第9話誰だ、こいつを姫様とか言ってた奴。あ、おれだ
前世含め、初めてのストレッチャー体験を満喫中です。
乗り心地、あまり良くないんだね……うっぷ。
姫様が用意してくれたのは、自家用救急車。救急車に自家用とかあんの? と思ったそこのあなた。エ〇ゲー世界のみならず、ラブコメなんかの世界の金持ちはそんなモンだから気にしたら負けだ。普通に施設軍隊とかある世界だからね? 姫様の家も戦闘機やら戦車を持ってる。どんだけって話だ。
「すみませんね。大したことない怪我なのに、こんな……」
とりあえず謝っておく。如何にもプロフェッショナルって感じの人達だしね。この程度の怪我で出張ってもらい申し訳ない気持ちで一杯なんだよ……あと、セバスチャンさんが居る。そう、セバスチャンさんである。執事服のナイスミドル。セバスチャンさんである。ちなみに、ゲームでは運転手であったり、片岸の家に遊びに行った主人公にお茶を出してくれたりと、ちょくちょく登場している。もうちょっと、名前考えてあげてよぉ、と思わなくもない。
「いえ、どうぞお気になさらず。むしろ、もっと胸をお張り下さい。あなたは、その身を挺してお嬢様をお守り下さった、我らの恩人なのですから」
おれに対し微笑んでそう答えてくれる。やだ、まじイケオジ……って、何を言ってるんだ、おれは……。しかし、やっぱり格好いい初老の男性というのは憧れるな、おれも将来はこんな格好いいお爺ちゃんになりたいものだ。
「少し、揺れます。気を付けて下さいね」
どうやら車に到着したようだ。バックドアが開かれ、そこにストレッチャーごと収納される。周りには、様々な機材が置かれていたが、今回は使用しないようだ。まぁ、救急ってわけでもないからね。ちょっと使っているところを見てみたい気もするが、さすがに不謹慎か‥‥…。
「ご苦労様です。セバス」
おや? 救急車の中に、誰か……って、この声は姫様、片岸舞の声か?
「はっ、では木橋様の事、よろしくお願いします。何かありましたら、無線にてご連絡下さい」
一礼をして、セバスチャンさんは外に出て行ってしまった。あれ?
バタンッ。
ついでにドアも閉められ、おれは姫様と二人きり……ちょっと、みなさんどこに?
「……木橋さん。この度は、本当にありがとうございました。あなたのお陰で、わたしは傷一つ負ってはおりません。……その、頭は大丈夫ですか?」
お礼と同時に頭の心配をされただと……いえ、怪我の事ですよね、流石に分かりますとも。姫様の方を見ると、少し不安そうな顔をしている。
「そんな心配しなくても大丈夫だよ。ちょいと痛むけど、それだけだし……」
ですが……と、姫様は呟くと、おれの手を不安そうに握ってくれた。
それほど明るくない車内ではあるが、姫様の艶やかな黒髪はその少ない光の中でも煌めいて見え、とても綺麗だ。リナの太陽なような笑みとは違い、少し儚げな笑顔の似合う顔。いうなれば、月と云ったところだろうか……。
あぁ、本当に綺麗だーー。
「ですが……あなたにもしものことがあれば、わたしの計画が……」
ん?
「……計画?」
なんぞ、それ? ってか、雄太くんと姫様ってそんなに接点なかったよね?
あれ? 姫様、なんか握ってる手に力入ってない? あれ、これ離れない……ぞ? いや、もう大丈夫だから手を離していいんだよ?
「ふふ、もう逃がしません。木橋さん。いえ、雄太様……」
月の瞳……満月のように綺麗で澄んでいた瞳が、今は新月のように昏く……ハイライトが消えている。
この手、もしかして逃げられないように繋いだだけなんじゃ?
「知って居ましたか? わたし、ずっと雄太様のことを見ていたんですよ?」
何処か抑揚を感じさせない声で喋り始める姫様。ゲームの中でもこんな姫様見たことないんだけど?
「いえ、正確には違います。わたしが見ていたのは、涼子お姉様。弟である雄太様を通して、わたしはずっとお姉様のお姿を見ていたのです」
冷や汗が、頬を伝うのが感じられる。救急車の中はほの暗い。だが、その中で、姫様の目だけは光っていた。昏く沈み、輝きの消え失せたはずの瞳。しかし、それだけが今この場でもっとも輝いている。
「ずっと、あなたとお友達になりたかった。だって、あなたとお友達になることが出来れば、必然的に涼子お姉様ともお近づきになれるのですから……でも、雄太様はわたしに話掛けてはくれませんでした。いえ、責めているわけではありませんよ?」
ーー全ては勇気を出せなかったわたしが悪いのです。そう言って、姫様は頭を振る。
「あ、あ~……ははは、そうなんだ。手、放して?」
「お断りします」
にっこりと笑われた。目は、まったく笑っていなかったが……。
「そして、今回の件……わたしは、これこそが運命の出会いなのだ、と卑しくも思いました」
いえ、あなたの運命の相手は主人公さんですよ? フラグ、折れちゃいましたけどね……これ、本来なら主人公に運命を抱いちゃうんだよね? 助けてくれたあなたこそがわたしの運命の人です、ってチョロイ感じで。
おれの場合はなんか違うみたいだけど……モブですものね。
「これは、もう雄太様とわたしは夫婦となる定めなのだとも思いました!」
ーーいや、ちょっと待て、なんか今色々ぶっ飛んだぞ!?
