第13話
「X―ジャパン昔話」
「エキゾチックジャパン昔話」
「お前、新幹線ひろみ号好きやな」
「それ、電気のやつやろ」
真っ黒に日焼けした、今、学校の有名人とボケのやりとりをする。学校の四番も昼間の美術室では『バスガス爆発』のボケとツッコミを両方担当する大事なキーマン。
「北沢オーストラリア」
「それ、和田ラヂヲやろが!」
「イタリアン長介の違いの分からない男ってコントがドリフであってな。いや!それよりなんやお前!昨日の!」
「昨日って、試合のことか?」
「そうじゃ!」
「四番でタイムリーも打ったんですが何か気に障りましたか?」
「試合でボケろや!」
「ボケれるか!」
「ロッテの帽子かぶって守れや。多分誰も気付かんぞ」
「寒いわ」
「でも四番ってすごいな。なんで俺らに言わんかったん?」
真っ黒に日焼けした伸基と真夏でも真っ白な肌の雄一の中間ぐらいに日焼けしたモッキーがニコニコしながら訪ねる。
「打順は当日の朝に決まるんや。俺も緊張したわ。練習試合とは違うな。朝にグラウンドのホワイトボード見てかなり固まったわ」
「でもレギュラーやから背番号三番もろたんやろ?」
「そんなん打てなんだらいつでも代えられる。まあ、昨日一本出てよかったわあ」
昨日の伸基は三打数一安打。
「お前、ホームラン打てよ!かんせこみたいに!」
雄一が首をカクカクさせながらファミスタのバテたピッチャーの真似をする。
「こうなったらフォークが落ちへんのや。ファミスタみたいに『居合い打法』やれや。あれ結構見極められるで」
「あんなんで打てるか!」
「でも練習試合では打ってるんやろ?ホームラン」
「今、高校通算で二本」
「それってすごいん?」
「まあ、練習試合も強いチームとばっかやってるからなあ。それなりのピッチャーばっかやからな。簡単には打たせてはくれん。それよりも3―6―3のダブルプレー見たか!あれは気持ちよかった!」
「そんなん打つ方が守るよりも気持ちええやろ!」
「当たり前に守る方が難しいんじゃ。守ってる時は一球ごとにサイン出てるんやぞ」
「え、そうなん」
「そんなの基本じゃ」
「じゃあ、そろそろお友達を紹介してくれるかな?」
「えー」
モッキーがいい感じでのってくる。そこでボケを潰すようならしばく。
「何が『えー』じゃ!いいともちゃうぞ!」
「モッキー、グッジョブ!」
伸基はこの夏、旋風を巻き起こした。
続く二回戦、二安打。打点三。
三回戦、三安打、打点二、そしてセンターバックスクリーンにツーランホームラン。
準々決勝、一安打、打点ゼロ。
準決勝、二安打、打点一、それが決勝タイムリー。
伸基が甲子園に王手をかけた。ずっと四番で。しかもエラーなし。伸基が打席に立つと、スタンドから「かっせ!かっせ!新名!」のコールが起こった。
「お前はなんで相手のチームが長打を打った時に打った奴が一塁を回る時にその選手を見てるん?ガン飛ばして威嚇でもしてんの?普通、打球の方を見るんちゃうの?」
「よう見てるな。あれはバッターランナーがちゃんとベースを踏んだか見てるんや」
「なんじゃそれ!こまか!そんなんベースなんか踏まん奴おらんやろ!」
「おらんなあ。でも、必ず見るのが野球の基本やねん。長嶋さんもそれでベース踏まんでホームラン取り消されてるんや」
「そうなんや。モッキー、箸貸して」
「なんや、今弁当食いよるんやけど」
モッキーが雄一に箸を手渡す。雄一はその箸を歩いて美術室の窓際に置いて戻ってくる。
「遠すぎた橋」
モッキーがぶつぶつ言いながら箸を取りに行く。おいおい、誰かツッコめよ。明日は伸基が決勝のグラウンドに立つ。
「明日勝ったら甲子園かあ」
「サインしたろか?」
そう言いながら伸基は監督がサインを出す仕草をして、最後にバントの構えをした。
「いらんし、そっちのサインちゃうし、しかもバントってばれてるし」
「正直、めっちゃ緊張してるわ。明日の矢島高校は梶山がおるしな」
「誰、そいつ?」
「百四十キロ近いまっすぐとえぐいスライダー投げる奴じゃ」
「スライダーって?」
「まっすぐがこんな感じで曲がるやつ」
そう言いながら伸基がこぶしを雄一の顔面に突き出し、すれすれのところで横に曲げた。
「それってすごいん?」
「練習試合ではまったくバットに当たらんかった。しかも完封負けしてる。スライダーって俺も遊びで投げたことあるけど、投げる時、バッター目掛けて投げる感じやねん。標的があるからそこに投げる感じでそこから中に入っていくんやけど。外角にストライクからボールになるスライダーってコントロールしづらいんや。梶山はそれを狙ったとこに投げれるんや」
「なるほどな。簡単に言うと火事には気を付けようってことか」
「まあ、簡単に言うとそうや」
「スライダーだけにな」
「お前ら、めんどくさいわ」
「お前、明日負けたら泣くやろ」
「まあ、決勝やからなあ。勝つと負けるで天国と地獄やからな。負けて目の前で矢島高に騒がれたら…、負けれんなあ。どうやろ。でも三年生は負けたら終わりやし、それを考えたら、負けれんなあ」
「しゃあないなあ。ほな、俺がスライダーの打ち方教えてやろか?」
「ほんまか。教えてくれ」
「ええけど、金かかるぞ」
「…、ええで。教えてくれ」
「まず弁護士を雇え」
「それ、長くなる?」
「すいませんでした」
学校も野球部一色に染まる。あとひとつ勝てば甲子園。一般生徒もかなり盛り上がっている。雄一の同じクラスにも野球部の竹島がいる。こいつは背番号も貰っていない。
「なあ、竹島。新名ってすごいん?」
「新名?あいつなあ。すごいなあ。俺が言うのもあれやけど、すごいくせにめちゃくちゃ練習してるわ。ピッチャーより走ってるんちゃうかな。同じ二年やけど別格やなあ」
打って、守れて、ボケれて、ツッコめるチームの四番打者。そして夢は公務員。
そして試合当日。スタンドを埋め尽くす学校の生徒たち。女子の黄色い声援が飛んでいる。
「おいおい。伸基の奴、モテてるのか?」
いつものようにモッキーと二人で人がいないレフト側のスタンドから観戦する。
「そりゃあ、チームの四番で結果も出してるからモテるやろ」
「くそー。あいつに貸した裏ビデオの本数をあの女どもに教えてやりたい」
「甲子園行ったらもっとすごなるやろなあ」
相手チームの背番号一がマウンドから投げている。
「あれって速いん?」
「よー分からん」
「スライダー投げてる?」
「よく分からんわ」
試合が始まる。うちの学校の一番バッターが初球をいきなり打って、三塁打となった。スタンドが大いに沸きあがる。
「いきなりチャンスやん」
「伸基に回るな」
「バントするかもしれんで」
「スクイズな」
ここから梶山が力を見せつける。二番、三番と連続三振。あっという間にノーアウト三塁がツーアウト三塁になる。
「伸基、おいしいなあ」
「ええ場面やなあ」
「ここでスクイズや」
「いや、ツーアウトやし」
学校の生徒が一丸となって打席の伸基にコールを送る。
「かっせ!かっせ!新名!」
初球を見送りストライク、二球目見送りボール、三球目空振り。追い込まれる。そして四球目、空振り三振。チャンスで三振して全力でベンチに走って帰っていく伸基の姿を見て、雄一は黙り込んでしまう。
試合は0ー0のまま進んでいく。伸基はずっと空振り三振。そしてベンチに全力で走って帰っていく。初回の三塁打以降、ヒットは二本しか出ていない。伸基のチームも何とか相手チームに打たれながらも0に抑えていく。そして八回表。梶山がフォアボールを出してワンアウト一塁。そこで三番バッターが送りバントをした。ボールは三塁側に転がりランナーがそれぞれ進み、ツーアウト二塁。バッター四番伸基。
「お前が決めろ!新名!かっせ!かっせ!新名!」
初球を伸基が打ち返す。快音と共にボールが雄一たちの方向に向かってくる。
「うわ!来た!」
「来た!」
ボールはポールの左側に逸れてスタンドに入る。
「ファール!」
スタンドからため息が聞こえる。
「なになに?今のホームラン?」
「いや、惜しかったけど審判がファールって言うてる」
「こんだけ飛ばしたんやからホームランでええやん!」
「ほんまに惜しかったなあ」
そこから伸基は二球続けて空振りで三球三振してしまう。全力で走ってベンチに戻る伸基。
「四番で全部三振って。きついやろなあ、伸基」
「うん、多分めっちゃ怒ってると思う」
「なかなか打てんもんなあ。梶山ムカつくよなあ」
「いや、自分に腹立ってると思うで」
そして九回裏ワンアウト三塁から相手チームがライトフライを打つ。三塁ランナーがタッチアップでスタートを切る。中継に入った伸基がライトからのバックホームを捕ってホームに投げる。捕ってから投げるまでが早い。と言うよりも捕った瞬間にもう投げている。伸基の送球がキャッチャーミットに収まりキャッチャーがランナーにタッチする。同時にランナーがよく分からないすべり方で滑り込む。審判が両手を広げる。
「セーフ!」
その場にくずれこむグラウンドの守っていた選手たち。歓喜に沸く相手チームの選手たち。伸基はその場に立ったままだった。伸基が言ってた天国と地獄。
「決勝で負けるって」
伸基の夏が終わった。
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