第19話
天然素材ショートコント
『留守電』
(電話が鳴り、留守電のテープが流れる)
声・宮迫「私はただいま留守なのだー!用のある奴は死ね!死ね!死ね!ピーの後になんか言えボケえ!終わりじゃ、ぷぅ」
(ピー)
「…お母さんが危篤だ…」
雄一たちは三年生になった。相変わらず赤点ばかりの雄一と伸基。そして出席日数もやばかった雄一もなんとか進級出来た。理系の雄一はまたもモッキーと同じクラスになった。そして大前とも同じクラスに。
「また、お前と一緒か。ほなあれか?わしゃとんぽか!」
最近の大前は語尾によくこのフレーズを付ける。雄一は一発ギャグに力を入れていた。
「ダンカン、こおやろう!」
「採点ブギ」
「一本でも大根」
「あばれ九着」
そして「萬田くんシリーズ」。
「わし、ミナミでおめかしやってる萬田っちゅうもんですが」
「おめかし…、貸し借り…、跡継ぎ…」
「利子はトイチでっせ」
「トイチ?」
「十日で一割や。十パーセント。利子はテンパーセンッ~♪」
もう、自分でも面白いのか面白くないのか分からないがとにかく雄一はメモを取り、伸基やモッキーに聞かせて感想を聞いた。同時に伸基も「欽ちゃんの仮装大賞」をイメージしたやり方でネタにダメ出しをした。
「ピ…、ピ…、ピピピピピピ…。あれ、あと一票で合格だよ~。誰か入れてあげてよ~、も~。カァ~~~~ン。残念だったねえ~。次回頑張ってね~、『ピ』。ズタタズタタズタタ!おめでとー!合格だよ!」
こんなテンションでダメ出しをする伸基。ダメなときは「ピ」が一言も発せられずに落選の鐘が鳴らされる。
欽ちゃんの仮装大賞の伝説のネタ。
「贈り物はやっぱりボンレスハム」
伸基のダメ出しはかなり厳しい。それでも少しでも自分のアンテナに反応するようなネタの場合、それを土台にいろいろと提案をしてくる。
「前振りが少しあれば使える」
「逆に説明なしでいきなり言う方がおもろい」
「言い方を変えればいい」
伸基が手を加えると「おもろい」に変わることが多かった。
「ボンド、ボンド、大木ボンド。ん、待て。なんか違うな。木工用ボンド…、ボンド、ハウスバーバンド、違う。んー、なんやろ。…ジェームス。大木ジェームス。くそ!なんやろ?ボンド。ボンドーーーー!んーーーーー」
そして十日程経って忘れた頃に
「単純に、『ボンドない?ボンド、ボンド、大木ボンド』でええんちゃう?ただし、『ボンド』って言葉を使う時限定で」
そして三人の間で二年の冬頃から流行った「日本三大〇〇」。
「日本三大『くれる』。夕陽、お年玉、大沢誉志幸」
「日本三大『板前』。そこに、ラッシャー、のぞみかなえ」
「加山雄三は何を言うぞって言いたいんかな?」
「親にちゃう?」
「取引先?」
「係の人に?」
「法廷の場に立って?」
「仮眠とってから?」
「ストレートにじゃなくてちょっと緩い変化球で言うぞちゃう?」
「ポルトガル語で?」
「すれ違いざまに?」
最上級生になると伸基と学校で一緒にいると野球部の後輩たちがこぞってどんな場所にいようと大声で挨拶をしてくるようになった。
「野球部のあの挨拶はなんや?一キロ先からでも叫んでくるんちゃうか?」
「まあ、部の決まりやからしゃあないわ。俺も一年の時から先輩にはしてたし」
「そう言われたらやってたなあ。なに、あれせんかったらどうなるん?」
「そんなん締めるに決まっとるやろ」
「え、マジで!?どんな感じで?」
「部室で正座させて、竹刀持って囲む」
「なんちゅう縦社会や。陸上部は挨拶ないなあ、モッキー」
「そこまではせんけど、まあ、上下関係はちゃんとしてるなあ。ため口利くような後輩はおらんし」
「うちの部は和気あいあいとしとるで」
「まあ、オナ部は置いといて。陸上部もそうやろうけど体育会系なら先輩より上手い奴とか普通に出てくるねん。そういう奴って大概調子乗んねん。自分より下手な先輩に舐めた態度とる奴が出てくるねん。俺らの同学年で野球部に山下君っておるやろ」
「山下君?ああ、おるなあ」
「あいつな、高校で野球始めたんや。俺もあいつはすぐに辞めると思っとった。でも、あいつは三年まで続けた。そら、他の部員とはスタートが違うし、未経験者がいきなり硬式やで。練習試合にも出してもらったこともないし、ベンチに入ったこともない。それでもうちの練習についてきて、同じメニューをやってきたんや。そういう奴に後輩が舐めた態度とったら俺らもぶち切れるやろ」
「なるほどなあ」
「ええ伝統やと思うで。これがなかったら俺も天狗になってたやろ。それに上下関係さえしっかりしてれば理不尽な先輩とかおらんかったしなあ」
「そやなあ。うちにも県の記録持っとる後輩おるけど礼儀はしっかりしてるなあ」
「浜ちゃんはものすごい大御所にもガンガンいくで」
「あれはすごいなあ。すごすぎる」
「地井武男に『ちいちい』って言えるか?」
「絶対無理」