「そうなれば、わたしは……わたしは……」
頬を染め、もじもじと身体を捩る姫様。さっきまでとは、ころっと雰囲気が変わったな……ってか、え? 夫婦?
「お姉様と本当の姉妹となれるのです! さらに、愛奈様もわたしのお母様に……ぐふふ」
「いや、お前は何を言ってるんだ?」
思わず真顔になっちまったよ。ってか、あのぉ鼻血出てますよ?
「姉妹となれば、きっとわたしも雄太様と一緒にお姉様に愛して頂けます。3P……いえ、愛奈お母様も加えて4Pすら……あぁ、どうしましょう!? 今から、お肌をぴかぴかに磨いておかなければ!!!」
いや、もうほんと何言ってんだ? この姫様。
後、この手、何時の間に恋人繋ぎにしたの? 恋人繋ぎもあれだね。ここまでがっちりと握りしめられたら、逆にまったくドキドキしないもんなんですね? むしろ、これはあれだ。レスラーが組み合ってる時のあれだな……絶対に逃がさないという強い意志を感じる。
しっかしあれだ。喋ってる内容がなんというか、色々と問題しか無いというか……3Pって何? 4Pって何? むしろ望むところ……げふんげふん。シ、シナインダカラネ!?
「ってか、姉さんと片岸さんって知り合いなの?」
とりあえず、気になったことを聞いてみる。ママンもお姉様も巨匠さんに描かれたキャラではあるけど、ゲーム的にはあくまでもモブでしかないからね。ヒロインである姫様との関係がいまいちわからない。
「い、いえ……その、遠目には見てはいましたが……」
あれだけ悠長に語っていた姫様の目が、あっちにこっとにとざぶざぶ泳ぎ始めたぞ?
「もしかして……ストーカー?」
「違います!! そ、その……わたしは初等部、中等部と聖ウィストワール女学園に通っていました。その時にお姉様をお見掛けして……一目でお慕いしてしまったのです!」
おぉう、流石お姉様。ヒロインでさえ虜にするとは……女神様は伊達じゃない。
「凛々しくも慈愛に満ちたあのお優しい微笑み、豊満でありながら、きゅっと引き締まったあのお身体……どこを取っても最高ではありませんか! そして、なによりその優しさと行動力……!」
まさかの身体目当て!? と思ったが、どうやらそれだけでは無いらしい。
「熱中症で倒れてしまった下級生をさっと抱き上げ、保健室へ颯爽と走り行くそのお姿は、今でも瞼の裏にしっかりと焼き付いております……もちろん、あなたの雄姿もしっかりと焼き付けていますよ?」
そう言って微笑む姫様の姿は、お姉様狙いなのを知らなければ、惚れ……はしないまでも、かなりグラついていた事だろう。だが、お前はすでにぶっちゃけ過ぎた!
「ほぉほぉ。流石、姉さん!」
「ですよね!! 他にもーー!」
それからしばらくの間、お姉様の素晴らしさについて語り合うおれ達。片岸も興奮はしているが、さっきまでの妙なテンションでは無くなっている。
よし、このままの流れで救急車が病院に着けば、なんか姫様があれこれ言ってたことを有耶無耶に出来る!
おれがそう安心した瞬間ーー。
「あ、そうでした! わたしの事はどうか舞とお呼び下さい。夫婦となるのですから、あなた・おまえ、でもいいのですが」
周回遅れで戻ってきやがった!?
「え、えっと、そのお話は大変ありがたいのですが、ぼくらまだ学生ですし……うん、無理」
「……は?」
空気の温度が下がる。舞の瞳からは再びハイライトが消え、何故かはらりと落ちた髪が一房、舞の口元にかかる。傾げた首が、何か不気味さを醸し出している。このポーズ、普通なら可愛いはずなのに、こぉ角度と勢い次第では怖いだけだな……。
そういえば、この子。軽く闇の素質もあったんだっけか……ははは、これは闇ってより病みだな……。
ここからの選択肢、一つ間違えるだけでBAD ENDに直行かもしれない。
「こぉ、まずはお友達から……的な?」
「…………」
じぃっと舞の目がおれの顔を捕らえる。じいぃぃっと……。
「ほ、ほら、友達なら姉さんに紹介もしやすいし……」
「…………なるほど、いきなり夫婦というと雄太様を愛していらっしゃる義姉様や義母様との間に亀裂が入る可能性も……それよりもまずは……」
おれの言い分を聞いた舞は、何か高速でブツブツと呟きだす。早すぎて、何言ってんのかわかんねぇ……色々と怖いよ、この子……。
にしても、本気でお姉様のことが好きなんだなぁ……。
少しくらいは応援してあげてもいいかな? まぁ、お姉様はあげないけどね!
「わかりました。まずは、お友達からとしましょう。まずは、ですが」
あ、大切な事だから二回言ったんですね。わかりません、わかりたくありません。
「うん。よろしくな、舞」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。雄太様……それと、勘違いをされているようですので、はっきりと言っておきますが……わたしが雄太様の雄姿に運命を感じたのは、本当のことですからね? まずは、お友達ですが、覚悟はしておいて下さいね♪」
……色々と、早まったかもしれないな、これーー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます