ただいま病欠中
「先輩……? 大丈夫っすか?」
病欠のシーラの家に、トーマスが見舞いに来た。突然街を襲ったあの惨事から、シーラは体調を崩したままだった。
「こんなところに来る時間があれば、早く仕事しなさい」
「大丈夫っす! 俺がいなくなったって、別に業務の進行は変わりませんから! それよりも、俺が先輩の看病したほうが絶対にギルトのためになるっすよ!」
「……ねぇ、自分で言ってて恥ずかしくないの?」
今のミスギス市民は忙しい。ある日突然、近くを光線が通った。その衝撃波と爆風によって、多くの建物が被害を受けた。と言ってもガラスが割れた程度だが、市民のほぼ全員が被害を被ったことには変わりない。
多くの市民は「あれは隕石か、魔導災害か」と言っていた。大して気にせずに、ささっと復旧作業に取り掛かり始めた。ただ一人を除いては。
「やっぱり、先輩回復しきってなかったんじゃないですか?」
じゅううぅっ、という美味しそうな音が台所から聞こえる。香ばしいにおいがベッドの上のシーラまで届く。トーマスは持参した食材を手際よく調理し、シンプルで体に良さそうな料理へと仕上げる。
「あの戦闘での負傷は完全に回復していたわ。私を見くびらないでちょうだい。……トーマス、あなた料理出来るのね」
「はい。俺、趣味が料理なんすよ。てか先輩、全然キッチン使ってないっすね。もったいないですよ。こんなに使いやすいのに」
「父さんがいた時は、ずっと父さんが料理してくれてたのよ。今は、もっぱら魔術で簡単な料理は済ましてるわ」
「あ……」
そうだ。先輩は、育ての父親を亡くしてるんだ。しまった、せっかく先輩を元気づけるために来たのに、かえって……。
「何落ち込んだ顔してるの? 父さんはただ、私より先に死んだだけ。みんないつか死ぬんだから、大して気にしてないわ」
目つきの悪い大きな目が、キッチンでエプロンを着たトーマスに向けられる。いつも通りのシーラに一瞬安心したが、シーラの手元を見て、また心配が生じた。
「先輩、こんな時も勉強してるんすか? 病欠中はしっかりと……」
「あら? これは初歩的な魔導書よ? 対して負荷は——」
「先輩、なんか急ぎすぎなんじゃないですか?」
トーマスはそう言いながら、いくつかのお皿をお盆に乗せ、テーブルへと持ってきた。
「俺、仕事は出来ないし、冒険者には脱落したし、出来ることは少ないすけど、先輩が無理してる、ってことは分かるんです。こんな俺でも、頼ってください。俺、もっと先輩の——」
「トーマス。どうして私が、新人冒険者に高難易度の案件を斡旋してるか分かるかしら?」
ガツン、と何か硬いものを投げつけられたような言葉が、体の痛点をピンポイントで貫くような視線と共に贈られた。
「私が頼れる者。それは、あれくらいの試練を軽々乗り越えられないといけないの。いや、あの程度じゃとても足りないわね」
シーラの瞳は、紅かった。強い信念が溜められていた。軽い男なら、簡単に弾き飛ばされてしまうほどの障壁がつくられていた。シーラは、トーマスを弾くつもりでいた。この程度なら、戦力としてはマイナスだ。自分には必要ない。と——。
「……先輩の目的は分からりませんし、俺に先輩を助けられる力なんかありません。ですが、それ以外のところで、役に立てる場所もあるんじゃないか、って思うんすよ。だって先輩、ほんとに辛そうじゃないですか。お節介だと思われても、こんな時に誰かがいるだけで、回復も早くなるんじゃないかなって」
「え……?」
帰ってきたのは、トーマスの優しさだった。ここまで突っぱねようとしたのに、それを受け止め、なお気に掛けようとする気持ち。決して強くはないが、少しずつ心に浸透し、温めていくようなもの。
「先輩。とりあえず、元気出してください。俺はいつでも料理を作りに来ます」
トーマスはそう言いながら、キッチンに戻って洗い物を始めた。シーラは、そんなトーマスを眺めた。
……やはり、私には力がない。あの災害、ほぼ市民全員は、あの光線しか注目していなかった。
だが、私は見た。あの光線が発生する前に、あの場所で光弾の雨が降っていた光景を……。
一体、何人が知っているのだろう。あの光弾の恐ろしさを。多くの命を一瞬にして吹き飛ばすあの威力を。
一目見ただけで、体調が崩れてしまった。しかも、何日も寝込むほどに。
恐れ、だけではない。体に刻まれた、治ることのない負傷。成す術もなく奪われ、壊された、あの時の絶望を忘れることは出来ない。
私では勝てない。あれほどの力に対抗できる者、対抗できる可能性がある者を探さなくては。
「…………大賢人」
憎き名前を呟いた。トーマスに聞こえないように、内に秘めた憎悪を、小さく発散した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます