5:黄泉付喪

 応援に駆け付けた麗子たち黒尽くめが十人、大根田達が六人。マナ灯を三つ点け、手に持った懐中電灯を一斉に前に向けると、目の前の駐車場にそれはいた。


 最初は真っ黒な大きな塊にしか見えなかった。


 がりがりぎしぎしと大きな金属音をさせながら、それはじりじりとこちらに近づいてくる。

「……まるでクジラだ」

 息を殺した宝木の声。浜本は後ろにじりじりと下がると、駆け出した。

「あ、おい、浜本さん!?」

 宝木の驚いたような声に、五十嵐がいやぁと半笑いを浮かべる。

「まっとうな神経なら逃げるだろう。俺だって、限界だぜ……」

 麗子が装備を点検しながら、大根田に話しかけた。

「あなた、まずは私たちが撃ちまくるんで、突撃するのはその後にしてね。それと――」

 大根田は静かにうなずくと、手に持った長い鉄パイプを赤熱化させた。

「それと?」

「なるべく射線には出てこないで」

 大根田はごくりと唾を飲み、麗子たちが構えた銃を見た。

 マナガン、と呼ばれているそれらは、モデルガンを改造したものだ。爆破属性を付けたマナ結晶の破片を使って、空気を弾丸のように打ち出す、まさに『エアガン』なのだそうだ。

 威力は『お鍋の底に穴が開くくらい』とのこと。

 そんなものを後ろから食らった日には……。

「き、気を付けます、はい……」


 よろしい、と頷いた麗子は拳を上げ、オクサマーズは前進を開始した。

 作りかけのバリケードを潜ると、左右に音もなく散会する。

『照明弾』

 佐希子経由で全員に解放されているマナ電話上で光江の冷静な声が聞こえた。

 さっと青白い光が閃いた。

「うわっ、マジかよ!? なん――どうなってんだ、あれ?」

 井沢父の驚く声。

 大根田も全くその通りだと思った。


 なんだ、あれは?


 巨大な黒いタコ――大きな山のような体から真っ黒い触腕のようなものが無数に伸びている。だが体が角度を変えると、その後ろにも団子状に連なった真っ黒い体があるのだ。


 タコじゃなく――ムカデだ。

 大ムカデ。


 だが、それだけじゃない。

 大ムカデは全身に金属をまとっているのだ。

 ガードレール、鉄柱、そして無数の自転車。

 百台? いやもっとか? それらが触腕や胴体にぎっちりと張り付き、動くたびに金属音を上げているのだ。


『大根田さん! 視界ちょっと拝見しま――うおおおおおっ!? なんじゃこりゃ!?』

『いや、それをおめぇが言っちゃうか?』

『い、いや、だって――あ! これ、もしかしたら……『黄泉付喪よみづくも』かな?』

 佐希子の言葉に大根田が、眉をひそめた。

『なんですかそれ? また新しいカテゴリー――いや、魔渉物の一種ですか?』

『い、いえ、北海道で観測されたものなんですが……さっき付喪神って説明しましたよね?』

 おお、と皆が肉声で返事をする。

『あれって敵意を持ってない奴もいたりするんですが、大型の付喪神を『付喪大神つくもおおかみ』と呼んでいるんです。で、そいつにヨモツシコメが入り込むと、ああいう感じになるとかなんとか……』

『……はあ。で、『黄泉付喪』だとなんなの?』

 宝木の質問に、佐希子は一瞬間をおいて返事を返した。

『極めて凶暴で、なおかつ硬い。弱点はヨモツシコメと同じく頭部を破壊すればいいんですが――』


『射撃開始』

 冷静な麗子の声のもと、突然射撃が始まった。

 キュキュキュッと甲高い射撃音と、ガンガンという金属音で辺りが一杯になる。

 大ムカデは一瞬身を縮めるも、こちらにむけて予想外の速さで動き始めた。

 ラヴァァアアアアアアッ! と廃車の窓が振動するくらいの大音量で吠える大ムカデ。

『各自、建物の陰に――』

 麗子の指示よりも速く、黒尽くめの一人が吹き飛ばされる。

 くそっと五十嵐が壁に向かって飛ぶと、その人を受け止めた。だが勢いは殺せず、そのまま路面を長く転がる。

「五十嵐さん!?」

『こっちは平気だ! おっさんは前だけ向いてろ!』

 くそっ、とじりじりと前に進む大根田。

 目の前にある作りかけのバリケードの前を、何かが凄まじい勢いで通り過ぎる。


 あの触腕か!


