6:陥没都市

「では、上昇を開始します……」

 コントローラーを両手で持ち、佐希子は少し緊張したような声を出した。


 八木家の二階、佐希子の私室の隣の部屋は、普段は資材置き場にしている。それを全て庭に運び出し、今は大根田達と奥様達がぎゅうぎゅうに座っていた。

 佐希子の持つドローンのコントローラーは大型のモニターに繋がれ、そのモニターの電源はマナ灯に使っていた蓄電ボックスに接続されている。

「そのバッテリーって、コンバーターが付いてるの?」

 大根田の質問に、佐希子はその通り、と頷きモニターの電源を入れた。

 モニターにはベランダの床板が映った。

「何度か実験をしてるんで、バッチリです。後で大型の発電機を組み立てて大々的に発電実験をやりたいんですが――ま、それは今は置いといて……」


 佐希子はモニターを凝視しながら、右のスティックを倒す。

 ベランダに置かれた象牙ぞうげ色のドローンはヴーンと特有の音を立てながら上昇し始めた。

「どのくらい上まで行けんだ?」

 五十嵐の質問に、うーんと佐希子は首を捻った。

「今までなら航空法があったから、百五十メートルが限界だったんだけど、今、法律は気にしなくてもよさそうなんで、機体の限界――このドローン色々といじってあるんで一キロくらいはいけるかな、と」

