ビル制圧

「さぁ、始めるぞ」

全員が、動き出した。服装をスーツに。思い思いの武器を手に。


「通信はこちらから一方的にかける。回線は常時オープン。俺の声だけを最優先にしろ。部隊規模での個別通信はいつも通りでいいが、それも俺には聞こえるように喋れ」

通信先。全部隊長の了解サイン。


相手は、通信攻撃を得意とするサイバー部隊。ビルひとつがそのまま潜伏先になっている。一階から七階まで、全て制圧すれば勝利。


ただし、懸念材料がひとつ。事前の把握段階では、どの国の部隊なのかが割れなかった。というより、全容把握前に攻撃したほうが良いと判断した。それほどに、内部の機械反応が多い。


自国の犯罪集団なら制圧するだけ。最も楽な想定になる。

最悪の想定では、他国からすぐにミサイルか強襲部隊展開の可能性があった。


「どうですかね」

「踏み込んでみないと判らんな」

副官。今回は、電子戦担当を予め別動隊にしてある。なので、電子戦部隊の部隊長が副官を兼ねる。兵站担当は周囲索敵に回した。国内、それもビルひとつ分の戦闘規模。兵站線は限りなく短い。


「EMPはどうだ」

「だめでした。周囲の通信インフラに与える影響が大きく、厚生省と官邸の両方から禁止の通達です」

「そうか」

厚生省は、別口で近くの違法薬物検挙を行っている。その捜査網に、自動車判別や個別顔認識が使われていた。それが使えなくなると面倒なのだろう。厚生省が官邸を動かしたという形か。


