遊園地仲間
いよいよあと1週間で夏期講習も終わるという日の夜、自室で宿題を片付けていると、かおちゃんからLINEが届いた。
『今日で予備校やめた』
「なんで?」
急いで送ると、『学校やめるから』と返ってきた。
「いや何でよ」
『妊娠した。出会い系やってた。親にむかついて、あてつけのつもりでやってた。相手誰かわかんない』
予想外の方向から飛んできた「妊娠」という言葉が、僕の頭の中でぐるぐる回った。
何と返信したらいいのかわからなかった。僕が戸惑っているうちに、またメッセージが届いた。
『ドン引きですなwww』
「いやそうじゃないけどびっくりして」と慌てて返すと、またすぐに返事があった。
『いや私が。自分のバカさにドン引きw 最低でしょwww』
「w」とかついてるわりに全然笑えない。僕はかおちゃんのことが心配だった。
かおちゃんのやったことは、本人の言う通りバカで最低なことかもしれない。でも、だからと言ってすぐに手のひらを返し、彼女を糾弾することは、僕にはできなかった。
「会いにいっていい? 近いし」
『だめ。もしケンくんがパパだと思われたらやばいし、第一会わせる顔ないよ』
「そんなことないよ」
僕は少し迷ってから、ちょっとキモいキャラクターが「友達だろ!」と言って親指を立てているスタンプを送った。決して冗談のつもりではなかったが、ちょっとでも心から笑ってくれるといいなと思った。
15分が過ぎた。滑ったかな、と悶々としていたら、メッセージが届いた。
『ありがとう』
『子供ころすのいやだよ』
『どうしよう』
泣き顔のスタンプがそれに続く。
僕は脳みそが熱くなって溶けそうなほど考えた。この世に彼女を救う一言があるとすれば、それは一体何だろう。きっとそれは「がんばれ!」でも「ケセラセラ」でも「グッドラック」でもないはずだ。わからない。
「何ができるかわからないけど、僕にできそうなことがあったら言ってよ」
悩んだ末にそう送った。
『ありがとう』
『遊園地仲間』
そう言われてはじめて、そうか、僕とかおちゃんは遊園地仲間だったんだな、と腑に落ちた。この奇妙なまでの連帯感は、そういうことだったのだ。
かおちゃんから、続いてLINEが来た。
『遊園地行きたいね』
その一言は僕をつかの間ほっとさせた。かおちゃんもちょっと元気が出たかな、と思ったのだ。
「どっか行く? 予定なんとかするから」
そう送ると、すぐに返事が届いた。
『予備校のとこの遊園地だよ』
その字面を見た瞬間、背筋にすっと冷たいものを感じた。今西先生のB級ホラー映画めいた忠告が、急にリアリティを持って心の中に浮かび上がってきた。
「さすがにあそこは入れないでしょ。潰れてるし」
僕はそう送った。すぐに既読がついたけど、返事はなかった。
僕はその夜、かおちゃんと、彼女に宿った小さな命のことを考えながら眠りについた。
夢は見なかった。
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