三人は毎日つるんだ。そして『バスガス爆発』はネタを作り続けた。

「お前はギリギリボーイズには入れてやらん!」

 そう言って伸基は町中でUFOキャッチャーを見かけたら一回だけ、十円玉を弾くゲームを見つけたら一回だけ。

「ギリギリ!」

 そう叫んで百円玉や十円玉を投入した。成功したら雄一と伸基の二人で叫ぶ。

「ギリギリ!」

 それを見ているモッキーに

「お前にギリギリはまだ十二年早い」

 そして罰ゲームも行った。伸基は髪型を真ん中で分けているモッキーの額にマジックで「7:3」と書いた。そしてSMビデオを三本持って一般コーナーで真剣に作品を選ぶモッキーに爆笑した。レジのお姉さんもモッキーの額を見て吹いた。


『十回クイズ』


「ピザって十回言って」

「ピザピザピザピザ…」

「三角形の面積の求め方は?」

「底辺×高さ÷2!」

「…ですが、日本の初代総理大臣は?」

「伊藤博文!」

「…ですが、ここは?」

「ひざ!あ、引っかかってもうたー」

「もおー、あかんねー!」


『城東のテルさん』


「松茸出せやあ!」

「城東のぉ!松茸狩りじゃあああああああ!」

「テルさんどんな服装やねん!」

 「大外刈り」、「潮干狩り」、「ここの寿司屋は日本一!寿司食いねえ、寿司食いねえ、寿司食いねえ!あ、ガリ」。どれがええかな?真剣に考え込む三人。


『太陽に吠えよう』


「パキューンパキューン。くそー。拳銃の弾がなくなってしまった!このままでは犯人に逃げられてしまう!」

「おい!この銃を使え!投げるぞ!」

「ありがてえ!頼む!」

「ほらよ!」

(拳銃を投げる。全員、目で銃の軌道を追いかける。銃の軌道はブーメランのように円を描いて投げた刑事の手元に戻ってきて、刑事はブーメランのようにキャッチする)

「なんでやねん!」


『走れ正直者』


「交差点で童貞拾おったーよー」

「うーん、落とし主現れないねえ。もう、君のものでいいよ」

「いや!いりません!いりませんから!」

「いいから、いいから」

「西城秀樹さん、現在、人生二度目の童貞」


『ドラクエ4』


「童貞があらわれた!クリフトはマヌーサを唱えた!テロリロリロ。童貞は幻に包まれた!童貞は恥じらいながらズボンを下した!童貞は穴を探している!童貞は腰を振っている!アリーナの攻撃!」

「アリーナやりすぎやろ」


『ドリカム監督』


「こらあ!お前ベンチ戻ってこい!ブレーキランプ五回点滅、ア、イ、シ、テ、ルのサイン!六回点滅で送りバントのサインだろーが!なーにやってんだ!てめえはよー!ベンチに引っ込んでろ!」

「いや、ブレーキランプ点滅七回でしたけど…」

「七回はゴ、メ、ン、ナ、サ、イ、ネだろーが!」

「いや、やっぱり五回点滅でした」

「好きだーーーーー!」


『漢字の宿題』


「考える、考える、考える、っと。はー、漢字の宿題やけど、漢字一つをノートに一ページってキツイなー。いかんいかん。頑張ろ。次は…、殺すか。殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、あ、なんか眠気が…。ぐーー」

(母親、部屋に入ってくる)

「まあ、信二ったら、勉強しながら疲れて寝てしまったのね。どれどれ」

(ノートを見て、夜食を落とす)


『ブラウンさん』


「という訳で今日は来日された全米アルバムチャート一位のブラウンさんがスタジオに来てくれました!ブラウンさん、日本は初めてということですが日本の印象はどうですか?」