 大ムカデは自転車が絡みついた無数の触腕を振り回しているのだ。

『距離をとって! 建物の陰から射撃! 狙いは腕の付け根! 頭部を確認出来たら、そこを狙ってもよし!』

 黒尽くめの一人――浜本くれなが積まれた車に次々と触る。

 転送されたそれは大ムカデの上から降り注いだ。

 すさまじい音が響き、甲高い悲鳴を上げる大ムカデ。だが、大きく身を震わせると、体の上に乗った廃車達を振り落とした。

『くれな、それ禁止! あ、くそっ!』

 黒尽くめたちが一斉に逃げまどい、振り落とされた廃車がバウンドしてバリケードや家の塀を破壊する。


「お、大根田さん! 逃げた方がよくないですか!?」

 宝木の声が近くから聞こえる。

 ぎしぎしと車の揺れる音がする。

 大根田は大ムカデから目を離さずに、ゆっくりと前に進み続けた。

「宝木さんは逃げてください! ここを通したら、後ろは全滅するかもしれない!」

 大根田はそう言って腰を低くし、前に飛び出そうとした。

『あなた! 上!』

 麗子のマナ電にハッとして身を翻すと、間一髪、自転車触腕が今まで大根田がいた場所に垂直に叩きつけられた。

 飛び散るスポークを大根田はパイプを素早く回して弾き飛ばす。

 だが、二激、三激と自転車触腕が叩きつけられてくる。

 たまらず後ろに転がる大根田。

 射撃音が鳴り響き、大ムカデの触腕の一つがちぎれ飛んだ。

 悲鳴を上げる大ムカデの頭上に、鉄パイプが次々と垂直に突き刺さる。五十嵐が投擲したものを、くれなが転送させたのである。

 悲鳴を上げる大ムカデ。


 やったか!?


 だが、大ムカデは体勢を崩しながら触腕を無数に伸ばし、バリケードを取り込み始めた。

 再び転送された鉄パイプの雨は、頭上に装着されたバリケードで威力を削がれてしまう。


 しかし、動きは止まった!


 機を逃さず、大根田は突撃する。

 手近にあった触腕に鉄パイプを突き刺し、小太刀を抜くと、左右に切り払う。

 触腕がちぎれ飛ぶ。

 だが、断面から新たな触腕が二つ生え始めた。


 やはりか!


『麗子! 再生するから限がない! 頭をやるしかないぞ!』

『その頭がどこにあるか判る?』

 真っ黒い巨大な体。

 全部が頭に見えなくもない。

『佐希子ちゃん! 頭がどこかわかる!?』

『す、すいません! 頭なんですが――なんか体の中を移動させてるみたいで――』


 くそっ、自分を知っているってわけか。

 なら――


『あなた! あれはやっちゃだめ! 加減ができないでしょう!? 最悪大火事になる!』

 大根田は地団駄を踏んだ。

『じゃあ、どうすれば――』

 佐希子の悲鳴のような通信が来る。

『なんとか頭を露出させてください! そうすれば光江さんが狙撃します!』


 狙撃!

 そりゃいいが、どうする?

 どうやって、頭を出させる?


 さーっと足元を何かが流れていく。

 飛び上がりそうになった大根田は強烈な煙草の臭いを感じた。

『ありったけの量を家から持ってきた! 嫌がらせをするから離れていてくれ!』

『浜本のおっさんか!』

 五十嵐の嬉しそうなマナ電。

 大ムカデは、大量の煙にまとわりつかれ、もがき始めた。

 佐希子の絶叫が頭に響く。

『そうか! 浜本さんの煙はマナを妨害する力があるんだ! だからさっきレーダーにノイズが入った! 精霊はマナを空気のように吸うんです。となれば――』

 大ムカデの胴体が二つに割れた。

 煙を触腕で散らすと、そこからずるりと黒い人型が現れる。


 あれか!


 大根田は駆け出した。

 小太刀に力を籠め、姿勢を低くする。

 射撃音が一斉に響き、人型の前に交差した触腕がはじけ飛ぶ。

 続いて上空から鉄パイプが雨あられと降ってきた。

 大ムカデは上方にバリケードと自転車を集合させ、それらを弾く。

 大根田は手近な触腕に足をかけると、そのまま跳んだ。

 小太刀を突き出し、一点に意識を集中――赤い矢のようになって黒い人型に特攻する。

 人型は目も鼻も口もない顔を大根田に向けると、大きく手をかざした。


 両手を犠牲にして、攻撃を防ぐか――なら切り払う――


 油断。

 陽動。


 その両手に意識を集中してしまった一瞬を逃さず、足場として蹴った触腕から真っ黒い鞭のようなもう一つの触腕が伸び、大根田の背中を打った。

 たまらず体制を崩した大根田の攻撃を、人型は避けも防ぎもしなかった。

 大根田の小太刀を持った腕、それを両手で掴んだのだ。

 驚く大根田。

 勝利を確信したかのように、人型の黒い顔に切れ目ができ、あざ笑うような笑顔を作る。


『大根田さん! すぐにそこを離れて!』

 宝木の声――


 凄まじい衝撃があった。

 上から何かが爆発したような空気の流れが襲ってきた。

 人型の手が外れ、大根田は路面に落下すると、転がるようにその場を離れる。

 何か大きなものが視界の端で、大ムカデにぶつかっていく。


 仰ぎ見ると、巨人がいた。


 廃車が寄せ集まって、人の形を成し、その巨大な質量の腕で大ムカデをぶん殴っているのである。


 あれは――宝木さんか!


 巨人の中心で、宝木は愛車のハンドルを握り、雄叫びを上げた。

 見事な回し蹴りが、大ムカデのスクラップ装甲を吹き飛ばす。

 間髪入れず鉄パイプの雨が降り注ぎ、またも紫煙がまとわりつく。

 大ムカデは身もだえ、悲鳴を上げながらその大きな体を上空へと伸ばした。

『危ない! 押しつぶす気――』


とらえた』


 光江の冷静な声とともに、人型の頭がはじけ飛んだ。

『な――ナイスショットォォォォォッ!!!』

 佐希子の絶叫が大根田の頭に鳴り響いた。

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