「一キロ! そりゃまた高いね……」

 大根田が感心した声を出し、宝木がううむ、とベランダから顔を出して、上を見た。

 薄明るくなっていく空にドローンは順調に上がり続けているように見える。

「おもちゃとは言えないな、こりゃ」

 佐希子は、でしょ! と少し嬉しそうな声を出したが、すぐに表情が曇る。

「だけど、あの自衛隊の人によれば、ヘリは大体一キロの高さであの霧のやつに襲われたらしいんすよねぇ……」

 五十嵐が渋い顔をした。

「そりゃ、まずいな……判ってるとは思うが、絶対にその高さまでは上がるなよ」

「へいへい、心得てますよ~。余裕を見て、八百メートルくらいかなっと……」


 モニターに映った、段々と小さくなっていく薄暗い街。

 距離を空けて眺めると、無傷のように見える建物が結構あるようだ。屋根の上に瓦礫で作ったSOSが見えたりもする。

「昨日の激戦の場所を見てみますか」

 ドローンが旋回せんかいすると、居種宮駅の東口付近がモニターに現れた。

 駐車場と駐輪場は、ぐちゃぐちゃで見る影もない。住宅街の入り口には、大量のスクラップが積みあがっている。

「あれが昨日の黄泉付喪の残骸と、宝田マンの残骸っすね。いやあ、怪獣大決戦だったなあ。一応、大根田さんの目線で記録したものがありますんで、あとでお見せしますね」

 浜本が、マジかよと驚く。

「人の見た物も録画できるってのか!? いや、プライバシーも何もないな……」

 佐希子は、いやぁと頭を掻いた。

「それって、実は今までアングラでは結構やられてた事なんですよね。所謂いわゆる霊視ってやつですよ。死んだ人の記憶を拾って再生とかね。ちょっと高度なんですけどね」

 麗子はお茶を飲むと溜息をついた。

「超能力者とか霊能力者とか、そういう胡散臭い人が大嫌いだったけど、まさか自分含めてご近所丸ごとそうなっちゃうとは……冷静に考えると、ちょっとついていけないわね」

「いや、麗子がそれ言っちゃう?」

 大根田のツッコミに麗子は、なによぉとふくれっ面をした。


「はいはい、イチャコラはその辺で――ああ、ほら、墜落したヘリの残骸と餃子屋さんも見えますね」

 餃子屋の前には長机のようなものが見えた。

「炊き出しかしら? コラボしたいわね」

 くれながそう言うと、夫の浜本がコラボって、と呆れた声を出した。


「そういえば、あの黄泉付喪、かなりの量のマナを持ってたのよね……マナ的には美味しい奴だけど、ああいうのはあまり相手にしたくないわね」

 麗子の言葉に大根田は頷く。

 大ムカデの残骸から大量のマナの結晶――百キロ相当――と、これまた大量のゲル状のマナが採取された。佐希子は一瞬喜んだものの、次第に顔を曇らせていった。


「……これで、私たちはマナの窃盗に警戒しなくちゃいけなくなりましたね……」


 そういうことも気にしなくてはならないのかと、胃の辺りが重くなる。

「はい、じゃあ再び、上に参りま~す」

 佐希子が暢気にそう言うと、ドローンから送られてくる風景が再び上昇しだす。


 ぐしゃぐしゃになった道路。

 屋根が大きく落ちた居種宮駅。

 そして、町の各所にそびえたつ崖。

「あれは――どこまで高いのかな?」

 井沢父の言葉に誰も答えを返せない。

 更に上昇をしていくドローン。

「じゃあ……カメラの角度、変えますよ」

 佐希子はそう言うと、ごくりと唾を飲み込み、コントローラーのディスプレイを指でゆっくりとスライドし始めた。

 モニターの風景が、視線が、じわじわと上がっていく。

 そして――その場にいた人々の口から小さな喘ぎ声や、悲鳴が漏れた。


 そうじゃないかと思ってはいた。

 そうだろうと――予想はしていたんだ。

 だが――こうはっきりと見てしまうと――


 大根田は下唇を噛み、麗子の手を探すとぎゅっと握りしめた。麗子も同じ力で握り返してくる、震えているのは自分か彼女か。それとも近くにいる誰かなのか。


 端から端まで延々と続く、巨大な土の壁。

 ドローンがゆっくりと旋回しても、それは途切れることなく、延々と続く。


「これではっきりしました。居種宮――いや、栃木県は陥没かんぼつしています」

 佐希子がぽつりと言う。

「す、するとだな、その――あ、あの崖は一体なんなんだ? え?」

 宝木が絞り出すように言う。

 浜本が火のついていない煙草を口の端に咥えて、うつむききながら答えた。

「きっと、陥没しそこなった『残り』とか、そんなとこじゃねえかな……」


 そうだ。

 それならすべてに説明が付く。

 私たちが下に落ちて、すっぽりと残った部分。

 だから空は遠く感じ、あの大揺れの時、俺たちは空中に浮いたんだ。


「俺――僕たちは、あの時、あの地震の時、どうして助かったんでしょう? 僕は天井近くまで上がったんだけど……」

 同じく、と宝木と井沢父が頷く。浜本は、火の点いていない煙草をふところにしまった。

「俺は車に乗ってたが、車ごと上下に跳ねたな」

「あー、それそれ! それですよ! 浜本さんの車は無傷なんですよね? でも宝木さんの車とか、スクラップみたいになってる車を幾つも見たんですよ! どうして、あんな差が――」


「人がいるかいないか、ですよ」


 佐希子はそう言って、モニターをじっとにらんだ。

「基本的にマナは生命を守ろうとするんです。マナは恐らくは――まあ、そこは置いといて、ともかく生き物を守ろうとする。だから、あの陥没、それ自体で死んだ人や生物は多分いないと思うんですよね」

 五十嵐が片眉を上げる。

「するってぇと――俺たちは今もマナに守られていて無敵なのか? 違うよな?」

 佐希子は頭を振った。

「それは無いです。怪我もしますし、恐らく死にます。だけど、昨日のあの瞬間は、爆発的にマナが濃かったんです。あの時マナ通信してたんですけどね――」

 佐希子は椅子にもたれ、ふう、と息を吐いた。

「京都の能美ちゃんと北海道の柳ちゃんが、『すぐそこに座っているように見えた』んですよ」

 大根田は腕を組んだ。

「……じゃあ、もしかして、その――僕たちは何らかの能力を無意識に使って、あの瞬間無傷だった、と?」

 麗子が、うーんと唸る。

「能力には特殊なものと共通のものがあるんだけど、共通のものに『防御』ってのがあるわ。そのままなんだけど、こちらに向かってくるものを弾くのね。練習しなくても、意識すれば小石ぐらいなら弾けると思うわよ」

 五十嵐がちらりと外を見た。

「後で試してみるか……しかし、成程な。『電話』は共通で、おっさんの『熱』は特殊ってわけか」

 佐希子は頷く。

「ヤーさんの言う通り! だけども、『特殊スキル』は一人の物じゃなくて、同じものを使える人が何人もいるの。例えば私のマナ通信とかね」

 大根田は、うむうむと頷く。

「大変よく判りました。つまり、あの瞬間我々は無意識に『防御』を使ったわけだ。そして、人と密着している車とかはついでに守られたんだね?」

「恐らくは――で、人が完全にいなかった建物や、その――老巧化したり手抜き工事だったりの建物は、その後の色々な反動とかで、ぶっ壊れちゃったのかなぁと」

 大根田は、ん? と首を傾げる。

「でも、結構古い神社――三荒山神社は無傷だったような……」

「それですよ!」

 佐希子は手を打ち、大根田を指さした。

「神社やお寺、霊験あらたかな場所ってのは昔っからマナを貯めこんでいるんじゃないかって私たちは予測してたんです! つまり、一定以上のマナが溜まると、マナ自体がそこを守ろうとするのではないか、と!