通訳「(英語っぽいせりふをブラウンに話す)」

ブラウン「(英語っぽいせりふを言う)」

通訳「とても景色が美しく、最高だよ、っと言っております」

「今、スタジオでファンを目の前にしての心境はどうですか?」

通訳「(英語っぽいせりふ)」

ブラウン「(英語っぽいせりふ)」

通訳「今回はこういう形でここに呼んでいただき、大変光栄に思っています、と言っております」

「ん?こいつ、日本語全然分からへんのや。ん、んんー。えー、新曲の「ラブプリーズ ラブフリーズ」はどういった意味があるんですか?アホ」

ブラウン「あ?お前今アホって言うたやろ?待って、待って。ちょっとカメラ止めて」

「え?」


『使えないドラえもん』


「ドラえもーん!学校に遅刻するよー!」

「じーてーんーしゃー」

「ドラえもーん!野菜が食べられないよー!」

「ドレッシング~」

「ドラえもーん!もう何もかも忘れたいよー!」

「バ~ボン~」

「お前、もう帰れ」


「朝だ、朝だーよー。浅漬けーの素!刻んで!漬けて!揉み洗い!すぐ食べられる~」


「(ルパン三世のテーマで)テレッテレッテレッテレッテレー、テレッテレッテレッテレッテレー、テレッテレッテレッテレッテレー。ご飯!ごはーん!」


「愛のままに!わがままに!僕はフローリングを傷つけない」


「昇竜拳!からのーーー!無限1UP!」


 天然素材で「山中さん」が出てきた。「俺のものになれえ!」

電気グルーヴのオールナイトでは「ペンネーム山田山男」。松ちゃんがクイーンの名曲「アナザーワンバイツァダスト」を歌った。


「デレデッデッデ、チーズケーキやん。デレデッデッデ、ちりめんじゃこやん」

「はよハヤシライス持って来てや!」

「エキゾチックポリス半殺し」


そしてこの夏、三人はものすごい衝撃を受けることになった。

 「元気が出るテレビ」、第二回高校生お笑い甲子園。伸基の野球のため、バスガス爆発は出場出来なかったが、そこでとんでもないネタを見ることになる。昨年に続いて出場したコンビ、「中華飯店」。


「中華飯店の、ショートコント」

(独特のブリッジ)


「ラーメン屋」


「ガラガラ」


「いらっしゃい」


「ラーメン」


「はい、ラーメンどうぞ」(ラーメンをカウンターに出すゼスチャー)


「いや、ラーメンないやん!」


「いや、ラーメンです」


「いや!ラーメンないやん!」


「閉店でーす。ガラガラガラ」(シャッターを閉めるジェスチャー)


「おい待てえ!開けろー!ラーメンないやーん!」(シャッターを右手の拳で叩くジェスチャー)


「シャッターないやん」


 中華飯店のネタを見た雄一は度肝を抜かれた。

「これが…、俺と同い年の奴らが作ったネタなのか…。こんな発想は今の俺には絶対出てこない…」

放送の翌日、中華飯店のネタを見た三人。

「完全に負けてるな」

 伸基が会うなり言った。

「全国は広いなあ。あんなすごいコンビがおるんやなあ」

 モッキーが言う。

「去年の鼻くそネタから一年であそこまでになっとるとわ…。勝てんなあ…。同世代ではあいつらが日本一ちゃうか」

 雄一が完全に負けを認めた。

「お前は勝たなああかん相手が多いなあ」

「せやなあ…」

 キャスターを吸いながら雄一は答えた。

 いろんないっぱいが詰まった三年の夏休み。ネタ作り、パチ屋ホメルンでのギリギリボーイズ、中古ゲームソフトでの金儲け。スマイル0円のハンバーガーショップ。

「浅野温子さんっぽいスマイルお願いします」

 大前のサッカーの試合を雄一は一人で見に行った。グラウンドで大前がサッカーをしている。普段の大前ではない。試合は後半で6―0で負けている。それでも敵のゴールに向かってドリブルをする大前。イッサーはグラウンドにはいない。そして試合終了の笛が鳴った瞬間、大前はグラウンドにうつ伏せになり、そのまま起き上がらない。

「ほなあれか?わしゃとんぽか!」

 雄一の知らない大前のもう一つの青春。チームメイトが歩きながら駆け寄って大前を抱き起す。自分はお笑いのことばかり考えて高校生活を送ってきた。好き勝手に生きてきた。それでも、大前も、伸基も、モッキーも、平井や大西もみんな運動部に入っている。部活をやりながらものすごい笑いのセンスを持っている。すごいなあ。本当にすごいなあ。完全にぼろ負けなのに、最後まで全力でプレーし、最後の敗北を受け入れられずにグラウンドに倒れこんだ大前の姿が雄一の目に焼き付く。

