今西先生
夏期講習も半ばを過ぎた頃、個人面談があった。今までの授業態度や小テストの結果を元に、講師からアドバイスをもらう機会だと聞かされた。
「私、絶対叱られるよな~。よそ見してるもん」
そう言いながら個室に消えていったかおちゃんは、変な顔をして戻ってきた。
「なんか心配された。相談事とかあったら言えだって」
「かおちゃんさ、外眺めすぎて、なんかすごく深刻な悩み事があると思われたんじゃない?」
「ありうる」
僕が個室に入ると、部屋の中央に小さな机が2つ合わせて置いてあって、そこに英語の今西先生が座っていた。中年の、いかにもベテランっぽい感じの女性講師だ。
「土屋くん、座って」
この人は物腰は柔らかいのに、妙な迫力がある。僕は緊張で手汗をかきながら、言われた通り彼女の向かいに座った。
「頑張ってるね」
日付と数字がたくさん書かれた紙を見ながら、今西先生が言った。予想外の言葉だった。
「そうですか? 小テストの点数は上がってませんが……」
「でも、前は解けなかったタイプの問題が解けるようになってるでしょ。最近の土屋くんは、うっかりミスが多いから点数を落とすのよ。試験ではやっぱり点数が大事だから、小テストでも気を抜かないようにね」
「スミマセン」
「疲れてきたのかな。今は登山の途中って感じで、なかなか頂上が見えなくて大変だと思うけど、そのうちぱっと景色が開けてくるから大丈夫。今まで通り頑張ってね」
「はぁ」
僕もかおちゃんのように、叱られるだろうと予想していたので、肩透かしをくらった気分だった。
先生は僕に、勉強に関するアドバイスをいくつかくれた後、突然「土屋くんって、武石さんと仲いいの?」と尋ねてきた。
「えっ、あの、実は家が近所で……」
他人に改めて女の子との関係を聞かれると、やっぱり照れ臭くてどぎまぎしてしまった。
「そうなんだ。君から見て、武石さんは元気かな? 普段通り?」
「さぁ……3年くらい会ってなかったし、普段通りがよくわからないです」
「そうなんだ」
先生は僕の返事を聞いて、なにか考え込むような顔をした。
「あの……かおちゃ、武石さんがどうかしましたか?」
「うーん、何かあったわけじゃないけど、武石さん、よくあの遊園地を見てるから気になってね」
その言葉は、なぜか僕をひどくドキリとさせた。心の中にしまっておいた大事な秘密が、いつの間にか覗かれていたことに気づいたような気持ちだった。
「単に窓の外じゃなくて、遊園地を見てるんだよね。武石さんは。彼女みたいな子ってたまにいるんだけど、そういう子って途中で来なくなっちゃうことが多いの」
先生はふうっとため息をついて、手元を見つめた。今まで気づかなかったが、左手の薬指にシンプルな指輪をはめている。先生にも僕たちみたいな子供がいるのかもしれない、とふと思った。
「何だろうね。あの遊園地って、深い悩み事がある子を惹きつけるところがある気がする。毎日勉強して疲れが溜まってると、ああいうところでぼーっとしたくなっちゃうのかな。メリーゴーラウンドでぐるぐる回りながら、他のことなんかなーんにも考えないって感じで」
「先生、凄いですね」
僕は思わずそう口に出していた。先生が僕とかおちゃんの話を聞いていたはずはないのに、どうしてこんなことまで言えるのだろう。
「あ、武石さんも言ってた?」先生は顔を上げて微笑んだ。
「土屋くんも休み時間によく見てるみたいだけど、気をつけてね」
「何にですか?」
「あんまりあの遊園地に囚われないようにね」
「囚われるって……」
僕は思わず笑ってしまった。
「それってなんだか、あの遊園地に魅入られて、行ったまま戻らない人がいるみたいな言い方じゃないですか?」
それじゃホラー映画ですよ、と僕が言うと、先生も「そうね」と笑いながら答えた。
なぜか否定はしなかった。
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