第11話

 雄一の耳にものすごいニュースが飛び込んできた。

「千原兄弟が営業で地元のダイエーに来る」

 天然素材が売り出しているため名はまだ売れていないがめちゃくちゃ面白い二組のコンビがいる。

 千原兄弟とジャリズム。

「見に行こで!」

「俺は練習があるから行きたいけど行けん」

「生の千原兄弟と野球とどっちが大事やねん?」

「10―0で野球やろ」

「モッキーはいくやろ?」

「うん。いく」

 隙あらば挑む。雄一はそう考えていた。

 以前、地元で吉本新喜劇の地方公演が開催された。雄一はその舞台を見に行った。とても面白かった。しかし、本番が終わり多くの地元の人たちと出待ちをし、出口から姿を現した芸人たちに群がろうとした。手には色紙を持って。そこでアルバイトらしき係りの人に思い切り怒鳴られた。

「お前ら近づくな!ボケえ!」

「しばくぞ!田舎もんが!とっとと散れ!このクソボケ!」

 周りには大人の人も女の人もいた。みんながその係りの人に突っかかったがものすごい形相で怒鳴り散らされ、その後ろを普通の顔で芸人さんたちが通りバスに乗り込んでいった。ものすごく気分を悪くして家路についた記憶があった。その係りの人が何故そんな対応をしたのか、今でも分からない。しかしその係りの人が毅然とした態度をとらなかったら芸人さんはもみくちゃにされていたのは確実であろう。

 めちゃくちゃ面白い千原兄弟は地元のダイエーの狭いスペースに作られた舞台へ登場した。客は芸人である千原兄弟を目的に見に来ている人は少なかった。よく分からんけど芸能人が来るらしい、そんな興味本位のお客さんが多かった。

「芸人さんやろ?オモロイこと言うんやろ?」

 そんな空気の中、千原兄弟は一切漫才もコントもやらなかった。集まったお客さんに

前以て紙が配られ、そこに質問を書き、それを千原兄弟が答えるスタイルでライブは行われた。

「これはガチやな」

「うん、事前に練習とか出来へんもん。即興でやるんやろなあ」

「モッキーはなんて質問書いたん?」

「それは言えん」

「俺の質問に答えてくれたらええなあ」

 そして千原兄弟がお客さんの質問をすべて即興で笑いに変えていく。えげつない。キレキレである。

「えー、次の質問。職業、小学校」

「職業小学校って」

「いや、分からんで。本物かもしれんで」

「本物ってなんやの」

 そこでジュニアが両手をカマキリのようにして学校の校舎を演じた。このボケはすごい。

「ありえへんから」

 普通にせいじがツッコむ。客はみんなが笑う。集まった客は千原兄弟に夢中になっている。すごいコンビにすごいものを目の前で見せられた。これがプロであり、一流の芸人なのだ。明らかに空気が変わった。お前ら芸人やろ。笑わせて当然やろ。さあ、見といてやるから笑わせてみろ。明らかに高く設定された笑いのハードルを軽々と超えて、客はいつの間にか、こいつらオモロイ。もっと喋れ。さすが芸人、となる。

 結局、雄一の質問は読まれなかった。そのことに雄一はホッとした。読まれていたらきっと赤っ恥をかいていただろう。

「寒い質問やなあ」

 そう言われただろう。地元のデパートの小さなステージ。台本のある漫才やショートコントなら笑いをとる自信はある。しかし、即興でのフリートーク、喋りでは自分は絶対にこのステージに立つ自信がない。笑いはとれない。生で見た千原兄弟はそれを雄一にまざまざと見せつけた。自分のぬるさに腹が立った。俺には才能がない。それでもダウンタウンに背を向けることは出来ない。



 そしてまた大きな事件が。

「高校生お笑い甲子園」

 「元気が出るテレビ」で人気だった「高校生ダンス甲子園」の後に企画されたこの大会。この告知を番組で見た雄一の心は高鳴った。

 「ダンス甲子園」で当時高校生だった「メロリンQ」の山本太郎、いまきた加藤。あの熱はすごかった。それが今度は「お笑い」で。全国にいる見たこともない同じ高校生のライバルたち。トークショーではない。台本での勝負だ。それなら同じ高校生には負ける気はさらさらない。翌日の月曜日の昼休み。いつもの美術室で初めてケンカになった。

「ふざけんなよ!お前!」

「だから無理やって。練習があるんや。そんなんで休めるか」

「だから一日でええから休めや!」

「一日休んだら同じ体を取り戻すんに三日かかるんぞ。部活は休めん。諦めろ。無理じゃ」

「俺らが世に出るチャンスやろが!『元気が出るテレビ』やぞ!今の俺らならトップとれるやろが!お笑いと野球、どっちが大事なんや!」

「そんなんいまさら聞かんでも分かるやろ。出たいんならモッキーと二人で出ろや。陸上部なら休めるやろ」

 いつもとは違う真面目な顔でモッキーが言う。

「俺は出れるけど…。伸基が出んのやったら俺も出んわ。伸基抜きでは難しいやろ」

「そんなに出たいならピンで出ろや。その代わり『バスガス爆発』の名前は使うなよ」

「ええ加減にせえよ!お前ら!俺一人でピンで出て何の意味があるんや!今まで一年以上一緒にやって来たんやろが!あんな町の一般人笑わせて満足か!舞台に立ちたあないんか!」

「それ以上言うな」

「アホかあ!何が野球や!何が甲子園じゃ!」

 この言葉に伸基が切れた。

「お前、野球を舐めんな」

 そう言って伸基は美術室を出ていった。

「雄一、お前の気持ちも分かる。でも伸基の気持ちも考えてやってや」

 伸基の幼馴染のモッキーが初めて怒りを見せた雄一に冷静に語り始める。

「あいつ、中学の時ロン毛やったんや。それが高校では坊主頭や。それがどういうことか分かる?」

「…坊主頭で笑いがとれるんやったら俺もいつでも坊主にするで」

「ほなやってみ。女とも遊びたい。土日も遊びたい。それでも休みは元旦だけ。知っとる?あいつベンチプレスで百キロのバーベルを五回も上げるんやで。木製バットよりボールが飛ばへん竹のバットでセンターのスコアボードまで放り込むんやで。あいつやって本当は出たいに決まっとる。心の中ではめちゃくちゃ出たい思ってるに決まってるやん。それを分かったって」

 雄一はモッキーの言葉に何も言い返せなかった。簡単に口にしたが坊主頭になんか絶対に出来ない。

「中学では吸うてた煙草もきっぱりと止めよった。お前、オナニー止めろって言われて止めれる?校内で会えばどんなに遠い場所からでも先輩にでかい声で『オス!』って言うてるやろ。別に本人が好きでやってるわけやから自慢することでもないと思うけれど、野球部ってある意味特殊やねん。練習メニュー聞いたら陸上やってる俺でもどれだけ自分が楽な部活に入っとるか分かるわ。まあ、他の高校のことは分からんけど。お前、百メートルを全力で走るのを立て続けに二十本とか走れる?」

 そんなことは絶対に出来ない。想像しただけですぐに分かる。

「そういう練習を毎日して、その後に俺らに毎日付き合ってるんや。あいつは昔からそうやねん。お笑いも好きやし、野球もおんなじぐらい好きなんや。知っとる?チームメイトで練習がきつくて六人辞めたらしいで。最初は二十人近くおったのが。それでもあいつは残ってるんや」

「モッキー…。後で伸基に謝っといて」

「俺が言うてもしゃーないで。自分で言えよ」

「うん、そやな」

 悔しい。悔しいけれど正しいのはモッキーであり、伸基だ。それは雄一にも分かる。

 その年の元気が出るテレビの高校生お笑い甲子園から「K―Kids」、のちのグレート・チキン・パワーズが世に出た。

 ブラウン管には自分と同い年かそれに近い奴らが脚光を浴びていた。放送されたネタは全て見た。負けているとは少しも思わなかった。しかし、ネタでは思い切りすべっているのにその後のインタビューで延々と面白いことを喋っている奴がたくさんいた。

「逆やろ」

 それだけ面白いことを喋れるなら何故面白いネタが書けないのか?

ビートたけしが言う。

「こいつら面白いなあ」

 彼らのネタではなく素のままの高校生のそれぞれのキャラクターに魅力があった。自分にはまだこの中には入れない。カメラの前であれだけの喋りが出来る自信は全くなかった。山本太郎は視聴者からの葉書にその場で、即興でいろんな「Q」を演じていた。

「千代の富士脱Q」

 自分には計算した、あらかじめ用意した笑いしか出来ない。

 雄一の頭の中に一組のコンビが。

「中華飯店」。

少しだけ気になった。

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