第23話
「日本一のリアクションって味皇かブラボーおじさんちゃうか?」
総体を明日に控えたモッキーに雄一が言った。
「名刺の肩書が味皇やからな」
「悪いけど今日はちょっと乗られへんわ」
「なんやお前。なに緊張してん」
「明日で陸上も最後かなあって思ったらなんか…」
「上位に入ったら全国行けるんやろ?」
「無理無理。絶対無理。俺のタイムなんか全然やから」
「モッキーってなあ、なんでいっつも笑顔なん?」
雄一がいつも思っていること。常にニコニコしている。スイッチの入ったモッキーの姿は見たことがある。去年の文化祭で。しかし、こいつが怒っている顔を見たことがない。
「え、そうか?そんなに笑顔かあ?」
「意味を履き違えるなよ。腹黒い笑顔なんよ」
「こいつ、小学校の時からだいじょうぶだぁ教会に入っとるんよ。太鼓手にもって叩いてたよなあ」
「それお前やろ」
モッキーの言葉が終わる瞬間に伸基の拳がモッキーの腹に入る。
「お前、ようしよったやん。手作りの三つに分かれた太鼓と棒持って。変なおじさんばっかやんじょったやん」
腹をさすりながらモッキーが暴露する。
「え、伸基が。うえ、うえ、うええええええってやってたん?」
「違う違う。うえ…、ううぇ…、うううううううううぉぉぉぉえぇぇぇぇぇや」
雄一も小学生の時にはまった志村けんのだいじょうぶだぁ教会。懐かしさも手伝って笑ってしまう。
「まあ、明日はモッキーの最後になるか。それとも最後にはならないか。賭けるか」
「罰ゲーム?エビアン?」
「そやなあ、ハミングパパでSMビデオ借りるんはどう?」
高校生にもエロビデオを普通に貸し出す地元のレンタルビデオ店「ハミングパパ」。
「よし、それでいこう。俺は明日が最後になる方に賭ける」
「俺も同じく」
雄一と伸基が一方的に言い放つ。
「ちょい待てや!俺も同じ方に賭けるに決まってるやん」
「アホか!やる前からなに負ける気満々やねん!」
「せやせや!負ける気でどうすんねん!そこは自分を信じろよ!大丈夫!お前ならやれる!」
「それともボッキーに改名するか?」
「分かったわ!ほな、勝つ方に賭けるわ!」
「あー、ドキドキすんなあ」
「五分五分やからなあ。あー、負けたらどうしょー。ハミングパパでSMビデオ三本かあー。キツイなー」
「なんで本数増えとん!」
「しかも、店員がお姉さんの時に借りる縛りかあー。これはキツイなー。しかもSMビデオ持った状態で一般コーナーで一時間普通のビデオを選ばなあかんとはなー。これはキツイなー」
「待て待て!どんどん罰ゲームが膨らんでるぞ!」
「額に米ってマジックで書くのも入れる?」
「米ってなんや!テリーマンか!」
「いや、ひらがなで」
「そういう問題ちゃうから!」
「じゃあタイ米にする?」
「もうええわ」
伸基の試合は見た。しかしモッキーの陸上は練習風景しか見たことがない。場所は市営競技場。三年間、走り続けたモッキーの最後の晴れ舞台。俺に罰ゲームをやらしてみろよ。何も部活をしてこなかった雄一には二人の気持ちを想像することしか出来ない。
伸基が眠っている雄一の鼻にムースを発射させた。わけが分からないが飛び起きる雄一。
「大・成・功」
シャレにならない寝起きドッキリで起こされる雄一。
「市営競技場いくぞ。起きろ」
「鼻が、鼻が」
これがこの先、続くと思うとゾッとするが、同時に楽しみに思う雄一。チャリンコで市営競技場へ向かう。
「武富士のCMはなんであんなにエロいんかなあ?」
「お前もそう思う?あれ絶対狙ってるよな」
「チャーミーグリーンを使うと手をつなぎたくなる?」
「手を水で流したくなるんちゃう」
「いーつもよーり、斜めがいいー♪左に少し、傾いてるーよー♪」
「そんな槇原は二度と恋せんわ」
「愛をかーたるよーりー、攻撃をかわそおー♪」
「数打てばええってもんちゃうぞ」
そんな会話をしながらチャリンコをこぐ。真夏の太陽はめっちゃ暑い。市営競技場に着く頃には雄一はすでに汗だくになっていた。
「うわあ、めっちゃ暑いわ。日陰いこで」
「お前、めっちゃ汗かいてるやん。そんなに暑いか?」
「死ぬわ。無理」
「とりあえず観客席いこ」
「太陽がまぶしい!サングラスかけたい!…寺尾聡に」
「そっちか!」
「ジュース買っていこ」
「自販あるんかなあ」
ジュースを自販で買って、観客席に向かう二人。階段を上ると目の前には大きな輪になったコースが。コースの中のエリアではいろんな場所でいろんな競技をしている。
「これ、一周四百メートルあるで」
伸基が言った。
「何で知ってん?」
「小学校の時、学校の代表でここで走った。四百メートルリレーのアンカーと百メートルの代表やったから」
「お前、野球やってたんちゃうん?」
「学校で足の速い奴が選ばれるんや」
「モッキーは?」
「あいつは選ばれんかったなあ」
「なんで陸上部なん?」
「好きなんちゃう。中学からやなあ。あいつの陸上は。ほら、目の前の直線あるやん。あそこを走るんやで」
「ハードルやろ?あいつどこでおるん?」
「まだ本番まで時間あるし、どっかでアップしよんちゃうか」
「あ!おった!あっこ!あっこ!和田あっこ」
「おまかせしょうかなあ」
たくさんの選手たちが短パンに色付きのランニング姿でいろんな競技を行っている。雄一には走り高跳びと走り幅跳びくらいしか競技が分からない。
「あれは何しよん?」
雄一が指をさして伸基に聞く。
「あれは砲丸投げやろ」
くるくる回転して球をジャンプするように押している。
「あれ、投げ方おかしない?野球みたいに投げたら飛ぶんちゃうの?」
「アホか。砲丸投げの球はめちゃめちゃ重いんぞ。ああいう投げ方しないと遠くにいかんのや」
「そうなん?」
「他にもやり投げとかもあるぞ」
「え、高校生がやり投げすんの?やりって重いんやろ。重いやり。思いやり」
「大事やね。てか、お前、なんも知らんなあ。コンマ一秒の違いでかなり差が出る世界やぞ。リレーにしてもバトンの受け取り方とかめちゃ難しいんやぞ。トップスピードで前を向きながらバトンを受け取るんや。小学校の時、めちゃくちゃ難しかったわ」
「バトンなんか渡す奴がほいって渡せばええやん」
「そんな単純やないんやって。バトンを受け取るゾーンが決まっとって、そこを出てもいかんし、バトンがきそうになったらこっちもトップスピードに合わせるから。タイミング間違えて、ゾーンを出そうになってスピード落とすこともあるし。まあ奥が深いわ」
「俺には分らん世界やなあ」
「お前、文化祭の時、文化部の出し物に感動してたやろ」
「おお、すごかった」
「部活っていろんな思いがあるもんちゃう。本当のカッコよさとか美しさって全力で取り組む、本気の思いに現れるもんちゃうか」
「なんか名言っぽいなあ」
「まあ、好きなもんに三年間打ち込んで、それで必ずみんな引退せなあかん。モッキーも引退や。野球部も練習きつかったけど、話聞いたら他の部も相当やで。バスケとかサッカーとか走りっぱなしやし、俺でもついていけんくらいキツイと思うで。柔道とか冬でも薄い道着でめちゃくちゃ汗かいてるし。モッキーも相当やっとるらしいぞ」
「俺も練習はかなりやりこんでるで」
「オナ部はみんなやってるから」
モッキーの出番がくる。場内アナウンスでモッキーの名前が呼ばれる。目の前のコースで短パンにランニング姿でスタートの練習をしている。大声でモッキーの名を呼ぶ。それに気付いて、チラッとだけ顔をスタンドに向け、真剣な表情のままコースに視線を戻すモッキー。全員がスタートラインにつく。ピストルの音がして一斉に選手が走り出す。モッキーも超人的なスタートを見せる。全員がほぼ同時にハードルを飛び越えていく。飛び越えるというより跨いでいる。ものすごいスピードで。
一、二、三、タン!一、二、三、タン!
雄一も伸基も声が出ない。
誰もリードしないし、遅れもしない。選手全員がほとんど同時にハードルをどんどん跨いでいく。そして少しずつ、差が出てくる。しかし、モッキーは遅れをとらない。すごい。そして最後のハードル。モッキーが一位になるかも。雄一がそう思った瞬間、モッキーがハードルに左足をぶつけてこけそうになる。モッキーがふらふらしている間に他の数名の選手が次々にゴールを駆け抜けた。すぐに体勢を立て直してモッキーはゴールを駆け抜けるが一番最後のゴールとなった。うつむいて、右手で右足の膝を、左手で左足のすねに手をやるモッキー。そして天を見上げ、目を右手で擦るモッキー。左手で顔を抑えるモッキー。
「アホやな。あいつ…」
伸基が言った。
「もうちょいやったのになあ」
暫く黙り込んでから伸基が口を開いた。
「あいつなあ、いっつもわろとんねん。ニヤニヤニヤニヤして。アホやろ。何の取り柄もないし。俺も昔は何度も言うたわ。なにわろてんねんて。いっつもバカにしてたわ。『本木新名』はな、俺があいつを誘ったんや。無理やり。なんでか分るか?」
「気がおうたからちゃうん?」
「おもろい奴はたくさんおった。それでも俺はあいつを選んだ。昔から付き合いはあったけど。ある日あいつが言いやがったんや。『俺の取り柄は一つだけ。俺は生まれて一度も人を嫌いになったことがない』って。バカやろ?大バカやろ?あいつが人の悪口言うてるとこ、今まで一度も見たことない。くそバカやろ?俺はバカが好きなんや。この話はあいつには絶対言うなよ」
本木新名の誕生秘話を伸基から聞かされる。人生で一度も人を嫌いになったことがないモッキー。何をしても絶対に怒らないモッキー。そんな男がいる『バスガス爆発』。俺はすごい奴らを相方にしているんだ、雄一は痛感した。
「とりあえず罰ゲーム決定」
そう言って伸基がスタンドを立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます