第10話
「モッキーがメインのシリーズネタ作ろうか」
美術室でキャスターを吸いながら雄一が言った。
「ええ?俺が?」
モッキーが弁当を食べる手を止める。
「そういやお前がメインのは今までやってなかったな」
「俺と伸基だけではあかんと思う。ごっつでは全員がメインやってるぞ」
「そんなん言うても俺はボケたことないし」
「ネタは俺が書くから。てかもう書いてるけどな」
「お、新作か。それは俺も聞いてないな」
「とっておきを作ったで。あ、ちょっと待って!」
そして雄一はいきなりブルーハーツのトレイントレインを歌い始める。
「栄光にむかって走る、あの列車に乗っていこう。裸足のままで飛び出して、あの列車に乗っていこう。弱い者たちが夕暮れ、さらに弱いものを叩く」
そして雄一がケツを突き出し屁をする。
ぶう!
「屁の音が響き渡れば、ブルースは加速していく」
「屁で加速するブルースって!どんなブルースや!」
屁はおいしい。音による笑いもある。ウッチャンナンチャンはケツを叩く音でキャッチボールをリアルに再現させた。
「とにかく夜な。俺んちで」
雄一がキャスターの吸殻を水で湿らせる。それが昼のミーティングの終了を意味する。
もう放課後に集まるスタイルも決まっていた。先にモッキーが雄一の家に来る。伸基を待つ間くだらない会話を繰り返す。
「なんで陸上部がウエイトトレーニングをするんや?」
「いろいろ鍛えなあかんのや」
「モッキーはハードルやろ?あれ、見ててオモロイな」
「どこがオモロイんや」
「いや、なんか同じリズムで跨ぐ感じがオモロイなーって」
「ハードルは飛ぶんじゃなくて跨がなあかんのや」
「お前、『たけし城』出たらよかったのに」
「うわ、懐かし」
「『竜神池』とか『跳んでおめでとう!』とかあれ完全に陸上やん」
「あったなあ!」
「伸基も『君も宇野くん』出たかったやろなあ」
「あれ、やりたいって、よお言うてた」
「てか陸上部の顧問は谷隊長の衣装でやれって思うのに」
「なんで谷隊長やねん」
「慌てるな!ゆっくりと!って」
そんな会話をしていると伸基が合流する。部屋の真ん中に置かれた菓子を口にしながら言う。
「あー、疲れた。しんどい!」
「野球部の練習は他の部活とは明らかにハードやからなあ」
陸上部のモッキーが言う。
「毎日ダッシュだけでも二キロは走ってるぞ。いや三キロ、それ以上走ってる」
「歩けばええやん」
「それを監督に言うてくれ」
呆れながら伸基が答える。
「お前らはええなあ。後輩が出来て。俺なんか後輩が挨拶せえへんから帰宅部辞めたった。まあ、帰宅部の名誉部長に相当引き留められたけどな」
「帰宅部の名誉部長って誰やねん?」
「吉幾三さんの弟さんで吉帰宅三さん」
「苗字が吉で、帰宅三が名前か!なんじゃそれ。今、何部や?」
「オナニー部や」
「アホか」
「お前、オナニー部なめんなよ!競技人口は世界でぶっちぎりで一位やぞ!全世界で激しいオナニーが行われてるんやぞ!次のオリンピックでは正式種目になるぞ!そのうち実業団とかプロとかも出て来るぞ!まあ、地上波で放送は出来んのが欠点やけどな」
「オナニーのプロって」
「お前らのちんぽはおしっこ専用やろが!」
「童貞が騒ぐなよ」
「『童貞』と書いて『道程』と読むから」」
アホみたいな会話ばかりが弾む。
「そんで今日言うてたモッキーメインのネタはどんな感じ?」
「それそれ。『本木信二のテレフォン人生相談』」
「なんとなく分かる」
伸基がにやけながら反応する。こいつはタイトルを聞けば大体予想してくる。大学ノートを広げて雄一がそのまま読み始める。
「本木信二のテレフォン人生相談!リンリーン、ガチャ。『もしもーし』『あ、こんばんは』
『こんばんは!』『愛知県の主婦四十八歳です』『どうしたの?』『地下鉄の電車はどこから入れているのですか?それを考えたら夜も眠れません』『あー、それね。さんきゅう・てるよさんに聞いた方が早いよ』」
「オモロイけど、さんきゅう・てるよって誰やねん」
