5:クエスト1:発電機の資材を回収せよ!
居種宮アルコは地上九階、地下二階の大型デパートであった。創業当初は売り上げも悪くなかったのだが、来客数は年々減少し、遂に去年閉店となった。
ネット通販の所為だ、とアルコの従業員がぼやいているのを何度か大根田は聞いたことがある。
「昔、高校生の頃、引きこもる前には毎週来てたんすけどねえ……」
佐希子はそう言って鍵を使って錠を外すと、白塗りの仮囲いを開いた。
佐希子の前に大根田が滑り込むと、中に首を突っ込んでぐるりと見渡す。
広告を外されたのっぺりとした壁と、ガラスドアを外された所為かやけに大きく感じる入口が正面にある。
大根田は中に入ると小太刀を抜いた。
「なんだ、スカスカじゃないか」
続いて入った野崎が気の抜けたような声を出す。
太陽が真上に近い所為か、がらんとした建物内は薄暗かった。
「いや、一階は階段以外全部取っ払って、資材置き場にしたんですよ。で、ついでに井戸も掘ったんです。前は、ここを避難場所とかにしようかな、と思ってたんで……」
佐希子に続いて五十嵐が入ってくると、懐中電灯で中を照らす。
黒いシートのかかった大きな塊が奥に幾つか見えた。
「あの奥に簡易事務所みたいな物があるんです。で、その中に井戸があって、一応、マナの結晶を入れれば運転できるようにしてあるんだけども――」
みしり、と音がした。
五十嵐がさっとそちらに懐中電灯を向けるが、何もない……ように大根田は思えた。
「まあ、何はともあれ中に入るしかないわな」
野崎はそう言うと、仮囲いの支柱にロープの一方を巻き付け、自分の腰に反対側を巻き始めた。
五十嵐がその手を止める。
「いや、俺が先に行きますよ。盾役の社長は佐希子を守ってやってください」
呼び捨てかよ、と佐希子はちょっと驚いたような顔をする。
「うーん、その方が良いのかな? ねだっちはどう思う?」
大根田はじっと薄闇に目を凝らす。
「もしかしたら中に入ったら入り口がなくなるかもしれないんだよな。なら――確かに五十嵐さんか俺が先頭の方が良いかもしれないな」
「おっさんは先頭にするとダメだ」
きっぱりと五十嵐は言い切る。
野崎は、ほうと口を丸くした。
「その心は?」
「無理と無茶をすぐにしたがるからだ。昨日からこっち、ハラハラしっぱなしだぜ」
大根田は、いやあと頭を下げた。
「反省してますよ。妻にお説教されちゃってね、今後は慎重に行動しますよ」
五十嵐は、腕を組んで唸った。
「確かにさっきのヨモツシコメの時は控えめだった気もするが――まあ、判ってりゃいいんだ。いつでも俺を含めて誰かが助けにいけるとは限らねえんだ。
万が一誰かが死んだりしたら――俺たちゃ、多分終わっちまう」
大根田は深く頷くと、じゃあ、と命綱を巻き終えた五十嵐の背後についた。
「先頭をお任せします。でも万が一を考え、五十嵐さんの服を掴んで突入しますよ」
野崎が、おおそれじゃあ、と大根田の服を掴んだ。
「こうやって数珠つなぎで行けばいいだろ。さあ、八木のお嬢ちゃんも掴んで」
「待って待って! まずは――」
佐希子は石を拾うと、中に投げ入れた。
石はからんと音を立て、入り口から少し入った所に転がった。
四人は顔を見合わせた。
「……大丈夫ってことか?」
「……少なくとも無機物は影響されない、みたいな?」
「いや、それじゃあ、ダンジョンになってたら俺たちの服だけ別行動になっちまうぞ?」
「……た、試してみますよ!」
佐希子は五十嵐の腕を掴むと、足を思い切り伸ばした。
「お、おい――」
「先っちょだけ! 靴の先っちょだけだから――」
ぶうんと、羽音が聞こえた。
大根田が振り返ると、強い日差しを避けるように大きな蜂がふらふらと飛んできて、四人の脇を抜けると、建物に入っていた。
蜂は正面やや右の柱にとまると、一息ついたように羽を休めている。
「……入りましょうか」
大根田の提案に三人は頷いた。
モーターの音が響き、蛇口から澄んだ水が噴き出した。
佐希子はそれを確認すると、浄化槽の蓋を開ける。紫色の光が一緒に覗き込んだ五十嵐と野崎の顔を照らした。
「これ、水を奇麗にする奴が出してんのか?」
佐希子は頷くと、蓋を占める。
「これで病原菌、ヒ素、鉛等々を完全に分解除去してくれるのよ。欠点は活発すぎて、定期的に水を出してやらないと飢え死にするってところかな」
野崎が凄いな、とコップに水をくむ。
「人体には勿論無害なんだろ?」
佐希子が胸を張った。
「あったりまえですよ! むしろ、ヒ素や鉛中毒の人の体に入ればそれを分解してくれるかもしれないってウルトラ健康食品ですわ!
あれですよ、昔話で『万病の治る泉』とかってあるでしょ? あれはマナがたまたま濃い場所に沸きだした泉で、良い具合に変化生物が繁殖したおかげじゃないかと考えてるわけですよ!
だから、ほら! そういう泉って枯れるか、年月とともに効能がなくなっちゃうじゃないすか? あれはつまりマナ切れなんですね!
いやあ、それにしても、これを使ってお金を儲けようかと本気で考えたけど、陥没前だとマナが不足気味だから安定するかどうかが不安だからとギリギリで抑えたあたしを褒めたいですねえ! やっぱ人間、欲ってのは、ほどほどにして――」
野崎は苦笑しながらも、佐希子に惜しみない拍手を送った。五十嵐が苦い顔をする。
「社長、こいつ褒められると際限なく調子に――」
大きな音がした。
三人が飛び上がってそちらを向くと、大根田がフロアの中央、薄闇の中にぼんやりと立っているのが見えた。その向こうには大きな階段らしきものがあるようだ。
五十嵐がすぐに駆け出すも、何かに躓いたのか、前につんのめった。
「おい、どうした五十嵐君!」
「……いや、今、妙な感覚が」
佐希子がバタバタと走ってくると、大根田の方に声をかけた。
「お、大根田さ~ん。何ですか今の音は!? 上? 上ですか?」
「そうだ。上から聞こえた……」
大根田はじりじりと階段の方を見ながら、後ずさりしてくる。
野崎は佐希子の前に出ると、フロアに目を走らせた。
「いるのか?」
大根田は野崎の所までさがると、頷く。
「かなりの数が動き回っている感じだ。小さな足音は聞こえてたんだ。だから確認しておこうと思ったんだが――」
大根田は懐中電灯を階段に向ける。
象牙色の手すりがぼんやりと浮かび上がる。
大根田はそのまま懐中電灯を上に向けていく、と――
「あ!! こ、これって――――――ダンジョン! ダンジョンですか!!? やっぱここ、ダンジョン化してたんだ!!!」
懐中電灯の光は上り階段中央の辺りでグニャグニャと曲がってしまった。
野崎は、自分の懐中電灯を点けると階段に向けた。やはり光は滅茶苦茶に曲がり、階段の登り口を照らした。
野崎はふむ、と唸ると、ぐるっと辺りを照らす。
上り階段以外は普通に光が直進する。下り階段の方も大丈夫のようだった。
「……あの階段から上がダンジョン。ここと地下は大丈夫ってことで良いのかな?」
大根田は首を捻った。
「確かに上の階は異常だと思う。下から見ると階段の途中から輪郭がぶれて見える感じがするんだ。しかもゆっくりと回っているみたいに動く。じっと見てると気分が悪くなってきちゃってな……。
だけど、さっき試しにやってみたんだが――」
大根田は小太刀を取り出すと、熱を付与する。ぴくりと眉が上がった。
「やはりだ。今、俺の中で、ぽっかりと何か小さな物が欠けた感じがした」
五十嵐が、賛同する。
「それだ! さっきダッシュする時にちょっとマナを使ったんだが、急に空白ができたみてぇな感触がして、驚いて躓いちまった。今もそれが治らねえ」
佐希子は顎を指でトントンと叩いていたが、ややあってマナ電話を三人にかけた。
『聞こえますか? 何か感じますか?』
ザキ『あ! 確かに体の中にちょっとした隙間ができたみたいな感じがしたぞ』
ね『同じく。これがマナが『全く』回復しない感覚なのかな?』
『恐らくはそうですね。私も初体験なんで確実ってわけじゃないですけど、マナ電話程度なら一瞬で普通なら回復するはずですから、間違いはないでしょう』
ヤ『足を速くするのと、マナ電だと、減り方が違うのか。こりゃ色々と試して自分を知っとかないとな』
ね『そうだね。しかし、ダンジョン内では、まあ厳密にいうと中じゃないけど、マナ電話はできるってことかな?』
『恐らくはそうだと思います。だからあたしの広域探索の――昨日のレーダーの技術を使えばダンジョンのマッピングが可能かもしれない……うん、いけるかも!』
ヤ『しかし、ここはダンジョンって扱いなのか? 一階はマナは回復しねえが、それ以外は普通に思えるぞ?』
『……恐らくは『ダンジョンになりつつある場所』なんじゃないかな? このまま放っておけば空間が歪みだすのかも』
ヤ『おいおい! 広がるのかよ!? じゃあ、おめぇ、こういう場所を放っておいたら――』
『ストップ! まだ可能性の段階! あたしだって初体験中なのよ。もうちょっと前戯を――』
ヤ『無理やり下ネタねじ込むんじゃねーよ』
『気にすんなよ! しっかし、これはもう上に行くしかないっすよね!? あ、そういやエレベーターが――あ、封鎖したんだっけか。発電機付ければ動かせるかな? いや、それとも外壁を登って窓から中を観察するとか――』
野崎は、マナ電を切ると、ポンポンと手を打った。
「よし、そこまで。今は発電機の件を片付けちまおう。上の階はどこまでがダンジョンか知らんが、最悪九階までってこともある。入念に準備しなきゃあ、危なくてダメだ。
外から観察するならうってつけの人材がいるが――」
ああ、と大根田。
「昨日の清掃員の人か?」
「今岡さんだ。今日うちに正式登録してもらった。今は帰っちゃっていないけど、明日は来るはずだから、それから色々考えよう」
佐希子は、両手をにぎにぎしていたが、ややあって大きく息を吐いた。
「まったく仰る通りっすね。北海道と京都から続報もあるかもしれませんから、攻略は明日以降ってことで――いや、他の二人の役に立ってないんじゃないかって、なんでもかんでもすぐにやりたガールになっちゃってましたね、自分」
五十嵐が、なんだそのガールはとツッコミながら腕をまくった。
「おめぇはかなり頑張ってると思うぜ。とにかく資材を外に出しちまおうぜ」
大根田も腕まくりをした。
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