第15話

「とりあえず文化祭の俺らの持ち時間が十五分や」

 キャスターを吸いながら雄一が言った。伸基はベッドの上でダウンしている。野球部の練習がかなりキツイらしい。モッキーは床に寝そべって話を聞いている。

「おい、モッキー。そこのパチョレックを起こして」

「いや、こいつ、ガチで倒れてるんちゃう?」

「いつもの」

 そのセリフでモッキーがエロビデオを再生する。すぐに伸基が起き上がる。

「ピンポーン!」

 そう言いながら起き上がった伸基がクイズ番組の正解ボタンを押すゼスチャーをする。

「はい純ちゃん!」

「フェラチオをしている!」

「なんで『ヒントでピント』のテクニカル問題になってるんや」

「はい!男性チームに八ポイント。『いやあ、私も分かってたんですけどねえ』。おっかさんがそう言ってるけどそれはみんな同じだ」

「土井さんはもうええから」

「あれ、いつか放送事故起こさんかなあ」

「モザイクと言う国民性で成り立ってるとこあるよなあ」

「めっちゃ元気やんか」

「うるさい!あほぼけ!お前はモザイク消す機械持ってるからって調子に乗るなよ!」

「いや、持ってないし」

「で、何の話やったっけ?」

「浅井慎平さんがいかに十六分割で強いかって話やろ」

「いや、もうええから」

「文化祭の話!」

 雄一が叫ぶ。

「第二百六十八回チキチキ文化祭の話ぃ!」

 それに合わせて伸基とモッキーがだるそうに「いえー」と言いながら拍手をする。

「だからあ、生徒会から持ち時間は十五分って言われてるから。最初の五分でショートコントを五本くらいやって、その後に五分くらいのコントやって、残りはフリートークでええやろ?」

「ええんちゃう?モッキーは?」

「ええんちゃう?」

「真似すな!」

 伸基がモッキーの腹にグーでパンチする。

「問題はどのネタでいくかやなあ」

「シュールなんやっても客がついてくるか分らんしなあ。鉄板のやつでいくのが一番やろ」

「『ビンタ評論家』とかキツイかなあ?」

「俺は好きやけど、『日本人離れ』も下手したらパクリと思われるしなあ」

「モッキーは?」

「とりあえずバスガス爆発の最初の舞台やからなあ。客も分かりやすいネタの方が笑うやろ」

「そしたらそれぞれが五本と一本選ぼう。今の時点でベストのやつを」

 雄一が伸基とモッキーに紙とボールペンを渡す。しばらく各々がいいものを選んでいる。沈黙が続く。そしてそれぞれが紙を出し合う。多数決でネタが決まる。ショートコントは、


