第12話

「あー、今回は勉強してないわー」

「お前は『期末テストで毎回周りの生徒にむかって、あー、今回勉強全然してないわと自分は試験勉強してませんアピールをする』引越しのサカイか」

「長いし分かりにくいわ!」

 夏休み前の期末テスト直前。それでも三人は雄一の部屋に集まった。

「今日、正式に申し込んだから」

 雄一が二人に言った。

 九月に開催される学校の文化祭。本当の意味での『バスガス爆発』の舞台デビューである。

「て言うか、なんで去年の文化祭に出えへんかったん?」

「舞台があるとは知らなんだ」

「お前、まあ、どれぐらいの客が集まるかは分からんけど。本当の意味で人前でやるんは初めてやろ?」

「せやなあ」

「モッキー、俺らの時はどうやった?」

「めちゃ緊張した。あんま覚えてないわ」

「まあ、俺も緊張したなあ。でも笑いはとれた。と言うよりも客は同じ学校の奴ばっかりやからな。空気もぬるかったのもあるわな」

 伸基がこの後、晩飯が控えていると言うのに勢いよく菓子を頬張りながら言った。こいつのカロリー消費はすごい。

「お前らフリートークもやったん?」

「いや、ショートコントだけや。フリートークなんか怖くて出来るか」

「今回はフリートークもやろうで。何本かネタをやって。それから最後にフリートークやろで!」

「お前マジかあ」

「怖いのは分かる。それでもやらんかったらいつまでも出来へんやん」

「いや、ちょっとそれは難しいと思うで。俺は出来へんで」

「モッキーはツッコんでればええから。ボケは俺と伸基がやるから」

「あのなあ」

 伸基が冷静に言う。経験者は語る。

「ネタはなんとでもなる。あらかじめ頭に叩き込んでおけば最初のセリフが出てくればそこからは自然と体も動くし、セリフも出て来る。始まってまえば緊張してても普段のように出来る。でもなあ、フリートークは無理や。身内で笑い話するんとはわけが違うぞ」

「そんなん分かっとるわ。俺が言いたいんは怖いからってやらへんかったらいつまでも出来へんってことや」

「そんなに言うんやったらやってもええぞ。その代わり、あらかじめお題は決めておく。それからがええやろ」

「『ガキの使い』では葉書一枚から毎週爆笑をとってるぞ」

「それはダウンタウンやからや」

 何よりも説得力のある言葉。「ダウンタウンやから」。しかし生で見た千原兄弟もお客さんの質問に即興で笑いをとった。同じ素人の高校生たちも元気が出るテレビでマイクを向けられて笑いをとった。雄一には自分に同じように笑いをとることが無理だとも分かっていた。

 あらかじめお題を決めておくこと。それは台本のあるフリートークであり、フリートークとは言えない。お題さえ決まっていればその話題に対してネタを準備させることが出来る。それは反則である。よく学校の身内同士での会話の中から爆笑が生まれることもある。それは話の流れの中から偶然生まれるものであり、会話をしている人間の笑いのハードルもかなり低い。また、「身内だから」こそ生まれる笑いも多い。それを勘違いする奴も多い。その辺の居酒屋で笑いが絶えないのもまさに身内同士であるから。初対面の人間と話をしても愛想笑いしか生まれない。

「分かったわ。そしたらネタはどれでいくか決めよか」

 三人は文化祭でやるネタを選び始めた。

 そして伸基のもう一つの夏が始まる。



 県民球場で夏の甲子園を賭けた地方予選が始まった。去年の夏も来たがその時、伸基は白い練習用ユニフォームを着てスタンドで上級生たちに声援を送っていた。その伸基は今年の夏はベンチに入ってた。試合前ノックを受けている伸基の姿が見えた。背番号三。

「三番って伸基、レギュラーなん?」

 同じクラスのモッキーが隣に座っている。

「ファーストのレギュラーちゃう」

「それにしても、こんなクソ暑い中でよーやるなあ。しかも長袖やで。野球部ってドMの集まりか?」

「ほんまにこの暑い中でよーやるわ。すごいな」

 スコアボードに両チームのスタメンの名前が発表される。

『四番ファースト新名』。

「四番ってチームのいっちゃん打つ奴の打順ちゃうん?」

「俺もびっくりしたわ。二年生で四番て」

「うちの学校って野球強いんやろ?」

「かなり強いらしいで」

「マジか!それで伸基が二年生で四番!?マジかあ!?」

 試合前の両校の応援団でのエールの交換が行われる。周りの生徒たちが立ち上がりエールの交換をしている中、雄一はスタンドの席に座ったままグラウンドを見ていた。すると校長の竹内が大声で怒鳴ってきた。