「『くれないに染まったこの俺を』って、くれない、くれないって欲しがる気持ちに染まったんかな?」
「それはまた難しい問題やな。どうなん?本木さん」
「俺に振るのはやめてくれ」
そして新しい笑いが出てきた。
少年ジャンプ、第四回ギャグキングのなにわ小吉。連載作品「王様はロバ~はったり帝国の逆襲~」。しっかりと完成されたキレキレのギャグ、と言うよりネタ。これは漫画ではない。丁寧なネタ帳だ。シュールのようで百人いたら百人が笑う笑い。登場人物のセリフを一つずつずらすだけでとんでもない爆笑が生まれた。新しい教科書から雄一はセンスを盗み出す。何度も何度も読み返す。パクリではない。何故その発想が出てくるのか。完全に暗記して普通に全てのセリフや言葉が言えるようになれば引き出しは増える。
「いやあ、わろたわ。めっちゃわろた」
部活を終えた伸基が雄一の部屋に入ってくるなり顔をほころばしながら言った。
「どしたん?」
「いやな、うちの監督がな。全体練習が終わった後に部員全員集まった前でな、山下君に向かって言うたんや」
「何て?」
「全員直立不動やで。全員真顔や。
『山下、それが大事って知ってるか』
『はい!』
『四つの大事があるな』
『はい!』
『順番に言うてみろ』
『はい!……負けないこと!』
『それから?』
『投げ出さないこと!』
『それから?』
『逃げ出さないこと!』
『それで?』
『信じぬくこと!』
『大事やなあ』
『はい!』
やぞ。こんなん無理やろ。どんだけ腹筋鍛えたか」
爆笑する雄一とモッキー。
「なんやそれ!お前の監督、ネタやろ!それ!」
「どんだけ天然やねん!」
野球部の監督は野球だけのために学校に雇われているような堅物なおっさんだ。あの監督が大事マンブラザーズバンドの「それが大事」を気に入ってる時点でとてつもなくシュールだ。
「あのおっさん、アホかぁ!」
伸基が叫ぶ。これは身内の笑いだが雄一はすぐにメモを取る。
「どんだけネタフリ長いんや!何年越しやねん!」
「今頃、家でガッツポーズしよるで」
「クラッカーならっしょるわ」
「手作りの輪っかで部屋飾ってな」
「ローソク一息で吹き消しよるわ」
伸基が持ち帰って来る野球部ネタはかなり面白かった。
野球部が生んだ伝説のネタ。
『ういあえ』
「あんな、練習してて暴投した時とか『すいませーん!』って叫ぶんよ。でもだんだん言うててな、『ういあえーん!』って言うてもバレへんのよ。マジで!」
翌日から学校の教師に怒られた時に雄一は試してみる。
「ういあえーん!ういあえん!」
「バレへんなあ」
そして相変わらず、雄一の部屋と美術室でだけ行われるバスガス爆発のネタ作り。そしてゲリラライブと言う名の町中や電車での活動。十代の青春、時の流れは早い。それなりに強い強いと言われていた野球部も一度も甲子園に出ることなく最後の夏を迎えた。伸基は新聞に載った。
「なになに。高校通算十本塁打で今大会ナンバーワン打者の呼び声高い、昨年からチームの四番を打ってきた新名(三年)を中心に、どこからも得点出来る打線が強み。また、投手の河本(三年)は得意のドロップを磨き春季大会よりここぞで三振のとれるエースに成長。また、急遽監督となった西山(三年)の采配がきらりと松山光」
美術室で新聞記事を雄一が読み上げる。
「何さり気なくお前が監督になってんや。しかも松山光って。イーグルシュートの子やろ」
「そうそう。お前らも小学校の時、『スカイラブハリケーン』実際にやってみたやろ?『ツインシュート』とか『次藤君の強引なドリブル』とか『三角飛び』も。てか大会ナンバーワンて。ホンマか?お前。てかドロップって何?」
「いや、新聞に載っとるからホンマなんやろなあ」
「どやろ?まあ、練習試合でほとんど見たけど、そこらの県レベルなら大体のピッチャーなら捉える自信はある。ドロップは縦に落ちるカーブ。こう投げる」
そう言って、手首を縦に回転させる伸基。真っ黒に日焼けし、素人が見ても片手で人を持ち上げそうな腕の筋肉。高校通算十本塁打。いつの間に打ったの?てか、それってすごいん?雄一はそう思った。
「十本って微妙やな。分かりやすく例えて」
「これはガチで言うで。普通の四番なら高校で三本でも打てたら合格ちゃうか」
「なんか悔しいな。モッキー、俺らも新聞に載るぞ。靴のまま」
「一人でやれよ。一人で」
「でも、県でナンバーワンならプロいけるんちゃうん?」
「いけるか!」
「スカウトとか来てないん?」
「知らんし、俺の夢は公務員」
「それ、まだ引っ張んの?」
「あの梶山でさえ、プロからは全然声もかからんかったやぞ」
梶山。去年、伸基が決勝で四連続三振させられたピッチャーだ。
「とりあえずサインだけもらっとくか?モッキー。じゃあ、俺はヒットエンドランで」
「ほな、俺はスクイズ」
伸基の拳がモッキーの腹に入る。
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