第7話まだまだ天使が舞い踊ります。

 そんな天使さんと歩く通学路。


 そう、ここは通学路。徐々に生徒さんの数が増えてくる道な訳で……ぶっちゃけ、ものっそ目立ってます。まぁ、当たり前な話だけど、リナはこの世界のヒロイン。巨匠さんが魂を込めて描き上げた美少女な訳で……この世界では、女優やモデルさんも裸足で逃げ出す美貌を誇っているわけで、目立たないはずが無い。


 わかるか? おれの学園生活が今、終わるか終わらないかの瀬戸際に立っているのです。いや、前世では味わえなかった青春を味わいたいとは考えていたんだけど、これは違う。嫉妬する野郎共に追いかけ回されるような青春は、何か違うと思うんだ。


 それじゃ、ここでリナと別れるのか? と問われれば、それも嫌だ。守りたい、この笑顔!!


「ユータと話すノ、とても楽しいでス! ユータが同じ学園の生徒で嬉しイ。何時でモ、一緒にお話できまス」


 なぁんて言ってくれるんだぜ? お前ら、離れられるってんなら離れてみろよ! その瞬間、この笑顔が曇るんだぜ? できねぇ、おれにはできねぇよ!!


「リナは、5組だっけか。おれは2組だから、何時でも遊びにくればいいよ」


 というわけで、目立ちたくないからさようなら、なんてことはおれには出来なかった。来るなら来い、嫉妬団。おれは負けん、負けんぞおぉぉぉっ!!!!


「ハイっ! あ、お昼ご飯も一緒に食べようネ! それかラ、それかラ……」


 おぉ、どんどんおれの予定が勝手に埋まっていく……この天使さん、割と人見知りなのだが、一旦懐いてしまうと結構ぐいぐいとくる性格なのだ。純粋さ故のその押しに、ゲームの主人公もかなり流される羽目になってたな……。


「はは、楽しみだな」


 そんな子犬のようなリナに、おれは思わず手を出して頭を撫でてしまう。ママンとお姉さまにご褒美だなんだと頭なでなでをさせられてることの弊害か、まさかの形での大暴走である。


 周りから、キャーっという黄色い声と、ギリギリという歯軋りの音が聞こえてくる。


 やっちまった……だが、後悔はない! なんだよ、この手触り……ママンのふわふわとした撫で心地とも違う、さらさらとした絹のような肌触り……これは、いい物だ……。


 さぁ、来い。リナ、君は今怒っていいんだ。おれに怒ってもいいんだよ! 勝手に触れるなと!!


「ユート、嬉しいけド、恥ずかしいヨ?」


 おれは悲壮感を込め、リナの方へと目線を下げる。


 そこには、そう仰いながら、嬉しそうにはにかむ大天使様のお姿があった。


 その日、おれは死んでしーーいや、前にもやったか、このネタ。


「ふふ、パパ以外の男の人に撫でられたノ、はじめてでス。こうやって一緒に通学するのモ、大好きなアニメやコミックのお話したのモ、全部ぜーんぶユートがはじめてでス。ユートには、ワタシのはじめてをいっぱいいーっぱいあげちゃいましタ!」


 ……大天使様が、死神代行へと変わった瞬間だった。


 無邪気にそういうリナではあったが、もうちょっと言い方をね? はじめてをあげちゃったとか、女の子が言っちゃ駄目ですよ? 雄太さん、マジ心配。あ、おれの命がね?


 さっきまでの黄色い声が、何やらヒソヒソとした声にジョブチェンジ中。


「り、リナ! 早く学園に行こう! Lass uns gehen(れっつあんどごー!)だ!」


「ふぇ? あ、ハイ。行きましょウ! Lass uns gehenでス♪」


 そうして、おれ達は学園に向かい爆走登校をするのであった。




「それじゃあな、リナ。また後で」


「ユータ、また後で、でス!」


 そのまま学園へと入ったおれ達は、教室の前で別れることになった。おれは二組でリナは五組だからね、仕方がないよね。


 あ、ちなみにレナの頭を撫でた手の平からは、めっちゃいい香りがしました。


「う~っす。おはよー」


 何時もの挨拶をしながら、教室のドアを開け、中に入る。おれの席は、窓際の後ろの方というなかなかの強ポジだ。席決めガチャで言えば、ウルトラレアくらいだろうか? 残念ながら、レジェンドではない。


 まずは、鞄を置くために自分の席へと向かう。向かう、向かう、向かう……何故だ!? 向かうコマンドが選択できないだと!!?


「まぁ、待とうよ。木橋くん、みんな君に聞きたい事があるんだよね♪」


 おれに向かうのコマンドを選ばせすらしないだと? 貴様、何者だ!? はい、クラスメイトの逢瀬ランでした。何時の頃からか定着した、クラスカーストとやらの上位でおしゃべり大好きな女の子だ。けっこう可愛い。ちなみに、カーストトップの姫様はまだ登校していないようだ。


「今日、朝、困ってる、助けた。それで、おれ友達なた、以上です!」


 聞きたいことならわかっておるぞ?


「いや、なんで片言なのよ……まぁ、木橋はしょーもない嘘は付かないしね。みんな、そういう事らしいよ?」


 どうやら、逢瀬はクラス代表を買って出てくれていたらしく、みんなにそう声を掛けた。


「さんきゅー、逢瀬。助かったよ」


 おれは素直に礼を言う。すると、逢瀬はきょとんとした顔をして、


「何言ってんのよ。これから、もっと掘り下げた尋問をするのよ?」


 と、嗤ったーー。




「ですので、困っていたリナを助けたら、そのまま趣味の話になりまして、仲良くなったので一緒に登校しました。めっちゃ可愛かったです」


 何故か教壇の上で正座をさせられながら、おれはクラスメイト達に向かって今朝のことを細やかに説明をした。あ、ドイツ語のところとかは省いたよ?


「ふぅん、それであんなに近い距離でお話して、頭も撫でちゃったりしたんだぁー。へぇ、ほぉ~?」


 逢瀬さん、楽しそうで何よりですね。歪ませたい、その笑顔……。


「隊長! 罪人雄太の手から、手からめっちゃいい香りがします! 斬り落としますか!!?」


 こっちはこっちで、おれの悪友共が何やら騒いでいる。おい、嗅ぐなよ、その香りはおれだけのもんだろうがあああぁぁぁぁぁっ!! ってか、斬り落とすってなんだよ、斬り落としてどうすんだよ!?


「家宝にするのだが?」


 斬り落とした手が家宝とか、どんな猟奇一族だよ、お前ら……。


「まぁ、この辺にしときましょうか、はい解散~」


「「「へぇ~い」」」


 逢瀬さんがぱんっと手を叩くと、素直に散らばっていくクラスメイト達。このクラスになって、まだ二ヶ月ほどしか立ってないってのに、どんだけ統率されてんだ? 逢瀬さん、恐るべし……。


「はぁ~。足が痛ぇ……」


 そう愚痴りながら、おれは教卓から降りる。あかん、これ完全に痺れてるな……。


「はっはっは、お疲れ様。でも、みんなこれである程度は納得したでしょ」


 そう言って、からからと笑う逢瀬さん。まぁ、やはり面倒事を買って出てくれたのだろう。やり方はともかく、やり方はともかくな!


「にしても、木橋と天使様がねぇ。普通なら一生縁が無いでしょうに、大切にしなさいよ~?」


「わかってるよ。ってか、天使様ってリナのこと?」


 え、おれ以外にもそう呼んでる奴いんの?


「それ以外に、なんと呼べと?」


 逢瀬さんのキョトンとした顔。あ、これマジな奴だ……。おれが知らなかっただけで、多くの生徒からはそう呼ばれているらしい。まぁ、前のおれはそれほど興味無かったみたいだからな……ほら、リナは確かに天使様だけど、我が家には女神様が居られますので、それも二柱……もげろ雄太。あ、おれのがもげちまうので今のやっぱ無しで!


「いや、むしろそれ以外にないだろ。おれが言うんだから、間違いない」


 おれが一番、天使様の天使たる所以を見たんだ。そんなおれが言うんだから、間違いない。


「ふぅ~ん。木橋くん、なんかちょっと変わった? もしかして、GWデビュー?」


 いや、GWデビューってなんだよ。期間短すぎだろ……。


「なんだよ、GWデビューって」


 苦い顔をしながら言うおれの肩をぽんっと叩き「いいと思うよ。すっごい話し易いし!」と笑い、逢瀬さんは去って行った。まぁ、前の雄太くんは若干コミュ障気味だったからな……あ、おれは違うよ? 初対面の人にも、しっかりつっこむ派の人だ。


「はぁ、朝から疲れた」


 やれやれ、やっと座れる。


「大変だったな、雄太」


 そんなおれの前に、今度は一人の男が立ちふさがる。それが、おれと奴との初めての邂逅、これから始まる怪奇に満ちた学園生活、陰と陽が交じり合うウンタラカンタラ……尚、この世界は普通の恋愛ゲームの世界です。


「おはよう、雅也。ってか、居たんなら助けろよ」


「はっはっは、あの状況でおれにどうしろと? それに、あの天使様とお近づきになれたんだ。これくらい覚悟の上だろ?」


 ニヤリと笑いながら、おれの背中をバンバンと叩いてくる。ったく、これだから脳筋は……痛いっての……。


 ちなみに、この脳筋野郎の名前は、森田雅也もりたまさや。同中出身のクラスメイトだ。ごつめのガタイにスポーツ刈りの頭、加えて柔道部というエリート中のエリート脳筋である。


 まぁ、悪い奴ではない。


「モテる男の苦労って奴だな……」


「お、言うねぇ~。んじゃ、喜んで苦労をしょいこむべきだな」


 実際、雅也の言う通りなんだよね……おれが、リナの笑顔を守りたい……いや、もっと単純に、リナの笑顔を近くで見たい。と、考えちまった時点で、どっこらしょっと完全に苦労とやらを背負ってしまったわけだ。完全なる自業自得、ならば喜んで背負い尽くしてやろうじゃないか!




「ユータ、遊びに来たヨ!」


 一時限目が終わって休み時間。早速、おれのクラスに天使様が降臨され……おれは、クラスメイトだけでなく、廊下を歩いていた他の生徒の視線までまるっと背負うことになったのだったーー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る