6:クエスト2:警察本部ビルを調査せよ

「よーし、こっちは終わったぞ! やってくれ!」

 五十嵐の叫びに、佐希子は親指を立て、ブレードストッパーに結んだ紐を思い切り引っ張り、モーターのスイッチを入れた。


 中央病院屋上に設置された大型のマナ発電機、そのメイン動力である巨大な風車がゆっくりと、そして次第に速度を速めながらブンブンと回り始めた。

 資材を運び出したのち、野崎は臨時事務所に残り、斑木を加えた四人で中央病院にやってきたのだ。

 組み立てを終えると、すでに夕方。暑さも峠を越した感じだったが、汗がべたべたとして蒸し暑い。もしかしたら陥没したことによって、盆地みたいに不快指数が高くなったのかもしれないと大根田は考えた。

 となれば、やはりこの発電機が回っているのは喜ぶべきことなのだろう。


「おお、いい調子じゃないか! ……しかし妙な形をしているね」

 大根田はしげしげと風車を観察した。

 湾曲した三枚の羽根が太い軸に取り付けられたそれは、博物館の外に飾ってある意味不明の近代オブジェに見えた。まあ、意味が判らないのは自分の学が足りないからだけども、と大根田は苦笑する。

「所謂ダリウス型ってやつですよ! いや、正確に言うとちょっと改良を加えてるんですけども、このタイプは最初はバッテリーで回してやらないと勢いが足りなくて――ま、ともかくこの形だと音も静かなんすよ!」

 ブンブンという音がブォンブォンと勢いのある低い音に代わり、ついでフォンフォンと高音になった。

 五十嵐が耳を塞ぎ、腰を低くして、大根田達の方に足早にやってきた。

「おい! これ危なくねぇか!? こんなスピードだとぶっこわれるんじゃ――」

 佐希子が耳を塞いで叫ぶ。

「い、いや大丈夫! 一応最高速になると、それ以上は回転数が変わらないようにブレードを調整してある! 多分! だいじょぶ! 多分……」

「おいおいおいおい! と、止める時はどうするんだよ?」

「ぶ、ブレーキがあるってばよ! で、でも、ここまですげぇ回ると思ってなかった! あれだね、ここらはマナの流れの本流があるのかもしれない! と、ということは――もしかすると――やばいかな!?」

 ええ!? とひきつった顔になる斑木。

「ど、どうするの、これ!?」

 佐希子は、頭を捻った。

「えーっと、基本屋上は危ないんで立ち入り禁止で!」

「解決してねーぞ!?」

 五十嵐の怒鳴り声に佐希子はうんうん唸っていたが、パッと目を輝かせる。

「あ! マナの流れを止める煙幕を出せる人がいる! その人に頼めば多分止められるんで、止めたい時は連絡ください!」

 フォンフォンはフォーンという甲高い音になりつつあった。

 たまらず四人は屋上から逃げ出した。

「浜本のおっさんか――でもあの煙、あの発電機に散らされたりしねえかな」

 五十嵐の言葉に大根田は頬を引き攣らせた。

「あ、ありそうですね……しかしまあ――」

 大根田は顔を天井に向けた。

 ごうごうと送風口から冷たい風が流れ出している。額に浮いていた汗が、体中のべたべたがすぅっと引いていく。患者のものだろうか、院内のあちこちからため息にも似た声が聞こえてきた。


 ああ、なんて涼しいんだろう。冷房ってこんなに気持ちよかったんだな――


 斑木は、大きく息を吐いた。

「……まあ屋上の件は、今は置いておこう。ともかくこれで暑さはなんとかなった!