 ですからこのご近所にはお堂や、お地蔵様をたくさん置いてまつったんですよぉ!! 結果はビンゴぉっ! 水道はダメでしたが井戸は無事でした! これぞ、マナの『加護』! マナ万歳!!!」


 ああ、井戸の横のお稲荷さんは、そういう――


「わかった。わかったから、ドローンをちゃんとやっててくれ」

 五十嵐にそう言われ、佐希子は不満げに口を尖らせ操作に戻る。

「まあ、マナが一定以上溜まると、マナモノが発生する引き金になるんですけどね。所謂、『そういう場所』ってやつです。

 だから神聖視して、悪いものが溜まらないようにする。

 マナは良い意味でも悪い意味でも『染まりやすい』んですよ。つまり攻撃的なマナモノは、場のマナを『汚染』するんじゃないかと。そうして、そういう場だと、マナの『加護』は望めなくなるんじゃないかと……」

 五十嵐が苦笑した。

「色々込み合ってるみてぇだが――俺ぁ、今、生まれて初めて心霊スポットが怖いと思ってるよ」


「しかし……これからどうしますか?」

 井沢父の言葉に、浜本くれなが膝を乗り出した。

「まずは食料と資材の調達ね。佐希子ちゃんが市内の幾つかの倉庫にそれらを貯めこんでいるの。で、色々とここまで運んで、それから大型の発電機を作る。後は医療関係者は――」

 光江が顎をさする。

「そっちはわしの主治医の方からマナ電があったわ。後で佐希子とどこかで落ち合わせる。

 それよりも警察と行政の動向を知りたいな。ラジオもダメだからな。ともかく情報が欲しい」

 麗子が腕を組んだ。

「佐希子ちゃんが作った井戸が市内に点在してるのよね。それを一般開放して、それから――現実的な問題として、暴徒や暴漢対策……あとトイレね。汚物を処理するアレは――」

 大根田も腕を組んだ。

「アレってなんだい?」

「井戸水と同じく、変化生物を使った分解――『肥溜』でいいのかな? それを作るのよ」

 浜本が顔をしかめた。

「それは場所が重要だな……しかし、タバコが欲しいな……」

 宝木がそわそわと膝を動かす。

「車のスクラップがもうちょっとあると、その――守りが強くなるんじゃないか?」

「ああ、そうですねえ、宝木さんのあれは凄かったですからねえ! 廃車を集めてみましょうか? じゃあ、今日会社に行ったら――」

「おう、こんな時も会社かよ、おっさん」

 各々が喋りだす。

 それを聞きながら佐希子は内心ホッとしていた。


 いざ、事が起きたらどうなるのか?

 長い間、三人で議論を重ねてきた。

 一番怖いのは、無気力――通話ソフトを通して何回目かの会合の時、京都の能美はそう言って顔を歪めた。


 状況がどうしよもうない事だと判った時に、無気力になられたら――


 しかし、北海道の柳は、楽観的だった。


 良い方に転ぶか、悪い方に転ぶかは、結局、なってみなくちゃ判らないと思う。だけど、結構、みんなやるときはやると思うよ?


 良い方に転んでいる、と佐希子は思うことにした。

「では、ドローン降下開始。それと――」

 佐希子は皆に向き直った。

「とりあえず一眠りしませんか?」

 全員がきょとんとして、顔を見合わせた。

「…………それは、良い案ですね」

 大根田はそう言うと、突如出そうになった欠伸を噛み殺した。



 C3 了



 予告:

 陥没した栃木県! 混乱の中、大根田達は情報収集を兼ねて出社するが、会社に様々な仕事の依頼が持ち込まれていた!!


 次回チャプター4 『クエストを受注せよ!(仮題)』

 お楽しみに!


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