7:百目鬼・1
『一班、一階西の窓から中に入った』
『了解。二班、一階東から侵入開始』
『三班、正面口横の窓から警戒継続。動くものは見当たらない』
『四班各員、どんな些細な異常でも報告してください。動物植物無機物、動くもの全部が対象です』
『『『『了解』』』』
消防士と警察官18人に、自衛隊員3人を加えた21人は3班に別れると侵入を開始した。大根田達は4班で、一階の各窓から中を監視する役割を当てられた。
警察本部ビルは十二階建て、一階から三階までは吹き抜けのエントランスがあり、屋上には通信施設がある。大根田達の前にある窓は、エントランスを囲む大きな物であった。懐中電灯で中を照らすと、中の惨状が見て取れる。
赤黒く血にまみれた床に、所々に人体の残骸と思われるぐちゃぐちゃした物が転がっていた。
『……大根田さん、物凄いグロいっすよ……』
大根田は柱の陰に隠れた。
『佐希子ちゃんはもうちょっと下がった方がいいんじゃないかな。刺激が強すぎるだろう』
『ね、ネットのグロ画像とか動画で慣れてると思ったんですけど、に、臭い付きはキツイっす――うっぷ……』
佐希子の言う通り、割れた窓や壁の隙間から漏れ出てくる血の臭いは凄まじいものだった。
『おっさん、どう見る?』
五十嵐からのマナ電だ。
『そう、だね……まるでクマに襲われた跡みたいだけど、どうも、その――』
大根田は懐中電灯を動かす。
肉の塊の周りに、血で描いた円のような模様が見える。
『知性が感じられる現場のように思える、かな』
『同感だ。こっちから見えてるソファーの上に生首と腸がぶちまけられてるんだが、どうも、手でやってるように見えるぜ』
『……素手で?』
『ソファーに手形が残ってる。でかい手形がな……まあ、そういうでかい手袋を使ってやってる可能性もあると言えばあるが、血を拭ったような、手形を残して遊んでいるような――』
『ふ、二人とも冷静っすね!? あー、気持ち悪い……』
大根田は2つ向こうの窓の辺りを見る。
西牧が背中を柱につけて、中を覗いていた。
『西牧君、そちらの様子は?』
『…………え!? あ、あ~……も、物凄いっすよ。か、壁と天井に一筆書きみたいに血の跡がついてやがって……それと――こ、こいつ裸足かも……』
『足跡か!』
大根田は中を覗き込み懐中電灯で照らす。
所々に乱れたような血の足跡が付いている。だが見渡す限り靴のものに見える。
『こっちは――靴の足跡しかないな』
『……その、こっちの窓際、カーテンの影に革靴が、二足揃えて置いてあるんすよ……自殺現場みてぇだ』
大根田の背筋に冷たい物が走る。
『うわっ……こわっ……』
佐希子の呟きには全く同意だった。西牧のマナ電は声が乱れている。
『く、靴は多分高い奴――かな? 通販サイトで見たことが――あ、足跡は――ここから奥にある、うっぷ――でかい階段の方に向かってる、んじゃないか、な?』
『……おい、西牧、しっかりしろ。サイズはどんなもんだ』
五十嵐の質問に西牧はひきつったように笑った。
『は、ははは、そ、そうだな――35、とか? ははは……』
でかい。
『足の指は幾つか分かるか?』
『はへ? あ、えーっと……五つ、かな? 人間のそれ――いや、サイズ的には――ゴリラっぽい。はは、ゴリラ相手じゃ、そりゃ人間はゴミ同然だな』
『ま、まるで古典怪奇小説の世界じゃないすか。はは、ははは……』
佐希子も力なく笑う。
『阿部山さん、何か見えますか?』
阿部山は大根田と西牧とは反対側、五十嵐と佐希子がいる側で、光村と窓を覗いていた。
『あ、足跡は、その……階段をのぼってません……降りてます……』
『じ、自分にもそう見えます!』
大根田はすぐに馬場と神部にマナ電話を繋ぐ。
『対象は地下に行っている可能性あり。あと、裸足の可能性も』
馬場と自衛隊員一名が率いる警察官5名はトイレの窓から中に入り、廊下に出るとエントランスを目指していた。距離にして10メートルもないが、酷い血の臭いに足は重かった。
『裸足、か。で、足跡は一階に戻ってきているのか?』
『――いや、それは見えないと言ってます』
馬場は全員を止まらせると、廊下に貼られた見取り図を見た。地下はイベントホールになっている。出入りは中央の大階段以外はない。
『神部、今どこだ?』
『エントランスに到着。一人吐いたんで帰らせた。酷い臭いだ』
『こっちも臭くてかなわねぇ。頭のおかしい便秘の奴が自殺した現場で嗅いだのを思い出してるよ』
『なんちゅー話を聞かせるんだ、お前は……おっと、足跡を見つけたぞ。大根田さんが言ってたやつだな。確かに下に降りて上がってきてる気配はないかな』
『矢羽野はどこにいる?』
『今、正面口の瓦礫の上から、窓を開けて中に入りました。おっと! 神部さん、自分たちです!』
『脅かすなよ! あー、もう、寿命が縮んだわ……』
馬場たちは移動を開始すると、間もなくエントランスに辿り着いた。とび口や、小さな消防用の斧を持った神部達。その横で、小銃を構えている矢羽野。馬場は拳銃を両手で構えながら周囲に目をやる。
「ひでぇな。行儀の悪いガキが散らかしたテーブルみてぇじゃねえか」
神部がしかめっ面で、おいと口パクをする。
『声を出すなよ。あの黒い奴は耳が良かったろ?』
「いや、わざと喋ってんだよ。下は逃げ場がねえ。やるならこの場所が良い。いざとなりゃ窓を割れば援軍が来るし、逃げられるだろ」
矢羽野がさっと右手を挙げた。
『マナチャットに切り替え要請! 下で誰かが椅子から立ち上がった音が聞こえた!』
全員がさっと階段の方を向く。
大根田達にも緊張が走った。
ね『矢羽野さん、上の階の可能性は?』
矢『使いたての能力ですが、間違いないかと』
矢羽野は聴力を強化することができる。なんとなくだが、音の反響で立体を把握することもできた。
『そこの大階段は途中でこちらに折り返して――大ホールはこの下。その真ん中に座っているやつが立ち上がって――――は?』
ずん、と音がした。
同時に床が小さく震え、肉の塊がずるりと崩れる。
「なんだ!? おい、どうなってる!?」
馬場は階段の方に銃を向けたまま叫ぶ。
ずん、ずんと音が続き床が細かく揺れ続ける。
矢羽野は銃から手を放し、両手を耳の後ろにつけ大きく開いた。
矢『あ――――ジャンプしてるのか? 一か所でジャンプして――天井を――』
神部『全員、窓に走れ!』
神部のマナ電、一斉に走り出す皆。だが、それよりも一瞬早く、床を突き破ってそいつが飛び上がってきた。
大根田は迷うことなく窓ガラスを割ると、小太刀を抜く。反対側では五十嵐もガラスを割り、床に転がった隊員の一人を引っ張り起こした。
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