4:マナチャット
「やあ、どうもどうもどうも! 君が八木さんかな?」
大きな声をあげながらホールに入ってきた男は、医者の不摂生を絵に描いたような太めの体系だった。彼は首にかけた手拭いで顔を拭うと、人懐っこい笑みを浮かべる。
「ま、斑木先生、ですか?」
「そうですそうです、わたくしが斑木です。いや、汗臭くて失礼失礼!」
斑木はそう言うと、ペットボトルの水をごくごくと飲んだ。
「いや、あっついわ。これ40℃いってるんじゃないの?」
長机に座った十勝が、35℃よ! と大きな声を張り上げる。
「十勝ちゃん、ありがとね! しかし35℃か。部屋にこもってる年寄りはまずいな、これ」
野崎が顔を顰める。
「一応上の階に冷暗所を作ったが、もう満杯だ。病院はどうだ?」
打てば響くように斑木が、満杯さと答える。
「どうにもならん。で、もうちょっとだけ冷房を下げたいんだが――」
佐希子が、そうそれ! と甲高い声をあげた。
「は、発電機の事なんですけど――」
「ああ、それなら光江ちゃんからすでに聞いてる。で、こっちは人手を用意できなくてね。悪いんだが、パーツを運ぶ人員を都合してくれんか?」
斑木の言葉に野崎は頷くと、中里が差し出したバインダーを取る。
「今空いてるのは――五十嵐君とねだっちだな。五十嵐君がいるから運搬は大丈夫だろう。で、料金の方だが――」
斑木が、頭を下げる。
「いや、すまんが後払いで頼めんか? 何しろこんな状況だし――」
「いや、勿論大丈夫だ。ただ、できるなら料金よりも物資で――」
ああ、と斑木が困った顔になる。
「食料か。ううん、それはこっちも喉から手が出るほど欲しいんだよなあ……」
「そっちもか……しかし、参ったな。スーパーとかが全滅だから、金の意味が無いんだよな」
佐希子がさっと手を挙げた。
「そ、それなら、提案があります!」
全員の目が集まる中、佐希子がポケットからマナの結晶を取り出した。
**********************
『おはようございます。わたくし、居種宮南消防署署長、
『皆さんおなじみ、中央病院の斑木です』
『中央警察署勤務、
『上下水道局色々担当次長、
『おう、野崎だ。記録係としてうちの社員、中里、大根田、五十嵐も同席してる』
『いえーい! 馬場ちゃん相変わらず二日酔いっすか? あと神部さん、『わたくし』ってキャラ違くないですか? 茅野さん、見えませんけど一応言っときます。眼鏡汚いっすよ』
『おはようございます、大根田です。よろしくお願いいたします』
「同じく、新入社員の五十嵐です。よろしくお願いいたします』
『えー……ゴホン、私が今回マナチャットを取り仕切らせていただきます、八木佐希子です。混乱を避けるために、少しばかり皆さんの頭にちょっとした物を流したいんですが――いいですか? ちょっと疲れる程度で実害はない物なんですが』
『試しにやってみてくれますか――ああ、ちなみに今発言したのは、神部です』
『ありがとうございます。他の皆さんもいいですか?』
『『『『『いいよやってくれかまわんよおっけ』』』』』
:::::::::::
里『……あ、凄い。声だけじゃなくて、名前付きの文字が頭に浮かんでくる! これ、そのままプリントできるかな? 速記めんどくさそうで』
ザキ『そんなことできるわけ――うぉい! 俺の名前がザキになってんぞ!』
ね『まあまあ、わかりやすくていいじゃないか』
ヤ『……予想通り、ヤーさんのヤか……』
『良子ちゃん、記録は一応あたしの方でできるよ。これで念写とか自動書記の能力持ちが運よく見つかれば、良いんだけども――』
ザキ『あ、それなら多分うちの伊藤君がそれだ。なんでも朝起きたら夢に見たことをスマホのメールにびっしりと打ち込んでたらしい』
里『やった! じゃあ、社長、あたしちょっと休んでいいですか!? もう、ぶっちゃけ眠くて!』
ザキ『おう、しっかり休め。受付が落ち着いてきたら休憩回しといてくれ』
里『アイアイサー!』
中里さんが退出しました。
神部『へえ、凝ってるな』
茅野『うるさいのがいなくなって、清々しますね』
馬場『でも、お前また眼鏡汚れてたんだろう?』
茅野『いいから本題に入ってくださいよ』
斑木『よし、じゃあ、中央病院から行くか。現在、発電機を回してるが、もって五日だな』
ザキ『随分、もつじゃないか?』
斑木『光江ちゃんから事前に聞いてて燃料は大量に備蓄していたからな。もっと言えば、冷房以外をカットしても何とか回せるんだよ、今は』
神部『ああ、医療能力持ちが集まってきてるのか?』
斑木『ああ。元医療関係者から素人までより取り見取りだ。私自身、メスを使わずに開腹手術ができるからね。
で、さっき八木さんが提案したマナの結晶の話なんだが――』
馬場『俺たちで決めるこっちゃないが、通貨代わりってのはいいかもな。腐ったりしないし、そこらに落ちてるもんでもないんだろ?』
ね『主にマナモノ――昨日から徘徊し始めた怪物を倒すと発生するらしいです。他にもマナの濃い場所にできる可能性もある――でいいんだよね、佐希子ちゃん?』
『そうですそうです! 北海道では心霊スポットの壁に、京都では神社の鳥居に張り付いているのを見つけたそうです』
茅野『どちらにしても格差はできるわけですね』
ザキ『まあ、そうなるかもな。マナ長者なんてのが半年後にはいるかもしれん』
神部『じゃあ、今度は消防だ。分署とは無線で連絡を取り合ってるが、どこも自分の事で手いっぱいだな。大体、あの道じゃ車が走れんし、上下水道もお釈迦だ。大火事が起きたら、どこまで広がるか見当もつかん。
あと、うちにも発電機をつけたい。ぶっちゃけ冷房が欲しい』
ザキ『依頼か。八木のお嬢ちゃん、発電機はどれだけ作れる?』
『申し訳ありませんが、まずは病院や養護施設を先にしたいんです。ですので、現状、そちらに回せる発電機はないんです』
神部『そりゃ仕方ないか……くそっ!
茅野『言葉が汚いですよ。じゃあ、こちらの話をします。上下水道がズタズタなうえに、川の流れが変わりました』
馬場『ああ、田野川が干上がったのはその所為か。俺としては道がぐちゃぐちゃなんで移動手段が欲しい。後は――県知事が行方不明らしい』
ザキ『……マジか? ちなみに市長は?』
神部『そっちは死体を確認した。今、俺と馬場さん、県庁に来てるんだがな、酷いね。死体だらけだ』
ね『し、死体ですか? じゃあ、マナモノがいるんですか?』
馬場『……そうだな黒い奴――ヨモツシコメか? それとか、大きな面とかを何匹か始末したんだが――』
『面? な、なんですか、それ?』
神部『ほら、かんぴょうの身を使った『ふくべ』ってあるだろ? あれの鬼の面、ええっと、『
くるくる回りながら飛んできて、顔に張り付いて皮をはがそうとしやがった』
『ぎょ、ぎょえーーーーっ!!? 新種! 新種じゃん!! 詳しく! もっと詳しく!!!』
ね『佐希子ちゃん! 今は抑えて!!』
『はっ!? し、失礼しました……』
馬場『面白い嬢ちゃんだな、はは。で、まあ、そういうのをぶっ倒しながら、庁舎と近隣を捜索してたんだが……』
ヤ『が?』
神部『裏にある警察本部ビルに装備を取りに行ったんだが、入り口が瓦礫で塞がっててな。それで窓から入ろうとしたんだが、中に何かがいて、やっぱり死体だらけなんだよ。で、そいつを一瞬だけ目視したんだが、その――サイズが俺達くらいなんだ』
『……は?』
馬場『俺もちらっと見たんだが、どうも、その――知ってるやつに似ててな』
ヤ『それは本当に知り合いの、要救助者じゃねえのか?』
馬場『いや……手が普通の人間のそれじゃなかった。ちなみに中にある死体の損傷具合がひどいんだよ。もう肉と血としか言いようがねえよ』
『それは……一体……人の体のサイズのマナモノ――それとも人に擬態した――』
ザキ『おい、まさか、中に入る気じゃないだろうな? やめろやめろ!』
馬場『大丈夫だよ。消防職員十人と警官八人じゃ敵わないのが本能でわかる。血の匂いも凄くて……ぶっちゃけ、おっかなくて、みんな近づくのも嫌がってる。
で、依頼だが、強い魔法が使える奴をよこしてくれねえか?』
ザキ『……よし、使えそうな人員を派遣する。だから、それまで絶対に待ってろよ』
茅野『私は
『へ? でも川を探しても、上下水道の整備には時間と人員が――』
茅野『いや、さっきザキと話したんだが、移動手段として蒸気機関車を使うなら給水場が必要だからな。動くなら早いうちが良い』
『じょ、蒸気機関車って、そんなのどこに――あ!
ザキ『そうだ。あそこに知り合いが一人いてな、さっき連絡を取ったら、もう向こうはその方向で動いてるとさ。まあ、問題は燃料の石炭なんだが――』
『それ、だ、大丈夫! マナの結晶に熱属性を付与すれば、石炭よりも小量で長持ちする燃料になりますよ!!』
ザキ『よし! じゃあ、機関車はこのまま進めるぞ。茅野、給水所の件頼むわ』
茅野『了解した。こっちでトラブルが起きた場合は、頼りにしてるぞ。以上通信終わり』
茅野さんが退出しました。
神部『じゃあ、俺達もそろそろ抜けるわ。警察本部ビルはそっちの応援到着を待つことにして、近隣の捜索に戻る』
馬場『水と食べ物、あとできれば酒も頼むわ』
神部さん、馬場さんが退出しました。
**********************
マナチャットを終えると、一同はほっと息を吐いた。佐希子は、ぐったりと壁にもたれる。
「佐希子ちゃん、大丈夫かい? 水飲む?」
心配そうな大根田が差し出したペットボトルを受け取った佐希子は、飲まずに手に水をかけると、額にぺしゃりとかけた。
「いやー……疲れたっていうよりも、知らない人達を繋いだんで、緊張しちゃいましてね……」
五十嵐が頷いた。
「同じく」
佐希子と五十嵐が拳を合わせる横で、斑木が小さく手を挙げた。
「なあ、八木さん。このマナ電話、距離はどのくらいまでいけるのかな?」
佐希子の顔が少し強張った。
「……京都の友人はベラルーシの友人に繋げることに成功したと言ってます。私は京都と北海道の友人と通信しています」
「……そうか――しかし、じゃあ、なんで東京や、それより近い北部の月光市に繋がらないんだろうか?」
野崎が笑った。
「そりゃあ、斑木の友達が友達じゃなかったてことだろ」
斑木が、ええっと苦笑いをする。
「散々おごってやったんだけどな……」
佐希子がやや俯きながら小声で言った。
「実はその……こちらでも東京や大阪にも繋がらないのは確認してるんです。ちなみに、ネギハマー砦の皆さんも通信に成功したのは一人もいません」
大根田が息を止める。
昨日の五十嵐の言葉が頭に浮かぶ。
――東京までこうなってたら、どうなっちまうんだろうな――
まさか、東京や大阪は――
佐希子は押し黙った一堂に向かって、慌てて大きく手を振った。
「あ、や、それは別にその二つの都市が最悪なことになった、ってわけじゃなくてですね、ほら、大根田さん、昨日の浜本さんの煙を覚えてますか?」
ああ! と大根田は佐希子を指さした。
「そうか、ああいうマナをジャミングする何かがあるかもしれないわけだ!」
「そ、そうですそうです! だから関東の我々は、東京を目指さなければいけないんですよ! 京都の能美ちゃんは大阪を目指すって言ってますし! まずは調査をしなければ――」
斑木は首を捻った。
「月光市もそうなのか? 同じ県なのに難儀だな」
大根田は、佐希子が何か言いかけたのを見た。だが、彼女は頭を振って、言葉を飲み込んだようだ。
何か思う所があるが――確証がない、というところか。
野崎はこめかみを押さえ、むむむと低い声を出した。
「よしよし、確かに県外脱出は考えなくちゃならんわな。ってことは、まず簡易的な移動手段が必要だよな。車も自転車もバイクもこの道の状態じゃ無理だからな。
あいつに連絡が取れれば――ところで、これって連続でやると、結構疲れてくるな。さっきの君らの会話によれば、マナってのは、じっとしてれば勝手に補充されるんだろう? 俺は溜まりにくいのかな?」
佐希子は、再び沈黙した。
「……まあ、『ここ』なら個人差がありますけど、問題はないと思いますですよ? 使いながらどんどんマナは体の中に入ってきますからね。一度にどばーっと使わなければ、ぶっ倒れたりしないと思います」
五十嵐がぎょっとした。
「おい! 使いすぎるとぶっ倒れるのかよ!?」
「なんじゃい、知らなかったんかい! そうそう便利なことがあるものかよ!」
「なんか喋り方がアニメっぽくないか」
「いかん、元ネタを知らん人にやっちまったか」
けらけらと笑う佐希子。大根田が見るに、やはり年齢が近い方が話しやすいようだ。
「まあ、真面目な話だと、マナを取り込んで能力に変換する際に、脳に負荷がかかるんじゃねーかなと考えてるわけよ。目を使いすぎると眼精疲労で体全体がやばくなるっしょ? あんな感じ」
「うーむ、そんなに本を読んだことはねえが、『孤高の仁義』シリーズを徹夜で見たときにそんな感じになったな」
「それそれ。アニメで貫徹してもそんな感じで――」
大根田が会話に割って入った。
「佐希子ちゃん、『ここ』ならっていうのはどういうことだい? もしかして、『マナが回復しない場所』があるとか?」
佐希子は大根田をびしっと指さし、それ! と叫ぶ。
なんか、俺と話すときもイキイキしてる気がする……。
「これまたホヤホヤなんですよ! 北海道で昨日の深夜発見! マナに流れがあるのは覚えてるよね?」
五十嵐が、ああ、と声を出した。
「発電機のプロペラか?」
「それそれ! でもマナの流れは色々な原因で一か所に溜まっちゃう場合があるらしいんだなあ。例えば神社や心霊スポットとか……」
大根田が眉をひそめた。
「昨日言っていたマナを貯めて加護を得るとかいうやつだね。だから神社に結晶ができちゃうってことか……ん? それって、つまり――」
大根田は言葉を途切らせ、五十嵐を見る。
「逆もあんのか? マナが溜まって害になる場所もあるって?」
佐希子はパチンと指を鳴らした。
「そうなんですよ! 北海道で観測された場所だと、マナは一度使うと回復しなくて、しかも、その『マナ溜まり』は地形を変化させるらしくて――」
佐希子は両手をワキワキと開閉させながら、下を向いてうろうろしだす。
「じ、実に興味深いと思いませんか!?
北海道のそれは、鉄道のガード下だったんすけどね、幽霊が出るって噂がある所謂心霊スポットで、実際に花が置かれていたりしたそうです。二車線で、長さは十メートル。小さな何処にでもある高架下ですよ!
だけどもそこに入って生還した人の証言だと、延々と続くコンクリートの回廊があった、と。しかも後ろを見ると、今通ってきた道がなかったとか……」
立ち聞きしていた中里がひぇっと小さな悲鳴を上げた。
「ヤバい話じゃん、それ! でも面白い怪談だなあ……広めていい?」
佐希子はこくこくと頷く。五十嵐が、長い溜息をついた。
「……もしかしたら、ここらにも、そういう場所があるかもしれないと?」
「……まあ、その……何か『いわく』や『そういう噂』がある場所は、そういう可能性が高いかな、と」
ん? と野崎が首を傾げる。
「発電機の資材って、そこのアルコの中にあるんだよな?」
中里が、続けて首を傾げる。
「あれ? そういえば――」
大根田も首を傾げた。
「あぁ~……なんだっけ、首吊った人の幽霊が出るって噂があった、よう、な……」
佐希子が、いやぁと頭を掻いた。
「実はそのー……そういう噂があったんで、お安く買えたって裏事情がありましてですね、でも、まさか、こういう事になっちゃうとは思わなくて……」
五十嵐がやれやれと、目を瞑った。
「幽霊屋敷で資材回収とはな……」
佐希子は、ちっちっちっと指を振った。
「まったくヤーさんは浪漫がない!
こういうリアルタイムで変化する広大な迷路のような場所をなんというか? 人それを――
『ダンジョン』と呼ぶ!」
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