「おい!そこのお前!立てえ!」

 その怒鳴り声に気付き、雄一は竹内の方に目をやる。雄一を指さして怒鳴っている。

「お前!どれだけ失礼なことをしてるか分かっているのかあ!」

 それでも雄一は立たない。竹内が目の前にやって来た。

「神聖な高校野球を侮辱してるのが分からんのかあ!」

 雄一が言い返す。

「別に侮辱とか言われても。僕は野球とか興味ないですし。それやのに無理やり球場に来さされて、応援しろって言われましても」

「お前みたいな奴はこの場から消えろ!」

 雄一は黙ってその場から立ち去った。周りの空気が凍てつく。モッキーが雄一の後を追いかける。

「ちょい待てや、雄一」

「なんか、すげえムカついた」

「あいつ、アホなだけやねん。ほっといたらええねん」

「神聖な高校野球ってなんやねん。あのジジイ、自分の学校に酔うとるだけやん」

「そらそや。うちの学校が勝てば学校の名前が有名になるから。そんなんほっとこうや。な、伸基を見に来たんやろ?今日は」

「そやで」

「ほな、もっと離れたとこから見よで。な」

「うーん…」

「伸基が四番打ってるんやし。見てなかったって言うたら後から何言われるか分からんで」

「そうやなあ。じゃあ、違うとこから見よか」

 盛り上がる内野スタンドから遠く離れた席のないレフトスタンドの芝の上に寝転がって試合を見る。

「伸基のやつ、ここまで飛ばしたらすごいなあ」

「分からんで。あいつ、練習ではポンポン放り込むから」

 雄一の目にはバッターボックスが遠く点に見える。

「ほんまか…。こんなにすごい距離があるのに。お前、ちょい盛ってないか?」

「いや、練習で見たから。それにレギュラーで二年生ってあいつだけやろ?それで四番って。まあ、見ようで」

「それにしても暑いなあ」

「なあ」

 試合が始まるが雄一はそんなに野球には詳しくない。ただ、中学時代にロン毛だった伸基が坊主頭にしてまで本気になっているもの。確かにこのクソ暑い中で長袖を着てグラウンドに立っている選手たちはハツラツとプレイしている。確かにすごい。

「伸基が打席に立つで」

 モッキーに言われて雄一は集中して遠くに見えるバッターボックスに立つ伸基を眺める。

 ワンアウト二、三塁の初球を伸基が振り抜く。打球がこちらに向かってくる。

「おい!こっちに来るで!」

「マジか!うわ!来る!」

 弾丸の様なライナーの打球はそのままポールの外側を通りスタンドに入った。

「ファール!」

 顔を見合わせる二人。

「おいおいおい!マジか!なんや!今の!ホームラン?」

「いや、ファールやけど。えぐいなあ!」

「打った瞬間にもうそこまで来てたで!」

「本番の初球であんなん打つかあ?」

 伸基の大ファールに盛り上がっていたら、伸基は次の球を反対側に打ち返した。二人のランナーが帰り二点が入る。打った伸基も二塁へ。ツーベースヒット。

「なんや、すごいのは分かる。けれど頭からすべれよな!」

「いやいや、すべらんでも余裕でセーフやから」

「て言うかボケろよな、あいつ」

「いやいや、こんな場面でボケいらんから」

「それにしてもガッツポーズぐらいせえよな」

 二塁ベースの上で打った伸基はベンチのサインを見て、振り返り相手チームの外野の守備位置を確認してからリードをとった。そして次のバッターのレフト前ヒットで伸基は三塁を回りホームへ。相手チームのレフトがホームにいい送球をするが伸基はよく分からんようなすべり方をしてセーフとなった。

 試合は五回コールドでうちの学校が勝った。三塁側のスタンドが盛り上がりグラウンドの選手たちがスタンドに向かってお辞儀をする。

「あんなんするからスタンドの連中が調子にのんねん」

「まあ、応援してくれるのは嬉しいんちゃう。そろそろ戻ろうで。竹内も勝って気分ええやろうから大丈夫やろう」

「あー、思い出したらさらにムカついてきた!」

「ええからええから」

 ニコニコしながらモッキーが走り出す。時折、ハードルのジャンプを交えながら。

「なんでハードルやねん!」

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