第6話天使と出会ったんだ。

 おっと、少しセンチメンタルなグラフィティー的気分な気分になってしまったが、まぁしかし落ち込んでも仕方がない。それに、ここは現実になった世界なんだ。おれがモブだからといって、彼女達と話しも出来ないなんてことは無いだろうし、あの恋する乙女な笑顔は見られないとしても、普通の笑顔くらいは見れるはず。


 さて、そろそろ学園に向かうかーーと、公園から学園に向かう道へと踏み出した。


 その時であった。


「Es tut uns leid. Ich verstehe kein englisch(ごめんない。わたし英語はわからないんです)」


「ん?」


 これは、ドイツ語か?


 なんとなく気になって、おれは声が聞こえた方向に向かってみる。そこに居たのは、金髪のおじさんと、ブロンドの髪を持った少女の姿であった。うぉ~、なんだあの髪、さらっさらじゃないか……。困ったように頭を傾げる度に、女の子の髪がさらさら肩へと流れている。それに、あの制服。女子用で違いはあるが、どうやら同じ学園の生徒のようだ。


 っと、そんな場合じゃなかったな……状況を見るに、英語で道を尋ねたおじさんだったが、女の子の方はドイツ語メインで英語は得意では無いのか、何を言っているのか解らなくて困っている、という構図のようだ。


「あ、あの……ワ、ワタシは、ドイツの人、なんでス。日本語、わかりまス……英語、解らなイ……」


 これは、ちょっと助けに入った方がいいか……。


「Bitte überlasse es mir.」


 と、少女に向かって不格好なウインクをしてから、おじさんに声を掛けた。


「Mr, what's wrong?(ミスター、何かお困りで?)」


 おれが割って入ると、助かったと笑顔を浮かべ、こちらへと顔を向けるおじさん。


「This girl is a German and doesn't seem to understand English. I will answer the questions.(この女の子はドイツ人で、英語があまりわからないようです。質問にはわたしが答えますよ)」


 どうやら、駅までの道を聞きたかっただけのようだ。おれにお礼を言った後に、少女に向ってソーリープリティガールと茶目っ気タップリに謝ってから、おじさんは去っていった。


 ふぅ、何とかなってよかった。まぁ、英語は仕事でも海外のエンジニアと連携するような時には使っていたから問題ないとは思ってたけど、ドイツ語はなぁ……大学で、趣味で習ったくらいで、就職してからは使ったことなんて無かったからね。え?なんでそんなの勉強したのかって?


 『ボールペン』と『豚』と言えば判るだろう。言わせんなよ、馬鹿野郎ぅ!


「Vielen Dank.(ありがとう)」


 おっと、女の子がおれにお礼を言ってくれている。ここは、格好よく決めるべきシーンだろう。モブだけど、イベントシーンゲットだぜ!


「Ich bin froh, dass ich dir helfen kann.(お役に立てて良かった)」


 女の子の方に振り返り、ニコリと会心の笑みを向けーーられ、おれはそのあまりの眩しさに灰となった。サラサラ……。


 なんてこったい。笑顔を浮かべ立っている女の子、彼女こそ本物のヒロインの一人だ! せやかて木橋、『リナ・シュルツ』が住んでる学園寮は学園のすぐ近くや、全然道が違うやないか!? バーロー、郊外には日本に移住した『リナ・シュルツ』の祖父母の家がある。『リナ・シュルツ』は時々、その家に泊まって祖父母と過ごしているという設定があるんだよ! な、なんやて……!?


 と、まぁ脳内茶番は置いといてだ。確か、そんな設定が『リナ・シュルツ』にはあったはずだ。恐らく、今日がその日だったのだろう。電車に乗ってきたのだとすれば、駅に近いこの辺りに居たとしてもおかしくはない。


「え、えっと……留学生のリナ・シュルツ、さん?」


「ハイ。はじめましテ、リナ・シュルツです。リナ、呼んでくださイ!」


 う、うおおぉぉぉ! マジもんだ、マジもんのリナがおれの目の前にご降臨あそばされているだと!?


 肩までのさらっさらの金髪に宝石のような輝きを放つ碧の瞳、小柄な身長ながらもしっかりと主張するお胸様……天真爛漫なその笑顔の似合う女の子は、まさにあのリナであった。


「あ、初めまして、おれは木橋雄太……雄太って呼んでくれればいいよ。リナさん」


 このビッグウェーブに乗り、おれもそれとなく名前呼びをアピール。いやいや、海外ではそれが普通なんだよ? だから、何の問題もないんだよ? だから、これは犯罪なんかじゃないんだ……ないよね? モブごときがヒロインに名前で呼んでもらうなぞタイーホだーっとか言って追われないよね? おれ、お日様の下を歩いてても大丈夫だよね?


「ゆ……う、た……ユウタ、ウゥ……ユータ……ユータで大丈夫?ワタシも、さん、いらないよ? リナでいいでス」


 身長差……いやこれは、リナが近いのか!? おれを見上げながら、リナが微笑む。


「Ist es ein Engel!?(天使かよ!?)」


「ふぇっ!?」


 やっべぇ、なんだこの可愛いい生き物。女の子ってのは、なんでこう自然と上目遣いとかできるんだろう。天然で男の心を掴みまくる術でも持っているのか? これが生存戦略という奴なのか!? いや、落ち着け……元の世界でのあいつらの事を思い出せ。合コンでおれに興味なさそうだった癖に、収入を聞いた途端に上目遣いで擦り寄ってくるんだ、あいつら……!!


 いや、もっと落ち着けおれ! リナは、リナはそんな子じゃないってお前が一番知っているだろう? 性格も、趣味嗜好も、服の下の秘密まで知っているじゃないか!!


「ユータ、凄く、情熱的、なんだネ」


 あれ? なんか、リナが頬を押さえながら、照れまくってるんだけど……何故?


「ワタシ、オトコのヒトから、テンシ、ハジめてイわれた。ハズかしい、です」


 ……天使? あ、叫んでたわ。おもっくそ、口に出してましたわ……アイエエエ!?テンシ!?テンシナンデ!? こ、これは恥ずかしいなんてもんじゃないぞ……逃げるか!? いや、それはもっと変な奴に思われてしまう! 嵐になれ、誰よりも強く、男なら!!


「ワタシも、ユータも、顔が真っ赤……だネ。おそろい、クスクス」


 ”YOU LOSE”おれは、萌え尽くされ死んでしまったーー。


 おぉ、雄太よ。転生翌日に死んでしまうとはいとおもしろし。って、やかましぃわ。


 いやぁ、可愛さの余り死を覚悟することになるとは思わなかった。流石、『妹にしたいヒロイン』『護ってあげたいヒロイン』世界一位だぜ……よしんば世界二位だったとしても、世界一位です。


「あー……その、思わず口に出しちゃって……はは、恥ずかし過ぎる」


 とにかく、ここで変に謝るのは逆に失礼だろう。なので、素直に思ったことが口に出てしまったと言っておく。リナが言った通り、おれの顔も真っ赤なのだろう。暑くて仕方がない。


 こら、そこのご婦人。青春ね~っとか言うんじゃない。だが、もっと言ってくれ! 前世では一度も味わったことの無い、なんというか、これぞ青春……という感じの気恥ずかしさが、とても心地よかったーー。




「それにしても、驚きましタ。ユータ、ドイツ語、上手でス」


 お互いに、ずっと照れて立ち尽くしたままという訳にはいかず、とにかく学園に向かうことになった。あの聖地からリナと二人で登校……おれの中の何かが盛り上がりまくって仕方がない。


「あー……うん、ちょっと趣味でね」


 やべ、ちょっとやらかしたかもしれない。ただの学園生のおれが、英語はともかく、ドイツ語まで話せるとか、普通ではないよなぁ……んー。あ、そうだ!


「おれ、実はアニメとか好きでさ……それで聞いたドイツ語の響きが恰好良くて、思わず……ドイツの映画なんかを見て勉強したんだよ」


 普通にぶっちゃけた。うん、なんというか、何て言い訳したらいいのか解らなかったんだよ! 後、映画見ただけで本当に覚えられるのかは知らぬ!


 でも、まぁ多分、これで大丈夫なはずだ。


「Oha! ワタシも、ワタシもでス!! 二ホンのアニメ。すごくすごく面白い。だから、日本語、勉強しましタ! アニメ見て勉強しましタ!!」


 よっし、誤魔化せた! ありがとう、シナリオライター様。リナを、サブカル大好きっ子の設定にしてくれて……。


 そう、リナは日本のアニメやコミックが大好きなのだ。好き過ぎる余り、日本語を勉強して留学までしちゃった女の子なのだ!! 発音の問題でまだまだたどたどしい口調になってしまっているが、リスニングの方はすで完璧だったはず。コミックに関しては、辞書を片手にってところだったかな? ちなみに、日本語に全振りしてしまった為か、英語の方はさっぱりなのであった。


「ワタシのお爺さんとお婆さん、日本に住んでいまス。子供の頃、日本に遊びにきて、はじめてアニメを見ましタ。凄く、きらきらした可愛い女の子達が、すごくカッコよく敵をびしばしーって倒してたんでス。それが、すごく綺麗で、凄いって思って……でも、何を言ってるのかわからなかったんでス。それから、お婆ちゃんに先生になってもらいましタ。ドイツに帰ってからも、ビデオチャットでいっぱい教えてもらいましタ!」


 それから、それからと、リナはふんふんっと興奮しながら話す。なんつー微笑ましい光景だ……あと、子供の頃と言えば、多分、プリティキュアリィの事だろう。おれも観ていたからよく知っている。おれとしては、日朝はライダーや戦隊派だったのだが、お姉さまに付き合わされて観ていたのだ。逃げられないように、後ろから抱き締められていた記憶が……。


「はは、プリティキュアリィだったら、おれも姉さんと一緒に観てたよ。でも、男だからなぁ、特撮物の方が好きだったんだけど、姉さんに付き合わされてね……最初は、女の子の話なんてって思って観てたんだけどさぁ、でもさ、大切な何かの為に頑張るのに、性別なんて関係ないんだって思って、それからは楽しんでみてたよ」


 懐かしいなぁ……あ、今も続編が続いているので観てますよ? 前世で観てたアニメなんかは、もう観れなくなっちゃったけど、しくしく。


「ユータも、見てたんだネ! えへへ、嬉しいナ」


 ほんと、観てて良かったよ。当時は無理矢理付き合わされて嫌だったけど、この笑顔を見る為だったと思えば、昔のおれの嫌な気持ちなんかはぽいだよぽいっ! 途中からは、おれも嵌ってたしね。そう考えると、こっちの世界のおれがオタク趣味に目覚めたのは、お姉さまが切っ掛けだったんだよなぁ……。


 人に歴史ありだ、うんうん。


「おぅ、特に19話が好きだったなぁ……敵に捕まったキュアリィを助けに、プリティが色々な人に助けられながら敵のアジトに乗りんでさ……プリティやキュアリィだけじゃない。みんなが主人公なんだって感じで、すっげー熱かった! はは、おれもあんな風になれたらなぁって子供心ながらに思ったよ」


 現実は、そんなに甘くもんじゃないって、すぐに気付いちまったしなぁ……それは、元の世界でもこっちの世界でも同じだった……はぁ。


 そんなおれを見ていたのだろうか、リナはおれの手を取り、そしてまっすにおれの目を見ながら、


「……ユータは、凄いヨ? 困っていたワタシを、助けてくれましタ! あの時、ワタシの目から見たユータは、凄くきらきらしてましタ!! きらきら格好いい男の子でしタ!!」


 と、そう言って、おれに笑顔を向けてくれた。もう、見ることはないと思っていた、あの笑顔を……。


 --あぁ、この子は本当に天使なんだなぁっと、心から思い知らされた瞬間だった。

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