3:能力者達

「……ねだっち、それどうなってんだ?」

 大根田のモップは相変わらず鈍く赤く光っていた。

「ううん……なんか、こう、手の熱気が移っているみたいな……感じかな?」

 大根田はそう言って、右手を野崎の腕に近づける。

「おお、熱いな! ふーむ、病気とかそんな事じゃないな、これは……」

「いやあ、凄いですねえ!」

 中里がひゃあひゃあ言いながらスマホを大根田に向けていた。

「大根田さん、懐中電灯消してみましょうよ! 

 おお! ほら光ってる! サイリウム、いや、あれですよ、SF映画の光る剣! 名前なんでしたっけ!? かっこいいなあ!!」

 成程、懐中電灯を消しても、灯がいらないくらいモップは中程から光っていた。

 野崎が唸った。

「ううむ、よく判らんが――とにかく、あの化け物は熱に弱いって事でいいのか?」

「どうだろうな? 手応えとしては、打てば普通に痛がってる感じもしたんだが……」


「ってことは、これから先、あいつみたいなのが出てきたら、普通に攻撃すれば倒せるんですね!?」

 中里の質問に二人は顔を見合わせる。

「それはー……」

「中里君、あんなのはそうそういないと思うがな」

「ええ、でも社長、二度あることは三度あるって言うじゃないですか! ってことは二度目は確定ですよね?」

「……んん?」

 首を捻る大根田と野崎をよそに、よしっと中里は手をパンと打ち合わせる。

「御高齢の大根田さんの為を考えまして、不肖ふしょう中里! 増援を確保してまいります!」

 大根田は目を瞬いた。

「ぞ、増援?」

 中里は大根田と野崎に割と下手なウィンクと敬礼をすると、上に向かって叫んだ。

「ねえ、後の皆さーん! 誰か、魔法を使える人いますかー?」

 なんだそれは、と二人はずっこけそうになった。


 大根田達は避難していた人達を含め、二十人前後で今階段を下りている。

 先頭は大根田と野崎。そして2番目に中里がいるのだ。彼女は影の者の襲撃で怯えているかと思いきや、やばい、かっこいい! と大はしゃぎだった。大根田の立ち回りも録画したらしい。

 光源不足じゃないの、と十勝がツッコミを入れるも、再生してみると真昼間のように綺麗に映っていた。


 やばい、あたしも魔法が使えるっぽい!


 そう言ってはしゃぐ中里を、二人は否定しきれなかった。

「さあ、皆さん、どんな魔法でもいいですよ! あたしは暗闇でもカメラが綺麗に撮れる魔法が使えます! そこの大根田さんはモップを熱くする魔法が使えるんですよ!」

 中里はそう言って、懐中電灯を振りながら階段を駆け上がり、後続の人達に話しかけ始めた。魔法ってと苦笑いする声がちらちら聞こえるが、馬鹿にした感じではなさそうだった。


 やれやれ、と野崎は溜息をつき笑った。

「……モップを熱くする魔法、と言われると、何だか情けなく聞こえるな」

 大根田も笑った。

「ふふ、まったくだな。しかし、中里君がいるとこんな状況でも明るくなれるんだから凄い……あ! つまり彼女は『なんでも明るくできる』魔法が使えるんじゃないか?」

「はっはっは! いかにも彼女らしいな!」

「社長! 大根田さん!」

 大笑いをする二人の所に、中里が駆け下りてきた。

「い、いましたよ! 他の魔法使いの人、見つけましたよ!」


「ええっと――こんな感じなんですけど……」

 老人はそう言うと、床から数センチ『浮かび上がった』。


 中里はスマホを向け、おおっと驚きの声を上げる。動画用の演出なのか素なのかはよく判らないが、大根田も驚きの声を上げた。

「こ、こりゃあ、凄い……ちょ、ちょっと! 失礼!」

 大根田は前からやってみたかった事を思いだした。しゃがみ込むと老人の足元を、ゆっくりと手で払う。

「た、種も仕掛けもございませんぞ!」

 おおーっと中里もしゃがんで足の下を払い、大根田と凄い凄いと笑い合った。

 野崎が、ううむと唸る。

「御老人、名前は? 是非うちの会社で行ってもらいたい現場がある!」

 老人は今岡いまおか孝雄たかお。七十歳の清掃業者だ。地震の時は、三階にある中古書店のトイレの清掃をしている最中だった。

 今岡は失礼します、とゆっくりと床に降り、溜息をついた。

「いやあ、こんな所ですね。もしかしたら、もっと上に行けるかもしれませんが、なんだか疲れちゃって……」


 それを興味深そうに見ていた十勝が口を開いた。

「あたしも、なんだかできる気がしてきたわよ」

 十勝はこのビルに勤めている女性陣のボス的存在だ。

 といっても権力を振りかざすタイプではなく、悩みや問題を親身になって聞いてくれ、解決に奔走してくれる世話焼き母さんタイプである。

 本人は『そういうのが好きなだけ』と、恩を着せるわけでもなく、暇な時間は醤油せんべいをバリバリ食べながらスマホでゲームをやっていたりする。

 すぐに近くにいた女性陣が食いつき、やってみての大合唱になった。

 十勝はせいっと両手を上に伸ばし、ゆっくりと腰を落としていく。

 野崎と大根田、そして近くにいた一同が、ごくりと唾を飲み込んだ刹那、ぷっと小さな音がした。


「あらやだ」


 隣にいた遠藤が、ちょっとお! と笑いだし、他の面子も釣られて笑い始めた。十勝は、参ったわねえ、ともじゃもじゃパーマの頭を掻いた。

「もうちょっとで、あたしの才能が出そうだったんだけど」

「ちょっと花江さん、出るって別の物だったんじゃないのぉ!?」

 二階エステの店長、石谷いしたに雅子まさこが十勝の肩を叩いて大笑いしている。

 野崎は、苦笑いすると大根田に小声で話しかけた。

「ねだっち、お前、疲れは?」

 野崎の質問に、大根田は自分の手をちらりと見た。熱はもう引いている。

「うん、実は少しだるいんだ。だから、熱は引っ込めてみた」

 野崎は大根田のモップがもう光っていないのに気が付いた。触ってみると、ごつごつとした冷たい金属の感触だった。

「ほう、自由に操作できるものなのか……ってことは、やはり病気の類じゃないわけか。ぶっちゃけ、ちょっと羨ましいな。

 溶接とかできそうか?」

「えぇ~……どうやってもそっちに発想行っちゃう? そういや、お前はどうなんだ? 何かその――」

 野崎は、むむっと唸ると自分の体を手で叩いた。

「熱は出せないようだが……なんだろうな、朝から妙に調子が良くて、こう――何かができそうな気はするな」

「おお! それ俺もそうだったんだよ、ザキ! 俺の場合は朝から凄く汗が出てさあ……」

「おいおい! 喋りが高校の頃に戻ってるぞ!」

 おっと、と大根田は肩をすくめる。

「社長! もう一人見つけましたよ!」

 中里の素っ頓狂な声が上から降ってきた。


 女性の手から水が滴っていた。大根田は懐中電灯の角度を変え、じっくりと観察した。

 手の平からじわじわと大粒の水滴が絶え間なく滲みだしてくる。

「……凄いな。汗、じゃないですね」

 ショートボブの女性は頷いた。

「地震の後、床に倒れていたら手の下に水溜りがあったんです。まさか自分が出しているとは……これって、脱水とかにならないですよね?」

 女性は、阿部山あべやまかおり。二階にあるエステの店員である。困ったな、でもちょっと嬉しいという実に複雑な顔をしている。


 大根田が首を捻った。

「そうですねえ……僕は火傷の類をしてませんから、多分大丈夫だとは思いますが、一応止め方――あ、僕の止め方を教えておきますね。

 別に難しくなくてですね、意識して『止まれ』って思うと、こう――栓がきゅっとしまったような感覚がへその辺りにおきて止まるんです。やってみてください」

 また少し浮いていた今岡が、へえと言うと、床にすとんと降り立った。

「あ、意外に簡単ですね」

 阿部山も両手を胸の高さにすると、ひょっとこみたいに口を尖らせた。瞬間、手の平から水がばちゃりと多めに落ちた。

「……本当だ! 簡単ですね……えい!」

 再び阿部山の手から水が滴りだす。

 中里は、スマホを構えた。

「では、止め方が判った所で実演です! なんか凄い事やってみて! はい、どーぞ!」

 阿部山は、ええ~、何その無茶ぶり、と声を上げた後、じゃあ、と指をピストルの形にした。ぐっと彼女の腕に力が入った次の瞬間、ちょろ~っと水が指先からほとばしった。


 おお~っ! と歓声を上げる中里と数人。

 おおぉ~? と首を傾げる野崎と数人。


「そ、そんだけ? もっとこう――壁に穴を開ける凄い水圧とかできないのか?」

 野崎のツッコミに中里が、いやいやと手を振る。

「そんなことしたら、危ないっすよ。というか壁、弁償もんっすよ社長」

「……いや、これだけヒビが入ってたらバレんだろ。阿部山さん、もっとこう――鉄とか切断できる現場で大活躍できる感じは無理?」

「いや、お前、また仕事の話かい!」

 大根田のツッコミに野崎は、だってお前と真顔になった。

「これだけの事が起きたら、明日から現場できまくりだぞ?」

「そ、そりゃ、そうだけども……」


 いや、人材を確保する意味でも、災害に対する精神的、経済的なケアの意味でも、これはもしや正しいのかと大根田が腕を組んだその時だった。


 どん、ばりばり、がしゃんと物をひっくり返す音と大勢の悲鳴が下から聞こえてきた。

 音がくぐもっている、ということは――

「これ……下のホールじゃない?」

 押し殺した十勝の言葉に、大根田と野崎は顔を見合わせ、階段を駆け下り始めた。

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