第14話
「引退おつかれさん!」
「いや、まだ二年生やし。てか今日はそういう気分ちゃうぞ」
あれだけ盛り上がった試合の夜、伸基は雄一の部屋にいた。三人揃って。
「伸基君、惜しかったなあ。また来年もあるし頑張りいや」
いつものように雄一の母親が菓子を部屋に運んで来て言った。
「俺一人で負けた試合や」
「お前、すごい泣いてたもんなあ」
「情けなくて涙も出えへんかったわ。くっそ、梶山のスライダーは最後まで打てんかった」
「特大のホームランファール打ったやん」
「あれはまっすぐやった。打てる球はあれと最初の打席の初球。あれを仕留めれんかった。初球も簡単に見逃した。くっそ…」
「まあ、あれや。なんだ、その、うーん。モッキーから一言」
雄一も言葉に詰まりモッキーにぶちゃぶりをする。
「俺に振るなよ!」
モッキーも伸基に掛ける言葉が見つからない。
「おい!雄一!」
伸基がぎらついた目で雄一を睨む。
「今日はビデオ貸してくれ。エロいやつを。お勧めのやつを」
「分かる!分かるぞ!青少年!段ボールに詰めて持って帰れ」
「明日から新チームで練習や!今日は抜く!」
「ええ顔射ものがあるで」
「ええなあ!」
「顔にモザイクかかっとるけどな」
「何のための顔射や!自己満足か!」
「せやせや!そんなことではいつまでもアメリカに勝てへんぞ!」
「モザイクがある限り日本はいつまで経っても後進国のままじゃ!」
「お前らむちゃくちゃやなあ」
「通販でモザイク消す機械を買った奴が言うな!」
「買うてへんし」
伸基がグーでモッキーの腹を殴る。今日は伸基の日だ。たくさんの人の期待を背に、四番で全打席三振した伸基。
「四番のやつが打っとったらなあ」
試合後のスタンドからそんな声を聞いた。ほんだらお前が打ってみい。雄一は心の中でそう思った。次の文化祭でリベンジ、そして来年の夏、甲子園だ。お笑い甲子園、来年は冬にやらんかなあ。
その日の夜は特別な夜だった。こんな時に気の利いたセリフも言えない雄一とモッキーと明るく振る舞おうとするがどこか空回りする伸基。いつも近くにいた伸基はガチですごい奴で、いろんな期待とか無責任で強制的な重圧をたくさん背負っていて、『バスガス爆発』とは違う場所ですさまじく輝いて、そして結果を出さなければ関係ない人たちにボロクソ言われて。
「チャンスで打てなんだからって、それがなんやねん!あいつはめっちゃ努力してるし、めっちゃオモロイねんぞ!」
雄一は打てなかった伸基を悪く言う奴全員にそう言いたかった。それと同時に伸基の野球と言うものがなんとなく分かったような気がした。ものすごい練習を毎日して、そして『バスガス爆発』でも中心になって笑いを磨き続ける。こんなすごい奴が自分の相方なんだ。
「見返したろう。今度は文化祭で三人で輝こう。お前はすごい奴なんや」
雄一は心の中でそう思った。
そしていつものようにお決まりの赤点だらけの期末試験の結果を受け取り、毎度のことの補習授業の課せられた夏休みになった。伸基は赤点の枚数分で決められた広さの野球部のグラウンドの外野の草むしりを課せられた。しかもキャプテンにもなれなかった。
「闘志なき者は去れ。精子なき者も去れ」
雄一が野球部の監督の言葉を真似て言った。
伸基の夏は終わったが、『バスガス爆発』の夏が始まる。
伸基やモッキーは夏休みに毎日灼熱の太陽の下で練習に励み、そして毎日、雄一の部屋へと通った。雄一は雄一で辛そうに地味な練習を繰り返す伸基やモッキーを眺めていた。猛練習をしている野球部の連中が、許可が出たのか、水道に群がり水を蛇口から大量に飲んでいる。ここで『ミスター味っ子』の味皇が出てきて「水道の水はカルキがすごいぞ。こんなものを飲んでしまえば体に毒だ。飲んではいけない」と言えば面白い。また、ハードルの練習をしているモッキーがゴール手前で転んで、そこに『一つ屋根の下』のメンバーが全員集合して必死でエールを送れば面白いかな?いや、面白くないか。そんなことを考えながら。そしてつまらなくなったら雄一は一人の時間、よく図書館や秘密基地で本を読んだ。オー・ヘンリーやサキが好きだった。短い物語の中にしっかりと振りと落ちがある。また、世界の殺人鬼の歴史を好んで読んだ。エド・ゲインやヘンリー・リー・ルーカスなど。いかれた人間の話はとても興味深かった。人間の三大欲求。食欲、睡眠欲、性欲。こいつらは人を殺し、その死体を食べたり、犯したり、切り刻むことにより自分の性的欲求を満たしている。狂っている。しかし、笑いで勃起するぐらいでないとダウンタウンには勝てない。
