第9話

 光が見えた。ある日曜日の夜だった。「ごっつええ感じ」でダウンタウンが「世界一位」と言うコントをやった。「このネタ、俺の『日本人離れ』と似ている!」

 翌日、伸基が開口一番に言った。

「昨日の『世界一位』、あれ『日本人離れ』にちょっと似てるな」

「お前もそう思った!?俺もや!あれは似てるよな!」

 世界一位を名乗る黒人に扮した松ちゃんが病院に入院している浜ちゃんを勇気付けるためにお見舞いに来て、「最初は十七位から始めたんだよ」「昔は十二位の奴によくいじめられたもんだったよ」「よく九位の奴のところに泊めてもらっていたんだ」と完全にシュールな笑い。

「日本人離れ」

 笑質…日本人離れと言う言葉を具体的に使う。意味不明な使い方による笑い。

 類似で「常識離れ」「おきてやぶり」。

「彼は箸の使い方が日本人離れしている。特に絹豆腐を掴む時の彼は本当に日本人離れだ」

「彼はそこまでではないがお米の炊き方がどちらかと言うと日本人離れだね」

「あいつは麦茶の時はそうでもないが烏龍茶を注ぐ時は確実に日本人離れしている」

 雄一が面白いと感じて書いたネタ。それがダウンタウンのコントに似ていた。正確には全く別物だがベクトルは確かに近いものを感じた。ものすごい喜びを感じる雄一。ラッキーパンチが当たったのではない。今までかすりもしなかった。世界チャンピオンに俺のこぶしがかすった。何年も追いかけ続けたモンスターに幾度となくコテンパンにされてきた。しかしたった一度だけ、ようやく一度だけ、明らかにかすった。

「言われてみれば似てるっちゃあ似てるかもなあ」

 モッキーがニコニコしながら言う。

「おらあ!」

 雄一が雄叫びをあげる。この喜びは何物にも代えがたい。

 もうこの頃になれば三人の関係はすっかり固まっていた。基本的に学校では昼休みと放課後以外はつるんだりしない。それぞれが別々の友人たちとそれ以外の時間を過ごした。雄一は学校に来るのは毎日、午前十一時前後。深夜ラジオと自分の部屋で家族の寝静まった時間にキャスターを吸いながら笑いの世界に没頭する。雄一は学校の時間には起きない。また、学校に行ってもよく学校を抜け出していろんなところへ行った。近くには海があって自分だけの秘密基地もあった。RCサクセションの「トランジスタラジオ」の様な毎日。目の前に海があり、ちょうどいい感じで砂浜の後ろにコンクリートの壁があり、そこは人目につかない。寝転んでキャスターを吸う。煙草の煙が空に消えていく。コンビニで働くパートのおばさんにレジで言われる。

「あなた、学校はどうしたの?」

「あ、ちょうど病院に行って戻る途中なんです」

 自分の好きな本を持ってコーヒーとパンを買ってよく秘密基地で特別な日常を過ごした。お金がなければパチンコへ行った。万年釘の床が木造の古いパチンコ屋。そこの一番奥の羽モノの台は必ず五百円もあれば当たりが引ける。百円玉を一枚ずつ入れていく。そして四千発で打ち止めになれば換金してもう一度現金投資で当たりを引く。二・五円交換なので四千発でちょうど現金一万円になる。打ち止めは二回で止めとく。釘を変えられたくはない。学ランも上着さえ脱げば普通に入れるパチンコ屋。雄一の吸う煙草、キャスターはいつもこの店で景品として手に入れていた。

 雄一の母親も、伸基のことを「伸基君」と、モッキーのことを「モッキー君」と呼ぶようになっていた。

 こんな生活だから進級するのは大変だった。まず授業に出ないので単位が足りない。また学年で常に最下位の成績。赤点だらけ。教師にも何度も「学校を辞めて働け」と言われた。それでもなんとか二年生にはなれた。補習を何度も受けたからだ。伸基は文系を、モッキーと雄一は理系を二年になって選んだ。雄一はモッキーと同じクラスになった。それでも普段教室の中では、ほとんど会話はしない。たまに「モッキー、消しゴム貸して」と言って消しゴムを借り、その場で口に入れて食べる。

