第17話

 日曜の夜がどんどんエグくなってくる。

「浅草橋ヤング洋品店」

 中華大戦争に江頭グランブルー。笑った。常にトランクに札束を詰め込んだ城南電機の社長。そして簡単にトランクを奪われる。社長ぉぉぉ!しかも電気グルーヴの「スネイクフィンガー」がオープニングで流れる。エンディングにコーネリアス。そしてシャ乱Qの「上京物語」。

「進め!電波少年」

 どんどん繰り出される危険な企画の数々。笑った。

 命懸けの芸人魂。笑いのためならなんだってやる。決して笑いに背を向けない、芸人たち。「渋谷のチーマーを更生させよう!」「豪邸でうんこがしたい!」バウバウの松村。ここまでやるのか。

「おもろい。悔しいけど笑ってしまう」

 天然素材も加速していく。「りきとーさん」でスリッパを蹴っ飛ばす宮迫。


「おい!スリッパ!」

「おい!りきとーさんがスリッパゆうてるぞ!はよ用意せえ!」

(スタッフ、急いでスリッパをりきとーさんの前に用意)

「なんだこれは?邪魔だ!」

(スリッパを蹴っ飛ばし髪型を気にするりきとーさん)


松平健を「ケツダイラマン!」と、「チャゲ&飛鳥」を「アドスカアゲチャン!」叫んだ原西。

 ダウンタウンも日本一まずいラーメン屋の店主をぶちかます。

 放送の翌日には伸基やモッキー、大前と必ず話題にする。

「めっちゃおもろかったなあ!」

 今の自分では絶対に勝てない。それなら少しでも吸収すればいい。そのセンスを自分のものにすればいい。録画した番組を百回繰り返し見ればその笑いを吸収することが出来る。笑いのレベルは確実にある。音楽は同じ曲を演奏したり歌ったりしても「カバー」と表現する。映画やドラマでもそれは普通に存在する。しかしお笑いの世界ではそれは一切ありえない。同じネタをすることはただの「パクリ」でしかない。ただ、引き出しの多さは確実にモノをいう世界である。笑いのセンスを磨き、引き出しを増やすための近道はない。面白いと思うものを完全に記憶して、一生忘れないくらい何度も繰り返し見ることであり、聞くことである。一ミリずつでも感性は進化していく。テレビやラジオで「芸人」と言う看板を掲げて笑いを取ることのすごさ。瞬時にその場の空気を支配してしまうことのすごさ。今の自分に全国放送のカメラを回されて「君の笑いを全国放送してあげよう。さあ、何か面白いことを言って」と言われても絶対に何も言えないと雄一には分かっていた。瞬発的にボケれないなら、あらかじめ仕込んでおけばいい。その引き出しを無限に持てばいい。

 文化祭の前日、フリートーク用に雄一はロードのボケを二十個ほど暗記していた。

「七十八章はハローワーク編、七十九章は面接編、トイレに駆け込んだら紙がなかったのが八十五章あたり」

 これで明日はいく。伸基も仕込んでくるだろう。モッキーがツッコめば大丈夫。あとはやりきること。逃げるなよ、俺。



『本木信二のテレフォン人生相談』

リンリーン、ガチャ。

「もしもし?」

「(音声を変えて)あ、あのお…、匿名希望の女です…」

「どうしたのかな?」

「今…、死んでしまおうと悩んでます…」

「待ちなさい!はやまっちゃダメ!理由を聞かせて!」

「……、バラもコスモスも枯れないかなあと思ってしまいます…」

「あんた島倉千代子さんやろ?」


『トレイントレイン 西田敏行』

「栄光に向かって走る、あの列車に乗っていこう。裸足のままで飛び出して、あの列車に乗っていこう。だけどー、僕の街には駅がないー。急行列車も止まらない」


『卒業式』

「卒業生、起立!」

「みんなで見ました!ギルガメッシュナイト!」

(全員で)『ギルガメッシュナイト!』

「ごめんなさい!おかあさん!毎週、テレビにぶっかけてました!」

『テレビ顔射してました!』

「ティッシュの減りが早いと小言を言われた、中二時代!」

『中二時代!』

「トイレットペーパーでなんとか解決しました!」

『解決しました!』

「校歌斉唱!」

「やめやめ、ストップストップ!お前らもっと声出んのか?あ、川崎先生、ちょっとピアノ止めてください。すいません」


「カミングスーン。ナウオンセール。バイフォーナウ」

「最後、言いたいだけやん」



 文化祭、当日。

 手にしたチラシを見ながらにやける雄一。体育館のステージの演目の欄に『バスガス爆発』の名前が。しかもトリ。

(バスガス爆発・トリオ漫才)

 今日は美術室も使えない。学校の駐輪所に集まる三人。

「天気もええし。これぎょうさん来てるなあ」

「しかも、最後やん。俺らの前にバンドが三組か」

「演劇、音楽、お笑いの順番とちゃう?」

「俺らも歌うか?」

「余裕あんなあ。台本ちゃんと覚えてきたか?」

「もちろん!バイフォーナウ!」

「今日はバイフォーナウないから」

「オッケー、バイフォーナウ」

「あかん、こいつ、舞い上がっとるわ」

「全然、バイフォーナウ」

「フリートークのロードはどんな感じ?」

「もちろん、バイフォーナウ」

「ええから。どんなん仕込んでんの?」

「うーん、復活の呪文が違います編とか銀のエンゼルが出た編とか」

「お、なるほどな」

「お前はどうなんじゃ?仕込んできたんやろなあ」

「まあ任せとけや」

「それにしても、なんや!この胸のドキドキは!松崎しげるの愛のメモリーくらい高鳴ってるぞ!ドキドキ工場夢パニックぐらいドキドキしてるぞ!」

「それぐらいがちょうどええんじゃ。ええか、やりきるぞ。前みたいにおたおたすんなよ」

「はい、ありがとう!」

 雄一の掛け声に三人で叫ぶ。

「いい薬です!!」

 ノリノリで出番を待つ。朝のこの時間から雄一が学校にいること自体が珍しい。

「ほな、俺らの出番が二時半やから一時には集まってネタ合わせしとこうか」

「野球部が学校行事に参加すんのって珍しいな」

「陸上部は出し物せんの?って言うかやばい!今日に限って安物のサンダルやわ。なあ『ピザ』って十回言うて」

「ピザピザ…」

「三沢のえるぼー!」

「あかん。こいつ、完全に舞い上がってもうとる。モッキー、時間までなんか食いにいこうで」

 雄一のテンションが明らかにいつもと違うのを見て、伸基が突き放すように言った。

「待って待って。俺も一緒にいく。煙草も吸いたいし」

「煙草はやめとけ」

「分かった。吸わへんから。食べるだけにしとくから、煙草」

「食べるのもあかん。まあ、ちょっとおもろい」

 雄一のボケに少しだけ笑みを見せる伸基。これを舞台でスラスラ言えたらすごいんやけどな、と心で思う。大勢の客の前で、笑わせると言う看板を下げて。たった一言のボケが、どれだけのプレッシャーを産むか。それを今日、こいつは肌で感じるだろう。学校の、高々四十名にも満たないクラスメイトの前でさえボケられない奴が、文化祭のステージで即興でボケられるほど「お笑い」はぬるくはない。うだうだ言っているが雄一の緊張は手に取るように伸基には分かった。しかし全て予定調和の中である。全て台本のある笑い。下手なアドリブでも台本にないことを言えたら大したもんだろう。

「おし、ほな、寿司でも食いにいくぞ!」

「教室で握る寿司って。しかも午前中やし」

「目ぇつぶれ!歯ぁ食いしばれ!」

 伸基の拳が、目をつぶり、歯を食いしばったモッキーの腹に入る。



「いろいろあるなあ。結構おもろいなあ」

 各文化部の準備したそれぞれの教室を見て回る。お化け屋敷やパソコンで管理されたウルトラクイズ、ディスコまである。十代の普段は主張しない文科系の青春が激しく自己主張している。もうすぐ働きに出る年頃の、子供でありながら、それなりに考えのしっかりした者たちのそれぞれの専門分野で好きであり、得意な分野。

「うお!漫画部ってなんや?これめっちゃうまあない?プロみたいやん」

 雄一が壁に展示された作品を見ながら言った。

「普通にジャンプに載っとっても分らんぐらいうまいなあ」

「やろ?何食うたらこんなん描けるんや?」


『似顔絵描きます』


「え?これって金かかるん?」

「いいえ、無料ですよ。よかったらどうぞ」

 そう言って漫画部らしい女の子が雄一に椅子を勧めてきた。部員らしき人間は三人しか見当たらない。

「え、自分ら三人でやってるん?」

 座りながら雄一が尋ねる。

「そうですよ」

「壁に飾ってる作品も全部?」

「そうです。一人で描いてても、自分では分からないことも多いですし。みんなで描いてるといろんなアドバイスとかも貰えますしね」

「アドバイスって。めっちゃうまいやん。プロやん」

「ありがとうございます。漫画って絵も大事ですけど、物語を考えるのがすごく難しくて。なんて言うか、うーん。私はまだまだです」

「そしたらこいつを漫画にしたってや。甲子園でホームランを打つんやって」

「知ってますよ。新名君ですよね」

「え、知ってんの?」

「決勝まで行って惜しかったですからね。今年の夏は全部の試合を見に行きましたし。すごかったです。新名君がモデルになってくれるなら野球、描いてみたいですね」

「ちょい待って。それは表新名しか知らんからやって」

「表?」

 そこで伸基の睨みが入る。

「あ、いやね」

「はい、出来ました」

「え、はやっ」

 ただの紙と鉛筆が芸術を生み出す。手渡された紙には雄一の特徴を上手く掴んだ雄一の似顔絵が。

「うわ、俺や!」

「めちゃうまい」

「すげえ」

「ありがとうございます。新名君が毎日バットやボール使って練習してるのと同じ。うちらも毎日ペンを走らせてるの。これが好きだから」

 何気ない一言が雄一の胸に響いた。好きなものに捧げる青春。ガリガリのガリ勉君にもヤンキーにも青春は等しくある。

「あ、すいません。よかったら顔の横にサイン書いてもらえます?」

「え、私のサインですか?」

「そう」

「そんな、サインなんて、今まで書いたことないです」

「モッキーは背中に書いてもらえ」

 恥ずかしそうに、そして少し嬉しそうに簡単なサインを似顔絵の横に書いてくれる女の子。雄一は大事にその紙をポケットにしまった。

 物理部の教室を覗く。男子生徒二人のみ。

「ちょい見ていこうで」

 雄一は物理が大好きだ。教室の中にはアインシュタインの相対性理論やホーキングの宇宙論、映画「バックトゥザフューチャー」のデロリアンを再現した模型まで。その道では有名な佐藤勝彦教授の理論まで分かりやすく紙に書いてある。

「物理部の部員さんですか?」

 雄一がまたもやそれらしい人間に話しかける。

「はい、そうですが」

 モノマネしやすそうな特徴のある声で対応する物理部員。

「質量がなくなれば光の速さも超えることは物理的に可能なんですよね?」

「そうなんですよ」

 そこから物理部の男子生徒が目をキラキラさせながら長い話をしてくる。伸基とモッキーは意味が分からずチンプンカンプンな顔をしている。雄一にはとても面白く感じる。そこで雄一が簡単に説明する。

「あんな、例えば夜に月を見るやん。その時見ている月ってのは実際には一秒くらい前の月やねん。実際のものって光が当たったら見えるやん。光の速さってめっちゃ速いやん。電気付けた瞬間にものは見えるやん。月に太陽の光が当たってその月の姿が見えるんが距離からして大体一秒。だから、簡単に言うたら月でピースして光の速さより速く移動してきて望遠鏡を覗いたらピースしている自分が見えるって理屈になるんよ」

「それを分かりやすくこちらに書いてますんでよろしければどうぞ」

 そう言って物理部の男子生徒が壁に貼った自分たちで作ったであろう「分かりやすい宇宙」を案内してくる。

「地球は丸いとガリレオ・ガリレイ。落ちるリンゴを見て引力を発見したアイザック・ニュートン。そんなんどうやったら気が付くねん。発想が天才すぎるわ」

「西山君は物理好きなんやね」

 よく見たらクラスメイトだった。

「うん、めっちゃ好きやで。俺、アホやけど」

 ごめん、名前が出てこないと心の中で謝りながら雄一はすっとぼけた。

「お前もなんか部活やったらええのに。物理部ええやん」

 雄一の意外な一面を見て伸基が言った。

「でも、俺、オナ部やしなあ」

「そんなん男子生徒全員掛け持ちでやっとるわ」

「男子生徒だけかなあ?」

「日本の性は乱れとるからなあ。おじさんは悲しいなあ」

「コータローみだれとおるくらい乱れとるからなあ」

「モッキー、寿司まだあ」

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