「地下鉄ネタの漫才師やん。知らんの?次!本木信二のテレフォン人生相談!リンリーン、ガチャ。『もしもーし』『愛媛県の小学三年生です』『どうしたのー?』『昨日、夜中にトイレに起きたらお父さんとお母さんが裸で何かしてました。あれは何をしてたんですか?』『今度同じ場面を見たらお父さんのちんぽを見てね。ゴムついてたらセックス。ゴムつけてなかったら子作り』」
「それいけるな!」
「これをアドリブでやれたら最高なんやけどなあ。それは俺もようせんわ」
明石家さんまやタモリはこれを普通に台本なしでやってのける。
言葉の通じない外国人に日本の笑いを伝えるのは難しい。と言うよりも無理だ。明石家さんまはあるテレビ番組でアメリカのコメディアンと共演し、そのコメディアンにアメリカでウケるネタが欲しいと言われた。通訳の人からそれを聞いた天才はさらりと言った。
「ヘイ!トム!ワッチュアネーム?」
そのアメリカのコメディアンは通訳なしで爆笑した。
タモリの四か国語麻雀と言う言葉は知っていた。いいともで毎日生放送で笑いを取り続ける。そして夜にお尻をテレビで流してくれる人。
「今日は暑いね」
「そうですね!」
「こう暑いとアイスとかいいね」
「そうですね!」
「ロッテのエースは?」
「荘ですね!」
ボキャブラ天国。
「ポイ!ポイ!」
「バカパク!シブ知!」
「おしーり、やすりで、ふきふき、うおっ血」
「タンス椅子売るブス」
空耳アワー。
「エーブリバディ、わしゃこけた」
「しつれいー、まっちゃんですかー」
クイーンの名曲が日本語の会話に普通に聞こえる。
さんまさんはオモロイことを延々と喋り続けてくれる人。タモリさんは淡々と自分のペースでジワリとくる人。ある意味ダウンタウンとは違う恐ろしい人たち。しかしあくまで勝ちたいのはダウンタウン。また、お笑いを志すと避けて通れないのがとんねるずである。ダウンタウンとよく比較される東京のモンスター。とにかく面白い。しかし勝ちたいのはダウンタウン。
ネタで計算しつくした笑いも大事だが芸人は喋りが出来ないとダメだ。トークでその場その場で笑いを作れないといけない。それには普段から笑いを意識していないといけない。
「ガキの使いやあらへんで」のフリートーク。
すべてはここにある。その場で意図的に面白いことを言えるのは笑いに魂を売り飛ばし、常に頭の中で笑いを求めている人間にしか出来ない。雄一は伸基やモッキーといる時、緊張感を感じてはいなかった。すべってもいい空気が三人の間にはあった。だからこそ自分がオモロイと思ったことはすぐに口に出すことは出来た。クラスメイトの前では絶対に浮かんだ「ボケ」も口にはしない。出来ない。大前の前だとその思いもかなり強くなる。大前の前での「すべること」は恐怖以外なにものでもない。それに面白いことがポンポンと出て来る訳もない。そのために日々の時間を大事にした。笑いの引き出しをたくさん作ること。引き出しにある笑いを応用して形を変えることはわりと簡単に出来る。平井のように面白いことをポンポンと言える奴は頭の中の発想が常人とかけ離れているのだろう。とてつもなく高いところに。才能がないならそれを努力して手に入れるしかない。自分には才能はない。でも伸びしろはいくらでもある。雄一はそう思っていた。
嘉門達夫は大物ミュージシャンの歌をドンドン替え歌にして爆笑をとった。
久本雅美は笑いのために男風呂に入った。
ダチョウ倶楽部は初の冠番組「つかみはオッケー」で肥後の愛車である高級車をドッキリで本人の前で爆発させ、肥後はテレビカメラの前で延々と薄目でその状況を無言で見つめていた。それが怒りによるものだったのか、笑いを必死で堪えていたのかは雄一には分からなかったが、腹を抱えて笑わされた。
「テレフォン人生相談かあ。ほんまに俺がやるの?」
「ネタはいくらでも書けるで。これはシリーズでいけるやろ」
「確かにオモロイしシリーズにも出来るなあ」
「よし。それじゃあ三十分でそれぞれ考えてみよう」
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