無人島に何か一つだけ持って行けるなら。電車の時刻表を持っていくという話を聞いたことがあった。自分なら辞書を持っていくと雄一は考えていた。実際に分厚い辞書をア行から読んでいた。「彼」と書いて「あ」と読むことを知った。また、言葉の解説や例えなどは読んでいてとてもシュールで面白い。伸基が辞書を開けば真っ先に「自慰」や「セックス」を調べるだろう。雄一は未だに「い」まで読んでいない。中学の時の経験で雄一は知っていた。知識や情報は頭の中に無限に詰め込むことはできる。そして、それらは確実にお笑いの肥やしとなった。
それにしてもこの学校の生徒たちは夏休みだというのに大半の生徒が学校に来ている。伸基やモッキーのように体育会系で汗を流す生徒もいれば来る文化祭に備えて一生懸命自分が好きなことに夢中になっている文科系の部活の生徒たち。いろんな青春が学校にはある。ヤンキーもたくさんいた。しかし雄一はそういう奴らになにもされなかった。
「あいつは野球部の新名のツレ」
いじめやえげつないことも日常では普通にある環境で、伸基の存在が雄一を守っていた。雄一もそういうことを感じ取っていた。実際に一年の時に同じ学年のヤンキーに言われた。
「なあ、お金ちょうだい」
「なんで?」
雄一はその瞬間、殴られた。それでも金は出さなかった。
「明日から学校に来てみろ。毎日、殴ってやるから」
雄一の腫れあがった顔を見て伸基が言った。
「お前、それ誰にやられたん?」
「別に。町中で不良に絡まれたわ。悪そな奴らで万引きしたフランスパンを抱え込んでたわ」
翌日、雄一を殴った奴が同じように絡んできた。そこに伸基がさりげなく現れた。
「こいつに手を出してみろ。お前泣かすぞ」
同学年で伸基を敵に回す奴はいないらしい。別に学年をしめているわけではない。モッキーが言うには中学時代、伸基と一緒に野球をやっていた奴らがヤンキーだらけだったらしく、野球がめちゃくちゃ上手い奴らがそのまま高校では野球をせずにヤンキーをしているらしい。そして伸基も悪かったがヤンキーにならず、野球を続けているということ。そして伸基はそういう奴らと今も変わらずにいい付き合いをしているということ。ヤンキーの中でも伸基のツレのヤンキーは悪そうな奴にはめちゃくちゃするが、いい奴ばかりだった。そして同学年では絶対的な力を持っていた。それでも三人の関係に変な影響は全くなかった。伸基がモッキーや雄一を見下すようなことは絶対にしなかったし、雄一も変にへりくだったりはしなかった。対等な付き合いをした。
「お前、誰かにいじめられたらすぐに俺に言えよ。すぐに110番してやるから。特に伸基はターゲットにされやすいからなあ」
「なぜ国家権力を利用する」
「悩んだ時はテレフォン人生相談」
「音声変えてくれるかなあ…、ってそこか!」
夏休み、雄一はものすごい勢いでネタを書きまくった。夏休みも一日中練習していた伸基に合わせて夜の七時ぐらいに毎日三人は雄一の部屋に集まった。雄一の書いたネタに伸基が判断して使えるネタだけを徹底的に磨く。ぬるいネタは容赦なく伸基ははじいた。
「早送り漫才」
笑質…ボケがない
(パチパチパチと拍手で登場)
「はいどうも!バスガス爆発ですけれども!キュルキュルキュルキュル」
(そこからセリフなしでビデオの早送りのように漫才をしている動作だけを体で表現する。最後に普通に戻り)
「なんでやねん!やめさせてもらうわ!どうもありがとうございました!」
「なんでも形から入る刑事・山さんシリーズ」
笑質…刑事ドラマの見すぎの刑事。なんでやねん的なもの。
人質を取ってビルに立てこもっている犯人。
犯人「おらあ!人質を助けたかったら金と逃走用の車を用意しろ!」
若手刑事「山さん!ここは隙を見て突入しましょう!」
山さん「お前はまだまだひよっこだなあ。そんなことではだめだ」
若手刑事「と言うことは何かいい方法があるんですね!山さん!」
山さん「まずは聞き込みから始めるぞ」
若手刑事「いやいやいや!もう目の前で事件起きてますから!」
山さん「だからお前は若いんだ。よし、張り込みだ。お前、パンと牛乳を買ってこい。刑事は根気が必要だ」
若い刑事「山さーーーーーん!」
「早撃ちガンマン トムとジェリー」
笑質…西部劇を舞台にトムとジェリーの愉快なやりとり。
トム「時は十九世紀!舞台はテキサス!俺は因縁のライバルのジェリーと決着をつけるためにバーの前に来ている!腰には44マグナム。やや、奴が現れた!」
ジェリー「待たせたな」
トム「逃げずに来たか。その度胸だけは認めてやろう」
ピピピピピピ。
トム「ん?何の音だ?」
ジェリー「ん、ちょい待って。ポケベルが鳴ってるわ。ごめんな」
トム「十九世紀にポケベルはないから!」
ジェリー「今日はただ早撃ちで勝負しても面白くない。ロシアンルーレットでもやるか?」
トム「ロシアンルーレットか。ふっ、おもろいやないか」
ジェリー「え、おもろいか?」
「将棋家の一日」
笑質…将棋家ならではの生活。
「3六起床」
「4二歯磨き」
これはいろいろアレンジして将棋家シリーズとなった。将棋家のセックスはトリオ用のネタに見事にはまった。
また、ツッコミを鍛えようと「クイズ世界はSHOW-BY ショーバイ」の逸見さんを真似して「どこをツッコむんでしょうか!」と明るくお決まりのジェスチャーをしていろんなボケをかました。
股間をボリボリかきながら
「頭かゆー」
それにモッキーや伸基は一生懸命ツッコんだ。これはのちに「君でも出来る!ツッコミ養成講座」というネタになった。
伸基がとにかく雄一の書き上げたネタで使えそうなものに細かく訂正を入れた。それにより雄一やモッキーも自分の感性から意見をぶつけ合い、しっかりとした台本になった。雄一が種火を作り、それを伸基が火とし、三人で炎にする。雄一が中学時代に書いたネタも半分以上、伸基にダメだしされた。しかし、残ったネタはしっかりと時間をかけて『バスガス爆発』のネタとして磨き上げた。
「なあ、『ラグビー部漫才』とかどう思う?」
「大体分かるな。うーん、どうやろ?」
雄一と伸基の会話にモッキーが割り込んでくる。
「『ラグビー部漫才』?どんなん?」
「えー、分らんかあ?じゃあ、ちょっと伸基やってみよ」
雄一と伸基がその場に立ち上がり二人揃ってその場で駆け足をする。そして雄一がラグビーのパスを出す仕草をしながら言う。
「最近暑くなりましたね。もう真夏ですね」
その言葉を受けて、伸基が駆け足をしながらパスを受け取った仕草をし、言う。
「そうですねえ。八月でもうこの気温ですからねえ。九月には八十度ぐらいになるんちゃいますか」
そう言って伸基が雄一にパスする仕草をする。
「そんなわけないやろう。でも、こう暑いと涼しい食べ物とか食べたいですよね」
パス。
「そうやねえ。かき氷とかいいですねえ。かき氷に砂糖たっぷりのホットコーヒーをかけてねえ」
パス。
「一瞬で溶けるわい!」
雄一はパスを受けてそのままボールを蹴る仕草をする。
「うーん、タッチダウンした方がよかったかな」
「大袈裟にトライを決めた方がええな」
「なるほどなあ。それいろんなんで出来るなあ」
「じゃあ、三十分でそれぞれ考えてみよ」
そんな毎日を繰り返した。もちろん町に繰り出しては常にいろんな人の前でボケまくった。
「ビックマックをスモールで」
行きつけのマックの店員さんも三人のボケを楽しみにしてくれていた。