 そして「理系の平井、文系の大西」と呼ばれながらも文系の生徒とはほとんど接点がなかった大西君と雄一は初めて接点を持った。同じ文系の伸基の紹介で。

「おおにっちゃんはおもろいでえ」

 伸基からいつも聞かされていた言葉。

 雄一、伸基、モッキー、そして大西君。四人で町を歩いた。道端に落ちているファンタの空き缶を大西君は拾ってその場でパワーウォーターのCMの歌を歌い始めた。

「パッパッパワーウォータ~。パワーの源、元気の源、ぐいぐい飲めるよ、ほら元気!ってこれファンタやんけ!」

 どんどん攻めてくる大西君のボケに笑う三人。仕込んだネタでもないし、空気なんか全く気にしてない。

「おおにっちゃん。、今日もキレてるなあ。こいつもめっちゃおもろいんやで」

 伸基に言われるが雄一は「いや、俺全然おもんないよ」としか言えない。

「伸基からいつも聞いてるで。西山君やろ。自分、めっちゃおもろいんやろ?ネタ聞いたけど俺わろたで。かなりおもろいで」

「いやいや全然」

 大西君の圧倒的な存在感に委縮する雄一。下手な一言は絶対に許されない。ボケようにも恐ろしくてボケられない。

「去年の文化祭、俺見てたで。自分ら今年も出るんやろ。応援してるで」

「おおにっちゃんは文化祭出えへんの?」

 伸基の言葉に大西君がさらりと言った。

「出えへんわ。俺、センスないもん」



 夏休みも中盤になり、文化祭でやるネタの選考を三人で話し合う。

「どうするか?今年も持ち時間は十五分やろ」

「去年と同じ感じでええんちゃう?短いの五本と長いやつ一本して。あとはフリートークで」

「だーかーらー。フリートークは無理やって。その場でポンポンおもろいことが言えるわけないやろ。それぐらい分るやろが」

「それは分かっとるわ。去年みたいにお題は前もって決めといて、ネタもある程度仕込んどくんでええやろ」

「それやったらええけど」

「ネタはどうする?去年みたいに投票で決める?」

「それがええやろ」

「ほな、紙配るからそれぞれ書いて」

 三人がそれぞれの方向を向いて考え込みながらネタを選ぶ。雄一が紙を集めて開票する。ほぼ全員が同じ考え。

「十回クイズ」

「早送り漫才」

「交通事故」

「ブラウンさん」

「城東のテルさん」

 そして昨年と同じ「ヤンキー入門」

「決定~。てか、『達川選手』一票って誰や?」

「『達川選手』やろうで」

 伸基が不満そうに言う。

「あれは二人用やろ。三人では出来へんやん」

「『バスガス爆発塾名物、サラダ油風呂』は?」

「あれ、五秒で終わるからなあ」

「フリートークもお題を考えとくぞ」

「うーん、何がええかな」

 ここでモッキーが提案してくる。

「『壊れかけのレディオ』にいろいろ聞いてみるってのは?」

「ああ、本当の幸せを教えてくれるんやろ。なら、大体のことは教えてくれるんちゃうんか。なるほど」

「うん、結構広げれるなあ。当然、割らずに生卵か茹で卵かも教えてくれるやろな」

「童貞を池に落とした時の正しい対応とか教えてほしいなあ」

「でも結構ベタな方がええかもなあ」

「去年のロードみたいなんでええやろ。そんなら『百一回目のプロポーズ』の過去百回のエピソードをそれぞれかいつまんで紹介しようで」

「それはやりやすいな。それでええんちゃう」

「ほな決まりな」

 雄一が考え、伸基が形にした台本がそれぞれに配られ、それを暗記し、何度も稽古を繰り返す。やっているうちにいろいろと意見も出てくる。

「こう言った方が伝わりやすいし、おもろいんちゃう?」

「ここのセリフはいらんやろ」

「あのネタと合体させてみるか?」

 一つのネタを繰り返すことにより、どんどんネタは磨かれていく。時間はあっという間に過ぎていく。

「明日で夏休みも終わりか」

 雄一と並んで二人で煙草を吸いながら窓の外に煙を吐き出す伸基。暗闇の中、夜空には満天の星空が。北極星も北斗七星もカシオペアも見える。

「明日、野球の試合があるんや」

「え、引退したんちゃうん?」

「引退試合やねん。引退した三年と新チームの後輩たちと試合するんよ。新チームは夏休みも必死で練習しとるし、三年チームでは俺は控えや」

「お前四番やろ?」

「明日の四番は山下君や。今年の夏、いや、三年間含めてやな。試合に出られんかった奴とかベンチにも入れんかった奴もたくさんおる。でもそいつらのおかげでチームも強くなれた。明日はそんな裏方でチームを支えてくれた奴らが主役や」

「山下君よかったなあ。四番なんや」

「四番セカンドや。新チームのキャプテンはあのエラーした子がやってる」

「マジで?」

「まあ、新チームもガチで来るから俺らが勝つことはないやろうけど、みんなヒット打って欲しいなあ」

 そう言いながら伸基が根元まで吸ったセブンスターを指で弾き飛ばした。

「アホ!隣、民家やぞ!」

「あ…、罰ゲーム!」

 座ってエロ本を読んでいたモッキーが固まる。視線だけをゆっくりと上に動かす。

「今回は…、じゃんけんで負けた奴。薬局でコンドームを制服で買う!」

「さらにコンドームを財布に入れてコンビニで小銭に混ぜて出す!」

「もうやめとこうで」

「不参加者はその場で罰ゲーム決定な。ほなやるぞ」

 しぶしぶモッキーも参加する。

「じゃんけんぽん!哀川翔!冝保愛子でしょう!敢闘賞でえ十万円!」

 またも負けるモッキー。

「まじかあ…」

「当然、若い女の店員縛りな」

「だから後付けやめえや」

 騒ぎながら伸基はふと一冊のノートを雄一の机の上から見つけた。見たことのないノート。新しいネタ帳か?そう思いながらそのノートを伸基は開いてみた。


「松ちゃん。トーク中、きゅうすにお茶っ葉とお湯を入れて、湯呑を三つ用意する。そして自分の分にだけお茶を入れて一人だけお茶を飲む(しかもゲスト加藤茶)」

「浜ちゃん、腕相撲マシーンで踏ん張って負ける。松ちゃん、俺は勝つぞーと意気込んで明らかにわざと踏ん張らずに一瞬で負ける」

「松ちゃん。人が四針縫った話を聞き『五針でなくてよかったですね』」

「松ちゃん。ジャケットを脱いで、またすぐに着る」


 延々とダウンタウンのボケが書かれたノート。雄一はモッキーを弄って騒いでいる。

「こいつ…」

 ノートを閉じて元の場所に置く伸基。雄一の定位置である雄一の椅子に座り、セブンスターに火を点けた。


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