「北風と太陽」


「ツーアウト三塁」


「ノーベル文学賞」


「全日本ツッコミ隊」


「イジワル逸見さん」


 そして五分のコントは全員一致で決まった。


「ヤンキー入門」


「よし、これで決まりな。文化祭に向けてこれをしっかりとやっていこう」

 雄一はキャスターの煙を気持ちよさそうに吐き出しながら言った。

「しかしお前、『漢字ドリル』に投票するとは頭大丈夫か?」

 伸基がモッキーに少し呆れながら言った。

「そう言うお前も『達川選手』入れてるやないか」

 モッキーの言葉が終わらないうちに伸基がモッキーに手刀を入れた。

「ほんでな、フリートークは虎舞竜のロードでいこう。ロード第百二十三章までを適当に説明していこう」

 伸基が含み笑いをしながら言った。

「それええな。それでいこう。五分くらいやろ?いくつかボケを考えとくわ。モッキー、ツッコミ頼むぞ」

「まあ、言いそうなことは大体分るわ」

「じゃあ、伸基の言うてた野球部のマネージャーの前でやるのは夏休みの最後でええやろ?」

「おう。長嶋。でなくて、モッキー!」

 伸基がモッキーの腹をグーで殴る。ツッコめや、と言わんばかりに。



 夏休みの間、文化祭のために選んだネタを三人は何度も繰り返し練習した。雄一の書くネタは基本的に雄一にしか最初は理解出来ない。セリフもアバウトで普通の人が雄一のネタ帳を拾ってもまず理解できないだろう。そしてまず伸基に雄一がどういうネタなのかを説明する。笑いどころや設定。極端な話、雄一はタイトルだけ書かれた台本を伸基に見せることもあった。そして使えそうなネタを伸基と二人で意見しあう。言葉一字で受け取り方も変わってくる。間もかなり大事だ。雄一の掘り起こしたアイデアを伸基はどう見せれば面白いかをよく理解していた。台本にする時にはセリフも余計な言葉は一切省く。間が必要な場面にはどれくらい間を空けるかを台本にしっかりと書いた。それぞれの演じる設定されたキャラクターや登場人物にはどういった演技をするかまで細かく台本には書いた。芸人にはそれぞれのネタ帳がある。雄一にもネタ帳はたくさんある。雄一は閃いたことや面白いと思ったことを小さなメモ帳に雄一本人にだけ分かるように書いた。

テレビを見ている。「パッとサイデリア~」と小林亜星が登場する。「小林亜星、小林亜星…、亜星、亜星…。旭化成。小林化成…、旭亜星…。」そこでメモ。そして漫才コンビの亜星と化成。

「亜星です!」

「化成です!」

「二人合わせて」

「小林亜星です!」「旭化成です!」(二人同時に)

「いや!小林亜星やろが!俺めっちゃ分身できんぞ!」

「アホか!旭化成に決まっとるやろが!お前!サランラップなめんなよ!」

細かく言えば雄一は三種類のネタ帳を持っていた。常に持ち歩いているメモ帳。メモ帳から雄一だけに分るように雑に掘り起こした台本の原案になる大学ノート。そして伸基と二人で作り上げたモッキーにも分るバスガス爆発としてのネタ帳。ある日、伸基が雄一の持ち歩いているメモ帳を見たことがある。

「責任ベジータ」

「バイフォーナウ」

「辞書雷電」

「チャゲあっすか」

 こんな単語のオンパレード。これが雄一の宝物である。一見何の意味か分からない言葉だらけのメモ帳であるが、これが全てに意味があるのである。このネタ帳は雄一と言う翻訳機があって初めて威力を発揮する。

「ドラゴンボールでな、ピッコロが『責任とれよ、ベジータ』って言うシーンがあんねん。これ、おもろくない?いろんな責任を取らされるベジータを考えたらめっちゃおもろいやろ?原っぱで野球しててベジータが打った球で家のガラスが割れた時とか、ブルマ以外の愛人が妊娠してもうて悟空に相談しに行ったりとか」

 こうやってバスガス爆発のネタは作り出されていく。最初は伸基もネタは書いていた。しかし、次第にネタの原案は雄一、そしてそれをしっかりと形にするのが伸基の役割となっていった。もちろん伸基の普段のボケで雄一のアンテナに引っかかったものも、雄一はしっかりとメモ帳に書く。笑いの神様が降りてくることなどない。バナナの皮ですべって転んでもそれは笑われているだけであり、笑わせているとは言わない。そこで出前用に何段にも重ねた蕎麦を片手に自転車をふらふらさせながらバナナの皮に向かっていき、周りから「気をつけろよ!そこにバナナの皮があるからな!絶対に気をつけろ!」と振ってもらって、初めて計算された笑いになる。すべて計算と積み重ねた努力。才能と言う言葉だけでは笑いの世界は語れない。二十四時間笑いのことを考えられる奴がトップに立つ。まぐれでホームランは量産出来ない。

「理系の平井。文系の大西」

 勝てないなら勝てるまで自分が努力すればいい。ダウンタウンに勝ちたいと雄一は宣言したのだから。

 夏休みの終わり、雄一は初めて客を前にネタを演じた。

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