 ありがとう皆さん!」

 その言葉に三人はホッと胸をなでおろした。



「どうだった?」

 戻ってきた大根田達を野崎は咥え煙草で出迎えた。火が点いていないところを見ると、少しばかりイライラしているらしい。

「大丈夫だ。多少の問題は残ったが、依頼達成だ。これ、斑木さんからの伝票ね」

 大根田の報告に野崎は頷く。

 時刻は五時半近く、そろそろ陽が沈む頃合いだ。臨時事務所のあるホールは組み立てたマナ灯が置かれていたが、やや薄暗く、まだ大勢の人がいる。

 人混みから抜け出してきた中里が、バインダーを差し出してきた。

「大根田さん、五十嵐さん、それに八木さんもお疲れ様です! では、こちらにご署名お願いいたします」

 佐希子が目を白黒させた。

「あ、あたしもっすか?」

「佐希子ッちは日雇い扱いね。

 でも社長、こんな逸材日雇いで良いんでしょうか?」

「うぅむ、よくないと思うねぇ。そこで、八木君には耳寄りなお話が!」

 テレビショッピングのようなやり取りに、佐希子と大根田はジト目になった。

「なに回りくどいことやってんだよザキ……佐希子ちゃんを雇いたいんだろ?」

「い、いやあ、それはちょっと――」

 慌てる佐希子の言葉を野崎は遮った。

「まあ、ちょっと聞いてくれ。今この会社には様々な依頼が来ているんだ。だから、専門家がいてくれると非常に助かるわけだ。君が提案してくれたマナの結晶による取引も、ある程度軌道に乗るまでは、君がいた方が良いんだよ」

「そ、そりゃそうかもしれませんが、あたしがどこかに属するというのは非常に、その――」

「もう一つ。

 君は情報を欲しがっているんだろう? この会社で仕事に協力してくれていれば、鮮度の良い情報がザクザク手に入るぞ」

「む――確かに、まあ……」

 考え込む佐希子の肩を野崎は軽く叩く。

「もちろん、強制はしないよ。受けてくれなくても、協力は惜しまない。

 まあ、君に唾を付けとこうって話だ。こんな事態だからね、打てる手を全て打っておき――っと失礼」

 野崎はこめかみに指を当てた。


「……ああ。今帰ってきたところだ。うん、一応聞いてみるが、明日じゃ――そうか。よし、じゃあ、30分以内には」

 大根田は野崎に頷いた。

「神部さんと馬場さんの方だな。俺の体調は大丈夫だ。五十嵐さんは?」

「同じく大丈夫です、社長」

 野崎は中里から渡されたバインダーをめくると、火の点いてない煙草をぴんと立てた。

「よし。向こうは県庁近隣の捜索は終わったそうだ。死――遺体は全部で百体越え。うろうろしていたあの黒い奴は全部始末したそうだ」

 佐希子が流石、と目を丸くした。

「で、警察本部の方をこれからすると? ううん、正体不明の――普通サイズの奴がいて、誰かのお知り合いに似てるんでしたっけ? なんだろうなぁ、それ……人間に擬態するマナモノってのが本命なのかな? それとも、幻覚を見せる類とか……」 

 野崎が苦笑した。

「君が判らんのに、俺が判るはずないって。

 おぉい! 探索に指定された皆さん、集まって!」

 三名の男女が人混みから現れ、野崎の横に立った。

「この人達も同行する。八木君はどうする? 好奇心を刺激されるかもしれんが、簡単に言うと危険だ。実はあれから自衛隊員が三人合流したそうでな、うちから出す人員は後方支援、つまり見張るだけになった。

 だが、何が起こるか判らん。何しろ人が大勢『殺されてる』からな。君もなんでもかんでも、と義務感にかられる事はないと思うぞ」

 佐希子は、苦笑いを浮かべた。

「……まあ、そういうのもあるんですけども……性癖というか習性というか、一目見てみたいって欲の方が、恐怖よりも強いと言いますか……」



 大根田、五十嵐、佐希子と三名は警察本部前に20分後に到着した。辺りはすでに完全に日が暮れていたが、懐中電灯の光が乱舞し、大勢の人間が行き来している。

「やあ、どうも。俺が神部だ」

 柔和な顔の長身の男が折り畳みの椅子から立ち上がると、大根田に手を差し出した。髪は白いが手は力強い。

「おう、俺が馬場だよ。あぁ、やっぱり一度会ってるね、あんた」

 神部の横で椅子に座ったまま煙草をふかしていた男が、大根田の顔を見て笑った。中央が禿げ上がった丸顔の初老の男。確かに、野崎と事務所で立ち話をしているのを見かけた気がする。

「一等陸士の矢羽野やはのです。よろしくお願いいたします」

 直立で敬礼をした若者が、軽く頭を下げる。大根田も慌てて頭を下げた。

「こちらこそよろしくお願い足します。私達は野崎派遣会社から来ました。

 私は大根田です。こちらは新入社員の五十嵐君」

 五十嵐が頭を下げ、佐希子はさっと敬礼をした。矢羽野がはにかみながら敬礼を返す。

「じ、自分は八木佐希子であります! 特別顧問として参上しました!」

 おお、と馬場と神部が声をあげる。

「お嬢ちゃんが八木佐希子か! ほら、自衛隊さん、さっき教えたマナ電話を広めてる人だよ」

 ああ、と矢羽野が驚いた顔をした。

「この子が! いや、大助かりです! 電源無しで通信ができるのは大変ありがたいです。今部隊の皆の間で広がっている最中だと思います」

「それは、良かった! き、昨日、ヘリが駅東に落ちたんすけど、その人達にも教えたんで明日には全部隊に広がってるかもしれませんね」

「ああ! そのことはさっきマナ電話で聞きました。なんでもヘリが襲われたとか――」


 佐希子が霧の怪物に関して説明を始める横で、大根田は紹介を続けた。

「で、こちらは――」

「俺は西牧洋二にしまきようじ。能力は手から衝撃波が出せる」

 中肉中背の若い男は、手をこすり合わせた。神部が、へえと声をあげた。

「衝撃波、というと、こう、ばちーんとくる感じの?」

 西牧は神部に掌を向け、口の端を上げた。

「コンクリの壁をバラバラにできるぜ。おっさんも試してみるかい?」

 大根田がさっと前に出ると、西牧を睨みつけた。

「西牧さん、それほど危険な能力なら、人に向けるべきではないと思いますが――帰りますか?」

 西牧は、はぁ? と高い声をあげた。

「なんすか、冗談っすよ。冗談。それに俺が帰ったら、戦力大幅ダウンっすよ?」

 五十嵐が鼻で笑った。

「俺たちゃ、見張りだぞ? 戦力もクソもねえ。なあ、水鉄砲の姉ちゃん」

 同意を求められた阿部山は、困った顔で頭を掻いた。

「あ、あの皆さん、もうちょっと平和的に、その――」

 阿部山香あべやまかおり。昨日、ホールで二つ頭を水鉄砲で打ち抜いた女性である。

 西牧は肩を竦めて、すいませんと頭を少し下げた。

「ちょっと調子に乗ってましたぁ。現場にいさせてくださいよ。バッチリ見張りますよ」

 五十嵐と西牧がメンチを切り合う。大根田はため息をつくと、あ、ごめんと最後の一人に頭を下げる。

「こちらは光村さん。大学生で、ええっと――」

 禿頭の巨漢は一歩前に出ると、はきはきと喋った。

「はい! 自分は光村猛みつむらたけしです! 居種宮大学ボディビル研究会副部長をやっているであります! 好きなポージングはサイドチェストです!」

 矢羽野と話していた佐希子、メンチを切り合っていた西牧と五十嵐も含め、全員が固まった。

「……ええっと、その――君の能力は、その筋肉的な……」

 大根田がおずおずと聞くと、光村はいやあ、と頭をペシャリと叩いた。

「自分は魅せる筋肉でして、怪力とまでは……能力は光れるだけでして……」

 佐希子が、頭を捻った。

「それって――こう、ぴかーっと光るってこと?」

「はい! なんともお恥ずかしい限りです! 野崎社長から補助として派遣すると言われましたので、雑務ならお手伝いはできますが、戦闘や探索になりますと皆さんの足を引っ張ってしまうかもしれません! 申し訳ありません!」


 西牧がくくっと含み笑いをした。

「ま、良いんじゃねえの。どうせ俺たちゃ見張りなんだし……」

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