「おい!」

「すまん。めっちゃ腹減ってた」

それぐらい。平井は理系。大西は文系。同級生の間では「文系の大西、理系の平井」と名前が売れていた。別の意味で雄一と伸基は名前が売れた。文系の成績最下位が伸基の定位置。そして理系の成績最下位が雄一の定位置。このポジションはお互いに最後まで誰にも譲らなかった。

雄一には一年の時からずっと同じクラスだった大前耕一郎と言う友達がいた。こいつもかなり狂っていた。一年の時からサッカー部でフォワードのレギュラーのこの男は音楽を愛していた。

「一番好きなアーティストはバッハ。あとはクイーンしか聴かない」

 雄一は大前からたくさんの音楽の話を聞かされた。こいつはサッカーと音楽の男だったがお笑いのセンスも持ち合わせていた。会話では常にシュールな笑いを入れてくる。大前と雄一は気が合った。

「自分、お笑い好きやろ?」

 『バスガス爆発』のメンバー以外の人間では大前の言葉にだけ雄一は素直に答えた。

「うん。好き」

 大前は「ごっつええ感じ」のコントの台詞を全て丸暗記していた。音楽が好きでバッハとクイーンしか聞かない男がダウンタウンのコントを丸暗記していると言うこと。感性の鋭い人間には必ずダウンタウンは避けて通れないのだ。

「イサイサイッサー!あーいー」

 いつも「あーいー」と返事をする同じサッカー部の井坂。

「あいつ、天然やねん。めっちゃアホやで。中学ん時に夏休みに大阪に転校するって一学期の最後にあいつの送別会をクラスでやったんや。手紙とか書いてもらって花束までもらって。そしたら二学期の最初に普通に自分の席に座って手のひらで壁を作って顔を隠してんのよ。ほんでな、お前なんでここにおるんって聞いたら、私立の編入試験に落ちたから家族で俺だけ残ることになったって。な、アホやろお!」

「マジで!イッサー、めっちゃおいしいやん」

「まあな。なあ、イサイサイッサー!?」

「あーいー」

 話を振られた井坂が独特の口調で言う。

 大前に借りたクイーンのCD。雄一は一発でハマった。ジャケットもイカしている。バイシクルレースのたくさんの全裸の女たちが自転車にまたがったジャケットに驚かされた。オペラとロックの融合。

「歌詞をメロディに乗せるのは邦楽では無理。でもな、クイーンのTeo Torriatteのサビを聴いてみ。日本語で歌ってるんやけど歌詞がメロディに乗ってるんや。日本語でやで。日本語って母音やん。音符一つに文字を一個乗せるやん。そんなんめっちゃ耳障りが悪いやん。それをフレディが綺麗に乗せてるから」

 聴くと確かに音楽素人の雄一にも分かる。日本語が自然と英語のように聴こえる。そんな大前だから、雄一は大前にだけはたまに自分の書いたネタを聞いてもらった。

「それはオモロイ。それはおもんない」

 大前の感性はとても役にたった。

 「ごっつええ感じ」のコント。

「緑の中を走り抜けていく真っ赤な人志ぃ?」

 全身赤に染まった松ちゃんが緑の中を走っていく。

 爆笑。

 翌日、大前が笑いながら言う。

「あれ、めっちゃおもろかったな。『真っ赤な人志ぃ』でなくて『真っ赤な人志ぃ?』って!」

「『え?』って言い方な。それがめっちゃツボにはまったわ」

 笑いは一字一句、言い方ひとつで思い切り表現が変わる。あのコントで「真っ赤な人志ぃ?」と表現したダウンタウン。それこそがダウンタウンがダウンタウンである証である。

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