席替え

 席替え。


 それは突如としてやってくるもので、生徒に喜びを届ける、素晴らしいシステムだ。

 席替えの結果によってそれからの日々が変わるために、結果を知った人々は一喜一憂し、中には隣になった女子と距離が近づいて、見事付き合うことができたという例があるとか。


 つまり何が言いたいかって言うとな?


 お願いですっ、神様っ!

 どうか俺を、華音の隣にしてくださいっ!


 ……ってことですよ。


「今から席替え始めるから、いったん席座れー」

「うっしゃぁぁぁ!」

「待ってました!」

「よっ、日本一!」


 担任の一言で、教室は動物園へと変貌した。猿ばっかだなこの動物園。

 

 叫ぶのはわかる。正直俺も席替えが楽しみで仕方が無いからな。


 頭に思い描くのは、華音と席が隣になり、楽しい日々を送っている光景。ヤバい、想像するだけで天国。

 教科書を見せ合ったり、弁当を食べながら楽しい会話をしたり……ああ、魂が昇天していく……っつっても、あれか。俺、華音に避けられてるんだったわ。泣きそう。


「よし、全員座ったな。右端から始めるぞ。池田から順番にこの袋の中から紙を引いてけ」

「はーい」


 右端の、一番前に座っていた池田とかいうやつから順に、担任が持っているビニール袋の中から紙を取り出していく。


 席には番号が振ってあり、引いた紙に書かれている番号の席が、自分の席だ。


 順番に皆が引いていき、俺の番となる。

 ……さあ来い! 華音の隣の席っ!


 ……うん、紙を見ても、華音の隣かわかんないですね。


 俺が引いた番号は十五番。

 この教室は八人×五列で並んでいて、番号は右前から後ろに向けて進み、列の最後までくれば隣の列の一番前に移動する。

 どうやら俺の引いた席は、右から二番目の後ろから二番目みたいだ。


 しっかりと前後左右に席がある。隅っこだったら、自分の周りに華音が来る可能性が半減していたな。……まあ、結局は実際なってみないとわかんないんだけどな。


 紙を引いた生徒は一度自分の席に戻り、担任の合図が来るまで待機。


 そして全員が引き終えれば、移動開始だ。


「よーし、お前ら移動開始しろー」

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」


 うるせぇ。

 動物園のサル山でも、その何倍も静かだぞ。


 とはいえ、俺だって興奮していないわけじゃない。

 華音が隣になることをただひたすらに願い続けている。


 十五番の席に着き、周りに誰が来るのか見まわそうとした瞬間。


 俺の視界には、華音が映った。


 それも、真横に。



「「あ」」


 

 咄嗟の出来事に、固まりながらも思わず声を出した。

 

 ……え、マジで。


 ……嘘だろ?


 ……めちゃ嬉しい!


 だって、あんなに強く願ってたんだよ?

 自分で言うのもあれだけど、フラグ立ってたと思ってたもん。

 一緒になるはずないって思ってたんだもん。

 だけど、現実でこうして隣の席になることができている。万歳!


 嬉しいやら何やらで、俺のテンションは絶頂。

 そのテンションで、今なら何でもできそうな全能感を、俺は得た!……何でもは出来ないっすけど。


 向こうも俺と同じように固まっていたが、先に動き出したのは向こうだった。


 挨拶くらいしておくべきか……なんて俺は思っていたが、華音は俺のことを完全に無視するように顔を背け、全然こちらの方を向かなくなった。


 ……あれ?

 俺達席が隣になったよな。

 席が隣って関係って、こんなに薄っぺらいものだったっけ?

 もっとこう、席が隣になったことで何かが始まる……みたいなのないのか?


 俺は内心焦りながら、華音に声をかける。


「華音、よろしくな」


 華音は俺の声にいつも通りビクッと肩を震わせると、逃げ道が無いからかおずおずとこちらを向かないまま小さく頭を下げた。


 ……これは、進歩したと言っていいのだろうか?

 

 俺はもやもやとしながらも、挨拶が一応だが返ってきたことに少し喜ぶ。

 その嬉しさでまた何か華音に対して話そうと口を開こうとした、その瞬間。


「……あ、あのっ」


 珍しくも華音の方から話しかけてきた。

 いつもは一方的で答えも返ってこず、ましてや話しかけられることなんて初だ。


 華音の声は勇気を振り絞ったような声で、こちらまで何となく緊張してきた。

 俺は、華音がこれから何を言うのかと期待のような気持ちを抱きながら耳を澄ます。









「……もう、私に話しかけないでくれますかっ?」







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