六百三十円のお会計で千二十円を出した。どんだけめんどくさい三人。三人全員でそれぞれの自転車をわざわざ両手で持ち上げて歩いた。
「なんであんたら自転車持ち上げてるの?パンクしたん?」
「いや、どこも壊れてないよ」
「じゃあ普通に乗ればええやん」
「あ!そっか!」
「横取り四十円」
「ヘイ!性教育委員会」
雄一の心は文化祭のステージのことばかり考えていた。本当の意味での『バスガス爆発』のデビュー戦。そんなある日、伸基が言った。
「なんか、野球部の後輩のマネージャーがコントを見せて欲しいって」
雄一は驚いた。
「え!『バスガス爆発』のこと知ってんの?その後輩のマネージャーって」
「グループ名は知らんらしいけど俺らが三人でやってることは知ってるみたいや。たぶん、俺らの同い年のマネから聞いたんちゃう」
「それは伸基の後輩の頼みなら断れんわなあ。伸基の後輩は俺の妹みたいなもんやからな」
「うちのマネをオナニー部に入れんなよ。ほな、やるってことでええな?」
「文化祭でやるやつをぶつけていこか。ええやろ、モッキー?」
「俺は構わんで」
モッキーが即答する。
「お前、今、確実に下心を持ったやろ?俺には分るぞ。『右ですか?No.NO.NO…左ですか?No.NO.NO…もしかしてシコシコですかあ!?Yes.yes.yes….オーマイガッ!』」
「なんでここでダービー兄が出てくるねん」
「バートッ!」
雄一はアメリカで流行しているアニメ「シンプソンズ」でよく出てくるセリフを叫んだ。雄一の最近のお気に入りのセリフで、相手に怒りの感情を見せる時によく使った。
「さすがのお前でもいきなり文化祭で何百人の前では難しいと思ったからな。まあ、身内のぬるい空気やけど人前で実際にやるってことを経験しとけ。意外とあがるもんやで」
今回の話は、実際は伸基が自らマネージャーに言って段取りをつけた。なんだかんだ言って雄一はまだ舞台と言うものを経験していない。大勢の客が詰め込む文化祭のステージでいきなりデビューは怖さがあった。今まで笑わせてきた町の人たちも客とは質が違う。客は「笑い」を求めた状態でバスガス爆発を見る。そこですべった時の凍てつくような空気を雄一はまだ知らない。また、客と言っても同じ学校で女子も多い。どんなにレベルの低いネタでも笑ってくれるだろう。伸基は雄一に笑いの空気を知って欲しいと思っていた。雄一は確かに面白い。しかしそれは雄一と言う人間を理解した上で成り立っている。雄一のパンチは速い。しかしまだ破壊力があるわけでもない。また、雄一のパンチが見えない人間もたくさんいるだろうし、それがパンチであると分からない奴もたくさんいるだろう。極端な話、幼稚園児や老人ホームのじいちゃんばあちゃんでダウンタウンの繰り出す笑いで腹を抱える人間がどれだけいるかという話である。そういう意味でモッキーと伸基には中学時代に本木新名で大勢の客の前に立ったという経験があった。たとえ、身内のような知り合いばかりが客とはいえ、二百人近い人間の前でやりきったと言う経験があった。怖さもよく知っている。セリフが頭から飛ぶ。変な間が空く。ツッコミのタイミングが僅かにずれる。しっかりと練りこんであらかじめ用意したものを最高の形で表現する。即興で台本のないフリートーク?そんなこと怖すぎて出来るか!経験者である伸基の思いであった。それと同時に以前からずっと気になっていたこと。
雄一は面白いくせに『バスガス爆発』の三人の中でしか絶対に『ボケない』こと。それ以外の学校のクラスメイトの前では絶対に『ボケ』ないこと。人見知りか?それとも安全なところでしかやれないのか?理由はなんとなくは分かる。雄一は『ボケる』ことに臆病になる部分がある。『すべる』ことをとてつもなく怖がっている部分もある。「面白い奴」と「ひょうきんな奴」は違う。雄一は完全に前者である。遅かれ早かれ雄一のその一番の弱点を何とかしてやらないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます