第2話転生したら、ママンの愛が重かった。

「ーーた、雄太! 朝よ、さっさと起きなさい!!」


 煩いなぁ……まだ眠いんだから、もう少し寝かせてくれよ。ってか、雄太って誰だよ……おれは、おれは……あれ? おれが雄太だ……。


「って、雄太って誰だよ!?」


 妙な記憶に反発して、思わず突っ込みを入れながら飛び起きる。


「はぁ? あんた何言ってんのよ。変な夢でも見たの? いいから、さっさと起きなさいよ。母さんが朝ご飯作ってまってくれてるんだから」


 おれを起こしたのは、部屋の入口付近で仁王立ちしている女性なのだろう。少しキツメの顔をしては居るが、美人と言える容姿をしている。可愛い系が好きなおれとしては範囲外だが、お姉さんタイプの女性が好みという紳士にとっては高評価な感じだ。


 いや、ってかここどこだよ? おれの部屋は、もっと趣味で一杯の素敵部屋のはずだ……いや、違う。ここがおれの部屋だ、なんだろう二つの記憶がごっちゃになっていて気持ちが悪い……。


 だけど、おれはおれだという認識はしっかりとある。別人の記憶はあっても、人格まではダブってはいないってのはなんとなくだけど解る。


「うぷっ」


 しかし、この記憶の混同は何なのだろうか、あまりの気持ちの悪さにおれは耐え切れずにえずき、慌ててゴミ箱に向かい、胃の中身をぶちまけてしまった。


「ちょ、ちょっと雄太、大丈夫なの?」


 キツメ美人さん。記憶によると、おれの姉らしいーーは、慌てておれの傍に寄り、背中を撫でてくれる。


「ご、ごめん。ちょっと、気分が悪くて……」


 えずきながら、おれは姉にそう伝える。


 すると、姉はすぐに立ち上がり、水と洗面器を取ってくると言い、部屋を出て一階へと慌てて降りていった。


「なんだよ、この記憶ーー頭が痛い……」


 胃の中身を出し切ったおれは、動く気力も起きず、その場で座り込むしか出来なかった。




「熱があるようね。風邪かしら? しばらく様子を見て、熱が続くようなら病院へ行きましょうね」


 おれの母親が、体温計を手に困ったようにそう言った。母親、なのだろう。おれの記憶にある母親は、こんなに綺麗な人では無い。もっと、ザ・おばちゃん!な外見だ。しかし、しっかりと母親だという記憶もあるのだから、きっとこの人はおれの母親なのだ。


 年齢不詳な美人母って、実在したんだね……そう、エ〇ゲーの世界ならね!


 まさか、そんなバカなことを考えて居るとは思いも寄らないであろう母親は、おれの頭を優しく撫でてから、「今日は休むって学校には連絡しておいたから、ゆっくり休みなさい」と言い部屋を出て行った。


 ちなみに、おれの吐いたアレは、母親が嫌な顔一つせずに片づけてくれた。母は偉大である。


「はぁー、どうなってんだよ、これ……」


 おれは一人になった部屋でベッドに寝転びながら、そう呟いた。


「おれの名前は、木崎雄太きざきゆうた。自称(これ重要)16歳の学園生……でも、おれの記憶には、24歳の社会人という記憶もある。でも、そっちの方の名前は思い出せないんだよなー」


 姉の名前は木崎涼子きざきりょうこ、母親の名前は木崎愛奈きざきあいなどちらもすごく綺麗な女性で、結構な我が儘ボディの持ち主だ。特に母親の方は、もうなんというか凄い。そして、父親はどうやらおれが幼い頃に病気で亡くなってしまっているようだ。


 女手一つでここまで育ててくれた母親。いや、母さんには本当に感謝をしている。


 ちなみに、今住んでいる家は母さんの実家が経営しているマンションの一室のようだ。実家はなんでもかなりの資産家で、幾つかマンションも所有しているとの事……。


 わーい、リアルお金持ち一族の子供だぁ勝ち組決定じゃね?


 と、そんな現実逃避をしている場合じゃない。今は、記憶についてだ。


 どうやら、おれには社会人としての人生の記憶と、木崎雄太としての記憶が混在しているらしい。社会人としてのおれの最後は、きみこいで愛しのあの子の姿を眺めている最中に、ゲリラ豪雨と雷がこんにちはしてきて、慌てて椅子から立って電源コードを抜こうとするも、足が上手い事動かずよろけて液晶モニターにごっつんこ……そんな情けない所で終わっている。


「あー……なんて最後だよ、おれ……パソコンのデータの中身とかそのまんまだしよぉ」


 あれが家族に見られるかと思うと……殺せええぇぇぇぇっ!ひと思いにやってくれええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!!そう叫びそうになるのを必死で堪えながら、ベッドの上でじたばたと暴れまくる。


 はぁ、はぁ、はぁ。


 ひとしきり暴れたら、ちょっとは落ち着つくことが出来た。データはあれだ、もうどうしようも無い事だもんな、うん。


 そう切り替えて、とにかく現状の把握に努めることにする。


「どっちの記憶でも、ここは地球だし今住んでいるのは日本で間違いない……ないんだけど、微妙に地名が違うんだよな……東京なのは間違いないみたいだけど、青春道町ってどこなんだよーーいや、待てよ。聞いた、いや見た事がある気がする……どこでだ、思い出せ、おれ!」


 おれは灰色の紳士脳細胞を必死に働かせた。それはもう、ブラック企業も真っ青なレベルで働かせ続けた。やがて、労組に訴えかけられそうになったその瞬間、もうそれしかないという答えに辿り付くことが出来た。


 そうだ……思い出したぞ。


 きみこい、だーーきみこいの舞台になっていた町の名前じゃないか!?


 それに、雄太としてのおれが通う学校の名前、記憶の通りだとすると『私立桜並木学園』。これも、きみこいで主人公達が通っている学校と同じ名前じゃないか!


 え? 何? きみこいプレイ中の画面にごっつんこしたら、ゲームの世界に転生しちゃったってことか?


 こんな漫画やラノベみたいな展開がおれに起こるなんて……実際に起こるとすっげー困るぅ!


 ファンタジーならスキルチートでおれ最強!現在知識で大儲け! とかあるかもだけど、地名が少し違うだけの普通の現代世界じゃ何にも無いじゃないか!!


 いや、きみこいの世界ではエ〇ゲーらしく一部ぶっとんだ設定があるから全部が全部同じではないかもしれないけどな!


 しかし、なんてこったい。また、あの灰色の学生生活を送れってのか!?あ、でもオタ仲間でつるんで遊び倒したのは普通に楽しかったか……。


 ま、まぁそれもまた悪くないのかもしれないな……まだ学園に入ったばかりみたいだし、おれの青春はまだまだこれからだな、うん。


 あ、でも高校生じゃエ〇ゲー買えないじゃん。オワターー。




 色々と考え込んでいたら、お昼になっていたらしい。


 下から階段を上がってくるトントンという足音が聞こえてきた。



「雄太ちゃん、お昼ご飯持ってきたんだけど、起きてるかしら?」



 それから、ドアをノックする音と母さんの声がした。


 おれは黒歴史からの攻撃くしゃくしゃにしてしまったシーツを急いで整え、「うん、起きてるよ」と答えた。



「あら、顔色が大分ましになったわね。ママ、ちょっぴり安心しちゃった」



 ベッドに寝転ぶおれの顔を見て、ほっとしたのか、少し笑みを浮かべながら部屋へと入ってきた。


「さっき、ケロケロしちゃった後だし、消化にいいものをと思って、雑炊を作ってきたわよ。雄太ちゃん、おかゆさんはあまり好きじゃないものね」


「うん。ありがとう」


 実際の所、今のおれはおかゆもそう嫌いではない。でも、雑炊のが好きなのは確かなので素直に頂くことにする。


「それじゃ、そこの座卓に置いておいて、後で食べるから」


 部屋の中央に置かれた座卓を指さして、おれはそう言った。すると、母さんはとんでもないことを言い出したのだ。


「それじゃ、座りましょうか。うふふ、ママがふぅふぅしてあげますからね。ゆっくりと食べましょうね♪」


 ……母さん、いや、ママン。それはちとマズいっすよおおおぉぉぉぉぉぉっ!!


 顔は、ちょっとばかり引き攣ったニッコリ笑い、しかし心の中では盛大に叫ぶおれ。いや、考えてもみて欲しい。これが雄太くんのみの記憶であれば、素直にママンの愛を母の愛として受け止めることが出来たかもしれない。しかし、しかしである。今のおれの意識というか、人格は24歳社会人寄りなのだ。記憶の方も、どちらかと言えばそちらの方がはっきりとしているくらいなわけで、そんなおれが、こんな若くて美人な未亡人にふぅふぅしてあ~んだとか、ぱっくんだとか、そんなん冷静で居られるわけがないだろうがぁ!?


 しかも、ここはフィクションであるが故の中々にぶっとんだエ〇ゲーの世界……いいか、大切なことなのでもう一度言うが、この世界はエ〇ゲーの世界なんだ。つまりあれだ、えーっと、そのなんだ……現代に似てはいても、あくまでもフィクションな世界なんですよ。だからね、そのね、一部の法律とか常識とかが、あれなんです。少し違ってたりするんですよ。言ってしまうとですね? 身内とのアレやソレも割と認められちゃってる世界な訳なんです、はい。もちろん、だからと言って家族愛というのはありますし、旦那さんも居るわけで、実際にそうなっちゃう人は少ないそうなんですが、でも、逝っちゃえ技術の出産までぶっ飛んじゃう人達もやっぱり居るらしいのです。はい。例えば、兄弟姉妹でとか、うちのように未亡人さんであったりとかですね。ぶっちゃけ、重婚も近親婚もありな世界なわけですよ。ちなみに、これは全てフィクションを良いことに理想の世界を作り上げたと豪語する、過去に『ママこい』、『ママラブ』、『おれは姉妹に恋してる』といった数々の名作を作り上げたシナリオライター様の責任ですので、おれに文句を言われてもどうにもなりませんので悪しからず。


 まぁ、そんな理由でだ。非常に不味い展開であるというのは理解して頂けだろう。ただでさえ、今のおれはママンが家族だという意識が薄くなってしまっている。その為だろう、何の問題もないじゃんか、若くて綺麗な未亡人さんがただふぅふぅしてぱっくんちょしてくれるだけだぜ? と、何かが猛り狂い、むくりと蠢きだしているのだ。「呼んだ? おい、呼んだろ? 呼んで楽になっちまえよぉ」という状況であった。何がとは言わないが


「え、えぇっと、一人で大丈夫だよ? 母さんも、色々と忙しいでしょ?」


 少し引きつった笑顔を浮かべ、おれは母さんに言った。するとだ、こんどはあからさまにシューンとした顔になったママンが、床に座った状態のままで近づいてくると、下からおれを見上げるような姿勢で悲し気に、


「雄太ちゃん。こんな時くらいは、ママにいっぱい甘えて欲しいなぁ……ママ、雄太ちゃんのお世話、いっぱいしてあげるから……ね?」


 と、潤んだ瞳でおれを見つめながら言いやがった。


 うん、耐えれるわけないだろ、こんなもん。むしろ、煩悩が溢れ過ぎて一瞬で悟り状態に陥ったわ。


「ワカッタヨ。タベルヨ」


 おれの返事を聞き、とたんに嬉しそうな笑顔を浮かべたママンに手を引かれ、おれはママンが愛を込めてふぅふぅしてくれた雑炊を食べさせてもらう一羽の雛鳥と化したのだった。


 むっちゃ美味しかったです。色々な意味でーー。

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