第4話

 その日の昼休み、美術室で三人は弁当を食べた。

「ここは穴場でな。授業と部活以外では誰も使わないんよ。さぼる時はよくここ使うんよ」

 雄一の言葉に伸基が反応する。

「マジか?ほな、たまに俺も使おう」

「煙草も吸い放題やで」

 雄一はおもむろに学ランからキャスターを取り出し、火を点ける。

「お前、煙草吸うん?」

 本木が言った。

「煙草は俺にとって穏やかな自殺やねん。陰毛くんは吸うやろ?」

「陰毛言うな!俺は今禁煙中やねん。高校球児やからな」

「意外と真面目なんや」

 伸基が怖い顔でたこさんウィンナーを食べている。

「お前、中学ではやってたん?」

「やってない。ずっとネタだけ書いてた」

「何本くらい持ちネタあるん?」

「百以上はあるよ」

「マジか!」

「『本木新名』のネタはどれだけあるん?」

「十本くらいかな」

 弁当をかきこみながら伸基が答えた。

「君ら、お互いになんて呼び合ってたの?」

「本木がモッキー。俺が伸基」

「勃起と頻尿でええやん」

「次に頻尿と言ったらお前、殺すからな」

「こういう人なん?」

 雄一は本木に訊ねた。

「こいつは怒ると怖い」

「分かった。モッキーに伸基な。俺は雄一でええよ」

「とりあえずお前のその百本以上あるネタを見せてくれよ」

「別にええよ。まあ、どれも二人用に書いた奴やけどトリオでも修正はなんぼでも出来るし。それより伸基とモッキーは今の芸人で誰が好き?」

 これで大体そいつの笑いの方向性が分かる。

「俺は、たけしやろ。さんまやろ。タモリやろ。ドリフやろ。最近ならトミーズ、圭修、ハイヒール、千原兄弟、ジャリズム、、雨上がり、今田東野、130R、一番はダウンタウン」

「モッキーは?」

「ウッチャンナンチャン」

「面白いよねえ」

 なるほど。伸基はそれなりに見ている。伸基の口から出た芸人はまず面白い。めちゃくちゃ面白い。それでもこいつらは芸人しか見ていない。

「電気グルーヴは知らないの?」

「あれ?おならに火を点ける人たち?」

「それは『電撃ネットワーク』!俺が言ってるのは『電気グルーヴ』テクノミュージシャンだけどダウンタウンクラスの破壊力を持つ人たちだよ」

 雄一が股を広げて「電撃ネットワーク」の定番の踊りを踊りながら言う。

伸基が興味深そうな目で雄一の話を聞く

「え?どの番組?」

「ラジオのみ。オールナイトニッポン」

 雄一は電気グルーヴのネタをいくつかその場で話した。二人とも大爆笑。

「やばいな。なんやそれ!」

「やろ?全部テープに録音してるから貸してやるよ」

「マジで!サンキュー!」

「サンキュー?ありがとう!いい薬です」

「なんで大正製薬やねん!」

「それで三人がそれぞれ部活やってるやろ?伸基が野球部でモッキーが陸上部、そして俺がイングランド代表やろ。体育会系が揃った訳か」

「何の代表?」

「君ら練習て何時に終わるん?」

「陸上部は六時には終わるかなあ」

 モッキーが食べ終わった弁当箱を布で包みながら言った。

「野球部は分からんなあ。自主練もあるから。その日によって違うけど大体八時くらいかなあ。土日も練習やし」

「辞めてまえよ」

「あほか!俺は甲子園でホームランを打つ男やぞ!」

「そうなん?モッキー?」

「こいつの野球は結構すごい」

「ふーん。一日何打席勃つの?」

「え?」

 雄一が右手でシコシコとジェスチャーをする。

「ああ、そっち。そやね、毎日三打席かな?てか、下ネタかよ!」

「下ネタを!馬鹿に!するなあ!」

「僕は教育上そういうのは受け付けないですねえ」

「笑いの基本はうんこ、ちんこやぞ」

「どんな基本やねん」

「まあええわ。俺んちは学校から一分やから。基本そこで集まろう。あと、コンビ名、というかトリオ名か。それぞれ考えといて。あと、俺は大体学校にいる時はここにいるから。学校で集まる時はここね」

 煙草の吸殻を水で洗って手のひらに握りしめる。今からトイレで流す。この場所は大事にしたい。それにしても仲のいい友人など中学時代にはいなかった。それがほぼ初対面の伸基とモッキー相手に雄一は普通に喋ることが出来た。しかもボケを交えながら。ちょっと自分自身珍しいなと思った。あの二人の作り出した前向きな空気が雄一を饒舌にさせたのだ。素人の内輪ではすべっても全然許される。

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