「良いのですか、官邸に働きかけずに」

「厚生省に貸し作っとくよ。それに」

ビル内の図面が運ばれてきた。電子端末と、紙。


「たぶん違法薬物の元締めがスポンサーだ」

こちらのビルを制圧しても、スポンサーとバックボーンを捕らえられなければ、また違う場所で同じことが起こる。


「部隊配置、概ね完了したようです」

副官が情況を伝えてくる。


「一応、空戦部隊にもスクランブル準備だけ出しておこうか」

副官が空戦部隊にコールをかける。その間に、厚生省の薬物取り締まり部署に連絡を取る。


「こちら総事省の雑務係です。今からビル内の掃除を始めます」

『連絡ありがとうございます。こちらも間もなく検挙に移ります』

厚生省の本件担当。女なのか。いま初めて知った。特に薬物担当は、厚生省内部でも顔と名前が秘匿されている。


「空戦部隊、発進準備可能だそうです」

「よし、まずは5階から行こう」

「5階、ですか」

「窓にサインを張ってそこから突撃。マークは第3部隊、突撃はファイア1」

『ファイア1了解』

『第3了解』

最初に突撃して銃撃戦を展開するので、ファイア1。戦力三次投入や回り込みに使うので、第3部隊。わりと名前はそのまま使い道と同じ。


『第3部隊、マークサイン完了』

『確認した。ファイア1、これより最初の火蓋を切る』

窓の割れる音。


爆撃音。


『サーバ室です』

「やったぜ」

当たりを引いた。

「どうしますか?」

「壊せ壊せ。どうせ後でクラウド漁るんだから箱モノは取り返しのつかないものだけ残すだけでいい」

「わかりました。通信をお借りします」

副官がインコムを奪う。

『副官から。サーバ室以下、どれを壊してどれを残すかの指示をする。サーバは全て残せ。紙の資料もだ。火薬類をサーバ室内で使うな』

インコムが返される

「だとさ。大変だなファイア1。銃撃戦できねぇじゃん」

『第二部隊は』

「まだ突入前」

『外れクジだぁ』

ファイア1は、このままサーバ室を守る展開にせざるをえない。


「一階も突入するか。第二部隊」

『いつでも行けます』

「5階でファイア1が足止めくらってるから、とりあえずそこまで駆け上がって」

『5階まで了解しました。突入します』

最も兵力が多く、基本的に戦場の中心にいるから、第二部隊。


『一階制圧。受付の人間以外は誰もいません。2階に上がります』

「受付、どうしますか?」

副官が訊いてくる。

「とりあえず放置で」


『2階制圧。一般企業しかいません』

「そいつらも放置だ」


銃撃音。すぐにやんだ。


『3階制圧。小規模な抵抗あり。敵味方損害なし』

「よし。何人だ」

『不明ですが、金髪に黒い肌』

「不明だな」


爆発音。


「ファイア1、どうした」

『自爆攻撃です。部隊損害なし。ただ、5階と6階の階段が吹っ飛びました』

「第4部隊に狙撃で掩護させる。第二部隊が来るまで耐えろ」


通信を、一度クローズにする。

「副官」

「はい」

「空戦部隊、緊急発進」

「了解しました。スクランブル」

理由を聞かず、復唱してすぐに動く。副官に求められるのは、それだけ。


『4階から上に上がれません。爆発物多数』

「手持ちで解除は無理か」

『失敗するとビルが吹っ飛びます』

「よし、EMPの仕掛けだけ置いといてくれ。できたら撤退」

『EMP、その後撤退了解』


「スクランブル完了しました。5分で到着します」

「よし。ファイア1を掩護する。以降の指揮は現場でやるぞ」


一応、担いでいるライフルの弾倉だけ確認しておく。大丈夫。


『EMP設置完了。撤退します』

「よし」


通信。

部隊からではない。厚生省。


「はい。雑務係です」

『厚生の薬係です。ガサ入れ中にちょっと面倒なものを見つけたのでお知らせします』

「なんでしょう」

『高レベル劣化ウラン弾です』

「よくわかんねぇ名前のが来たな」

『要するに、戦場で使えない劣化弾です。ひとつひとつの濃度が高すぎるもので』

「えっ」

『そっちにたくさんあると思います』

「うわぁ、いまビルの4階の爆発物たくさんあるところまで制圧してるんですけど、たぶん4階の爆発物って」

『これですね』

「EMP使っていいですか?」


数秒の、沈黙。


『どうぞ。頭は見つかりませんでした。おそらくそちらのビル内にいます。できれば捕まえていただけると』

「なんともいえません。最後は空の上なので」


『6階で爆発。やつら上から突っ込んできますよ。ファイア1そろそろ帰りたいです』


「おっと、現場がややこしくなって参りましたので、ここで」

『何かこちらから提供できるものがあればすぐに連絡をしてください』

「ありがとうございます」

通信が切れる。


「気の強い女だな」

「一応、マークしますか?」

「いやいい。どうせヘリかなんかで勝手に突っ込んでくるだろ」

空戦部隊は敵味方の区別を目視でもできる。ヘリひとつ見ても簡単に識別するだろう。


「ファイア1、壊れた階段から上に昇れ。第三第4部隊は合流し、その掩護。サーバ室を空にする」

『ファイア1、ジップライン展開』

『第三第4、合流しました。指揮は第三で取ります』

「ここが勝負どころだ」


敵はサーバ室に踏み込むが、誰もいない。


逆にこちらの先行部隊が、6階を奪う。


「第二部隊。今どこにいる」

『ばらばらに散って空中を警戒中です』

「よし。いい判断だ。何か見えたらすぐに連絡しろ」


「隊長。ビルの七階が変です」

副官。指差した方向。屋上が変形している。

「屋上ではなくて七階がヘリポートなのか」

それは想定していなかった。外から掩護のヘリか何かが来ると思って対応している。


「ファイア1」

『背後取りました。いつでもやれます』

「やれ。ひとりも残すな」


銃撃音。すぐに止まる。銃撃戦にもならなかったらしい。


「主力は七階だな」

空戦部隊。まだか。


『ファイア1、制圧完了。サーバ室の検索に移ります』

『こちら第三第4混成。七階の様子をお伝えしてもよろしいですか』

「よろしい」

『戦闘機です。腹に何か重たそうなものを積んでます。大きさは中コンテナ程度ですが射出口らしき部分も散見できます』

「よくわかんねぇ名前のやつか」


撃たれると、汚染が困る。


「EMP起動」

『EMPオン』


弾けるような音。


「ファイア1」

『サーバ室無事です。導線は繋がってないですね』


『こちら第二。北からヘリ一機。南からヘリ3機』

「北のはたぶん厚生省だ。南は敵。マークしとけ」

『南をマークします』


『空戦部隊、上空に到達した。通信がガサガサするんだが』

「今ちょうどEMPぶっぱなしたところだからごめん」

『どこからやればいい』


「ビル屋上から戦闘機が出てくるんだけど、腹に毒コンテナ積んでるから、そこにダメージを与えずに制圧してほしいんだけど」

『面倒』

「しかも人的被害なしで。たぶん厚生省が追ってる敵方の薬物元締めが」

『輪を掛けて面倒』

「おねがいね。あと北と南からヘリ来てるから、それは気分で壊していいよ」

『ヘリね。分かりましたよ』


七階から戦闘機が飛び立つ。


「ヘリ4機、戦闘機1機ですか」

副官。空を見上げている。

「壊すだけなら楽なんだけどなぁ」

こちら側の空戦部隊は、戦闘機4機に掩護ヘリと空戦ドローン、それに大型輸送機が予備含め2台。


「おぉ」


戦闘機4機が綺麗に相手戦闘機を囲み、チャフをこれでもかとばかりに撃っている。


「レーダーを焼ききって不時着させる気だ。うまいなぁ」


赤い点がいくつも見える。


『これでいいんだろ。あとは』

「え?」

チャフとEMPの影響で、よく聞き取れない。空戦部隊の通信は気象条件に左右されない代わりに、強いマイクロ電磁波と極端な熱感変動に弱い。


『うたないでくださぁい』

「うわっ、なんだなんだ」

上空のヘリ。何か叫んでいる。


「気の強い女だな。撃たれないってば」

通信が使えないので、スピーカーで空戦部隊に訴えかけているらしい。


「そんなことしなくても大丈夫ですよぉ」

一応、地上から叫んでみる。


「聞こえないよな」

「聞こえないですね。向こうはヘリですし」


『なんかうるさいのがいるんだけど、あれは撃っちゃいかんのだよな?』

通信が来た。ようやくEMPの影響が薄れてきたらしい。

「いかんやつです」

『戦闘機は下に降ろさず輸送機で捕らえる。毒コンテナとやらもこわいし』

「それでおねがい」


終わった。


「隊長から全部隊。目的達成。終わりです。さぁ、片付けるぞ」



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