親友は女装男子
「陽〜いるか〜?」
隣の教室を覗けば、窓際に何人かの生徒が固まって会話している最中だった。それ以外の生徒は、既に帰った模様。残るは談笑中の彼らのみ。
俺の目的の人物もその中の一人だったが、俺のことに気付くとそいつは俺の元へ駆け寄ってきた。
「ゆ〜うきっ!」
「グヘッッ」
そして駆け寄ってきた勢いを緩めず、そのまま俺の元にダイブしてきた。
「ちょっ、陽! 何回言ったらわかるんだよ……やられる側結構痛いんだからな」
「ごめんって。許して……?」
「上目遣いで言ったって、許さないもんは許さないぞ。可愛いけどさ」
「えへへ~ありがと~」
俺に抱きついてきたその声の主は、ポニーテールを揺らしながら絵嬉しそうに笑った。
はい、ここで注意。
今俺に抱き着いているのは、ポニーテールだが、女じゃない。……いや、見た目は普通に可愛い女子なんだけどな?
こいつは、俺の親友である川波陽。性別は男だ。
黒髪をポニテにして、小柄で可愛らしい顔立ちは女子そのもの。正直、女子よりも可愛いんじゃね? ってこっそり思ってる。
陽はいわゆるトランスジェンダーとかでは無く、しっかり性別も心も男……のはずなんだが、男にしては距離が近い。今だって、こうやって抱き着かれてるし。
でも、少なくとも体は男だ。女性だった場合、そこにあるはずの柔らかさが微塵も存在してないからな。
心は……一人称僕だし、男子らしい行動だってしてる。本人だって、「性別は男」って公言もしてることだし、流石に男だろ。
そして前に女装について聞いてみたが、女装は趣味なんだそうだ。きっかけとかは知らんけど。
近頃はLGBTがどうだ、性別がどうだって話で男子が女子の制服を着て学校に来るなども可能となっている。その逆も然り。
なので、陽は今女子用の制服を着ている。スカートは着ないらしいけど。陽曰く、スカートはあまり好きじゃないらしい。
「それじゃあ帰ろっか!」
「その前に一回離れろ。苦しい」
「わかった! 照れてるんだね!」
「ちゃうわ。苦しいっつったろ」
「もう……裕樹は素直じゃないんだから……」
プクーっと頬を膨らませる姿は、思わずその頬を突きたくなる程可愛い。男だとわかってるからドキッとはしないけどな。
「じゃ、みんなばいばーい!」
「また明日ね〜陽〜」
「ばいばーい」
普通なら女装をしているとかで避けられることもあるだろう。
人々は自分と異端なものを排除したくなる性質があるというし、実際に差別なども起きていると聞く。
だが、俺が認知している限り、そういうことは起きなていない。逆に皆に愛されているのがさっきの挨拶からもわかることだろう。……まあ、その理由は女子顔負けのこの可愛さなんだろうけど。
俺達は教室を後にして、下駄箱に向かう。
「ねえ裕樹。今日もコンビニ寄ってかない?」
「ん?いいけど……最近多いな、コンビニ寄る回数」
「ちょっとでも裕樹と一緒に居たくて……だめ?」
「はいはい」
全く……最近こういう冗談多いんだよな、陽。
今日だって昼ご飯の時、華音にフラれて陽と一緒に弁当食べることになったんだが、その時も「裕樹と一緒にご飯食べれて嬉しい」って言ってたし。
つか、「むぅ……」と言いながら陽がまた頬を膨らまして少しむくれているんだが、どうしたんだろ。足まで止めちゃってるし
「コンビニ行かないのか?」
そうやって聞けば、陽はまだ不機嫌そうな様子ながらも「行く!」と叫んで俺の横に戻って来た。
靴を履き替え校舎の外に出れば、空は昼の時と全く変わらず、とても明るかった。
今はまだ六月上旬。
これからどんどん気温も上がっていくし、日だってもう少しの間だけだが伸びていく。
つい二か月前に入学したこの学校にも、もう慣れてきている。
「暑いね……」
「だな。コンビニ行ったらアイス買うか」
「僕もそうしよっかな」
なんて、他愛ない話をしながら俺達は歩く。
俺はこの時間が好きだ。
だって、何の気兼ねもなくどうでもいい話をして、二人で笑いあう時間って、青春してるって感じしちゃうじゃん。
高校生なんだし、やっぱり誰しも青春にあこがれるもんだろ?
陽とは中学どころか小学校の頃からの友達で、似たような時間を過ごすことも多かった。
だけど、高校生になってからとそれ以前では、気持ち的に違いがある気がするんだよな。……いや、単に高校になって自由度が増して、それらしい時間が過ごしやすくなっただけか。気持ちは、自由になったことでテンションが上がってるんだろうな。
ま、俺としては楽しい時間が過ごせればそれでいいんだけど。
俺は隣を歩く陽に目を向け、どこか楽しそうに歩いているのを見ながらそんなことを思った。
☆あとがき
本日19時に、もう一話投稿します。
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